更新2007/07/25「ことば・言葉・コトバ」 シュガー&スパイス 2004年2月17日(火)15:20-40 JFN提供 ゲスト=渡辺知明/聞き手=西任暁子(にしと・あきこ) 西任暁子さんのページ/同時録音17分24秒(公開許可済) ――ヒルサイド・アヴェニュー。この時間はさまざまなジャンルの方がたをお招きしてお送りしていきます。シュガー&スパイスです。きょうは、コトバ表現研究所主宰、そして日本コトバの会講師そして事務局長でもいらっしゃいます渡辺知明さんをお招きしています。よろしくお願いいたします。 渡辺 よろしくお願いします。 ――まず、コトバ表現研究所これはどんな会なのか、気になるところなんですが、先生が運営されているのでしょうか。 渡辺 そうです。わたしがほとんど全部やっています。 ――これはどんな研究所なのですか。 渡辺 基本的には二つのことをやっています。一つは、よみの勉強。一般には朗読といわれていますけれども、わたしは表現よみと呼んでいます。文学作品を取りあげて、その表現の仕方を教えています。もう一つが、文章を通信で添削して、さらにトレーニングをさせて書く力を高めることをやっています。よむ方は話す力が高まるし、書く方は考える力が高まります。そういう研究をしています。 ――やっぱり読んでいくと話す力って高まるんですか。 渡辺 中身をしっかりつかんでよむと話す力が高まる。文字だけではいくらよんでもダメです。文字を読んでいる限りは、結局、考えていませんから。 ――結局、文字をなぞって内容はよくわかっていないということになるわけですね。 渡辺 ですから、理解しながらよむというのが表現よみの特徴になっています。 ――朗読と、表現よみとは、どういうちがいがあるのでしょうか。 渡辺 朗読は基本的には伝えることが重点です。ですから、発声や発音などに重きがあります。ところが、表現よみの場合には、よみ手自身が必ず自分で理解しながら読んでいかなくてはいけない。ですから、一回一回ごとに新しい発見をしながらよんでいくこと、そういうよみです。 ――表現よみも他者に対して伝えるという意識はあるんですね。 渡辺 そうですね。 ――と同時に、自分自身がちゃんと理解した上でということですね。 渡辺 つまり、理解があってそれが表現になるのです。自分が分かっているものを、人に向けてデフォルメするというか、アピール度を高めていきます。朗読の人はむしろはアピールを先にやってしまいます。自分自身が理解するという点が弱いのではないかと、わたしは思っています。 ――それで表現よみというのですね。 渡辺 はい。 ――書くことでは、どういうかたが通信の添削を受けているのですか。 渡辺 一般の社会人の方ですとか、おとなの方が多いのですけれども、要するに学校教育の中では十分に勉強できなかったという思いのある人が多いですね。 ――それは、たとえば企画書だったり、手紙だったり、内容はどういうものなのでしょうか。 渡辺 あらゆるものを受け付けていますが、基本的トレーニングは思考力です。文をどう作るかとか、文と文とをどうつなげるかというベースになるところをトレーニングで訓練しています。 ――作文とか論文に近いかたちのものなのでしょうか。 渡辺 作文も論文も文章を作るのですが、考えること、文章を使って考えるトレーニングです。表現が微妙ですが、そういう添削トレーニング教室というものを行っています。 ――そういう読み書きの指導していながら思われる日本語というものに対しての最近の、傾向はどういうものなのでしょうか。 渡辺 よく乱れているといわれますが、わたしは二つの面があると思います。一つは能力不足で乱れているガンです。もう一つは、異議申し立てというか、批評になっているものです。世の中の言葉づかいに対する批評の面があります。それは若い人も含めてのことです。両面があることをきちんと見ていかないと、ただけなしてもいけないし、ただ受け入れてもいけないと思います。 ――能力不足というのはどのあたりが原因なのでしょうか。 渡辺 一つは、学校教育、とくに国語教育にあります。 ――国語教育ってそんなに変わってきているものなのですか。 渡辺 わたしは深くは知りませんが、とにかく一般の人で、書く力、話す力に自信がないという方は残念ながら多くなっていると言えます。 ――実際に、書く訓練、読む訓練というものをした記憶はないですものね。 渡辺 そうですね。朗読にしても、学校ではただ字を追って早くよめると、この人はすばらしいというのですね。 ――たしかに、速くまちがえずに読めばすばらしかったという経験はありますね。 渡辺 先生も能率がいいのです。すらすらよめる読める生徒を指すと授業がすすむのです。でも、ゆっくり読んでいても、何か気持ちの入っている生徒というのはいますよね。一生懸命に考えて読んでいてね。 ――先生が、時間を割いていないのですね。 まだまだ日本語のことをおうかがいしていきたいと思いますが、ここで一曲、リクエストをお送りしたいと思います。どんな曲なのでしょうか。 渡辺 題名を言うのですか。 ――はい。 渡辺 五つの赤い風船の「遠い世界に」という曲です。学校の教科書にも入っていますけれども、もう三十年も前の曲です。理想を歌った曲で、わたしが若いころ聞いて感動して、いまだに感動し続けている曲です。 ――それでは聞かせてください。「遠い世界に」。 ――シュガー&スパイス。曲をお届けいたしました。今日はこの曲にリクエストをいただいた、コトバ表現研究所主宰、日本コトバの会講師兼事務局長の渡辺知明さんをスタジオにお迎えしております。 さあつづいて、日本コトバの会、こちらの方も話をおうかがいしたいのですが、どういう会なのでしょうか。 渡辺 昭和二十七年にできまして、今でも売れている本なのですが、『思考と行動における言語』(岩波書店)という言語学の基本的な本と言われています。これを―― ――教科書としても使われているのですね。 渡辺 そうです。この翻訳をした大久保忠利という人が中心になって、翻訳の記念に読書会を開きまして、有名な人では鶴見俊輔さんなどそうそうたる学者がそろって作った会なのです。今でも、もう五十年になりますけれども、文章・話し方・表現よみ・小説・文法・ユーモア・言語心理という風にいろいろな部会を作りまして、そこで毎月、例会を開いています。 ――どういう方が参加されているのですか。 渡辺 大学の先生もいますし、一般の主婦とか、あるいは社会人、あるいは学生とか、さまざまの人が勉強する会です。 ――なるほど、日本コトバの会での「生きたコトバの四原則」というのがあるんですね。「正しく、分かりやすく、切れ味よく、ふさわしく」。こう言われると何かできそうな気がするのですけれども……。 渡辺 話し方についてコメントしますと、「正しく」は、単語のアクセントを強めるとか、きちんと文のかたちで話すとか、正しい内容を話す努力をすることです。二つめは、「わかりやすく」というのは、発声とか話し方ですね。文末までしっかり言うこと、そうすると責任が生じますので、三つめで、論理といいますが、「こうなのだ。つまり……」とか、「なぜなら」とか言いたくなりますね。それが「切れ味よく」です。四番目が、その場その場にふさわしい感じで話しましょう。 ――「感じ」? 雰囲気……。 渡辺 「雰囲気」、「態度」ですね。 ――これは、できてないんではないでしょうかねえ。 渡辺 これは目標です。 ――日本語では、どんどん略していますね。ちゃんと語尾まで話しませんよね。アイマイですよね。 渡辺 アクセントが平板化していますね。節約してしまう。美人、映画、ドラマとか言いますが、あれは、ビジン、エイガ、ドラマです。 ――あっ、エイガなのですか。 渡辺 そうですね。きれいですね。頭にきちんとアクセントをつけるとね。それも一つですね。アクセント一つで、ことばが生きてきます。これもただ上げるのではなく、強めるといいのです。アクセントは。 ――なるほどね。 渡辺 そんなことも、コトバがきれいになる一つの条件だと思います。 ――それではきれいな日本語というものを、ぜひ一つ聞かせていただきたいのですが、先生が提唱していらっしゃる表現よみをしていただけるということで、梶井基次郎作「愛撫」ですね。それではよろしくお願いいたします。 ――はい、ありがとうございます。最近、自分が聞いていた日本語とちがう、さっきおっしゃった美しくて、正しく、わかりやすく、切れ味よくてという、いろいろな要素が感じられました。 渡辺 ありがとうございます ――これは何回も読み込んでいるのですか。 渡辺 あまり読んでしまうとダメなのです。よく暗記する人がいますが、暗記してしまうとだめなのです。思い出すだけで終わってしまうのです。わたしの場合は、できるだけ隠しておいて、いつでも初めて見るつもりでドキドキしているのです。次にどんな文章が出てくるのかなという期待感がないとダメなのです。見た瞬間に反応して、自分の心が揺れて来ないと、うまく読めないのです。そんな読み方につとめています。 ――普段は自分は日本語がしゃべれるので、英語など外国語に意識が行きがちだと思うのですが、日本語をもっと美しくしゃべりたいなと思った人は、どのあたりから始めればよいでしょうか。 渡辺 「三つの訓練法」というのを言っています。一つは、音読してみましょう。声を出して読んでみましょう。最初から表現よみとは言いませんから。新聞のコラムを、わたしは毎朝トイレの中で声に出して読んでいます。 ――声に出して? 渡辺 声に出して。それも、大きい声を張る必要はありません。自分で内容をキャッチできた分だけ声に出してみるのです。しっかりと瞬間ごとに理解できているかと意識しながら読むのです。たどたどしくていいのです。これが一つです。もう一つは、大学ノートでいいですから日常的にしゃべるつもりで書く練習をするといいのです。書く力が話す力に転化します。相互作用です。もう一つは、本を読むときに印しをつけましょう。べつに三色でなくてもいいので、一色で結構ですから、丸をつけたり、線を引いたり、波線をつけたりするのです。今わたしの手もとにさっきよんだ台本がありますが、これにはいろいろな印しが付いています。文章を区切ることによって、音楽を理解するときに楽譜を音に変えるようなつもりで印しをつけていくのです。 ――たしかに、わかりやすいですね。その三つぜひやっていただきたいですね。ちょっとCMをはさんで、先生の今後のご予定など聞かせていただきたいと思います。 ――ヒルサイド・アヴェニュー、引き続きコトバ表現研究所主宰、日本コトバの会講師兼事務局長の渡辺知明さんをお迎えしています。 やってみます、わたしも、朗読! 渡辺 はい、お願いします。わたしの教室にも、アナウンサーのかたが来ています。 ――そうなのですか。アナウンサーのかたの読むものとはちがうのですよね。 渡辺 本当の意味でのコトバの訓練ができます。わたしは「心とコトバの一体化」と呼んでいます。一体化した表現がいちばんいいのです。 ――今、ここに台本があるのですけれども、わたしも、初見でもいろいろな記号が付いているので読みやすかったです。一度もまちがえることなく読めてしまって。 その記号なども、先生のホームページに書かれていますので、ぜひみなさんもそちらからご覧になってみてください。それから先生、今後のご予定などありましたら教えていただけますか。 渡辺 三月六日に、「第5回・渡辺知明・表現よみ独演会」というものがあります。会場は山手線の大崎駅前です。駅で降りてすぐです。 ――そちらも詳しくはホームページをご覧になっていただきたいと思います。では、最後にもう一曲、先生のリクエストをお送りしたいと思います。これはちょっと変わったタイトルですね。どういう曲なのですか。 渡辺 「しらみの旅」ですね。シラミは今はいなくなったそうですけれども、われわれもシラミのように旅をしているのではないかと、そういうことを三十年前くらいに歌った人がいました。 ――高田渡さんですね。はい、「しらみの旅」を聞きながら先生とお別れです。どうもありがとうございました。 渡辺 どうもありがとうございました。 (了)
|