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2003年12月のお嬢





 12月9日

 「恋の話は勘弁してくれよぉ〜〜〜」と一日中困った顔で笑っている患者さんがいる。
 恋の話が幻聴で聞こえているのかなんなのか、さっぱりわかりませんが、
 聞いてるこちらが「勘弁してくれよぉ〜」な気分になってきます。いやまぁ、楽しいけれど。

 さて。
 勘弁してくれよぉ〜はイラクへの自衛隊派遣もそうでして、
 私の場合、年末に東京に遊びに行く予定にしているので、テロとか起こっちゃうと、
 とっても悲しいわけです。
 小心者なので、飛行機はやめておこうかなぁ、とか、都心には居ないほうがいいかなぁ、とか
 赤坂の四川飯店(←鉄人陳建一の麻婆豆腐が食べたいらしい)に行こうと思っているけど、
 国会が近いからヤバかったりして、とか、まぁ、色々考えるわけですよ。

 誰かがどこかで掛け違えたボタンは、やはり早いうちに誰かがどこかで直しておくべきだったのだ。
 どこでどうなって、こうなってしまったのだろう。
 ブッシュだって小泉だって、ひょっとしたらビンラディンだって、少なくともこのうち一人くらいは、
 いい加減もうこのゲームに辟易しているんじゃないのか。
 もう嫌だ、もうやめよう、と思いながらも自らのコントロールを失っているこの状況は、
 まさにアディクション、つまり依存症そのものだ。
 ありえないような幻想の自分を追い求めて、やがて身も心も破滅する、依存症の最期。
 依存症者は自らの死によってそのスパイラルから逃れられようとも、果たして世界はどう逃げる。

 と、私がグダグダ言ったところで何かが変わるわけでなし、選挙に行ったって何も変わらないし、
 その上、テロなんかでうっかり死んじゃう可能性だけが高まるだなんて。
 何だか理不尽な世の中だなぁ、とつくづく思うわけです。
 あぁ、平和な冬休みが過ごせますように。
 それから当分はアメリカへ留学(←4日前に思いついた)なんて、夢のまた夢だな。
 とりあえずはそれまで無事に生きているようにだけ祈ろう。
 (なら、わざわざこの冬に麻婆豆腐のために東京になんて行くな!と言ってやってください)



 12月7日

 昨晩から山中温泉に滞在。
 菅原神社にある栢野(かやの)の大杉(「天覧の大杉」ともいう)を見た。
 樹齢2300年、昭和3年に天然記念物指定、という大変ありがたいご神木。
 なのに、えーと、えーと、ちょっとだけ恥ずかしいのは、なぜでしょうか。
 オオイヌノフグリ以来の衝撃の画像はコチラ



 12月5日

 精神科の急性期治療の勉強会に行ってきた。
 製薬会社が協賛していて、政官業の癒着はけしからん!とか言い続けてきた私が行くのは
 ちょっとどうなん?ていうか、医者ばかりの集まりに私が行ってもはっきり言って場違い?
 みたいな場所かも知れないが、せっかくのお勉強の場なので遠慮なく。

 前半は東京の某病院長さんが講演された。
 にしてもさー、日本人なんだから日本語で喋ってくれよー、と言いたくなるくらい、英語が多くて、
 正直面食らいました。しかも早口なんだもん。
 こっちは頭が悪いので、もうちょっとゆっくり話すか、全部日本語で話して欲しかったっす。
 「injection」が注射のことだってわかる頃には、やがて講演も終わろうかとしていました。とほ。

 そして後半。
 なんと恐ろしいことに、講師は南カリフォルニア大学から来たアメリカ人。
 幸い、よく国際学会で見かける耳に引っ掛けるタイプの同時通訳マシンがあったので、ホッ。
 っていうかおい、同時通訳者!肝心な単語を英語のまま言うなっつーの!
 ブツブツ、ブツブツ。

 それだけならともかく、なんと、途中で短いビデオを見た後に、あろうことか、
 「感想を聞かせてくれないかい?そこのyoung lady」などと当てられてしまったではないか。
 Oh my god!(←こういうのだけは言える)である。
 偉い先生たちは、質問の時は手を挙げるけど、感想などは言わないので、
 講師が「研修医もしくは医学生さんに意見を聞きましょう」なんて言って、当てたのが私である。

 なぜ私???

 寿命が縮まる思いがしたが、こういうときは素直に思ったことを思った順番に述べよう、と思い、
 2点の感想を述べて、その場は何とか乗り切った。(言うまでもなく発言は日本語だ)
 講演後、うちの病院の大ボス含めみんなが「格好よかったよー」「いいこと言ったよー」なんて
 言ってくれたが、しょせんはみんな他人事。気楽なもんである。
 ちなみに臨床心理士をしている同僚は「フツーは批判的なことを後に言うのに、先に言っちゃう
 あんたは大した度胸だ」と言っていた。そうか、フツーはそうなのか。
 当の私は完全に舞い上がっていたらしく、自分の言った感想はともかく、その発言に対し、
 講師が何と答えてくれたかが一切記憶にない。その後も動悸と冷や汗で上の空。
 はぁ、一体なんのために勉強会に行ったのやら。
 とんでもない肝試しに遭ったものだ。

 でも収穫としては、こういう外国での実践を聞いて、自分の中に以前からあった留学願望が
 消えていなかった、ということを再認識できたということがある。
 遅すぎると言うことはない。
 少しずつだけど、英語の勉強でもしておこうかな、という気になった学問の秋の夜なのでした。



 12月1日

 2夜続けてジャズを聴く。
 日々の喧騒に振り回され、結局このサイト上での紹介は間に合わなかったが、
 昨日は恒例の「Big Apple in Nonoichi」が開かれた。
 もちろん大好きな井上智さんもやってきた。
 そして今日は石川テレビが主催する無料公開ライブ収録
 会場前の金沢市民芸術村のミュージック工房には、すでに長い列。
 以前は知る人ぞ知る、というイベントだったのが、いつの間にやら抽選に外れる人も
 多数に上るほどの人気になったという。
 嬉しいような、内緒にしておきたいような、そんな素敵なイベントである。

 さて、James Moodyだが、御歳78歳というのがまったく信じられないほどのパワフルさ。
 南部なまりの英語でなにやら自己紹介か何かを話し始めたと思ったら、
 いつの間にやらその言葉がリズムを刻み、メロディーを奏で、曲が始まる。
 曲の合間にも、ちょっとしたおしゃべりをはさんだり、メンバーにこちょこちょ声をかけたり、
 その上ラップまでやってしまって、そこに居る人すべての興味を少しもそらさない。
 Jamesは終始満たされた優しい目をしてステージ全体、いや会場全体を包み込んでいた。
 演奏するメンバーも観客も、クルクル動くJamesの大きな瞳に吸い込まれるように、
 瞳を大きく開き、そしてその瞳はまもなく笑みで細まり口元は自然と緩む、その繰り返し。
 楽しい楽しいライブだった。日頃の嫌なことなんて、なんて些細なことなんだろうと、
 肩の力がフッとどこかに抜けて行った。

 Jamesはソプラノ・テナー・アルトと各種サックスを操るほかに、フルートも演奏する。
 歌も大層好きな様子だった。そして、この歌がこれまたどうしようもないほどうまい。
 こうなるともう、全身楽器、という感じだ。
 普通は人間が楽器を持って演奏する、というイメージだが、彼を見ていると、
 どこまでが体でどこからが楽器なのか、さっぱりわからなくなってしまう。

 と、ステージ全体を見渡すと、他のメンバーの奏でる音楽もそう見えてくるから不思議だ。
 特に井上智さんのギターが歌っていた。まるで彼の優しい心を代弁するかのように。
 4年前に初めて出会ったときも、その歌う音色に一目惚れしたのだが、今嬉しいのは、
 その音が年を追うごとに優しさとか柔らかさを増し、それでいてクールさと色気も増していることだ。
 これぞ齢を重ねるほどにどんどん高まっていく大人の魅力。
 そんな彼のステージを見るにつけ、私は以前楽屋にお邪魔した時のことを思い出す。
 彼は嫌な顔一つせず迎えてくれて、そして「ちょっとごめんね」と基本の練習を幾度も繰り返した。
 NYで活躍するギタリストの凱旋公演、といった仰々しいイメージとは容易に結びつかない、
 その謙虚で真摯な姿に私はただただ胸を打たれた。そして、ますます彼を好きになった。
 毎年聴く彼のギターの音が変化し続けているという事実は、彼があの練習を今でも続けながら
 その他の色々な経験を積み重ねていることが、確実に音色という実を結ぶという証しだ。

 だから。
 私は勇気をもらう。
 変われるのだ、という勇気を。

 それから。
 愛をもらった。
 「James風の挨拶(※)をしようか」と頬をすり合わせたときに感じた彼の存在の大きさと、
 その手の温かさと柔らかさは、他の何でもない、
 愛だろうと思う。

 愛は伝染する。
 Jamesからメンバーへ、そして観客へ、スタッフへ、その家族へ、その知り合いへ、お隣へ、、、
 大袈裟だとは思いつつも、こんなことを平気で言えてしまうようになる、というのが、
 今回のステージに対する私の心からの賛辞である。

 (※):Jamesはツアー中毎朝、メンバー(もちろん男女不問)全員の頬にキスをしたんだそうな。