home past next

 

2002年3月のお嬢


 

 3月19日

 日曜の午後、とてもヒマだったので、TVでやっていた『男はつらいよ 奮闘編』を観た。
 何を隠そう、生まれて初めて観る、寅さんである。
 第7作というからかなり古い作品で、ヒロイン役の少女が榊原るみだ。おぉ。
 ごろ寝していた親父がぬぅと起きあがり、「しっかりやれよぉ、若人よ」と言う寅次郎に、
 「お前がしっかりせぇっちゅーねん」などと突っ込みを入れ始めた。
 いやに楽しそうやねと言うと、母と初めて一緒に観た映画が寅さん3本立てだと言う。
 3本立てってあんた。
 傍らで母が一言、「うんざりしたわよ」。
 坂田利夫をこよなく愛し、吉本新喜劇と寅さんにかぶり付きの父と、
 茶道・華道・書道の免状持ちの母が、よくまぁこれまで一緒にやってきたものだと。

 家族揃って『ドリフ大爆笑 傑作集』を観る。
 我が家の食卓は、最近にない異常な興奮に包まれ、みな涙を流して爆笑している。
 かつてドリフは、教育上よろしくない、などと言って、PTAの目の敵にされた時期もあるようだが、
 まったくそんな家庭に育った人は可哀想だなぁ、と思わずにいられない。
 かくいう我が家もファミコンはずっと買ってもらえなかったので、私はいまだにゲームが苦手なのだが、
 ファミコンの無い人生とドリフの無い人生、どちらを取るかと問われれば、答えは明白。
 それが、私のDNAだ、と思う。



 3月17日

 ここで誰かに遠慮していてもしょうがないので、正直に愚痴ってしまおう。
 この1ヶ月ほど、かなりの頻度で悪夢にうなされては、目が覚めた。
 すべて仕事の夢だった。
 つまらない話だ。まったく、つまらない話である。
 そんなこと、百も承知であるけれど、それでも私は夜毎苦しい夢を見た。
 雪山に逃げ込んだ2晩も、3日目の朝には、やはり悪夢で目が覚めた。

 契約更新の時期である。
 全てのメンバーに契約延長の話が提示されている中で、何人がそれを拒否するか。
 別に私の知ったこっちゃない次元の話なのだが、この時期あちこちから聞こえてくるのは、
 各々のチームリーダーへの容赦ない評価だ。
 あんな人の下で働けるわけないじゃないのよ、という激しい叱責。
 ということは同時に、私に対する評価もあちこちを飛び交っている、ということだ。
 私のチームは、16人のメンバーが驚くほど穏やかにまとまっている、と評価を受けているらしい。
 それはキミの人徳によるところが大きい、という世辞や賛辞も貰ってみたりして。
 しかし、そのいかに儚くもろい物であるかは、これまでの経験から明らかだ。
 だいたい、その評価が真実かどうかもわからないのだから。

 もうこれ以上傷つくのはイヤだ。
 いつからかそう思うようになって、他人はおろか、自分のことまで信じなくなった。
 だから誰にも何も期待しないし、期待していないから腹も立たないし、怒ることもない。
 周囲はそんな私を見て、懐の深い、穏やかで、冷静なリーダーと思っているようだ。
 しかし今、その反動がすべて自分に向かっている。
 私は苦しい。
 とても苦しい。
 どこかに逃げてしまいたい。
 そんなことばかり考えているけれど、私には、どこにも逃げる場所がない。



 3月15日

 よくわからないまま、1ヶ月もの時間が経ってしまった。
 私はひどく疲れているようだ。
 今朝、ついに目覚めることが出来なくなって、電車を逃してしまい、
 それを幸いに医者に行くことにした。

 訪れたのは市中心部にある、割と名の知れた耳鼻咽喉科だ。
 1週間ほど前から右の耳が痛んで、仕事の邪魔になっていたのだ。
 私の右耳と言えば、もうかれこれ10年ほど、耳鳴りが止まないという曲者で、
 それが最近特にひどいこともあり、まとめてなおして貰おうという魂胆だった。

 医者は陽気でテンションが高く、それでも手際よくそして親切だった。
 診察と聴力検査を終えた後、耳の構造図を見せながらわかりやすく説明してくれた。
 耳が痛いのは近いうちに治まるけれど、耳鳴りは治りません、と。
 むしろ治して欲しかったのは後者だったので、結構ショックである。
 夜10時半を過ぎると時報を聞いたかのように鳴り始める、このモーター音のような耳鳴りと、
 この先ずっと付き合って行けってか。そりゃあんた、悲しい話だわ。
 それから「おっ、君ラッキーだよ」というので「なんで」と問うと、
 「キミ扁桃炎だよ、見つかって良かったねぇ」、とな。ラッキーねぇ…。

 ストレスと疲労がよくありませんから、気を付けて下さいね。
 そんな医師の言葉が、職場に向かう足取りを重くする。
 仕事は嫌いじゃないのだが。