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 2001年11月のお嬢(上)


 11月11日

 婆さんの涙声で目が覚めた。
 まったくもって、気分が悪い。
 
 何故近所のMちゃんがお嫁に行ったのに、うちのお姉ちゃんはまだ行けないの。
 この歳になって今頃また学校に行ったりして、どうしてそんなことやってるの。
 あなた達は親なのに、どうしてそれをあの子に言ってやらないの。
 あなた達は親だというのに、あの子がこれでいいと思っているの。

 私は部屋から出るに出れなくて、涙を堪えて布団の中でその話を聞いた。
 それが婆さんの周期的にやってくる「ねぇちゃん結婚させたい病」というビョーキの発作だ、
 ということが分かっていても、私ののどの奥はジーンと引きつり、鼻の奥は苦くなった。

 幸い両親が、いつか私が彼らに説明したことを代弁してくれたお陰で、
 納得いかない様子であったとはいえ、婆さんの発作は治まった。
 勉強するって言ったってあの歳じゃもう遅すぎるわいね!(泣)と言った婆さんに、
 ほな、自分はいま何歳じゃ!言うてみぃ!と言い放った父には笑った。
 婆さん絶句81歳。
 私が婆さんの歳になるまで、まだ50年以上ある。

 ちなみに婆さん私を、以前勤めていた大新聞社の記者の嫁さんにしたかったようだ。
 (なんとなれば、それは婆さんの娘がそうなりそうになっていながら、そうならなかったから)
 もう数週間もすれば、きっと大電話会社にだれかいい人おらんのか、と言い出すはずだ。
 (なんとなれば、それは婆さんが大企業高学歴高収入フェチだから)
 参考までに言っておくと、今の職場にいい男はまったく居ない。
 (大体、今じゃ大企業高学歴高収入の条件も満たしていないような気も…)
 どういうわけだか知らないけれど、若者からオヤジまで、ホントにむさい男が勢揃い。
 (それはもしや派遣先が子会社だからなのか…)
 というわけで、婆さん、悪いけど、結婚は妹が先になりそうだ。
 ご苦労さん。



 11月10日

 きょうもひとり。
 ウンポコに行くと早速昨日のことを笑われる。
 それから店に入ってきた知人にも、昨日のことを笑われる。くっそー。
 っていうか、なんでみんな知っとんねん。連絡網でもあるんかい。
 金沢新天地商店街にも可及的速やかに守秘義務の制定を。

 「あなた『お嬢』ですよね?辛口コラムの」と声をかけられる。
 は?お嬢?辛口?ああ、そういえば、ここはお嬢の日記。
 以前から顔と名前は知ってる人だったが、彼は私と「お嬢」が一致していなかったそうで。
 わざわざお声がけ頂きありがとうございます。
 ってか、辛口コラムねぇ。
 ここについて、女性陣は面白い面白い、と言うけれど、男性陣はきついと言う。
 ひょっとして私、フェミ入っている?それってまじ勘弁してよ、とか思ったりもするんだけど、
 んなこと言ってはいけませんね。世の中そういう考えの方もいらっしゃいますから。おほほ。
 何故ここを書き続ける(さぼってばかりだけどさ)のか、ということを、久々に考えた。
 切れ味は限りなく鋭く、懐は限りなく深く。
 そういう人間に、私はなりたいのだ、たぶん。
 どちらも「限りない」わけだから、死ぬまで実現しないであろう夢。
 それもまた良かろう。
 死んだ後に、誰かが適当な評価を下すだろう。

 飲みに行く前に、あるシンポジウムに出席していた。
 6月に実習でお世話になる病院の理事長がパネリストだったものだから、ご挨拶。
 曰く、最近は枠にはまった仕事しか出来ない人が多くてちっとも面白くないので、
 実習でも実務についてからも、枠に囚われずにとにかくガンガンやってみなはれ、と。
 なんだかグァーッとした勢いのおじさまで、いい人なんだかどうだかよくわからなかったけど、
 ずっと枠にはまれずココまで来てしまった私には、心強い言葉だったので素直に喜んだ。
 この私にも、居場所があるというのだろうか。

 新天地のHPで流れる『夕焼け小焼け』が悲しいから、今日はもう寝る。
 

 11月9日 素朴な疑問

 ひとり訪れた1軒の店で、7時間もしゃべりたおす私って狂ってる?



 11月8日 というわけで

 本日は晴天なり。
 弁当を持って外に出る。
 皆には、ちょっと用事があって、とだけ言っておいた。

 え?用事?銀行?そしたら誰かに自転車借りたら?近いよ?早いよ?

 いえ、あの、銀行でも何でもないんです。ただ一人になりたくて。うぅ。
 休憩時間は休憩させて下さい。お願いします。
 あたしはたぶん半ベソの引きつった顔をしていたことだろう。
 みんな、いい人なのはわかるのだ。善意のかたまり、みたいな人も居る。
 だけど、あたしが欲しいのは、それではなくて。

 公園のベンチで弁当を広げて大きく息をする。
 どこかのおばさんが食べ残しのスパゲティをカラスにやっていた。
 カラスはしばらくそれをついばんだ後、食べきれない分をくちばしにくわえて運んでいった。
 巣だかねぐらだか、何処に持っていくのか、飛べばいいのに小走りで。
 カラスの小走りってのは、人間のスキップみたいなリズムの動きで、可笑しくなった。
 三方岩岳の頂上以来吸っていなかったタバコを吸いたくなった。
 ベンチには誰が付けたか、空き缶の灰皿が下がっていたけれど、タバコがなくて諦めた。
 会社の喫煙室は、いつだって煙と人であふれている。
 あんな所で吸うくらいなら、禁煙した方がずっとましだ、としみじみ思う。
 私は欲張りなのだろうか。
 それともただのわがままなのか。



 11月7日 ささやかな悩み

 仕事は結構忙しい。
 残業も、ノルマも義務もないけれど、山積みになっている処理待ちの書類を見ると、
 なんとかしよっかなー、という気になってくる。
 まぁ、割り増しされた時給がきちんと貰えるから、残業に対して被害者意識も全くない。
 そういうわけで、私はせっせせっせと残業する毎日。
 家に帰ると、とてもじゃないが、パソコンの前に座る気にはなれない。

 残業をイヤだイヤだ、という人は、私やその他の残業常連組を見て、偉いよねーと言う。
 で、私は、またかよー、と思う、いつものパターン。
 無給で残業してるなら、そら偉いことかも(いや、アホかも…)しれんが、
 ノルマも義務もない中で、自分の選択としてやっていることに、エライもスゴイもないんである。
 おしゃべりが苦手な私など、ついつい本音で「いや、偉くないし」とか言っちゃうもんで、
 「んなことないってー」「いや、まじで偉くないし」みないな不毛な会話が延々続いてしまう。

 仕事はちっともきつくない。
 だけど、唯一、昼食時間の世間話だけが、私の悩みの種である。
 あした天気になあれ。
 そしたら一人で飯に出よう。
  

 11月5日 悪癖

 いい歳して、いい加減にやめなくてはいけないなぁ、と思っているのだが、
 どうしても、人を見かけで判断してしまいそうになる癖は治らない。
 私は大勢の人の中にいるのが苦手だから、その恐怖から逃れるために、
 ついつい周りを悪者にしようとしてしまう。
 こんなことをしていても、恐怖はなくなるどころか、どんどん大きくなっていくのだが。

 敬語の使えない人、ブランド物で完全武装している人、とてもスタイルの良い人、
 とても痩せてる人や太っている人、それから事務処理能力の劣っている人。
 一見して優秀だと分かる、ごくごく希な人間以外は、私にとって恐怖であり、
 苛立ちの原因になる。当然胃も痛くなる。
 しかし、前の職場でもそうだったように、結局はある程度話したり過ごしたりするうちに、
 互いの自己開示も進んで、そんな恐怖も薄まっていくということは、私だって知っている。
 わかっているのだけれど、やめられない、止まらない、というのが厄介なのだ。

 胃痛持ちや頭痛持ちの子がいた。
 彼女らも、私と同じ様なことを考えて、それで派遣前日は胃が痛くて眠れないのだという。
 少しだけホッとする。
 そうやってクヨクヨウダウダしているのが、自分だけではないと分かっただけでも、
 ひとつ大きく深呼吸ができたような気がする。



 11月4日 わが心の大阪メロディー

 ゆうべやってたこの↑番組は、NHKによると「大阪からの双方向番組」なんだそうだが、
 それにしてはとてつもなくあくの強い歌謡番組であった。
 司会が歌番組ではおなじみ宮本隆治アナと「生活笑百科」の大富豪上沼恵美子。
 で、「ふたりっこ」のマナ・カナ姉妹に「ほんまもん」池脇千鶴と桂三枝が出てきて、
 中盤、吉本新喜劇(しかもチャーリー浜まで来た!)が始まったかと思ったら、
 浜村淳まで出てきて歌紹介!
 そのうちバースが「大阪サイコー阪神サイコー諦めるなよー!」みたいなメッセージを
 (英語だったけど)送れば、会場は興奮の渦に包まれるっちゅーもんや。
 ここまで大阪の価値観を過剰に放出しておいてなお「双方向」と言うのだからスゴイ。
 すっかり公共放送の域を越えてしまったNHK大阪放送局をアイシテル。

 『悲しい色やね』を上田正樹が歌う。
 この歌以外を歌っているのを見たことがないけれど、この人は普段何をしているの?
 歌手かしら。それとも、小さなライブハウスとかやってたりして。んなこたないか。
 相変わらずどっぷりハマれる歌なのだが、歌い方がすっかり変わってしまい、惜しい。
 普通に歌えばいいものを、あーでもないこーでもない、とメロディを崩してしまい、
 なんだかネチっこい歌にしてしまっている。
 ひとつの曲を20年近く?も歌う、ということはそれだけ難しいというのもわかるのだが、
 それにしては、ここ数年のメロディーラインの崩れは尋常ではなくて、
 まぁ、ああいうのが好きだ、と言う人も居るんだろうけど、我が家ではまったく不評。
 それにしても、普段何事においてもまったくまとまりのない我が家において、
 全員が口を揃えて「イイ歌だ」と認める『悲しい色やね』恐るべし。
 というわけで、我が心の大阪メロディーは、この曲に決定致しました。
 (っていうかおなじこと考えている人は山ほど居るわけで)

 ちなみに、父はというと、番組の中盤からずっと「中村美律子はまだかーまだかー」。
 だから、さっき『河内おとこ節』歌ったっちゅーねん。わからん人やね、まったく。
 そういう私の説明ももろともせず、最後まで中村美律子がトリを取ると信じていた
 我が父上に脱帽である。



 11月3日 独身女の休日

 休日出勤。
 来ても来なくても良いよ、と言われるが、祝日なので割増時給につられ出勤。
 弁当も支給?よくわからないけど、そういう特典も付くらしく。
 しかし、連日の慣れない早起きでへばった私は、お昼で退社。
 そういう融通のきき方も、なかなか快適。前職場よりずっと快適。
 さすが親方日の丸。利用者の立場から見ればいらつく会社も、
 中に入ってしまえば、楽ちんぽん。大企業サイコー。

 昼食に「ぼでぢゅう」で焼きそばと生ビール(小)。
 妙齢(←自分でいうな)の女がひとり、お好み焼き屋で昼からビール。
 何かおかしいっすか?
 仲良しの店のオヤジに「昼から飲んどっていいがかいや」と言われても気にならないが、
 後から隣に座ったオヤジに「今時の若い人はねー」と言われると、それはムカつく。
 ほなお前も飲めや、と思ったら、下戸だったそうで、ご愁傷様。
 しかし、そのいじくらしい隣のオヤジとも、広島のお好み焼きは「みっちゃん」が旨い、
 と意見が一致してしまったあたりが悲しい。
 それはそうと、独特の中太麺が魅力だったのに、麺が変わったらしく、少し味が落ちた。
 店のオヤジにそれを言おうと思ったが、隣のオヤジが私に触発されて注文した焼きそばを
 美味い美味いと食っていたので、気を遣って言わずにおいた。

 『赤い橋の下のぬるい水』を観る。
 不覚にも居眠り。短時間とはいえ、直前のビールのせいか、タダ券のせいか。情けない。
 オトナの性愛ファンタジー、だとかなんとかで、15歳未満入場禁止のR指定。
 普段は映画なんて観てないだろう、オヤジがちらほら。何を期待していたのやら。
 座って居るだけならともかく、途中退場はやめてくれ。しかも何人も。
 エロシーンだけがみたけりゃ、駅前シネマがあるだろう。いや、それも失礼な話やな。
 ピンク映画にも途中退場に怒るお客ははたくさんおるやろうから、エロビデオで我慢せい。

 ストーリーは私にとっては難解。
 映画瓦版では、『うなぎ』を「妙に枯れた作風になり、まるで干物か薫製のよう」と
 書いているけれど、私はそっちの方が好きだった。もう何度も観ている。
 とか書くと、随分私が根暗のように見えるだろうが、実際そうなんだからしかたない。
 というか、ひとことで言えば『うなぎ』の方が、簡単なのだ。ただそれだけ。
 『赤い橋…』は中高年の人にはえらく高い評価を受けているみたいだが、
 私には、もう、なんて言うか、はっきりいって、さっぱりわからなかった。合掌。
 とはいえ、けっして、腹が立っているとか、つまらんとかいうのではない、悪しからず。

 役所広司は相変わらず良い。
 中年男の尻たるもの、あれほど美しければ、鑑賞に堪えられるどころか目の保養になる。
 それから、清水美砂もまた相変わらず良い。
 妊婦でありながら、あの壊れっぷりは大したモンで。「でちゃう」は必聴(?)のセリフだな。
 それにしてもやっぱり映画の中身は不可解だったなぁ。
 それとも、私も歳を取れば、容易にわかるようになるんだろうか。
 むむむー。久しぶりに映画を見たあとに考え込んでいる。
 それはそれで、この映画を見て良かったってことなんだろうか。むむむー。



 11月1日 初出勤

 やはり、何度経験しても初出勤は疲れる、というこって。
 雷が鳴る。
 犬が怯えて私の後をついて歩いて、足元で震えている。
 今日は早く寝よう。
 おやすみなさい。