機動戦艦ナデシコ 〜パーフェクトシステム#44〜





 二二〇四年十二月七日――
 ガーディアンにより人類に対するメッセージが発せられたが、瞬時にその意味するところを許容できた者はごく少数だった。
 なぜならば、地球人にとってガーディアンの存在は当たり前過ぎて、彼女が人類に敵対するなど考えた事もない者が殆どであり、ガーディアン流のジョークか何かと思っていた者すら居る。
 例えそうでない者であっても、ライフラインの大部分をガーディアンとグローバルネットワークに依存じている地球圏の現状を鑑みて考えれば、ガーディアンの敵対イコール人類の滅亡という結末が用意に想像出来るわけで、その絶望的な回答が半ば無意識な許容の拒絶を導いている。
 驚くべき事に地球では政府や軍の関係者にもそういった考えを抱いていた者は少なくなかった。
 故に各主用都市上空へ展開していたGS艦艇――観艦式に参加していなかった警備艦隊に属する物――からグラビティブラストによる艦砲射撃が始まった時、シェルターへ避難をしていた人の数は驚く程少なかった。
 GS艦隊が最初に攻撃を行ったのは、地球圏の各所で発電施設として稼働している相転移ジェネレーターだった。
 ここ数年の間にマイクロウェーブや原子力にとって変わったこれらの発電施設は、既に地球圏で消費される全電力のおよそ七〇パーセントをまかなっており、それが絶たれるという事がどういう結果になるかは子供であっても理解できる。
 ガーディアンからのメッセージがジョークなどではなく、紛れもない真実として実行に移された時――即ち宣戦布告から数秒後には、地上は無論、衛星軌道や月面にある全ての、相転移ジェネレーターが破壊され、地球圏のライフラインは寸断された。
 最初の一撃で正確無比に相転移ジェネレーターを完膚無きまでに破壊せしめたGS艦隊は、次いで人々が受け入れ難き事実に唖然としていた間隙を付いて、地上や軌道上に存在する軍の施設への砲撃を行った。
 反撃は行われるはずもなかった。
 完全な奇襲に加え、電力を絶たれた基地も多かったのだから。
 しかしそうでは無かった基地であっても、結果は同じ事だった。
 なぜならば、突然の事態に軍人までもがパニックを起こしており、冷静さを取り戻して組織的行動を取るよりも早く、GS艦隊による砲撃は始まっていたからだ。




§






 ゼロス要塞近海で行われていた観艦式は、人類にとっての阿鼻叫喚の地獄絵図の具現となった。
 地球圏の力の象徴だったグレイゾンシステムは、その一糸乱れる統制力をそのままに、連合宇宙軍艦艇に襲いかかり、宣戦布告から数分の間に壊滅的打撃を与えていた。
「馬鹿なっ!」
 悲鳴と怒号が飛び交うグロアールのブリッジ、その指令席でミカミ提督は限界まで紅潮させた顔で吠えていた。
「戦艦リグリティス大破、駆逐艦キキョウ、サザンカ轟沈、空母ハイドランジア交信途絶!」
 オペレーターの悲鳴の様な報告は、ひたすら一方的な自軍の損害を伝えている。
「観閲艦ディーフェンバキアからSOSが」
「そんな物放っておけ! 今は一刻も早く我が艦隊を退避させる事が……な、なんだとっ?!」
 ミカミの言葉は最後まで発せられる事はなかった。
 彼の血走った目が捉えたのはブリッジ内に咲き乱れるガーディアンのロゴ。
 様々なデータを表示していた各ウインドウは、全てガーディアンのロゴマークに上書きされており、それはグロアールの全システムが乗っ取られた事を意味していた。
 火星の後継者達がナデシコCのシステム掌握によってその戦力を無力化された事例を教訓とし、グロアールにはこれまでにない程堅牢な防壁や対ハッキングシステムが装備されていたはずだった。
 しかし僅か数分の間に全てが破られ、ミカミはかつての反逆者達と同じ、無傷のまま拿捕される――即ち軍艦乗りにとって最大の屈辱を味わされた。
 そしてその屈辱は、彼の身体に漲っていた怒りさえも霧散させ、力を失ったミカミは倒れるようにシートに背を預けた。
「状況報告しろ!」
「ええい、何とかするんだ。それでも貴様等は精鋭第八艦隊の一員かっ!」
「早くシステムを復旧させ……っ」
 裏返った声で喚き散らしていた参謀が、小さな悲鳴を上げてその場で倒れると、やがてブリッジを忙しく行き交っていた他の者達も呻き声をあげ胸や頭を抱えて倒れてゆく。
「な、何事であるか? おい、一体何が起こって……ううっ」
 周囲の異常な状況にシートから立ち上がったミカミだったが、彼もまた直ぐにその他の者達同様に頭を抱えてシートへと倒れ込んだ。
 ミカミを襲った頭痛は明確な呼吸困難を伴い、彼の意識を急速に奪ってゆく。
(これは減圧症……か。何て奴だ、艦内の気圧を操作して人間を無力化するとは……)
 ブリッジの外で広がる一方的な殺戮劇と、そんな最中にあって一発の被弾もしていないグロアールの状況に、ミカミはガーディアンの思惑を理解した。
(いや、無力化だけではない。奴はこの艦を自分の戦力にする気だ。やはり奴は人類の守護神なんかじゃ無いっ! 奴は……奴は……紛れもない人類の敵だ)
 ミカミはそう確信して自分の無力さを嘆くと同時に、自分の考えが間違っていなかった事に対してだけ微かな満足を覚えた。
 ふと視界に、破壊された他の艦艇の残骸を盾に退避行動をしていたトビウメが見えた。
 敵対していたからこそ力を認めていた男の艦だ。
「ミスマル……後は任せるっ!」
 消えゆく意識の中、ミカミは最後の気力を振り絞り、離れてゆくトビウメに見事な敬礼をして見せた。
 急速に気圧を下げられた事で、グロアールのクルーは全員が意識を失いその場で倒れた。
 この時点では意識を失っただけの者も数多く存在したが、ガーディアンによって艦内のエアコンが停止されると、艦内温度は急速に冷え込み、やがて全ての乗員が凍死した。
 強大なGSに対抗するべく人類の力の象徴として産まれたグロアールは、数千人の凍り付いた人員を載せたまま、竣工したその日の内にガーディアンの軍門へと降る事となった。




§





 地球圏の宇宙と陸の両方で同時に行われたGS艦隊による一方的な第一次攻撃は、僅か小一時間程度で終わった。
 殆ど全てが奇襲に近い状態で行われた結果である。
 この僅かな時間で、地球圏では全ての発電用相転移ジェネレーターとその付随施設、そして基地や軍の関係施設が壊滅した。
 グローバルネットワークで管理されていた交通システムの麻痺や、パニックを起こした者達による交通事故や、火事場泥棒敵な略奪行為や暴動による死傷者は居るものの、GS艦隊からの民間居住区への砲撃はされておらず、攻撃による直接的な民間人の被害は世界規模で行われた攻撃にもかかわらず極僅かだった。
 例外的に襲われた施設も幾つかあり、それらは流れ弾によるコラテラルダメージと思われたが、実際のところマフィアや政治結社といった裏組織の施設であり、その全てに非合法な手段で入手されたと思わしき、反重力ジェネレーター(流石に相転移ジェネレーターを装備している施設は皆無だった)や、無人機動兵器といった旧火星文明のテクノロジーを所有していた物であり、その事実を考慮すればガーディアン達の攻撃が、完全な意志の基によって行われていた事が分かる。
 またこの時点では首相官邸や連邦政府議事堂といった政府関係施設や、警察施設や病院、そしてマスコミ各社といった施設への攻撃も殆ど行われていなかったが、それら施設は物理的な攻撃を受ける変わりに、ガーディアンによってシステム掌握が行われており、通信・放送・各端末の利用制限によって機能は麻痺状態に陥っていた。
 軌道上からの艦砲射撃によるターゲット施設の破壊と、システム掌握による無力化という第一次攻撃が完璧な形で終わり、次ぐ第二次攻撃の為にスプリガンはGS艦隊を地球へと降下させる。
 無論、彼女に制御されたレスターク級主力戦艦やロベイオン級機動駆逐艦は、何の抵抗も受ける事なく降下を完了した。
 降下したGS艦隊はその艦載機であるライネックス戦闘機やノウゼンハレン人型機動兵器を用いて、艦砲射撃では攻撃不可能なターゲットを襲撃してゆく。
 その頃には人類も事態を受け入れていたものの、時は既に遅く、抵抗は不可能な状態だった。
 一部の者達がエステバリスやステルンクーゲル等の機動兵器を持ち出して五月雨式な迎撃を行ったものの、その全ては
 なお、シベリアにある大規模ジオフロントへの攻撃は
ピンポイントによる第二次攻撃が
し、
 
 GS艦隊を大気圏内に投入を




 ガーディアンやスプリガンによる攻撃に明確な意図が感じられる結果であるが、

 しかし、そういった状況を考えると、
他には反重力ジェネレーター







§





 




§







 暗い闇――何処までも何処までも深く暗い闇。
 この闇の中にこの身を投げ出したのは何度目だろうか?
 ――自分の出生を知った時。
 ――大切な居場所を失った時。
 ――あの人達を載せた往路機が事故で爆散した時。
 ――二度目となるお別れの時。
 ひょっとしたら他にもあるかも知れないけれど、
 ここは嫌い。
 寒くて、寂しくて、息苦しい。
 ……う!
 暗闇に誰かの声が響く。
 ……ちょう!
 緊迫を含んだ激しい声。
 ……んちょう!
 聞き覚えのある声だと判ると、闇が薄らいでゆく。
 ……艦長!
 私の良く知る人が私を呼ぶ声だと理解したら、周囲がにわかに明るくなって行く。
 ……艦長っ!!
 変声期を迎えつつある、まだ馴染みの薄いハーリー君の声だ。
 私を包んでいた闇にぼんやりとした灯りが差し込み、暗闇が薄らいでゆく。
 同時に覚醒しつつある私の頭脳が、聴覚情報による現状――彼を私を必要とし、呼んでいる事態を把握する。
「艦長〜艦長〜っ!」
 声が低くなってきても、その反応は未だ気弱な少年な雰囲気が抜け切れてないですね。
 大丈夫でしょうか? 姉の様な立場からするとちょっと不安になります。
 そんな心配を含めて私は声を発した。
「聞こえてますよ。ハーリー君」
 私の声に、目元を潤ませ、盛大に鼻水を垂らしながら、ハーリー君が目を見開く。
 ほんの僅かな時間、私と彼の目線が交錯する。
 心配の余りハーリー君は私に抱きついて来るのでは? と思いきや、鼻水をすすり涙を拭ってから表情を改めた。
 うん、ハーリー君もしっかり男として成長しているんだなと実感し、少しだけ嬉しくなる。
 ふと見回すと、見慣れたナデシコBの艦長室。
 医務室じゃ無いんですね……ああ、医務室は今頃きっとてんやわんやで、私のような軽傷者を寝かせておくゆとりが無いのでしょう。
 そう、私は冷静に現状を把握する必要があるのです。
「状況報告……お願いできますか?」
 ゆっくり上半身を起こしながら言葉を絞り出すと、ハーリー君が手元のウインドウの一つを投げて寄越す。
 空中でウインドウをキャッチすると、其処にはナデシコBの被害報告一覧が表示されていました。
 さっと目を通して現状を把握しつつ、ハーリー君の報告に耳を傾ける。
「はい。まず状況と現在地ですが、本艦は衛星ガニメデに不時着し現在急ピッチで破損箇所を修理中です。損害は中破程度ですが、幸いにして相転移機関及びハイパードライブに損害なし。補助機関が被弾しましたが、応急修理可能との事で、機関部に問題はなく全力航行が可能です。艦全体の気密区画も取りあえず問題は無く、ブリッジを含め全ての居住エリアが無傷なのは不幸中の幸いです。ただし兵装の方は随分やられまして、特に左舷のCIWSやVLS群は殆ど機能していません。次に同規模の襲撃を受けた場合、防ぐ事は不可能だと思われます」
「人員の被害は?」
 聞きたく有りませんが、責任者として避けては通れません。
「負傷者は四二名、内重傷者は九名。死亡者は……八名、パイロットのアダムさんとバンガードさんを含みます……うくっ」
 必死に涙を堪えようとハーリー君が嗚咽交じりに人的被害を報告してくれました。
 辛い報告をさせてごめんなさい。
 報告をしただけで悲しみに暮れるハーリー君と、思ったよりも少ない被害故に航行には差し支え無いと判断する私とでは、人間としてどちらが正しいのでしょうか?
 その回答を私が示す事は難しいですが、この都度の損害を被った責任の所在だけは実に明瞭です。
 責任は全て私にあります。
 この部署――つまりナデシコBの責任者は私なんですから。
 だからこそ、私はこれから先、同じミスをしないよう、自身に戒めを刻む為、表示された死亡者リストに表示された顔と名前を記憶する。
 私は私の所為で生涯を閉じた彼等を決して忘れない。忘れてはならない。
 そして、いずれ私は責任を取らなければならない。
 かつてユリカさんも味わった責任者――艦長としての重圧が重くのし掛かり、込み上げてきた胃液が喉の奥を焼く。
 気分の悪さを押し殺し、私は更に胃が重苦しくなるような質問を続けた。
「敵……本艦を襲った敵艦隊は?」
 敵という単語が酷く重く私にのし掛かる。
 私の教育が間違っていたのか、それともあの子達が狂ったのか……今や明確な敵意と殺意を持って、私に相対したガーディアンとスプリガン。
 彼女達の純粋な心は今でも信じたいが、被弾したナデシコBという現実と、死傷者リストを突きつけられれば、それが幻想に過ぎない事は明らかです。
「襲いかかって来たGS艦隊と思わしき敵勢力は全て撃退。一応念のためプローブによる周辺索敵と、外部センサーの展開でピケットを張り巡らせておきましたが、現在周囲に敵影は確認できません」
「全艦撃退……ですか?」
「はいっ」
 断言するハーリー君には悪いですが、幾らナデシコBでも単艦で、しかも私が気を失っていた状態で、GS一個艦隊を退ける事なんか出来たのでしょうか?
「……三郎太さんのお陰です」
 僅かな逡巡に私の考えを読んだのか、ハーリー君がその理由を告げる。
 なる程。彼の言葉に、私は本来この場に居なければならない人物が居ない理由を悟った。
「三郎太さんは?」
「今、医務室で治療中です。怪我は軽傷ですし命に別状はありませんが、ボソンジャンプを多用して……それで、今は疲労が著しく絶対安静状態です」
 ハーリー君の言葉を聞きながら、私はオモイカネのログから先程の戦闘記録を再生させます。
 全く無駄のない動きでナデシコBとアルストロメリアを追いつめてゆく深紅の人型機動兵器ノウゼンハレンと戦闘機ライネックスが、空間跳躍で突如場所を変化させる三郎太さんのアルストロメリアによって破壊されてゆくシーンが映っている。
 他のアルストロメリアもまた、リョーコさんが鍛えたパイロットや一流の傭兵らしい見事な動きを見せて、三郎太さんが作った隙を逃さず敵機を捉えて撃破してゆきます。
 三郎太さんに叱咤され、次第に落ち着きを取り戻したハーリー君のオペレーションによる弾幕も効果的となり、ナデシコBに近付く機体にも損害を与え始める。
 まるで戦闘機みたいな動きで迫るロベイオン級駆逐艦に、ボソンジャンプで機関部を狙い撃ちする三郎太さんのアルストロメリアが映る。
 出航間際に無理矢理取り付けた、アルストロメリアのジャンプユニットが、功を奏したみたいですね。
 違法と知りつつも強行したアカツキさんには、帰ったら感謝の言葉を差し上げる事にしましょう。








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