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 二二〇二年七月七日――私にとって十七回目となる誕生日。
 私は想い出の出発点たる地――サセボに在って、仲間と呼べる大切な人達からの祝福を受けています。
 勿論その事自体は嬉しいのですが、私が最も声を掛けて欲しかった二人の姿が無い事を考えてしまうと、深い霧の中で迷子になった様に心細くなります。
 初めてこの地を訪れた頃の私であれば、こういった気持ちを抱く事は考えられませんので、感情面の成長ぶりは喜び讃えて然るべきかもしれません。
 ですが、こういう時ばかりは昔の無感情な自分が羨ましく思えます。
 悲しみや寂しさとは無縁の生活を送りたい――と考えるのは、誰しもが思うごく普通の感情だと思いますから。
 あ、でもそんな考えでは駄目ですね。
 この寂しさや悲しさという気持ちだって、あの人達が教えてくれた大切な物。それを否定する事は、あの人達をも否定する事になってしまいます。
 だから、私は悲しみや寂しさを受け入れて、今日という日を心に刻み、未来へ向けて生きて行きましょう。

 周囲で響く仲間達の笑い声をBGMに、手にしたコップを口に運んで中のオレンジ果汁を飲み込みます。
 甘くて美味しい液体が喉元を過ぎてゆくと、ほんのささやかな幸せが身体に広がってゆく。
 美味しい物を美味しいと感じる心と、食事の楽しさを教えてくれた人達。
 私は目を閉じてあの人達の顔を思い浮かべる。

 青みがかかった長く艶やかな黒髪と、綺麗なスタイル、そして天真爛漫な笑顔を絶やさなかった女性。
 ミスマル・ユリカ――身よりの無い私を家族として迎え入れ、様々な事を教えてくれた人。

 収まりの悪い黒髪と、どこまでも人の良さそうな笑顔をした男性。
 テンカワ・アキト――私に心をくれた大切な人。

 そしてこの二人は今、この世界に存在していない。
 ユリカさんは永遠に、その明るい笑顔を私に見せてくれる事はありません。
 彼女が自分を見失い、失意のままの状態で逝ってしまったのは、昨年の十二月の事です。
 父親と仲間達が見守る中、彼女は最愛の人に対する謝罪の言葉を繰り返しつつ、最後に私の手を握り一つの願いを残して永遠へと旅立った。
 二度目となる彼女との別離は、異常な状況も相まって前回以上に私の心に大きな影を落としました。
 しかし、ユリカさんから託された願いが、私の心を強くしてくれました。

 だから私は生きている。

 例えユリカさんが鬼籍に入ったとしても。
 例え今、こうして流れている現在に、あの人が存在していないとしても。
 例え孤独や悲しみに押し潰されそうになっても。

 自分の出来る事を模索しつつ、かつての仲間達と共に、あの人が帰ってくる時間が訪れるのを待ち続ける事が出来る。

 だって、あの人は帰ってくるから。

 それを信じて、あの人が帰ってきた時、少しでも安心して暮らせる日々を、そして心から笑える日常を作るため、私は私の出来る事をします。
 それがユリカさんとの想いを叶える事になるから。
 彼女から託された願いと――そして自分が気が付いた想いを大切にする為に、あの人の帰還を待っています。

 あの人のいる場所が、私の居るべき場所だから。

 あの人――アキトさんの帰りを――

 二二〇四年十二月の到来を――

 私――ホシノ・ルリは今も待ち続けている。








機動戦艦ナデシコ 〜パーフェクトシステム〜 #01










 二二〇一年――つまり二三世紀最初の年は、地球圏全土を震撼させた連続ターミナルコロニー襲撃事件と、それに続く火星の後継者によるクーデターの争乱とその事後処理に明け暮れた、人類にとって忌むべき一年でした。
 多くの犠牲者を出したターミナルコロニー襲撃の犯人、世間では稀代の極悪テロリストと称されている漆黒の機動兵器を操る謎の人物とは、ずばりアキトさんですが、その事実を知る者は少なく、ましてあの人がその様な凶行に走った動機や理由に関する真実を正確に知る者となると殆ど居ないでしょう。
 でも、私はそれらの真実を知っています。
 愛するユリカさんの為、そしてアキトさん自身の純粋さ故に、心に鎧を纏って修羅の道を進んだ事を。

 アキトさんが追っていた敵――火星の後継者は、私と一式オモイカネによるシステム掌握によりその主力を失い、その結果彼等のクーデターは瓦解しました。
 その中でアキトさんは自らの生まれ故郷である火星の地で、己の仇敵にして自他共に認める外道・北辰を打ち倒し、そのまま顔を見せる事も無く私達の前から姿を消しました。
 ですが、それが一時的なものであると私は信じています。
 勿論寂しさは募りますが、あの人があの人なりに全ての決着をつけた暁には、私達の元に帰ってくると信じてます。
 そしてそれが、そう遠い未来でない事だとも信じてます。
 なにしろ投降した火星の後継者達の証言や、彼らの研究施設から見つかった資料や物証により、彼等の非道な振る舞いと、それに関連した一部地球企業との癒着が取り沙汰され、今では謎のテロリストすらもその被害者だという噂が流れており、アキトさんの世間に対する負い目も随分和らいでいるはずです。
 そしてなにより、あの人を思う人々の願い――闇から光への帰還――は、必ずあの人の心に届いているはずだから。

 先にも述べました様に、古代火星文明のテクノロジー、その中心であるボソンジャンプを利用し政府転覆を謀った草壁元木連中将率いる火星の後継者は、私が行ったシステム掌握後にその大部分が投降または捕縛され、その結果彼等の武装蜂起事件は収束しました。
 しかし、世界各地で一斉に武力蜂起したクーデター騒ぎと、その混乱に乗じた各種破壊活動と暴動は、多数の死傷者と物理的損害を産み、三ヶ月程過ぎた十二月の今でも大きな傷痕ととして残ってます。
 おまけに幹部数名を含め、その勢力の一部はその後地下に潜伏し、虎視眈々と次の機会を狙っていると思われます。
 事実、その後宇宙のあちらこちらで海賊まがいの、小規模な軍事行動――というか略奪行為でしょうか? を起こしては世間と軍を戸惑わせてます。
 一生懸命と反撃の為の力を蓄えているのでしょうが、ボソンジャンプという切り札を失い、経済的にも軍事的にも、そして世間の風潮的にも不利な立場である彼等の勢力では、全くもって無駄な努力としか言えません。
 さっさと投降すれば、その罰もシベリアでの強制労働で済むんですけどね。

 さて、その内部より三分の一という大量の謀反者を出して面子丸潰れの統合軍は、その後解体の道を進み連合宇宙軍へと編入される事となりました。
 しかしその新生連合宇宙軍ですら、今後は縮小の一途を辿る事になるでしょう。
 いつ裏切るかも知れない組織に、大きな戦力は必要ない――それが地球政府のお偉いさん方の考えだそうです。
 かといって諦めの悪い人達のテロや、海賊行為を黙って見逃す事も出来ませんので、即座に縮小……というわけにもいきません。
 ですから、現在計画されている「グレイゾンシステム」という、無人艦隊構想が実現し整備され次第、順次戦力を交代させてゆくという話です。
 壮大ですね。
 ああ、それだけでは有りません。
 この数年間に二度も壊れかけた世界、どうせなら全く新しい世の中にしてしまえ――という話が出たかどうかは不明ですが、地球や火星を平和に導く為の指針を、コンピュータにやらせてしまえという話になってます。
 これはオモイカネという、優れた前例があっての決定だと思いますが、そのオモイカネを育てた私としては、少々鼻が高いかな? と思ったりします。 ……良いですよね? このくらい自慢に思っても。
 その次世代AIコンピュータと、地球圏全土を覆う一大ネットワーク構想「グローバルネットワーク」、そして「グレイゾンシステム」と、その管理運営といった中核を担う超高性能AIコンピュータ。
 それらの整備と地球圏全体の復興活動が今の世界における急務となっています。
 その為にも烏合の衆である統合軍を取り込んだ宇宙軍は、その余剰人員を整理するべきでしょう。
 地球圏全土での復興活動を行う必要があるご時世に、人手は幾ら有っても足りないんですから。
 復興活動と言えば、アキトさん……じゃなくて、火星の後継者が破壊したヒサゴプランのターミナルコロニー群は、地球圏の復興が一段落してから復旧活動が行われる事になります。
 まぁ、これらの見解は多少私情を挟んでるかも知れませんが、今後の世界の指針は概ねこの様に進むと決まってます。
 かく言う私自身も、今後の予定は決まってるんです。
 それは、救出されたユリカさんの容態が良くなるのを待って、一緒にアキトさんを迎えに行き、そして家族としてまた過ごすんです。

 あ、そうそう。
 先の大戦とそれに続くクーデターの原因ともなった古代火星文明の遺跡や遺産ですけど、戦争の火種という事で全部宇宙の彼方へ捨てる事が決まりました。
 今は無人となった旧木連領内にあるプラント施設も、全てが破壊されてますし、イワト――火星の極冠遺跡なんか特殊なベークライトが流し込まれてしまいました。
 ただ、ボソンジャンプの制御ユニットだけは、捨てるにしても前回の例が有るので、今回は何処か伺い知れない場所へ隠匿したとか……実際、この私でもその行方は知りません。
 グラビティブラストはおろか相転移砲すら受け付けないあのユニットは、破壊する事が出来ないのでこの処置は仕方がないのでしょう。
 ボソンジャンプの行為自体も、ヒサゴプラン上における公式ルート(現在は非稼働中)以外での実施が禁止されます。
 無論、法律上で禁止するだけで、実際に行動そのものを阻止できるわけじゃないんでしょうけど、それでもボソンジャンプを行った者や組織、企業、団体、国家には大きなペナルティが課せられる事になります。
 ジャンプフィールド発生装置、CCの開発・所持・転売・輸出入の禁止なんて内容もありましたっけ。
 ネルガルとかイネスさん個人は大丈夫なんでしょうか?
 まぁ、その法案自体にジャンプ行為を不可能にする効果はありませんが、法的に禁止とする事で牽制や抑止にはなりますし、ジャンプをすればそれだけで起訴できるわけですから、全く無意味って事はないんでしょう。
 もっとも、自在にジャンプが可能なA級ジャンパーは三人しか居らず、ヒサゴプランで使用されている物以外のチューリップが全て外宇宙に捨てられ、更にそのヒサゴプランの復旧が現時点で――他の復興活動の遅れから――少なくとも五年は先という現状では、自由にボソンジャンプを行う事は難しいでしょうね。
 DNA改造によるB級ジャンパー体質の人々の問題もありますが、イメージングが正常に出来ない以上は長距離ジャンプは自殺行為になりますので、まず行われる事はないでしょうから、今後の大きなジャンプ問題となるのは、B級ジャンパーによる”有視界における短距離ジャンプ”となるわけです。
 ま、とにかく、戦争の原因たる古代火星文明のテクノロジー、特にボソンジャンプは、今の、そしてこの先の人類にとって、手に余るものだという事です。
 私がこうして現状を再確認している間にも、 不正や隠匿が行われないよう、地球、火星両政府と、連合軍、そして報道機関の立ち会いの元、マスドライバーやブースターを使用して遺跡やチューリップ、は次々と宇宙の彼方へすっ飛ばされてます。


 そして今、そんな慌ただしい二二〇一年も終わろうとしている十二月。
 私、連合宇宙軍中佐――あ、昇進しました。最年少昇進記録更新です――ホシノ・ルリは、ユリカさんの見舞いの為に、ヒラツカにあるネルガル系列の総合病院へと訪れています。
 約三年にも及ぶ遺跡との融合という非人道的な処遇から解放されたユリカさんですが、その結果心身に影響が出るのは当然です。
 私は家族として、そんなユリカさんの支えになるべく、仕事の合間を縫って頻繁に病院へ足を運ぶようにしているんです。
 かつてのナデシコのクルー達も、時間を作ってはユリカさんの見舞いに訪れてくれてますし、コウイチロウ叔父様なんかは、仕事をほったらかしてまで入り浸ってしまい、ムネタケ参謀長が頭を抱えてましたっけ。
 でも父親なんですから、その位は当然なのかもしれませんね。
 そんな私や叔父様、そして旧ナデシコクルー達の甲斐甲斐しい努力もあって、ここ最近ユリカさんの表情には笑顔が戻ってきました。
 となれば、後はあの人――アキトさんだけです。
 アキトさん。
 ユリカさんの大切な人。
 そして――
 私にとっても大切な人。
 ・
 ・
 ・
「ねぇルリちゃん終わった?」
 上半身を起こしていたユリカさんが私に向かって言いました。
「何が……ですか?」
「さっきからブツブツ……ユリカ、老けたルリちゃんがそのまんまボケちゃったのかと思ったよ〜」
「失礼な事言わないで下さい。それに私は老けてません。まだ十六歳です」
 私は口調を荒げてそう応じると、ナイフで剥いたリンゴをユリカさんに手渡しました。
「わぁ。ルリちゃんリンゴの皮むき上手いんだね」
「当然です」
 一生懸命練習しましたから――しれっと答えると、ユリカさん少し表情を曇らせました。
 そうでした、ユリカさんは家事全般が全く駄目なんですね。
「いいんだもん。だってアキトが料理は全部してくれるし……」
「あ……」
 ユリカさんはむくれたと思ったら、そのまま顔を伏せてしまいました。
 やっぱりアキトさんの話題になったからですね。
 私、少し軽率でしたか。

 ユリカさんが救出され遺跡との融合を解かれたのが八月の終わり。
 それからこの病院へと移送され、イネスさんの検査と治療を受けつつ現在に至ります。
 その間、アキトさんはただの一度も見舞いに訪れてません。
 海賊退治や残党狩りが大事なのも判りますが、出来ればユリカさんを元気付けてあげて欲しいです。
 それで、私ともお話してくれれば尚良しなんですけど……あ、あくまで”ついで”って事ですよ。

「アキト……どうしてるのかな? ルリちゃんも会いたいよね?」
 私が差し出したリンゴを囓りながら、ぼそっと呟くユリカさんの姿を見ると、やはり普段の態度は無理をして明るく振る舞ってた事が判ります。
「……はい」
 アキトさんが何をしているのかは何となく判りますけど、それを今のユリカさんに伝えるのは酷な様な気がします。
 だから、私はただ短く俯き気味で答えるだけにしました。
 ユリカさんにとっては、火星の後継者に拉致されてからの三年間は、ただ長い夢を見ていた様なものらしいです。
 人体実験の記憶は殆どなく、最初に何かの適正検査を受けた後は、もう眠らされていたと言いますから、アキトさんが受けたような肉体的、そして精神的な苦痛とは縁がなかった事は不幸中の幸いでした。
 でもユリカさんにとって、目が覚めたらアキトさんが傍に居ないという現実は厳しいもので、先々月頃になってやっとその現実を受け入れられるようになったんです。
 それからは前述した様に、私達の見舞いなどもあって、ユリカさんらしさを幾分か取り戻し、笑顔を向けてくれるようにもなりました。
 でもユリカさんが本当の笑顔を取り戻すには、やっぱり傍にアキトさんが居ないと駄目なんでしょう。
 私はいずれアキトさんが戻ってくる事は信じてますが、こうして表情を曇らせるユリカさんの顔を見る度、彼女の復調を待たずに私だけでアキトさんを連れ戻しに行くべきでは? と思ってしまいます。
「私は……ユリカさんと一緒にアキトさんを迎えに行きたいです」
 私がそう声を絞りだすと、ユリカさん儚げに微笑んで、それから表情を曇らせて口を開きます。
「ねぇルリちゃん」
「はい?」
「私ね……ずっと夢見てた。アキトが酷い目にあってる時も、アキトが傷ついていた時も、アキトが一生懸命闘っていた時も、ただ夢を見てただけ」
「……」
「私……アキトを迎える資格なんか無いんじゃないかな」
「そんな事ありませんっ!」
 弱気になってるユリカさんに、私は背一杯声を大きくしてそう言いました。
 そんな事あるはず無いんです。
 だって、ユリカさんはアキトさんの――
「だって私、籍も入れてなかったし、と言うことは法的にお嫁さんってわけでも無いんだよ。アキトが一番辛い時には、慰める事も、癒す事も、何もして上げられなくて……それでも私はアキトの隣に居ても良いの?」
「あたりまえですっ!」
 私が更に口調を強めて応じると、ユリカさん……俯いてしまいました。
「じゃあ……何でアキトは私の所に来てくれないのかな」
「それは……」
「それはね、あなた達が安心して暮らせる世の中にする為よ」
 私の言葉を遮る様に答えたのは、ちょうど病室に入って来た、科学から医学まで何でもござれのスーパードクターイネスさん。
 略してSDIです。
 私は小さく頭を下げて会釈をしました。
「艦長、調子はどう?」
「悪くないですよ。あ、それにイネスさん、前にも言いましたけど、私ってばもう艦長じゃないですよ?」
 ユリカさんは慌てて表情を笑顔に変えて、少しおどけるようにして答えました。
 少し見ていて辛いですね。
「細かいことは気にしないの。まぁあだ名みたいなものだと思って割り切りなさい」
「ぶーっ。どうせならそんな役職名じゃなくって、も〜っと可愛いあだ名にして下さいよ」
「じゃあ白雪姫とでも呼ぶ?」
「あ、それっていいかも。それじゃ私はアキトのキスで目覚めるんだね。それじゃ寝てないと……」
「そう言ってリハビリサボってちゃ、何時まで経っても自分で歩けないわよ?」
「う〜っ」
 ユリカさん、リンゴをくわえたまま、恨みがましい目でイネスさんを睨んでます。
 でも本当に早く自由に動ける様になってほしいですね。
 でないと、私と一緒にアキトさんを迎えに行く――という計画が果たせません。
「それで、艦長はアキト君が迎えに来てくれない……っていじけてた訳?」
「え? イヤだなーイネスさん。私もう分別の付く大人なんですから、アキトが大変なの判ってますよー」
「そう? でもアキト君は必ず来るわよ。だから艦長は早く身体を元に戻さないとね」
「はぁい」
 少しむくれた様に答えるユリカさん。
 この二年間、私達に隠れて……っていうか、イネスさん自身が死んだふりしてアキトさんの治療に当たってたわけですから、そんな彼女が言うと流石に説得力あります。
「は〜い艦長、調子はどう?」
「ユリカさんやっほ〜。あ、ルリも来てたんだ」
 扉が開き、花束を持ったミナトさんと、学校帰りなのか、セーラー服姿のユキナさんが病室へ入ってきました。
 この病院はヒラツカに有るんで、彼女達はよく見舞いに来てくれてます。
「あ〜もう、ミナトさんまで。艦長は止めて下さいよ〜」
「今更何言ってるのよ。復活したら軍に戻るんでしょ? そうすれば直ぐにまた艦長になるんだから良いじゃない」
「ウンウンそうそう」
 ミナトさんの言葉に頷くユキナさん。二人とも嬉しそうな笑顔ですね。
 でも、ユリカさんの表情がまた少しだけ曇ったの、気のせいじゃないですよね?
「さて、せっかく二人が来てくれたんだし、検査はまた後にするから、今は大人しく見舞われてなさい」
「は〜い」
 イネスさんの言葉に頷くユリカさんの表情は、明るい表情に戻ってます。
「ホシノ・ルリ、ちょっと良いかしら? 貴女のIFSの事で少し話があるの」
「はい? IFS……ですか? あ、それじゃユリカさん、これで失礼します」
「うん。ルリちゃんまたね」
 もう一度ユリカさんに頭を下げて挨拶すると、私はイネスさんに続いて廊下へと出ます。
 寝間着の隙間から見えたユリカさんの身体がぼんやりと光っているのが、何だかとても気になりました。


 暫く廊下を無言で進み、イネスさんのものらしき小部屋に入ると、促されるまま中央にあった椅子に腰掛けます。
 イネスさんはビーカーで紅茶を作り、私には検尿用の紙コップにジュースを入れて手渡してきました。
「……」
 無言でプレッシャーをかけてみましたが、イネスさん全く同じません。
 何も気にせずにビーカーを口に運んでます。
 私は溜め息をついてから、諦めて紙コップを口に寄せて中身を飲みました。
 当然ですが普通の味です。
「で、IFSの話って何ですか?」
「ああ、あれは方便よ。艦長に余計な気を持たせない様にする為のね。もっとも艦長の事だから気が付いてるとは思うけど」
「……」
 何でしょう? とっても嫌な予感がします。
「はっきり言うわ。この三ヶ月間、私が艦長の身体を検査してきたんだけど……」
 イネスさんの言葉を聞いて私は急に胃が痛みだし、自分の鼓動がやけに耳障りな音に聞こえてきました。
「……艦長ね、長くないわよ」
「え……」
 今、イネスさん何て言いましたか?
 私は瞬きもせず目を見開いて、ビーカーから紅茶を飲むイネスさんの顔を見つめました。
「艦長の身体ね、見た目はそんな事ないんだけど、遺跡との融合なんて無茶する為に、かなり弄くられてるのよ。アキト君と大差ないレベルね。
 もっとも彼女の場合は、意識を失ってる状態で実験されてるから、精神的な部分では救われてるかもしれないけど、まぁそれも気休めね。
 そもそも無機物に有機物を融合させるなんて事、普通では考えられないわよ? そりゃ人工心臓とか義眼とか、医療用ナノマシンといった物はあるけど、その逆……つまり人間の身体全体を機械のパーツに使うなんて事は無茶なわけ。
 で、その無茶を叶える為に、妙なナノマシンを体内に使ってるの。その所為かしらね、皮肉にも遺跡と融合している間は身体が保たれてたけど、切り離した途端バランスが崩れて、彼女の身体日に日に衰弱してるわ。
 勿論、そのナノマシンの除去は試みたわよ。でも遺跡と精神のバイパスを行うために艦長の各神経系全てに広がってて、無理に除去なんかしたらそれこそアキト君の二の舞。いいえ、五感の喪失だけでなく、生命の危機そのものに直結するわね。
 それでも万が一の可能性に賭けて無理にでも除去を行うにしても、今の艦長の身体はまず耐えられない……彼女の身体見たでしょ? 気丈に振る舞っては居るけどかなり辛いはず」
「……」
 私はただ無言でイネスさんの言葉を聞いてました。
「ここ数日の間で彼女の衰弱ぶりは急速に進んでるの。さっきリハビリがサボりがちって話をしたけど、やらないんじゃなくて出来ないのよ。だから恐らく本人も先が短いって事には気が付いてるわね。全く……強い人よね、艦長って。だからホシノ・ルリ……貴女も覚悟は決めておきなさい。正直な話、あと一週間……いえ、数日も保たないかもしれないわ」
 理解したくない事実を突きつけられ、私は足下の床が崩れる様な感覚に陥り――
「ちょっと、ホシノルリ! 何よ今こっちは忙し……え、艦長の容態が急に? 今すぐ……」
 イネスさんの慌てふためく言葉と、何か緊急を伝えるコール音を聞きながら意識を失いました。











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