■注意!
このSSは、作者による趣味が丸出しになっており、原作(カノン)の設定を殆ど完全に、完膚無きまで無視しております。
よって「カノンである必要性が〜云々」とSSを評価される方は、今すぐブラウザの「戻る」や「X」をクリックして下さい。
また、原作の真琴や美汐が好きで、その性格が全く異なるSSが許せない方も、出来れば読まずに戻る事を推奨致します。
あ、それから祐一の両親が出てきますんでオリキャラが嫌な人も控えた方が良いでしょう。
ほんの少しですが、ダークが入るかもしれませんので、耐性の無い方はご注意下さい。
内容はタイトルが示す通り、「御先祖様万々歳!」のパロディです。
作品内の台詞は私の記憶を元にアレンジしているものですので、オリジナルとは相当違う部分があります、どうか押井守のファンの方はどうか寛大な心を持ってお読み下さい。 |
人生には誰も立ち入る事の出来ない二つの領域がある。
忘却の彼方へと消え失せた誕生の瞬間と――
臨終の場だ。
誰がそれを見ただろう?
誰がそれを伝える事が出来ただろ?
何という事だろうか。
人生とは、かくも不確定・不確実な起点と終点によって形成された――
実に曖昧な時間に過ぎない。
産声を上げたその瞬間に幕が開いた物語は――
臨終を迎え幕が下りるまでの間――
父親の息子として、母親の娘として――
決して変わらぬキャスティングで進んで行く。
人生がドラマであるならば――
人は産まれたその瞬間から、役者となり舞台に立つ。
それはすなわち――
「家族」という名の初舞台。
そこから、全ての人生は始まるのだ。
不確実な時を抜けて――
誰も予想出来ない結末へ向けて。
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紺碧の青空の下、真夏の日差しに照らされた大地を、一人の男が走っている。
汗だけでなく、目と鼻からもだらだらと体液を垂れ流しながら、手にしたサバイバルナイフを闇雲に振り回し、自分の背丈ほどまで成長した雑草をかき分け走っている。
まるで何かに追われているかの様に、一心不乱に走っている男の格好は、お世辞にもまっとうな生活を送っている者の身なりとは言い難い。
やせ細った身体を包んでいるものは、布きれとしか形容の出来ないマントのような物で、履き物もまるで便所下駄の様な汚らしいつっかけに過ぎなかった。
そんな中、手にしているサバイバルナイフだけが陽光を反射させ輝きを放っており、男のみすぼらしい身なりの中にあっては滑稽なほどに浮いて見える。
やっとのことで草むらを抜けると視界が開け、彼の眼前には高く大きな建物がそびえ建っている。
男が辿り着いた場所は、彼にとって酷く馴染みのある場所だったが、目の前にあるかつての住居――高層マンションは以前とは異なり朽ち果てた姿をしていた。
建物の各所にひびが入っており、沢山ある窓には、割れていないガラスを探す方が困難な状況だ。
明らかに住人が居るとは思えない有様だった。
建物の大きなエントランスに打ち付けられたベニヤ板が、その考えが正しい事を証明している。
男は眼前にそびえ立つ建物を見上げると、その場で震えながら跪き、広げた両手を荒れ果てたアスファルトにつけて、胃の中のものを全て吐き出した。
周囲には誰もおらず、ただ男の嗚咽する音と、むせび泣く声だけが空しく響いている。
あらかたの胃液を口から吐き出し終わって何度か咳き込むと、男は意を決した様に立ち上がりエントランスへ向けて歩き始めた。
扉を塞ぐ打ち付けられたベニヤを、男は手にしていたバールで無理矢理剥がし、ガラス戸をうち破ってその建物の内部へと侵入していく。
ホールに備え付けられていたエレベーターのボタンを押してみるが、砂利が隙間に入っている様なざらついた感触が伝わるだけで、そのランプが点灯する事も無かった。
電源が供給されていないエレベーターにすぐさま見切りをつけると、男は奥の非常階段へと向かって走り出す。
階段に辿り着いても、男はそのままの勢いで駆け上がって行く。
途中でつっかけの鼻緒が切れて姿勢を崩すが、それでも怯まずに目的地へ向かって一心不乱に駆ける。
更にもう片方のつっかけも壊れてしまうも、構うことなく裸足のまま駆け上がる。
一体、何段の階段を登ったのだろうか、やっとの事で目的の階層まで辿り着くと、休むこともせず息を切らせて目的地へと向かう。
とある一室の玄関の前に辿り着いた時、男はやっとその足を止めた。
「っはぁ……はぁ」
滴る汗を気にする事もなく、ただ肩で息をしながら目の前の玄関を見つめている。
表札には掠れてはいるが、微かに「相沢」という文字が見て取れる。
男は一呼吸置いてからドアノブを回した。
鍵はかかっていなかったらしく、鈍い音と共に扉は開いた。
空いた扉をすり抜けて、玄関から真っ直ぐに延びる廊下を、積もった埃を巻き上げる勢いで駆け抜ける。
その突き当たり――リビングルームだった場所に入ったところで、男は立ち止まった。
荒れ果てたリビングルーム。
そこに、かつてこの場で生活していた頃の面影は残っておらず、家具の残骸と割れた窓ガラス、そして埃や天井から落ちてきたと思われるコンクリートの破片等が散乱している。
だが、そんな惨状にあって、部屋には一人の少女が佇んでいた。
中央に置かれた大きな旅行用バッグに腰をかけ、そのまま黙って窓の外を眺めている。
見えるのは後ろ姿だけで表情は伺えないが、羽織っている薄手の黄色いカーディガンと、頭から被った白いブーケが、ガラスの無い窓から入る風に揺れている。
男は深呼吸を何度もして、荒れた呼吸を必至に通常の状態へ戻そうと試みるが、動悸の速度が緩む事はなかった。
その原因は、先刻まで行っていた激しい運動によるものだけではなく、眼前で佇む少女の後ろ姿による部分も大きかった。
男の涙腺が緩み、一旦は止まった涙が溢れてくる。
荒れ果てた室内に男のすすり泣く声が響くが、少女は姿勢を変えることなく、窓の外に広がる青い空を眺め続けていた。
身体を震わせながら咽び泣いていた男の肩から上着が滑り落ちる。
その布きれとしか形容出来ないものを踏みしめて、男は彼女へ向かって足を踏み出した。
「真……琴」
男の歓喜に満ちた声が耳に届いたのか、少女がゆっくりと振り向く。
窓から差し込んだ強い風が、彼女の黄色いカーディガンを肩から落し、ブーケを飛ばす。
真琴と呼ばれた少女の表情が露わになる。
「!」
少女の顔を見て男が立ち止まる。
歓喜に震えていた身体が、一層激しく震え始めるが、男の表情に現れているのは歓喜ではなく――絶望だった。
絶望が、男の表情を一気に険しい物へと変化させた。
「〜〜〜〜〜ぁっ!」
男は声にならない絶叫と共に、手にしていた金属バットを振りかぶると、リビングを駆けた。
涙を流しながら振り下ろした先にある少女の顔。
見開いた両の眼が捉えたその顔は、今まさに金属バットを振り下ろそうとしているその男の顔だった。
今までの苦労を全て馬鹿にしたような、そんな吐き気を催す自分自身の顔に向かって、男は振りかぶったままの金属バットを目一杯振り下ろした。
インパクトの瞬間、世界全体が激しく揺れ、目の前の光景が暗転した。
”キィィィィィィィッッ!”
急激な制動により倒れ、頭部を向かい側のシートへとぶつけた所で男は目を覚ました。
「親不知〜親不知〜」
車内に駅名を伝える車掌のアナウンスが響き渡る。
男は奇妙な格好で倒れた身体戻すと、口元の涎を手で拭いつつ周囲の状況を確認する。
曇った車窓から認められる光景は、雪に埋もれた駅のホームとその向こう側に広がる海と、一面を雲に覆われた空だけだった。
先程まで見ていた光景が夢だと判ると、意識を切り替えるように頭を振る。
男はくたびれたコートを羽織ると、足下に置いてあったトランク――長く使い込まれた古びたトランクの取っ手の間には、これまた古く痛んだ黒い傘が挟まれている――を持ち上げ席を立つ。
”ちりん”
古い物なのか、少し曇った鈴の音が車内を歩く男から聞こえてくる。
温かかった列車の中から雪の積もったホーム降り立つと、一気に冷気が男の身体を包み込む。
途端、男は身体を曲げて激しく咳き込んだ。
長い間続く放浪による疲労と不摂生が、男の身体の蝕んでいたのだろう。
そんな苦しみに全身を震わせている男の横を、地元の子供だろうか――小学校低学年くらいの姉弟らしき二人の子供が、手にした雪玉を投げ合いながら笑顔で駆け抜けて行く。
姉らしき子供が投げた雪玉を避けた拍子に、弟の肘が男の腹部にめり込んだ。
”ちりん・ちりん”
姿勢を崩した拍子に、古びた腕輪に付いた鈴が音を立てる。
それでもぶつかった事に気が付かなかったのか、姉弟はそのままふざけ合いつつホームを駆け抜けて行ってしまい、残された男は雪の積もったホームで暫く蹲っていた。
他の乗客は降りないのか、雪が積もった無人のホームに、男の呻き声と鈴の音の奇妙なハーモニーだけが響いていた。
雪の白と、黒々とした建物と海、そして厚い雲に覆われた灰色の空――モノトーンの世界の中、苦しそうに視線を上げた彼の目に、周囲の色彩とは不釣り合いなほど鮮やかな黄色が映る。
プラットホームの先端で佇む少女の姿。
それは幾度と無く夢の中で見た少女の姿。
首に巻いた黄色いマフラーを風に靡かせたまま、彼女は優しく微笑んで男を見つめていた。
男はゆっくりと立ち上がると、衣類に付いた雪を払う事もせずにその場で少女を見つめ返した。
「真琴……?」
まるでその存在を確かめるように、ゆっくりと少女の名を呼ぶと、彼の吐き出す二酸化炭素が冷気に当たって湯気のように大気中を彷徨っている。
「……」
少女は男の呼び掛けに応じずに、ただ黙ったまま男を見つめ返している。
雪がちらちらと灰色の空から舞い降り始めた。
他の誰も居ない寂れた駅のホームで、見つめ合った二人の頭に白い粉雪が少しずつ降り積もって行く。
今すぐ駆け寄って抱きしめたい衝動を必至に抑え、男は渇望して止まなかった少女の顔をじっと見つめる。
彼女こそ彼の全てであり、そして全てを奪い去った者。
その少女の姿が歪み始める。
男がいつの間にか流れだした涙を腕で拭い、再び目を開いた時、少女の姿は消えていた。
彼女の姿があったホームには足跡一つ無く、その現実が男の心に重くのし掛かる。
「……またか」
男の呟きを掻き消すように、列車の汽笛が鳴りり響いた。
|
§ |
日中に降り始めた雪は、陽が暮れた後になっても止む事はなかった。
とは言え、この雪が降る前から町全体は雪で覆い尽くされていた状況なので、少しくらい新たに雪が降ったところで現状が劇的に変化する事もなく、今この瞬間の天候状態が、この地に住まう人々の関心を得ることは無かった。
しかし外部から流れてきた者――いわゆる余所者にとって、現状は容易に受け入れられる状況ではなかった。
その者が寒さが苦手であったり、雪が嫌いな者であれば尚のことだろう。
日中にこの町へ辿り着いた流れ者の男にとって、彼を囲む現状は不快極まりない状態だった。
放浪の果てに辿り着いた地は、ただ雪が積もってるだけの寂れた町で、只でさえ少ない住人から得られる情報に、彼にとって有益な物があるはずもなく、 衰弱した身体に鞭をくれて少女の痕跡を探しても何も見つかることはなく、ただ男の心を逆撫でる結果となった。
元々薄暗く寒々しかった町は、陽が暮れるとより一層その姿を寂しいものへと変え、町中を流れる風も冷たさを増していった。
空を覆っている雲は厚く、天空に存在するはずの月や星々の明かりを完全に遮断している。
町の中央からやや外れた街道沿いに一軒の立ち食いソバ屋があり、真冬の日本海から吹きすさぶ冷たい風を受けて、軒先ののれんが寒々しく揺れている。
少女の幻影を追って一日中町中を歩き続けた男は、そのソバ屋のカウンターに一人立ち、黙々とかけソバを啜っていた。
「お冷やは要るか?」
カウンターの向こう側から声がかかるも、男は黙って聞き流してどんぶりを口に運び、残ったそばと汁を一気に口内へとかき込んだ。
男が身につけている腕輪から聞こえる鈴の音が、どこか場の雰囲気にそぐわずに違和感を醸し出している。
「お冷や要らないのか?」
そんな男の態度に何かを感じたのか、店主と思わしき男が口調を強めて尋ね直す。
「……結構だ。それにしても美味いな」
最後の一滴までも汁を飲み干し終えて、やっと男は店主の言葉に応じた。
ふぅ、と感嘆ともとれる溜め息を付き、感想を述べると手の甲で口元を拭う。
「かけ一杯一九〇円。本当は……前払いなんだがなぁ」
店主は男の誉め言葉に気付かない振りを装いつつ、カウンターに立った男を値踏みするように見つめる。
車で立ち寄ったのならいざ知らず、目の前の男は徒歩でこの店に現れた。
こんな吹雪の日、それも夜半に徒歩でこの店を訪れるような物好きは、店主の知る限りこの町の人間には居ない。
駅前からほど近く街道沿いという立地も、今の季節では客足に影響を与える事がない。
つまり、この男は何か訳有りだと、店主は長年の経験で直感していた。
親不知(おやしらず)という地名が物語る通り、この地は自分の家族の安否すら気にかけるゆとりが無くなる程、住むには厳しい土地と言える。
今の時期こんな場所に訪れる者は、地元の者とその血縁者を除けば変わり者しか居ない。
見たところ、カウンターに立った男はまだ若いと思われるが、その表情は長い前髪に隠れてはっきりとは見えない。
前髪以上に長く伸びた後ろ髪は、肩の辺りで無造作に束ねられている。
口元にはどこか自虐的とも思える歪んだ笑みを浮かべており、自ら進んで他人とコミュニケーションを取るようなタイプには見えない。
事実、店に入って来た時もただ一言「かけ」と呟いただけだった。
体格は痩せており、羽織ったコートの厚みを差し引いて見積もると、痩せ過ぎという部類に入るだろう。
そんな素性の掴めない無口だった男が、明らかな作り笑顔で話しかけてきた事で、店主の男に対する疑念に拍車がかかる。
「客の誉め言葉にもクールな対応か……良いね。実に良い。それに何より、このソバの出来……そば粉六、小麦粉三、卵一といった所かな? そこいらの立ち食いソバ屋が使うつなぎの方が多いまがい物とは明らかに違う。そしてダシの効いた深みのある汁は、ポリタンクから出しただけの出来合品じゃない。恐らくは何処かそれなりののれんの下で修行を積んだものだと思うが……」
「……」
男の言葉に、店主は思わず驚いた表情を浮かべ、改めてカウンターの男を見直している。
「……言っちゃ何だが、これだけの腕を持っていながら、何だってこんな場所で?」
店主の視線に気が付いたのか、男はどんぶりをカウンターに置くと、使い終わった割り箸を弄びつつ店内を眺めて尋ねた。
「ん? 色々有ってな……」
男の態度が急に社交的なものになった事に疑念を覚えつつも、店主は男の言葉に何か過去を思い出したのか、釜から立ちのぼる湯気を見ながら呟いた。
「そりゃそうだよな。おおよそ家族とか家庭の暖かみってやつに馴染みのある奴が、こ〜んな場所でソバなんか湯がいちゃいないし、すすってもいないか?」
口元を綻ばせながら男は店主に応じるが、前髪の隙間から覗かせる目は笑っていなかった。
「お客さんは東京から?」
目の前の男にどこか異様なものを感じつつも、努めて営業口調で店主が尋ねると、男は視線を逸らし口ごもりながらも「ああ」と短く答えた。
そんな態度や言葉――特に「家族」「家庭」と言った単語――に、店主はこの男のがこの場にいる目的を朧気に悟った。
「……尋ね人か?」
「判るかい?」
「長ぇ事この商売やってりゃよ。んで、いい人か? それとも身内?」
店主の言葉に、男は初めてその目を細め、難しそうな表情を浮かべてゆっくりと口を開く。
「そのどちらでもあって、どちらでも無い……って感じかな」
頭を伏せて呟く男の視線は、手首にある不釣り合いな腕輪に向けられている。
「何だいそりゃ?」
「言葉通りさ……聞いてくれるかい?」
そう言って、男は弄んでいた割り箸を空どんぶりの上に置くと、両手をカウンタの上に載せて語り始めた。
「あれは典型的な都市型核家族だった。今にして思えば、それなりの生活だったんだと思う」
店内の釜から立ち上る湯気に、過去の情景を思い浮かべているのか、男はぼんやりと中空を見つめたままゆっくりと言葉を続ける。
「近所付き合いが嫌いで、引きこもりがちだった母に、とっくに家族が重荷としてしか感じなくなっていた父。
そして退屈な日常が嫌で仕方なく、まるで鳥かごの中の小鳥の様な心境だった俺は、来る日も来る日も、マンションのベランダから変わらぬ世界を眺めて、来るはずもない自分を何処かへと誘ってくれる”何か”を待ち望んでいたんだ。
平穏と退屈に彩られた日常を根底から覆し、我が家へ破壊と混乱をもたらす”何か”を」
男の言葉が止むと同時に、強い風に当たった店のガラス戸がガタガタと音を立てて揺れる。
「なるほどな……で、来たのかい? その何かってヤツは」
男が語る物語に興味を覚えた店主が尋ねる。
その時、店主はカウンターに立った男の目に、初めて感情がこもっている事に気が付いた。
それは深い悲しみと、そして広い優しさと、そして大きな怒りが入り交じった様な、とても複雑な表情だった。
男はまるでその先に求める何かが見えているかのように、立ちのぼる湯気をじっと見つめている。
組んだ腕を動かすと、腕輪に付いた鈴が音をたてる。
”ちりん・ちりん”
やがて男はゆっくりと口を開く。
「そうだな……」
とても大切な何かを思いだし、そして懐かしむ様に表情を和らげて、男は再び語り始めた。
「来るはずのない何か。
来てはいけない何か。
セイタカアワダチ草の、燃え上がる黄色を身にまとい……
彼女はドアの前に現れたんだ」
”ちり〜ん”
静かな店内に、鈴の音が今一度響き渡る。
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続く> |