公園で相沢祐一と別れた私は、住宅街にある一軒の民家を訪ねた。
 門柱にあるベルボタンを押して名を告げると、やがて玄関が開き、若々しい外見をした婦人が笑顔で出迎えてくれた。
「いらっしゃい巳間さん。遠くからご苦労様ですね」
 簡単な挨拶を済ませると、私は家の中――応接間へと通された。
 豪華では無いが質素でもなく暖かみのあるインテリアと、清掃が行き届いた清潔感溢れる応接間は、何とも居心地が良い。
 差し出された紅茶も非常に美味しく、百花屋で飲んだコーヒーにも劣らない程だった。
 しばし社交辞令的な会話を続けた後、私はインタビューを開始する事にした。
「私で答えられる範囲になりますが?」
 向かいのソファーに腰を下ろした婦人の言葉に、私はメモ帳とテレコを取り出しつつ、それで構いませんよ――と応じた。


■最終競技特別審査員・水瀬秋子の話
 ――それでは、水瀬秋子さんにお伺いしたいのですが、貴女はあのコンテストにおける最終競技で、特別審査員をされましたよね?
「ええ。住井さんや折原さん、そして祐一さんに頼まれたので。もっとも大した事は何もやってませんが……皆さん、若いのに立派でしたね。名雪や真琴にも家事を教えなきゃ駄目ですね」
 ――あのコンテストを境に何か変わった事は有りますか?
「特に何も。今も前も、この街の人達は皆、暖かい心を持っている事に変わりはないです」
 まるで私を諭す様な柔らかく、それでいた力強い意志を感じさせる言葉だった。
「あ、でも当時と違う事と言えば……」
 ――それは? 差し支えなければお教え頂けますか?
「祐一さん……、以前はこの家に住んで居たんですけど、今は出ていかれて別の家で生活してます。何だか寂しくなってしまいましたね。家を出た直後は真琴も暫く元気を無くしてしまいまして……え? ええ、これが変わった事ですけど? 名雪も落ち込むかと思ったんですけどね……あまりそんな事なくてちょっと意外でした」
 その後幾つかの質問をしてみるも、結局大した話を聞く事は出来なかった。
 あのミスコンに参加した、女生徒達に話を聞ければ手っ取り早いのだが、それは禁じられているので出来ない。
 ま、禁じられているのはあくまで「女生徒」であり、私の親友は含まれていないのだから、いざとなれば彼女に問いただせば良いだろう。
「あ、そうそう変わった事といえばもう一つ。コンテストの後、名雪が積極的に家事をする様になりました。母親としては嬉しい限りですね。真琴の方は、相変わらずですが……」
 家事か……私も苦手なので人の事は言えないが、郁未も大した事なかったっけなぁ……。
 思わず苦笑しながら、私はあの日の最終競技を思い浮かべた。




§





 準備と休憩を兼ねたインターバルが終わり、いよいよ最終競技を迎えた。
 派手なBGMと共に特設ステージを覆い隠していた幕が落とされると、会場内のボルテージは最高潮を迎え、もはや意味も成さない悲鳴や絶叫が沸き起こる。
 人々の目の前に姿を現した特設ステージには、六つのテーブルと裁縫道具が用意され、これから行われる競技内容を伺わせた。
「美を競い、知を競い、徳を競い、力を競い、そして彼女達は遂に最後のステージへと辿り着いたっ! 誰にもまだチャンスは残っており、それ故に栄えある第一回ミス学園に選ばれるには、今から行われる最後の勝負に打ち勝つ必要があるっ! さぁ、選ばれし六人の乙女達よ、その力を出し切って栄光を掴めっ! ファイナルステェェジ・レディィィ〜ゴォォォッ!」
 暑苦しい程にエキサイトしている住井護の言葉で、最終競技「乙女」勝負は始まった。
 乙女勝負は、いわば家事勝負である。
 「さしすせそ」と称される一連の家事――裁縫、躾、炊事、洗濯、掃除を、如何に上手くこなせるかを競い合う。
 得点方法は、会場内の観客が最も優れていると判断した者へ投票するシステムであるが、最終的な出来は当然ながら、その過程における立ち振る舞いや仕草も重要になる事は言うまでもない。
 なお、本競技は更に五つの種目に分かれている為、ポイントは各種目とも六〇〇点満点に計算し直され、最終的に五種目総合で三〇〇〇点満点とされる。
(つまり、一つの種目での投票数が三〇〇点であった場合、二〇パーセントの六〇点がポイントとなる)
 ただし、最後まで勝負の緊張感を持続させるべく、各種目の得票数は、最後まで公表されない。
 特別審査員兼解説役には、商店街の店主達が口を揃えて「この街最高の料理人にして家事の達人」と絶賛する水瀬秋子という女性が選ばれ、住井護と共に勝負を取り仕切る。
 まず第一種目は「裁縫」勝負。
 与えられたお題目はズバリ「エプロン」だった。
 単なる汚れから衣類を守る前掛けと思うなかれ、時としてその存在は、男の煩悩や視神経を刺激する驚異のアイテムと化すのだ。
 世の男達の殆どは、愛くるしい彼女がエプロンを付けニッコリと微笑む姿を夢想し、それが現実となる日を頭に思い描いているのだから、下手な物を作る事は出来ない。
 中央のテーブルに用意された材料を用いて、三〇分と言う制限時間の間に好きなようにエプロンを作るわけだが、このエプロンはその後に続く種目の際、着用が義務づけられるので、完成度が高い方が何かと――見た目や、実用性の点などで――有利になるだろう。
 裁縫勝負という一見地味な種目であったが、スリリングなBGMに住井護の熱い実況と水瀬秋子による的確な解説が加わり、なかなか見応えの有る勝負となった。
 結論から言えば、本種目は一人を除いて皆がそれなりの物を作り上げた。
 特に天野美汐と長森瑞佳、そして意外にも川澄舞が、短時間で素晴らしい物を作り上げ人々を感心させた。
 聞けば川澄舞は、予選中に自分で縫った着ぐるみで宣伝活動を行った実績があるらしく、裁縫に関してはそれなりのスキルを持っていた模様。
 長森瑞佳は、当初からハイレベルだと言われていたので、順当な結果と言えた。
 しかし圧巻は天野美汐だろう。
 彼女は型を取る所から正確に始めたにも関わらず、年齢を考えると驚異としか形容の出来ない手際の良さで、アッという間に見事なエプロンを作り終えた。しかもポケットやアップリケによる飾りを付ける余裕すら見せ、水瀬秋子をして「完璧ですね。かなり意地悪な目で見ても注意すべき点は有りません」と言わしめた。
 美坂香里と倉田佐祐理は、何とか形には出来たものの制限時間いっぱいで、多少不備が残る形でフィニッシュとなってしまった。
 それでも、一般的な女子高生のスキルから見れば誉められるレベルだろうし、倉田佐祐理などは、スーパーお嬢様である事を考えれば十分驚くに値する。
 さて、唯一の例外は郁未だった。
 保険医であるから、布を裂いたり巻いたりするのは得意ではあるものの、裁縫という行為には全くの素人である事が発覚した。
 試行錯誤の末、取り敢えずエプロンの様な物を作ったが、適当な形の布に、首を通す布ヒモを取り付けただけの物体で、お世辞にも「良くできた」とは言い難い。
 照れ笑いで誤魔化してはいたが、かなり苦しいだろう。
 時間終了を受け、候補者達はそれぞれ自分が完成させたエプロンを身につけステージに並ぶのだが……ああ、郁未っ、何だか自分の事の様に恥ずかしさを感じてしまうのは何故?
 取り敢えずは、現実を受け入れるしかないだろうが、あんな物でも郁未に投票する者がゼロではないと思うと、彼女の人気も満更捨てた物ではないと思った。

天野 長森 美坂 倉田 川澄 天沢
208 190 407 891 355 949
580 685 660 950 75 50
381 405 348 398 1293 175
600 200 450 200 250 1300
乙女 裁縫 264 105 42 52 116 21
掃除
洗濯
炊事
合計 2033 1585 1907 2491 2089 2495
※第5−1競技終了時の得点。(点数を確認したい場合は、反転させて下さい)


 第二種目は「躾」。
 ステージからテーブルが撤去され、代わって中央に設置されたのが小さな布団。
 一体どの様に競技を行うのかと思えば、何と近所の保育園から子供を借りて行われた。
 集められたのはどいつもこいつも一癖有りそうなクソガキ……じゃなくてヤンチャ盛りの男の子。
 流石に人様の子供を躾けるのは問題ありそうなので、その子達をあやしつつ寝かすまでを競う事となった。
 制限時間は一人当たり十五分で、一人ずつ順番に行う。
 三千もの人間に注目される特設リングに上がって、ただでさえ緊張や興奮するであろう子供を寝かすのだから、かなりの難易度を誇る。
 (尚、順番と相手の子供はくじ引きによって選ばれた)
 トップバッターは美坂香里。
 先程自作したエプロンを装備して中央に進むと、ステージ上の物を残して照明が落とされる。
 どうやら子守りの類は未経験らしく、彼女の仕草は何処かぎこちない。
 そしてそんな彼女に、相手の子供は容赦なく巫山戯て騒ぎ立て、とても寝かしつけられる様な状態にならない。
 せまるタイムリミットに焦りが焦りを生み、更に――
「お姉ちゃん、なにやってるんですか! そんなガキ、指先一つでダウンさせて下さい!」
 という美坂栞の叫びが、余計に彼女を狼狽えさせ、ついに美坂香里は涙ぐんでしまう。
 だがそれでも尚、必至にあやそうとする彼女の姿を見て、男の子は急に騒ぐのを止め、何と頭を撫でて慰めた。
 思わぬ逆転現象に、目的未達ながらも会場内からは暖かい拍手が起きた。
 なお、例の美坂香里マンセーな少年・北川潤は、美坂香里が涙ぐんだ瞬間、ステージに上がりそうになったが、またもや屈強な警備員達によって阻止された。
 水瀬秋子から一言:「照れが有る内は駄目ですね。子供はそういう感情に敏感ですから、付け込まれてしまいます。もっと積極的に行いましょう。でも子供も香里ちゃんの心の優しさには気付いたんでしょうね。だから最後はああいう行動を取ったんだと思います」

 二番手は倉田佐祐理。
 少し不格好なエプロンを身につけステージ中央へ向かう彼女。
 誰もが子守りの経験は皆無と思ったものの、彼女は比較的手慣れた感じで男の子に接し、会場内の人々を驚かせる。
 屈託のない笑顔と態度は、子供心にも安心を与えたのだろう。アッという間に大人しくなった。
 それも驚きではあったが、もっとも驚いたのは倉田佐祐理の表情だ。
 確かに彼女はいつも笑顔を絶やさないが、男の子を抱き寄せてあやしていた時の笑顔は、いつものそれとは明らかに異なる物だった。
 何と言うべきか、優しさだけでなく、別の――形容のし難い感情を含んだ笑顔は、見る者から言葉を失わせた。
「今日は何をしたのかな?」
「面白かった?」
「へ〜良かったね」
 ――など、男の子と同じ立場で話しかける彼女の言葉は、何処までも暖かみに満ちており、男の子もやがて瞼を落とした。
 色々と会話を行った分、時間はかかったが見事クリア。
 水瀬秋子の一言:「とても丁寧です。子供と同位置に立ち、なおかつ相手の興味のある話をする事で心を掌握し、トドメとばかりに優しさで包み込む。子供の……特に男の子の心境を見事に捕らえてます。申し分無いでしょう」
 近くにいた相沢祐一が、嬉しさと悲しさをブレンドした様な、複雑な表情で目を潤ませていたのが何となく気になった。

 三番手は長森瑞佳。
 可愛らしいエプロンを付けて登場した彼女は、ステージ中央で騒いでいる男の子に近づくと、笑顔のまま軽く注意を促す。
 その注意の仕方は、何とも堂に入っており、年季さえも感じさせた。
 他人の子供を注意するのは、何かと難しいものだが、不自然な部分がなくすんなりと行えるのは、彼女の人徳と経験の為せる技だろう。
 そして膝を折って座り込むと、その膝に男の子の頭を乗せ、優しく頭を撫で始めた。
 出た、必殺膝枕っ!
 もしも男の子が年頃の少年であれば、興奮のあまり眠れなくなる状況だろうし、彼が十年後にこの日の事を思いだせば、悔しさと興奮から眠れぬ夜を過ごすのではないだろうか?
 男の浪漫がつまった膝に頭を預け、更に邪気の無い長森瑞佳の笑顔と、優しい手の動きが加わり、男の子の意識は敢えなく没落。
 一〇分も要せず、寝かしつける事に成功。
 水瀬秋子の一言:「昔から毎日大きな子供の世話をしている瑞佳ちゃん……流石ですね。隙が有りません」
 大きな子供が折原浩平を指している事は、殆どの生徒達が理解したらしい。
 なるほど、あの問題児の世話を十年以上も続ければ、ヤンチャ坊主の一人を寝かしつける等、朝飯前なのだろう。

 四番手は川澄舞。
 きりっとした長身に可愛らしいエプロンが、何ともミスマッチでそれ故に愛らしさがある姿で登場。
 暴れんばかりにはしゃぎ回る子供に近づいて、膝を折って目線を同じくするも、口べた故に、ろくに話しかける事が出来ない。
 男の子はそんな川澄舞に対して、無邪気故の悪口を浴びせるが、彼女は気にする事なく手を伸ばす。
 だが、男の子はそんな手を避け、「タ〜ッチ!」と、まるで全国のPTAを激怒させた伝説の某漫画の様なリアクションで、彼女の豊満な胸に手を伸ばした。
 ぽよん――そんな音が聞こえてきそうな胸の動きに、場内の男共が騒ぎ立てる。
 そんなセクハラ的行為も気にした様子も見せず、彼女は姿勢を低くしたまま両腕を伸ばし、騒ぎ立てる男の子の頭をその大きな胸に抱き寄せた。
 流石に男の子は恥ずかしくなったのだろう、先程までの態度を一気に改めて大人しくなった。
 自分の腕の中で大人しくなった男の子の耳元へ口を寄せると、小さく「大丈夫」と呟き、そのまま背中を撫でさすりつつ布団へと寝かしつけた。
 彼女が口にしたのはその一言のみであったが、男の子は結局その後暴れる様子も無く、暫くして眠りに付いた。
 水瀬秋子の一言:「子供の悪戯を意に介さない所がポイントですね。舞ちゃんはとても素直ですから……それが男の子にも伝わったんだと思います。でも、あれを祐一さんにやったら大変ですよ」
 その一言に会場内の殺気が相沢祐一へと向き、その影響で男の子が目を覚ましてしまった。
 なお件の彼はと言えば、胃の辺りを抑えつつ全方位から襲いかかるプレッシャーに耐えていた様子。
 他人も羨む彼女を持った男子の宿命だ。ガンバレ。

 五番手は天野美汐。
 既製品とも見間違える完璧なエプロンを、これまた完璧に着こなして登場。
 丁寧な仕草で膝を折り、騒ぐ男の子を招き寄せる。
 その何処までも丁寧に、そして穏やかに語りかけに、元気が溢れる男の子も大人しくなり、素直に布団に身を横たえた。
 そして布団の上に載せた手を、ゆっくりとしたリズムに合わせて、軽く叩き始めると、それに合わせて子守歌を歌い始めた。
 誰もが知る懐かしいメロディと歌詞は、男の子だけではなく、会場内にいる人々全員の心に染み渡る。
 決して上手い訳ではないのだが、哀愁を誘うその旋律と歌声は、まるで聴く者の精神を浸食するかの様に溶け込み、気が付けば会場のあちらこちらで、船を漕ぐ者や寝息を立てた者が続出した。
 歌声の余波だけでそれほどの威力が有るのだから、その中心地にいる男の子が耐えられるはずがない。
 天野美汐は誰よりも早く男の子を寝かしつけた。
 衆人環視という状況を考えれば、それは瞬殺と言っていいだろう。
 水瀬秋子の一言:「素晴らしいですね。子守歌自体も素晴らしいですが、あのリズムの取り方、そして力加減と、そして歌声……全てが完璧な調和を保っているからこそ、あの効果が生まれるのです。完璧です」
 天野美汐……年齢に似つかわしくないスキルを持つ彼女は、一体何者なのだろうか?

 六番手は郁未。
 第四競技を終了して暫定トップとは言え、二位の倉田佐祐理との差は僅差。
 しかも、先程の「裁縫」勝負は明らかに敗北感が漂っていた。
 ここらで挽回しないと大変なのだが、エプロンと呼ぶのもおこがましいボロ布を纏って現れた姿に、流石の私も溜め息が出てしまった。
 そしてそれは彼女自身もそうなのだろう、やけくそ気味な笑顔と共に、ステージ中央へと進み出て、騒ぐ男の子を宥めようと、彼女には少々不釣り合いな猫なで声を出した。
 しかし男の子は、何故か一層はしゃぎ始め、ステージ上を縦横無尽に走り回る。
 最初は大人しく声を掛けいていた郁未だが、男の子に一向に静まる気配が無いと判ると、僅かにこめかみをひくつかせ、腕を伸ばして男の子の身体を抱き寄せる。
 いや、抱き寄せるというよりも、がっちりホールドした――という方が正確な表現だろう。
 そして――
「寝なさい」
 と一言、呟くと同時に、男の子は首をかくんと垂らして、寝息を立てた始めた。
 明らかに不自然な反応に、場内は一瞬の静寂を置いて、その後暫く会場内のざわめきが途切れる事がなかった。
 水瀬秋子の一言:「えっと……なんでしょう? よく判りませんでしたが、眼力という奴なんでしょうか? それ自体は凄いと思いますが、子供を寝かしつけるのに用いるのは、あまり感心できませんね」
 水瀬秋子のもっともなコメントをいただくまでもなく、短絡的な郁未の行動に冷や汗が出た。
 あの馬鹿……こんな所で力使ってどうするのか。
 小一時間程問いつめたい気分である。

 これで六人全員が「躾」終了。
 結果を見るまでもないが、恐らく郁未の票はかなり少ないものと予想される。

天野 長森 美坂 倉田 川澄 天沢
208 190 407 891 355 949
580 685 660 950 75 50
381 405 348 398 1293 175
600 200 450 200 250 1300
乙女 裁縫 264 105 42 52 116 21
150 118 49 136 131 16
掃除
洗濯
炊事
合計 2183 1703 1956 2627 2220 2511
※第5−2競技終了時の得点。(点数を確認したい場合は、反転させて下さい)


 続く第三種目は「掃除」。
 スタッフによって同じ状態に汚され、そして散らかされた教室が六つ用意され、それを如何に手際よく、そして綺麗に整理や整頓、そして清掃が行えるか――そのトータルバランスを競う。
 無論、ミスコン故にその仕草も評価の対象となるだろう。
 着用するエプロンは自前の物になるが、掃除用具は同じ物が用意されており、どう使うかは個人の判断に任せられる。
 六人同時にスタートし、その状況は住井護の実況と、水瀬秋子の解説を交え、リアルタイムで会場に伝えられる事となった。
 始め――の合図と共に、各人一斉に掃除開始。
 この勝負に関しては、郁未も含めて全員がそつなくこなしており、その差は大した事が無いように思えた。
 少なくとも私にはそう思えたのだが、水瀬秋子の解説を伺う限り、やはり各人の程度には大きな差が存在するらしく、この分野でも天野美汐が抜きん出ていると言う。
 それは掃除用具の持ち方や、手首の動かし方、そしてさり気ない行動に合理的な手際の良さが現れているらしく、掃除に手慣れた者だけが身につける気風すら感じられると解説していた。
 そして他者との差は、時間が経つにつれ私の目にもハッキリとした。
 なにしろ各部の掃除はもとより、床の雑巾掛けや、窓拭きまでも行える余裕を見せつけたのだから、その能力の高さは疑う余地も無い。
 長森瑞佳もなかなか筋が良いらしく、テキパキという言葉が似合う動作で教室を片づけて行く。
 水瀬秋子の解説を伺う限り、彼女は特に整理整頓の能力に秀でているらしい。
 なるほど、言われてみれば机の並び方には、一分の乱れも見られないし、散らかされて置いてあった各種教材は、見事な隊列となって棚へ列べられている。
 流石に窓拭きや床の雑巾掛けまでは行えなかったが、全体的な清掃と整頓はほぼ完璧にこなした。
 また、花瓶の水替えや、葉っぱを一枚一枚濡れタオルで拭くなどの草花の手入れ、そして教室内の備品のチェックにまで気が回る気配りも高い評価となるだろう。
 美坂香里、倉田佐祐理、川澄舞の三人は、ほぼ同じレベルの掃除を行ったが、水瀬秋子が言うには――
「香里ちゃんは一見無駄のない行動に見えますが、道具の使い方があまり上手く無いですね。特に雑巾の使い方がまだまだです。でも、全体的には十分なレベルですし、頭の良い子ですから、経験を積むに従ってもっと上達するでしょう」
「佐祐理ちゃんは教室の掃除には慣れているものの、掃除そのものは不慣れな部分が見受けられますね。段取りが悪く、二度手間になっている部分があります。しかし終始、楽しそうに掃除を行う姿勢は、実に見上げたものです」
「舞ちゃんは作業にムラが有りますね。黒板とか床はとても綺麗にしてますが、机や椅子は意外と大雑把です。これは恐らく性格の問題でしょう。舞ちゃんは優しい子ですから、恐らく無意識にみんなが使う共用部分に力を注いでしまうのでしょう」
 ――と、細かい解説を入れてくれた。
 さて、我らが郁未はと言えば……保険医という仕事柄、掃除は比較的得意だ。
 マンションの部屋だってキチンと掃除されていたし、及第点は上げられるだろう。
 少なくとも私の百倍は掃除に精通しているはずだ。
 前二種目で受けた汚名を返上するべく、一生懸命教室の掃除に励んでいる……のだが、あのボロ布の様なエプロンを付けた姿は何処か滑稽だ。
「郁未さん掃除は得意な様ですね。申し分無いでしょう。ですが、どうにも動きがぎこちなく、無理をしている様に見受けられますね」
 水瀬秋子の解説を伺う限り、恐らく彼女は普段掃除をする時にも力を使っているのだろう。
 だから、いつもと違う行動を強いられていて、動きがぎこちなくなっているのだ。
 結局、第三種目も天野美汐の凄さを見せつけられる結果となり、投票の結果も恐らくはそれ相応なのだろう。

天野 長森 美坂 倉田 川澄 天沢
208 190 407 891 355 949
580 685 660 950 75 50
381 405 348 398 1293 175
600 200 450 200 250 1300
乙女 裁縫 264 105 42 52 116 21
150 118 49 136 131 16
掃除 251 155 49 51 50 44
洗濯
炊事
合計 2434 1858 2005 2678 2270 2555
※第5−3競技終了時の得点。(点数を確認したい場合は、反転させて下さい)


 第四種目は「洗濯」。
 これは、先の「掃除」勝負で汚れてしまった自作エプロンを、たらいと洗濯板を用いて洗濯する勝負となる。
 電気洗濯機の普及率を考えればナンセンスとも思われる競技内容だが、女らしさの具現として、実行に移されたのだと思う。
 女性からしてみれば、何とも迷惑なイメージだ。
 制限時間は僅かに五分。
 ステージ上に用意された、たらいと洗濯板に各人が取り付き、開始の合図と共に、一斉に着用していたエプロンを洗い始めた。
 結論から言おう、天野美汐は完璧だった。
 慣れた手つきで洗濯板にエプロンを擦り付け、すすぎまで完璧にこなした。
 水瀬秋子曰く「水の使い方まで無駄が有りません。粗を探す方が困難でしょう」と、べた褒め。
 他の者はと言えば、洗濯機での洗濯経験は有っても、洗濯板での洗濯は馴染みがない様で随分と難儀していた。
 それでも長森瑞佳と川澄舞は多少の心得があったのか、それなりの腕前を見せたが、それでも苦労しているのは見て取れるし、倉田佐祐理や美坂香里などは、洗濯石鹸を滑らせて飛ばしてしまう一幕すら見せた。
 郁未に至っては、ただでさえ力加減が判らず四苦八苦しているのに加え、自作エプロンの作りが甘く、洗濯を終えた時には糸が解れ、解体寸前の状態にまでなってしまった。
 洗い終えたエプロンは乾燥機――乾かす時間が無いので此処は機械を使用――にかけられ、再び着用した状態で全員がステージに並んだのだが、そこでも天野美汐はそのポテンシャルの高さを見せつけた。
 彼女のエプロンは綺麗に汚れが落ちているばかりか、その形は全く崩れていない。それはつまり洗濯の能力だけでなく、裁縫能力の高さをも再認識させた。
 逆に郁未のそれは、もはやエプロンとは言えない物に成り果てていた。
 首にかける布は曲がり、本体部分から今にも外れそうな状態だし、腰ひもは片側が消失し、その機能を失っている。
 エプロン姿が男子の夢であるならば、今の郁未は夢を打ち砕く悪の枢軸が送り込んだ刺客だろうか。
 嗚呼……此処まで来ると流石に郁未がトップから脱落したのが、点数を見ずとも容易に伺い知れてしまう。

天野 長森 美坂 倉田 川澄 天沢
208 190 407 891 355 949
580 685 660 950 75 50
381 405 348 398 1293 175
600 200 450 200 250 1300
乙女 裁縫 264 105 42 52 116 21
150 118 49 136 131 16
掃除 251 155 49 51 50 44
洗濯 336 102 30 27 94 11
炊事
合計 2770 1960 2035 2705 2364 2566
※第5−4競技終了時の得点。(点数を確認したい場合は、反転させて下さい)



 そして、遂にグランドファイナルステージの第五種目「炊事」勝負。
 これはそのまんま料理対決である。
 料理の出来る女――それは、全人類が憧れる存在である。
 かく言う私も女ではあるが、料理の出来る女には憧れを抱いている。
 最終決戦という事で、勝負開始前から会場内のボルテージは上がり続け、各応援団は対象となる子の奮起を促そうと、必至に声を張り上げている。
 某番組を彷彿とさせるバックドラフト的で大げさなBGMに加え、吹き出すスモークの演出と共に、ステージを包んでいたカーテンが外され最後のステージが姿を現した。
 そこには六つの調理台が設置され、六人はそれぞれ自前のエプロンを装備した姿で既に所定の位置に立っており、開始の合図を待っていた。
 題材はフリーだ。
 食材はステージ上に置かれた物から好きな物を選び取るので、その範囲で作れる物であれば何でも構わない。
 気になる投票規準だが、料理の出来だけでなく、調理中の仕草や手際も判断材料となるのは、これまでの種目と同様だ。
 ただ会場内に居る全員が試食する事は不可能なので、先の「力」競技に参加した各チームの面々から一名ずつ選出する事となった。
 審査員に選ばれたのは、葉月、七瀬、北川、久瀬、里村、石橋の六名なのだが、まともな審査が出来る面子でない事は誰の目にも明らかだった。
 通常、こういった勝負の場合は、先入観や手心を加えぬ第三者を用立てるものだが、本コンテストでは明らかに偏った人間を登用しており、故に彼等が口にする評価の信憑性は無いも同然だ。
 が、逆にそんな彼等を黙らせる程の料理が作れれば、それだけ高評価を得られるという事にもなる。
 観客達は彼等のリアクションを見て料理の出来を判断しなければならないのだから、如何に敵対審査員を黙らせる料理を作るか……が大きなポイントと言えるだろう。
 しかし、真っ当な評価の出来る者が居ないのも問題なので、特別審査員の水瀬秋子と、学食の女王や食欲魔人の異名を持つという女生徒、川名みさきが試食審査員に加わる事となった。

 料理に与えられる制限時間は四五分。
 この長いようで短い時間を、如何に有効に使うか、その手際の良さが重要になるだろう。
 泣いても笑っても本勝負が最後となる。
 果たして初代ミス学園の栄冠は、誰の手に渡るのか。
 会場内の全員が何かしらの声を張り上げる中、最後の勝負開始を伝えるゴングが鳴った。
 天野美汐が食材を一つ一つ確かめるように慎重に選んで行く。
 長森瑞佳が、何はともあれと言ったふうに牛乳を手に取り、そして次の食材へと手を伸ばす。
 美坂香里が、恐らく料理を決めあぐねているのだろう――首を傾げながら食材を手に取っていく。
 倉田佐祐理が楽しげに、そして慣れた手つきで食材を選んでゆく。
 川澄舞が迷い無く幾つかの食材を手にとってゆく。
 そして郁未が眉を寄せて一生懸命食材を比べている。
 まるで某テレビ番組の様な実況を行う住井護と、的確な解説を入れる水瀬秋子。
 エプロンを靡かせ手際よく料理を進める天野美汐。
 可愛らしいエプロンに身を包み、楽しそうに料理を続ける長森瑞佳。
 時折首を傾げつつも、慣れた手つきで菜箸を動かす美坂香里。
 鼻歌を口ずさみながら、丁寧に料理を続ける倉田佐祐理。
 アッという間に料理を終えてしまった川澄舞。
 それなりの手際で進めてゆくも、エプロン姿が台無しにする郁未。
 やがて会場内に食欲をそそる香りが漂い始め、開始からきっかり四五分後、終了を伝えるゴングが鳴った。
「終了、それまでっ!」
 住井護の声に、会場内は自然と拍手に満ちあふれ、その拍手はなかなか鳴り止まなかった。
 後は試食と、最後の投票を残すのみとなり、ステージには審査員席が設けられる。
 全員が注視する中、最初の料理――天野美汐の手による料理が審査員達の前に運ばれた。
 思った通りと言うか、期待通りと言うか、慎ましさが漂う和食――肉じゃがとカレイの煮付け、そしてほうれん草と豆腐のみそ汁だった。
 見た目にも美味しそうな出来映えだが、果たして審査員の感想は――
葉月「美味いっ! 美味過ぎるっ! ブルジョアの手先共には勿体ないっ! ああ、この塩加減が堪らん!」
七瀬「くっ……美味しい。美味しいわ。やるわね美汐」
北川「う、うまっ……くないぞ。本当だ。美坂の料理に比べれば、こんなもん昆虫の餌だ。え、おかわり無いの?」
久瀬「ふっ……このような庶民の料理、僕の口に合うはずも無いが……。まぁ、不味くは無かったと言っておこう」
里村「美味しいですね。ですが甘さが足りません。砂糖をもっと入れるべきでしょう」
石橋「うん、うん、うん」
川名「う〜〜ん、凄く美味しいよっ。和食って良いね。でもちょっと量が少ないかな?」
秋子「非常に素晴らしいですね。みそ汁の出汁の取り方から、煮付けの火加減まで完璧ですね。健康を考慮し塩分を控えた所為でしょう、少々薄味ですが、それでも十分な味付けです。手際も良く、その若さでこれだけの魚の煮付けが作れるの大したものでしょう。盛りつけも申し分ありませんし、あの制限時間内で出来うる最高の味を再現しています。旬の魚と野菜をしっかり選んでいるところも見事です」
 思った通り、幾人かの感想は全く役に立ちそうも無いが、水瀬秋子の評価を伺う限り、家事の達人は、やはり料理勝負でもその強さを見せつけたとう事だろう。

 二番手は長森瑞佳の料理――クリームシチューと、サーモンのカルパッチョという組み合わせだ。
 毎日自分で弁当を作り持参している事からも、その腕前はかなり高いと評判だが、結果は――
葉月「ふん。この様な料理、先の天野様の物に比べれば……うむぅ、やはり大した事は……ない……うむぅ」
七瀬「あぁ美味しい! 流石は乙女の具現たる瑞佳だわ。もうこれから一生ずっと食べたいくらい美味しいっ!」
北川「う、うまっ……くないぞ。本当だ。美坂の料理に比べれば、こんなもん魚の餌だ。え、おかわり無いの?」
久瀬「ふっ……このような庶民の料理、僕の口に合うはずも無いが……。まぁ、不味くは無かったと言っておこう」
里村「美味し……くありません。甘さが全然足りません。砂糖をもっともっと入れるべきでしょう」
石橋「うん、うん、うん」
川名「うわぁ〜、とっても美味しいよぉ。冬場のシチューは美味しいね。でもちょっと量が少ないかな?」
秋子「好きなだけあって瑞佳ちゃんは牛乳を使う料理が得意ですね。煮込み具合も時間内によくぞというレベルですし、コクもまろやかで十分な出来映えです。更にジャガイモの大きさまで切りそろえてあるあたりに几帳面さが伺えます。カルパッチョはソースこそ既製品ですけれど、ちゃんと網目状にかけてあるのが高ポイントですね」
 ……さっきと同じ事を言ってる者が居るが、本気で審査する気あるのだろうか? それはともかくとして、長森瑞佳も料理の腕は侮れなかった模様。
 里村茜が途中で辛辣な評価へと言い改めたのが、何となく気になった。
「あちゃー、茜ってば吹っ切れたんじゃなかったの?」
 ――私の近くに居た柚木詩子がそんな事を呟いていた。意味深なり。

 三番手は美坂香里の料理。
 内容は鳥の唐揚げと、卵焼き、そしてサンドイッチという、どことなくお弁当を連想させる料理だった。
 その評価はと言えば――
葉月「ふん。この様な料理、先の天野様の物に比べれば…………むっ、いや、やはり大した事はないな、うん」
七瀬「くっ……美味しい。美味しいわ。何よ……香里も立派な乙女じゃない」
北川「う、美味いぞぉぉぉぉぉぉぉぉっ!! 今のオレなら海の上だって走れそうな気がする! 美坂グッジョブ!」
久瀬「ふっ……このような庶民の料理、僕の口に合うはずも無いが……。まぁ、不味くは無かったと言っておこう」
里村「美味しいですね。ですが甘さが足りません。砂糖をもっと入れるべきでしょう」
石橋「うん、うん、うん」
川名「わ〜い、十分美味しいよ。軽食っておやつに最適だよね。でもちょっと量が少ないかな?」
秋子「香里ちゃんは、作り慣れている物を選んだのでしょうか、実に手堅く作られていていますね。タイミングと火加減が意外と難しい揚げ物ですが、しっかり中まで火が通っていて十分な出来でしょう。サンドイッチも見た目以上に手間が掛かるものですが、綺麗に仕上がってますし、味の方も申し分ありません」
 さっきから生徒会長殿の感想が人の神経を逆撫でる。
 まぁそれはそれとして、作り慣れていると思わしき料理で勝負に出た美坂香里だが、それ故に作った物に目新しさは感じられなかったのがマイナスだろうか。

 四番手は料理勝負の大本命、倉田佐祐理。
 特別審査員の水瀬秋子も認める程の実力者だとか。
 運ばれてきた料理は、ミートローフと、ミネストローネのパスタで、私の様な素人が一見しても美味しそうに見える。
葉月「ふん。この様な料理、先の天野様の物に比べれば………うむむっ、いや大した事……ない……うむむ」
七瀬「くっ……美味しい。流石倉田先輩だわ。でも、前に食べたお弁当の方が美味しく感じるのは気のせい?」
北川「う、うまっ……くないぞ。本当だ。美坂の料理に比べれば、こんなもん鳥の餌だ。え、おかわり無いの?」
久瀬「こんな美味しい物がこの世に存在するとは……僕の貧困なボキャブラリーが嘆かわしい。神が食事をするならば、恐らくこのような料理を食べているに違いない」
里村「美味しいですね。ですが甘さが足りません。砂糖をもっと入れるべきでしょう」
石橋「うん、うん、うん」
川名「うわぁ〜美味しいよ。アメリカンとイタリアンだなんて憎い組み合わせだね。でも量が少ないかな?」
秋子「流石に料理上手ですね。全てが綺麗に纏まっていますし、この短時間でここまで手の込んだ料理が作れるのは、もはやプロの領域と言って良いでしょう。ミートローフの焼き具合、パスタの茹で具合、ミネストローネの煮込み具合、全て文句の付けようがありません。それでも敢えて指摘をするならば、食材に合わせて味付けや調理加減を微調整出来る様になれば、より素晴らしい物になるでしょう。勿論、この料理だって十二分に素晴らしい出来映えですよ」
 ……里村茜は何故そこまで甘さに拘るのだろうか?
 とにもかくにも、倉田佐由理の料理の腕前は前評判通りであった。
 よくあの短時間で、あんな手間のかかる料理が作れるものだと素直に感心する。

 五番手は川澄舞。
 有る意味、その料理と出来映えが最も気になる存在と言えるだろう。
 何しろ何を作るのか全く想像が出来なかった。
 であるから、先の料理中継でその内容が明らかになってゆくと、誰もが首を傾げた。
 そんな川澄舞が審査員に差し出した料理は――納豆巻きだった。それはもうシンプルにそれだけ。
 一人暮らしが長いと聞いているが、どうやら最低限の料理しか出来ない模様。
葉月「ふん。この様な料理、先の天野様の物に比べれば……って、比べるまでもないか……」
七瀬「美味しいって言えば美味しいけど……川澄先輩ってあたしと同レベルだったのね。何だか安心したわ」
北川「う、うまっ……くないぞ。本当だ。美坂の料理に比べれば、こんなもん原人の餌だ。え、おかわり無いの?」
久瀬「君は僕をおちょくってるのか? これだから育ちの卑しい人間は困る……この豆は腐ってるじゃないか!」
里村「甘さが……いえ、何でもありません。美味しいですよ」
石橋「うん、うん、うん」
川名「ふむふむ……美味しいね〜。巻き寿司は日本人の心だね。でもちょ〜っと量が少ないかな?」
秋子「舞ちゃんは納豆の混ぜ方がとってもお上手ですね。この粘り具合を出すには相当の鍛錬が必要でしょう。何気ないですが巻き方も綺麗で、手先の器用さが伺えますし、間違えやすい海苔の表裏も、キチンと表側が外に向いてますね。十分美味しいですよ」
 ……さっきから頷いてるだけのオッサンを誰か何とかして下さい。
 それにしても、単なる納豆巻きに対してさえ、誉めるポイントを瞬時に見つける水瀬秋子の洞察力は凄まじい。

 大トリを務めるは、我が親友の郁未。
 裁縫や躾ほどのヘマはやらかさないだろうが、彼女の料理の腕前を知っている私としては、正直気が気ではない。
 並べられた料理は――しょうが焼き定食? あれ昨晩食べた様な気がする。
 それにエプロンが殆ど機能を果たさなかったのだろう、白衣に幾つかの油染みが見えるのもマイナスだ。
葉月「郁未先生の料理……美味しいとは思いますが、残念ながら天野様に敵うはずもありませんね」
七瀬「美味しいです。でも何だか自分の家で出された物を食べてる気分です」
北川「う、うまっ……くないぞ。本当だ。美坂の料理に比べれば、こんなもん恐竜の餌だ。え、おかわり無いの?」
久瀬「ふっ、先生には失礼ですが、倉田さんの料理を食べたばかりの僕には、何を出しても無駄というものです」
里村「美味しいですね。ですが甘さが足りません。砂糖をもっと入れるべきだと思います」
石橋「うん、うん、うん、うん、うん」
川名「もぐもぐ……うん、美味しい。大衆料理は気取らないところが良いね。でも量が少ないかな?」
秋子「美味しいですが、少々無難過ぎますね。既存の味付けだけでなく、少しずつ自分で調味料を加えてオリジナリティを出してゆけば、料理はもっと楽しくなってゆきますよ。火加減ですとか、炒め具合とかはお上手ですから、楽しめる様になれば、もっともっと料理が上手になりますし、良いお嫁さんになれると思います」
 ……川名みさきは何を食べても美味しいとしか言わない事が判明した。審査員に加える必要が有ったのだろうか?
 それにしても、水瀬秋子をして誉めるポイントを探すのが難しい程、郁未の料理は普通だった模様。
 確かに、親友というフィルターにかけても、彼女の料理は普通としか言えない。
 何しろ味付けは既製品の「○○の素」だし、みそ汁にしても、出汁入り味噌だから、決して不味くはないが、「美味いっ!」と驚く様な味にもならない。
 ……何だか結果を見るまでもなく、郁未の優勝は望みが薄そうだ。

 何はともあれこれで全ての競技が終わった。
 最後のインターバルの間に、私は先程の無様を罵ろうと郁未の控え室をたずねたのだが、全ての勝負を終えてすっかり素に戻っていた郁未は、私の姿を見つけた途端に目を黄金色に輝かせて――
「貴女の所為でとんだ恥をかいたわ」
「さぁ晴香、覚悟は出来ているんでしょうね?」
 と呟き、私に襲いかかってきた。
 自業自得な部分もあると思ったが、そんな事を追求した所で無駄なのは判っていた。
 彼女が発動させた不可視の力の凄まじさに、これはヤバイ――と感じた私は、目を瞑ってインパクトの瞬間を待ち受けたが、何時まで経っても訪れない衝撃に目を開けてみると……私の目の前には、恐ろしく美しい金髪をした見慣れぬ女性が立っていた。
「葉子……さん?」
 郁未の震えた呟きが聞こえてきたが、これ幸いと私は踵を返して控え室を後にした。
 ほとぼりが冷めるまで、暫く郁未の前には姿を見せない方が良いだろう――そう思い、私は彼女から離れた場所で、最後の取材活動に勤しむ事にした。

 暫くして、ステージの上が片づけられ、六人の候補者全員が今一度ステージ上に列び終えると、後はただ結果を待つだけとなる。
 照明が落とされ、巨大なスクリーンに最終競技「乙女」勝負の得点結果が、順々に発表されてゆく様を、人々は様々な反応で見守って行く。
 得点が表示されるたびに、どよめきや悲鳴が沸き起こり、第三種目「掃除」の結果発表が終わった時点で、優勝の望みがほぼ潰えてしまった長森瑞佳と美坂香里の応援団から、叫び声にも似た溜め息が沸き起こった。
 北川潤は盛大に項垂れ、そんな彼を美坂栞はポカポカと遠慮なく殴りつける。
 第四種目の結果が発表されると、今度は川澄舞と天沢郁未に優勝の目が無くなり、女生徒達が揃って悲鳴を上げた。
 かく言う私も、一緒になって悲鳴を上げた。実に悔しい。
 結局、最終的には天野美汐と、倉田佐祐理のマッチレースとなり、最終種目の「料理」勝負を制した天野美汐が、七〇得点という僅差で優勝を決めた。
 彼女達の勝敗を決したのは、最終種目「炊事」における食材の選出だったと、水瀬秋子は解説した。
 なるほど、お嬢様が故に普段から無意識に高級な食材をふんだんに使っていた倉田佐祐理と、庶民的な食材の選別に秀でていた天野美汐との差が、この場で現れたのだろう。

 以下が最終結果である。
 郁未の敗退は残念だったが、よくよく考えてみれば、三位という成績は堂々たるものだろう。
 親友として鼻が高いと言うものだ。

天野 長森 美坂 倉田 川澄 天沢
208 190 407 891 355 949
580 685 660 950 75 50
381 405 348 398 1293 175
600 200 450 200 250 1300
乙女 裁縫 264 105 42 52 116 21
150 118 49 136 131 16
掃除 251 155 49 51 50 44
洗濯 336 102 30 27 94 11
炊事 156 132 86 151 10 65
小計 1157 612 256 417 401 157
合計 2926 2092 2121 2856 2374 2631
※最終的な得点結果





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