つんざくような歓声の中でその開催が宣言された、ミス学園コンテスト本選。
 大きな体育館を埋め尽くした人、人、人……。
 地元のテレビ局――KTVの協力を得て設置されたという、巨大なプロジェクターと、スモークやレーザー光線などの派手なエフェクト。
 まるでK1のメーンイベントの様な音と映像による演出。
 体育館中央に設置された特設舞台……いや、リングに上がった五人の女生徒と、一人の保険医が紹介され、ミス学園に相応しい人物を選定する為に五つの競技が用意されている事が発表された。
 それらは美・知・徳・力・乙女の五種目で、競技内容が直接点数に繋がるもの以外は、会場内の観客達が投票を行う事になっている。
 競技内容の結果を見た観客が、客観的に判断を下しもっとも優れていると思った者に点を入れるわけなのだが、直前まで行われた各種支援団体のロビー活動や工作活動、そして組織票の影響も受ける事になるので、競技の結果が必ずしも結果に結びつくとは限らなかった。
 様々な思惑が交錯し、多くの人々が見守る中、第一の競技「美」が始まった。
 所謂、外観的な優劣を競う部門であり、大概の同様のイベントでは水着審査によって行われる事が多い。
 しかし本コンテストで彼女達が着るように指示されたのは、水着ではなく何故か寝間着だった。
 これは一見して問題が無い無難な指示であるように思えた。
 学校で行われているイベントだという事を考慮に入れれば、水着よりは遙かに健全に思えるだろう。
 だが、問題は現実に彼女達が寝るときに着用している寝間着――格好をせよという指示であり、それを偽る事が許されなかった事だ。
 しっかりと家族や友人知人からの証言が取られており、彼女達が普段とは異なる格好をしてもバレるという徹底ぶりであり、その事が本競技を水着以上に危険な物へと変えてしまった。
 抽選の結果、トップで登場した(正確には「させられた」だろう)一年生の天野美汐だった。
 彼女は人々の期待を裏切らずに浴衣にドテラを羽織った姿で登場し、会場を多いに盛り上げた。
 しかし「鶴来屋」とプリントされた浴衣は、明らかに市販品ではなく温泉旅館の備品であり、彼女の趣味が通常とは異なる物だという認識が産まれた。
 結果から言えば、その認識は多いに誤りだったわけだが、この時点で彼女は「変わり者」であると言う意見が大勢を占めていた。
 それでも顔を真っ赤にして羞恥に耐えつつ、それでもなお必死に義務づけられた自己PRを行い受け答えようとする彼女の態度は、観る者達を大いに悶えさせる事となった。
 会場に居た人々――特に年輩の男性は、そんな彼女の姿に今は少なくなった大和撫子の姿を見て涙を流した。
 彼女の支援団体「みっしんぐりんく」のリーダーを勤める某生徒などは、涙を流しながら――
「彼女が持つ慎ましさと真面目さが葛藤を繰り返す様を刮目して見よ!」
「我々は間違ってはいなかったぁぁっ!」
「俺は今モーレツに感動している!」
 ――等と叫びつつ、しきりに頷いていた程だ。
 次いで登場した二年生の長森瑞佳は、シャツとズボンからなる何とも普通の寝間着姿だった。
 そのトータルバランスの高さから大会本命との声も聞こえる彼女であるから、ただの寝間着姿と言えども侮れない。
 普段決して見る事の出来ない彼女の寝間着姿を見て、喜びの声を上げている男子生徒の多さからも、彼女の人気が高い事が伺えた。
 恥ずかしがりつつもしっかりと自己PRをこなし、司会の質問にも的確に答えるあたりに、彼女の生真面目さというか、付き合いの良さが現れていた。
 しかしコンテストという状況においては、後述する面々のインパクトも手伝って、周囲には少々地味な印象を与えた事は、彼女の支援者にとっては想定外だっただろう。
 しかし言い方を変えれば、彼女のごく普通の出で立ちは、観る者の精神に安らぎと安定をもたらしたとも取れる。
 前述した二名が登場した時、会場内にどよめいた声や歓声は男子の物が殆どだったが、三番手となる三年生の川澄舞が登場した際は、今まで聞こえなかった黄色い悲鳴――女子の歓声が沸き起こった。
 彼女も前に登場した長森瑞佳と同様にごく普通のデザインの寝間着であり、某サン○オの有名ファンシーキャラクターがプリントされた可愛らしいものである以外に、特別な部分はなかった。
 だが、長森瑞佳が「如何にも」的なイメージであったのに対し、普段の彼女の外見的イメージとは明らかにかけ離れた物だった事が、単なる寝間着姿をして、場内の女生徒達に「キャー! 先輩可愛い!」と揃って叫ばせたのだ。
 更に外見的な変化として、普段束ねている長い髪の毛をストレートにして登場したのもインパクトが高かく、その流れるように美しい髪の毛は、それだけで十分な破壊力を秘めており、男子の関心をも惹き付けた。
 私の近くに居た男子生徒も「なっ、ストレートだとぉぉぉっ! それは反則だっ!」と、叫び声を上げていた。
 確かに、恥ずかしそうに俯く姿はかなり反則的だろう。
 普段のクールな雰囲気とのギャップも手伝い「川澄舞侮りがたし」――と多くの人々を萌え苦しませた。
 何と言っても普段のイメージとの落差が激しければ激しい程、今まで彼女が抱かれていた「クール」「不良」「根暗」「不思議」といったマイナスイメージを打ち砕く力は増す事になり、女生徒が大半を占めていた彼女のシンパは、これを機に男子生徒を引き入れる事となった様だ。
 ただ自己PRは殆ど喋らず、ただ一言「祐一の為に頑張る」と呟いて、会場内の雰囲気を瞬時に凍り付かせたのは、明らかにマイナスだっただろう。
 その瞬間に会場を包んだ殺伐とした雰囲気は凄かった。
 私の中に眠る中途半端な不可視の力にも反応する程の殺意が、会場内のある一点へと集中していたのだから、それらが向けられていた男子生徒はさぞ堪えただろう。
 普段のイメージとのギャップという点では、次に登場した二年生の美坂香里も強烈だった。
 堅物的イメージが強い彼女だっただけに、その寝間着姿は実用一点、長森瑞佳と同じレベルだと思われていた。
 しかし大方の予想を覆して、彼女の寝間着は非常にメルヘンチックだった。
 フリルやリボンといったもので派手にデコレーションされた淡いピンクの寝間を身につけた彼女は、それだけでも十分センセーショナルだったが、更に予選期間中に見せたアダルティな下着効果がここでも効力を見せ、相乗効果となって一部の人々に押し寄せる。
 実際、私の耳にも「寝間着はあんなに可愛らしいのに、その下はセクシーな下着なんだぜ……何だかすげぇ、美坂さんすげぇよ」――そんな声も聞こえてきた。
 しかも自己PRや続く質疑応答での言動が支離滅裂で、傍目にも狼狽えているのが判る程であり、普段の理路整然とした彼女とは思えぬ一面を露呈させ、見る者達を色んな意味で唖然とさせた。
 この世の中には「ツンデレ」という言葉が有るが、恐らく彼女は”そう”なのだろう――そんな事が、漠然と頭に浮かんだ。
 そんな見慣れぬ彼女に内から沸き起こる衝動を堪えきれなくなったのか、例の金髪奇行少年が奇声を上げながら特設ステージに上がりそうになったが、屈強な警備員達によって阻止される一幕もあった。
 まぁ、これはこれで美坂香里の持つ魅力が、ただならない物だと言う証明に他ならないだろう。
 美坂香里のインパクトが冷めぬ内に、次の爆弾――すなわち、三年生の倉田佐祐理が登場した。
 ……薄いベージュのネグリジェだった。
 恐らく会場内に居た全ての人間の予想と期待を裏切らない、見事なお嬢様的寝間着だった。
 スポットを浴びて浮き上がる、高校生にしては随分と完成させられた身体のラインが、悔しい程に官能的であり、同性の私の目にすら眩しく見える。
 上質のシルクと思われる生地は、下着や肌が透けて見えそうな程薄く、見えそうでも見えないチラリズムの半歩手前という憎たらしさが、余計に人々の興味と右脳を刺激する。
 実際、ネグリジェで隠された部分は見えていないのだが、ボディラインはやたらハッキリとしているので、まるで本当に身体が透けて見えている様な気がしてくるから、何とも不思議なものだ。
 自分が透視能力に目覚めたと勘違いし、ヒートアップし過ぎてステージへ雪崩れ込もうとした一部の観客達と、それを阻止せんとする警備員達によるガチンコおしくら饅頭が展開するなど、場外の騒乱ぶりも手伝ってなかなか見応えがあった。
 しかし周囲の反応を余所に当人はいたって平然としており、司会の質問にも平時と変わらぬ姿勢で答え、その貫禄の違いを見せつけた。
 これは彼女が社交界など、人目を惹く場に慣れていた事によるものだろう。
 なお、本校の生徒会長を務める男子生徒は、彼女が姿を現した瞬間、前屈みになって鼻血を吹き出しながら気を失った。
 最後に登場したのは我が親友、保険医・天沢郁未だ。
 当初彼女は、天涯孤独にして一人暮らしという立場を利用し、コンテスト用に用意した何とも色気のないスエットを着用して会場に出ようとしたが、更衣室の前で張り込んでいた私が――
「郁未のルール違反を訴えるわよ?」
「今、会場内の群衆が怒りを爆発させたら……流石の郁未も色々と大変でしょうね。色々と……」
「それから、マスコミの力を侮らない事ね。ふふふ」
 ――と、誠心誠意説得したところ、身体を震わせて私を睨み更衣室へ戻って行った。
 再び彼女が更衣室から姿を現した時、先程の野暮ったい格好とはうって変わった物――居候中の私にとっては馴染みのある格好となり、特設ステージへと上がって行きました。
 今にして思えば、私の取った行動は自殺嘆願書にサインをした様なものでしたが、こうして今も元気に生きているわけだから、私は神に愛されているのだろう。
 コンテスト終了直後、目を黄金色に輝かせて怒濤の勢いで迫る郁未を、強力な不可視の力で止めてくれた鹿沼葉子という女性には心より感謝したい。
 それはともかくとして、その後の出来事を、私は恐らく一生忘れないでしょう。
 彼女の寝間着と言えば、大きめのブラウスの他はショーツだけ……という俗に言う裸ワイシャツなのだ。
 ノーブラである事は言うまでもない。(私が事前に念を押した)
 郁未が登場するや否や、会場内の喧騒がピタリと止み、そして一瞬を置いて爆発した。
 校内におけるアイドル的な校医の艶姿は、それだけの破壊力を秘めているのだ。
 学生時代には憧れの先輩(男)を押し倒してその貞操を奪い、FARGO内で当時はノンケだった私の身体を弄りまくり、教団員による辱めさえも甘んじて受けた”あの”郁未が恥ずかしがっている!
 そしてそんな郁未を見て大歓声――というよりも絶叫を上げる三千人の群衆。
 六千の瞳が食い入るように捉えているその格好は、”私が”させたのだ。嗚呼、何と素晴らしい。
 そう思うと、自分が郁未より、何かと有利な立場に居るという優越感を感じて、私の神経は興奮で焼き切れそうになりました。
 しかし、興奮に神経を麻痺させられたのは、何も私に限った事ではない。
 特設ステージ上に佇む郁未本人も、そうであった事は間違いなかったはずだ。
 恐らくは衆人環視の下に自分を晒した事で、郁未がその内面に隠し持っている淫猥な質のスイッチが入ったのだろう。
 でなければ、自己PRの時に見せた余裕や、その後に続く競技における開き直った郁未の態度が説明できない。
 無論、その祭りが終わり理性と羞恥心が戻れば、たちまち自己嫌悪と、私に対する恨みの嵐が彼女に襲いかかるのだが、それは先の話だ。
 とにもかくにも、最初の競技で、郁未は吹っ切れたのだと思う。
 全員の紹介が終わったところで、再度ステージ上に全員が並び――それはそれは壮観な眺めでありました――、第一ステージの投票が行われた。
 投票は、チケットと交換で手渡されるスイッチにて瞬時に計測が行われ、ステージ上部に備えられたモニターに結果が表示される仕組みでした。
 ドラムロールとスポットライトによるお約束の演出の元、第一ステージの覇者に輝いたのは、案の定と言うか……郁未だった。
 コンテストに対する当初のスタンスを棚に上げ、初戦の段階とは言え郁未がトップに立った事を、私は取材を忘れて、まるで自分の事の様に喜びはしゃいだ。
 興奮して、隣の席に座っていた名も知れぬ男子生徒を叩いてしまったが、これは仕方がない事だろう。うん。
 次点は僅差の倉田佐祐理で、この二人が票を大量に集めた。
 その後は美坂香里、川澄舞、天野美汐、長森瑞佳と続いたわけだが、この結果を考えると、これはもう見た目のインパクトがそのまま点数に影響したとしか思えない。
 事実――後で判った事だが――明らかに他の少女のシンパであるはずの生徒までもが、反射的に郁未や倉田佐祐理へ投票を行った事が確認されている。
「これはこれ、それはそれ」「理性と煩悩は別問題」「エロは別腹」――というやつだ。
 そんな馬鹿な! と思う無かれ。
「裏切り者は見つけ次第粛正だ!」と鉄の掟を振りかざし息巻いていた文芸部の部長――美汐派の中でも最もタカ派として恐れられている生徒――でさえ、一瞬己の女神の存在を忘れ目の前の豊艶な姿に目を奪われたというのだから、一般大衆の関心が流動的になったのは仕方がない。
 とにもかくにも本選は、こうして一気にトップギアへ入った様な熱気を持って始まった。

 なお、投票権を持っているのは会場内の三千人であり、集めた票数がそのまま得点に繋がる。
 つまり一つの競技において、独りで全ての票を得れば三〇〇〇点となる。
 当初は二五〇〇人、二五〇〇点満点で行う予定だったが、予選突破が当初の五名から六名になった為、入場者も無理矢理五〇〇人を詰め込み――当然その殆どが立ち見である――間に合わせたとの事だ。

天野 長森 美坂 倉田 川澄 天沢
208 190 407 891 355 949
乙女
合計 208 190 407 891 355 949
※第一競技終了時における得点。



 十分間の休憩を挟んで、第二の競技――「知」が始まった。
 衣装は元通りの制服や白衣に戻っていたのが残念ではあったが、学園におけるミスコンという性質上仕方がない仕様だろう。
 休憩時間の間に特設舞台の上には、よくクイズ番組で見かける早押しボタン付きの回答者シートが六つと、の十メートル四方程度のパネルが設置された。
 知部門競技は、ジャンルと難易度によって異なる得点が設定されている問題を選び早押しで答える、所謂パネルクイズ形式で行われた。
 ジャンルは、「一般教養」「雑学」「芸能」「スポーツ」「学園」「保健体育」だった。
 最初の四つは判る。「学園」というジャンルにしても、学校や学園関係者に関する内輪問題という事で納得できるが、最後の保健体育は何だろうか? 一般教養からわざわざ独立させ、しかも全ての問題が他のジャンルの物よりも点数が高く設定されている部分に、運営者側の思惑が露骨なほど滲み出ている。
 一次競技の優勝者である郁未に第一問目の選択権が与えられ、彼女が無難に選んだ「一般教養の一〇点」問題から始まった。
 保険医なのだから、保健体育から始めるべきだろう――そう思ったのは、私だけではないはずだ。
(事実、彼女が選んだ時、僅かながらブーイングが起きた)
 三年、二年、一年それぞれの学年主席が本選に残っているだけに、彼女達の活躍が期待されたが、二年主席の美坂香里と一年主席の天野美汐は、第一次競技の精神的ダメージが回復していないのが明白であり、最初から照れの無い倉田佐祐理、彼氏の影響でお祭り騒ぎに耐性があるという長森瑞佳のマッチレースになる事が予想された。
 パネルに組み込まれた問題は思いのほか無難なもので、どんな難問にもすんなり答える女生徒達には驚かされるものの、問題そのものに驚かされる事は無かった。
 一般教養に関しては、出場者の学年による不公平を是正する為、高校一年までに習う範囲が出題されていたが、高得点の問題になればなるほど、その難易度は高くなり、恥ずかしながら私なんぞ二〇点以上の問題は全く解けなかった。
 それは我が親友の郁未にしても同様だろう。
 第一次競技で既に開き直ったらしく、照れは無くなっていたものの、出題される問題に目を点にさせて、その学力の低さを露呈させる事となった。
 ええい、不甲斐ないぞ天沢郁未っ! 貴様は身体と色気だけで頭空っぽのオッパイ芸人か?! ――と声高らかにエールを送るも、それで瞬時に学力アップする事もなく、彼女が回答ボタンを押す機会は非常に少なかった。
 川澄舞に関しても、コンテスト自体に対する照れは無いものの、知識に偏りがあるのか、回答するシーンは殆ど見られなかった。
 となれば当初の予想通り、倉田佐祐理と長森瑞佳のマッチレースが展開すると思いきや、意外にも天野美汐が踏ん張りを見せ、会場は大いに盛り上がった。
 しかし彼女はもっと、こう……コンテストに対して否定的な立場だと思っていたが、普段の制服姿に戻って精神の安定を得た事も手伝い、倉田佐祐理、長森瑞佳という、三年の主席と二年の高成績者を相手取って、五分の戦いを見せた。
 更に問題が消化されて行くに従って、徐々に落ち着きを取り戻した美坂香里も勝負に参加すると、人前で劇を演ずる演劇部のアドバンテージを生かし、少々のんびり屋な一面を持つ倉田佐祐理や長森瑞佳、そして上がり症な天野美汐を上回る反応速度を発揮し、早押しを連発。
 先程とはうって変わって毅然とした態度を見せる彼女に、またしても金髪奇行少年が有り余るリビドーを解放してステージへ突入するも、再び屈強な警備員に捕縛された。
 そんな一幕も在ったが、その他には特に問題が起こる事もなく進んで行き、気が付けば保健体育の問題を残して全ての問題が終了した。
 やたらと高い点数が設定されている事もあって、郁未と川澄舞以外の者は逆転の可能性が残されていた。
 しかしその高得点が故に、中身は保健体育とは名ばかりのエロ問題である事は疑いようもない。
 これはつまり、恥ずかしい答えを彼女達の口から言わせよう――というのが、運営者側の魂胆である事は明白で、ぶっちゃけるならばセクハラ行為そのものだ。
 三流芸人や、恥知らずな視聴者を集めて行われる質の悪い低俗な深夜番組ならばいざ知らず、それなりに名の通った私立校で、白昼堂々公然と行われるセクハラ的活動に、女子生徒達は一斉にブーイング……かと思いきや、女子も一緒になって楽しげに声援を送っていた。
 恐らくは会場内の毒気に煽られて、公正な判断が出来る者は殆ど居なかったのだろう。
 ちなみに、気になる「保健体育」の問題だが……
 10点問題が『夕方に降る雨は夕立と言うが、では朝に降る雨は?』という、何とも低俗で頭の悪い内容で、郁未が問題の途中――「では朝に……」の辺りで――で反射的にボタンを押したのが印象深い。
 そして思い切り「あ、朝立ち!」と答えて場内の爆笑を誘った。ちなみに正解は、ただの「雨」である。
 郁未……あんたって子は……。あまりにもお約束過ぎて涙がキラリ☆
 しかしその他の問題も五十歩百歩だった。
『「いっぱい」という文字の「い」を「お」に変えたら何と言いますか?』
 当然、正解は「おっぱお」だが、やはり反射的に答えてしまった美坂香里が「おっぱい……あ、違っあーっ! 違うの、違うのぉ〜」と自分自身の答えに照れてしまって、せっかく取り戻した落ち着きを再び手放してしまった。
 その後は、顔を伏せて、ひたすら恥辱に身体を震わせる事となり、そんな弱気な彼女にリングサイド――特設ステージの真横から、彼女の妹が「何やってるんですかお姉ちゃん! 美坂の名に賭けて勝利を手中に収めるまで進むしかないんですよ? さぁ判ったなら顔を上げて戦うんですっ! 羞恥心なんてものは野良犬にでも食わせちゃって下さい。ハリー! ハリー! ハリー!」と、容赦のない激が飛ぶ。
 とまぁ、こんな具合で運営者側の思惑通り、選手達は頬を赤らめ、恥ずかしさに身を震わせたりしていたのだが、彼等にとって想定外だった事がただ一つあった。
 三年の倉田佐祐理である。
 彼女は終始落ち着き払っており、わざとらしい問題に引っかかる事なく淡々と正解を述べ、そして例え答えが卑猥な物を連想させる様なものであっても、笑顔を崩すことなく平然と答えて見せた。
 開き直った郁未にしても、そういった問題を答える事に躊躇は無かったはずなのだが、彼女の頭脳はあまりにも単純過ぎた。
 反射神経は高いので早押し自体は出来ても、答えを間違えてばかりで、その後の倉田佐祐理に正解をかっさらわれるシーンが続いた。
 最後に残った問題――『「食べな、新潟盆地の米を」を逆さまから読んで下さい』も、恥を恥と感じていない様な倉田佐祐理がストレートに(そしてパーフェクトに)答えた事で勝利。累計得点でもダントツのトップに躍り出た。
 それにしても、「知」勝負を簡素にまとめるのであれば、郁未はことのほか馬鹿だったという事だろう。
 もしあの六人が同条件の元で学力試験を行えば、間違いなく郁未は最下位だろう。うん。我が親友ながら実に恥ずかしい限りだ。
 まぁ、どの程度の学歴詐称を行ったのかは判らないが、実際の学歴は高校中退の郁未が……現役の、それも学年主席が連なる場所に同席させられたのだから、この結果は仕方がないかもしれない。
 保険医という立場の彼女が、幾ら名ばかりとはいえ「保健体育」の問題で生徒達に遅れをとった事に関しても、仕方がないだろう。
 何しろ郁未が保険医をしていられるのは、単にFARGOでの人体破壊向けの医学講座と、不可視の力のお陰なのだから。
 ん? そう考えると、あの組織も、彼女の就職斡旋には役だったわけで、何とも複雑な気持ちになった。
 なお、第二競技結果の詳細は、下記資料を参考のこと。

教養 雑学 芸能 スポ 学園 保体
10 10 10 10 10 15
20 20 20 20 20 30
30 30 30 30 30 45
40 40 40 40 40 60
50 50 50 50 50 75
60 60 60 60 60 90
70 70 70 70 70 105
80 80 80 80 80 130
100 100 100 100 100 150
※参考資料:第二競技「知」の結果。

天野 長森 美坂 倉田 川澄 天沢
208 190 407 891 355 949
580 685 660 950 75 50
乙女
合計 788 875 1067 1841 430 909
※第二競技終了時の得点。



 第二競技を終了して倉田佐祐理が他者を圧倒、その親友である川澄舞が遅れを取るという状況の中で、第三の競技「徳」へと雪崩れ込む。




§





 住井護と折原浩平の両名と別れ、百花屋を後にした私は足早に次の目的地へと向かった。
 新たな取材対象者とは、近くの公園で待ち合わせていたのだが、予定よりも一〇分程遅れてしまった。
 寒空の下、公園のベンチで私を待っていた彼に、私は頭を下げて詫びると――
「いやぁ、雪が降ってる中で三時間とか待たされた事ありますから、この程度なら平気ですよ」
 と、笑顔で応じてくれた。
 うむ、美人の遅刻を笑って許せる器量を持っているとは、何とも良くできた男子ではないか。
 将来はお姉さんの愛人にしてあげよう――そう冗談で言ったら、眼前の少年は、派手な程のリアクションで驚き、周囲をキョロキョロと落ち着きなく見回している。
 うむぅ……この落ち着きの無さでは、まだまだいい男とは言えない。好色二股男の名に恥じぬよう、精進せよ少年。
 私は苦笑しながら彼の横に腰を下ろすと、途中で購入した缶コーヒーを与えて、簡単なインタビューを始めた。




§





■実行委員・相沢祐一の話
「確かに俺はあのコンテストで運営側に付き、不本意ながら折原のツカイッパとなって街中を奔走しました。
 主に俺がやらされたのは第三競技の「徳」に関する仕掛けの設置でした。
 ええ、あの極寒の空の下、彼女達の進む道先に、捨て猫やら足腰の悪そうな婆さん役のエキストラを配置したのが、俺の役目です。
 KTVさんから借りたワゴンに乗って、街中を移動してたんですけど、何しろ時間が無いので大変でした。
 一番大変だったのは、舞とか郁未先生が洒落にならない程勘が鋭い事ですからね……ホント、大変でした。
 おまけにこっちは舞の彼氏……いや、まぁそんなわけで、例えイベントと言えどもアイツを騙す事に荷担するのは精神的にも辛くて……あっはっはっはっはっは……何喋ってましたっけ?
 とにもかくにもです。俺は極寒の中を、皆の行く先々を先回りし、時には交通規制まで敷いて、彼女の目に止まる様に仕掛けを施していったんですよ。
 ったく、俺が寒いの嫌いだって知ってるのに……。
 え? 仕掛けの猫が無視されるんじゃないか心配じゃなかったかって? 一年の天野さんだっけ? あの子の事は判らないけど、他の子や郁未先生がそんなの見落とすわけ無いですよ。
 ただね……俺がムカついてるのはっ、寒さに耐え、雪に足を滑らせたり、良心の呵責に耐えながら仕掛けを必至に設置している俺を、面白おかしく撮影し、更に変なナレーション入れて編集した奴を、競技間のインターバルで見せ物にしやがったあの連中だっ! なにが『好色二股男』だ!
 お陰で俺は周囲から白い目で見られるし、秋子さんには「あらあら、祐一さんはもてるんですね。でも二股は上手く立ち回らないと、いずれ愛憎の果てに鋏で胸を一突きされて『ぐはっ』ですよ?」何て、やたら具体的な注意をいただく羽目に……え? そ、そんなの嘘に決まってるじゃないですかっ。俺のハートは常に舞へ向いてますって。それは嘘偽りの無いピュアハートです。あ、いや、佐祐理さんが嫌いってわけじゃ……でなけりゃ、三人一緒でアパートに……ああもう、そんな話はどうでも良いじゃないですか。あん時の話でしょ?
 舞はどうにかなったけど、結局郁未先生はどうにもならなかったですね。勿論、普段の先生なら、路上で困っている老人や、捨て猫を見かければ放っては置かないでしょう。それは誰もが判っている事です。
 でも、あの人は捏造された人為的なイベントをことごとく回避してみせましたから……コンテストではああいう結果になっちゃったんでしょうね。
 それよりも、俺としては次の「力」競技の方が心配でしたね。
 せっかく上向きになりつつある舞の評価が、模擬とは言え戦闘行為を衆人環視の下で行うわけですから……流石にひいてしまう者も多いんじゃないかって。
 何しろアイツは……ああ、詳しい事は言えないんですが、ちょっと訳有りで、真っ暗な校舎の中でとある敵と戦っていた経験があるんですよ。つまり学校の構造は完全に把握しているし、身体能力も高い。いくら武器が慣れない銃器とは言え、アイツが本気を出せば郁未先生以外は簡単に葬る事が可能なはずです。
 しかもアイツはコンテストに前向きな姿勢だったから……本気で優勝を狙っていたから、そういった勝負になれば、当然能力の出し惜しみはしないんじゃないか……それが何より心配でした。
 だって、そんな力の片鱗を見せたら、またアイツは不当な評価を得てしまうかも……卒業を控えた大事な時期に、そんな事になったら、アイツも、そして佐祐理さんも悲しく思うだろうし、俺だってそうです。
 でもまぁ、結果的にはそう言った事には至らなかったんで、俺の取り越し苦労に過ぎなかったわけですけどね」
 そう言って彼は嬉しそうに微笑んだ。
 先にインタビューした二人が言っていたバカップルとは、恐らく彼と川澄舞、そして倉田佐祐理も含めた三人の事なんだろう。
 学生の若さってのは羨ましいわね……そんな事を漠然と思いながら、私は再びコンテスト当日の様子を思い浮かべた。




§





 「好色二股男」なる珍妙なドキュメンタリ映像が流れた休憩時間が終わり、第三競技の「徳」が始まった……のだが、競技自体は既に終わっていた。
 つまり、本選出場者が決まってから昨日までの間に、彼女達には内緒で競技が進行していたとの事で、簡単に言うなら所謂「どっきりカメラ」の類に近い。
 であるから、評価の方法は、中央スクリーンに映し出される当時の様子を見て、誰が一番優れているかを観客が判断する。 
 彼女達が歩く先々に色々困っている人々を配置し、彼女達がどういう反応を示すか? それを皆で鑑賞し、その対応の優劣を評価するという物で、内容自体は至ってシンプルだ。
 司会の説明を聞いた彼女達は、思い当たる節が有ったのだろう、困惑・合点・納得・呆け・驚き――と、無反応だった川澄舞を除いて、皆がそれぞれ異なる反応を示していた。
 隠し撮りと思われる映像が順番に映し出されるが、流石は本選に選出されるだけの事は有って、映像に姿が出ない一名を除き、誰もが隙の無い善人っぷりを示している。
 重たそうな荷物を抱えている老婆を見れば荷物を持ち、持病の癪に蹲る者が居れば、近づいて安否を気遣ったり、捨て猫の入った箱を見かければ、素通りする事なく何らかの対処に出た。
 無論、それぞれ態度や言葉遣い、そして手段は異なる。
 例えば、道に迷っている者への対応として、天野美汐はその場で簡単なメモを書いて手渡し、美坂香里は丁寧に道のりを教え、長森瑞佳と倉田佐祐理はその場まで導き、川澄舞は無言のまま付いて来るように促した。
 捨て猫を見つけたケースでは、天野美汐は抱き上げて、ひとしきり自分で愛でた後で引き取り手を捜して街を歩き、美坂香里は箱ごと拾い上げて近所の家々を訪ね始め、倉田佐祐理はしゃがみ込んで猫の頭を撫でながら、携帯電話にて引き取り手を捜し始めた。川澄舞の場合は、一端その場から猛ダッシュで離れると、近くのコンビニで買ってきたと思われるミルク(備え付けの電子レンジで暖めている場面も映し出された)を飲ませ、暫く思い悩んでから、自分の家へと連れて行き、長森瑞佳に至っては、発見するなり、慣れた手つきで抱き上げると、そのまま躊躇なく自分の下宿先へと持ち帰ろうとした。
(なお、仕掛け側のスタッフが直ぐに引取役、もしくは捨てた飼い主として登場し、猫は回収してある事を申し添えておく)
 というわけで、誰もが基本的に同じ行動を取り、その徳の高さを見せつけ、どの派閥にも属さない者達の投票を悩ませるのだが、最後に川澄舞が男子生徒に絡まれている女生徒を颯爽と助ける映像が映され、しかもそれが用意されていたイベントではなく、本当の偶発的な遭遇シーンだとの説明が入ると、無所属の票と女生票は一気に彼女へと流れ込んだ。
 なお、唯一人、一度も映像に映らなかった郁未だが……自動車通勤に加え、鋭すぎる意識が、用意されたイベントを全て回避させてしまったのだ。
 結果、二分していた女生徒票は殆ど川澄舞に取られ、彼女のコアなファンだけが郁未に投じるのみに留まってしまった。
 何たる大失態! やはり不可視の力とは、人に過ぎたる無用の能力だと改めて実感した。


天野 長森 美坂 倉田 川澄 天沢
208 190 407 891 355 949
580 685 660 950 75 50
381 405 348 398 1293 175
乙女
合計 1169 1280 1415 2239 1723 1174
※第三競技終了時の得点。



 一時間の昼休みを挟んで、午後の部がスタート。
 第四競技となる「力」部門の勝負が始まった。
 つまりはパワー勝負であり、二戦連続して票を落とした郁未が起死回生を計るには、おあつらえ向きの競技だ。
 是非とも彼女には頑張ってもらいたい。
 さて気になる内容だが、私は『女だけのドロレス大会』みたいな物を予想していたのだが、何と無人の校舎全体を使ったサバゲーバトルロイヤルだった。
 使用する武器は、命中しても痛みの伴わない光線銃だ。
 射程距離二〇〇メートルというカタログスペックを信じるのであれば、校庭は無論、最も長い校舎の廊下でも、端から端まで届くし、向かい側の校舎――この学校は校庭を囲む様に四つの校舎から成っている――の目標を狙い撃つ事も可能だ。
 光線銃の特性が故に、窓ガラスに当たれば反射してしまうだろうが、双方の窓が開いて入れば十分に狙撃が可能という事だ。
 フィールドは校庭とそれを囲む四つの校舎全域となり、校舎の外側に出た者は反則となる。
 光線銃には単発のノーマルショットと、一度の引き金操作で三発連続して発射するラピットショット機能が装備されており、前者に弾数制限は無いが、後者には五回という発射制限が存在する。
 またノーマルショットの場合は、一発撃ってから次弾を放てるまでに、極僅かではあるがインターバルが存在しているので、連続して撃つ場合は注意が必要である。
 銃にはスピーカーも組み込まれており、射撃時にはそれなりに大きな電子的な音がするので、仮に隠れて狙い撃つにしても、下手に発砲すれば自分の位置を晒す事となる。
 ルールはそれぞれ六人一組――つまり、兵隊が五人付くチームバトルとなり、本人の運動能力の他、統率力なども試される事となる。
 得点は、兵隊――つまり雑魚キャラを一体倒す毎に五〇ポイント、ミス学園候補者――リーダーが二五〇ポイントとなる。
 優勝チームは、生き残った者のポイントがそのまま加算されるので、可能かどうかはさておき――自らのチームは無傷で、残り全員を自分達のチームが直接叩けば、三〇〇〇点の満点を得られるという仕組みだ。
 参加者はターゲットとなる受光器と自分のダメージを現す表示装置、そしてマイクとイヤホンとCCDカメラが一体化されたヘッドセットを装備する。
 ヘッドセットはトランシーバー機能も内蔵しているので、メンバー同士の間での通信が可能となっている。
 ターゲットとなる受光器は頭部全体をカバーしており、背を向けて逃げても狙えるような作りをしている。
 つまり互いの光線銃で、相手の頭部を狙い撃つわけだ。
 兵隊は一度のダメージを受けた時点で行動不能・退場となるが、リーダーたる候補者達には三回ダメージを与えなければ倒せない。
 ただし、リーダーがやられた場合は、配下の兵隊も全て同時に倒された事となり、その分のポイントもリーダーを倒したチームが手にする事が出来る。
 頭部ユニットを手で庇ったり、持ち運びの出来る様な遮蔽物をかざして頭部ユニットを覆い隠すのは反則となり、行った者はその時点で退場となる。(退場処分で浮いた得点は最終的に優勝者の物となる)
 手や手に持った遮蔽物でのガードは認められ無いが、それ以外の物を用いたガードは許される。つまり可能であれば、脚でガードしたりするのはOKであり、机や椅子――その他様々な物に隠れる事は一向に構わない。
 他に、光線銃の電源を不正に操作し、ラピットショットの補充を行う事や、ヘッドセットの電源を操作する事も反則行為とみなされ、即退場処分となる。(電源関連の状態はリアルタイムで監視されているので、発覚次第失格となる)
 同士撃ちにはセンサーが反応せず無効となり、退場処分となった者の銃は、その時点で使用が出来なくなる為、複数の武器を同時に得る事は出来ない。
 また、進行をスムーズに行うため、運営者側から何らかの情報操作や、行動指示が行われる事もある。
 気になる兵隊は会場内の人々から希望者を募り、その数が多い場合は抽選によって選出された。
 無論、どの候補者の陣営にも希望者が殺到し、公正な抽選が行われたという事になっているが、選ばれた濃い面子を見る限り、明らかにイベントを盛り上げる為に、何らかの操作が行われているのは間違いないだろう。
 なお、運営スタッフとマスコミ関係者は、部下としての参加が出来ず、長森瑞佳や川澄舞の恋人は彼女を直接サポートする事が出来ずにいた。当然、私も郁未のチームに入る事は出来なかった。残念なり。
 そんなこんなで始まる第四競技だが、この勝負は明らかに天野美汐が一番不利だった。
 最少年齢という肉体的・精神的なハンデも在る上に、明らかに性格がこういった戦闘行為には向いてない。
 おまけに体力や運動神経も他と比較して無さそうだ。
 長森瑞佳や美坂香里、そして倉田佐祐理は文武両道――それなりの運動神経を有しているという事であったし、川澄舞は噂に聞くところによれば、相当な手練れだと言う。
 郁未に至っては問題外だ。
 例え不可視の力を用いなくとも本当の戦闘訓練を受け、実戦――本物の命のやり取り――だって経験しているのだから、彼女が本気を出せば、こんな模擬戦など一瞬で片が付く。
 彼女の戦闘能力を知る私には、この第四競技は最初から結果の分かっている勝負に過ぎなかった。
 故に、残りの五チームが如何に戦うかに興味が移るわけだが、先にも述べたように個人のスペックでは、天野美汐が突き抜けて不利である事は誰の目にも明らかだ。
 チームバトルという形式が選ばれたのは、恐らくそんな身体的不利を緩和する為でもあるのだろう。
 つまり、部下の性能や使い方次第では、良い方にも悪い方にも彼女達の能力が修正される事だ。
 では、ここで勝負開始前に各チームの様子を伺いに行った時の事を報告しよう。

■天野美汐チーム
 選出者個人の身体的スペックでは最も劣ると思われる天野美汐が率いるチームで、メンバーとなる兵隊達は全員が男子生徒――それも彼女の支援組織の面子で構成されていた。
 恐るべきはその団結力であり、リーダーの天野美汐を守る為であれば、どんな手段であろうとも取りうる事が予想される。
「ミッシング1より各員へ、我々の任務は、何はともあれ我らが女神を守る事にある。ただひたすら防衛に徹せよ。無謀な攻撃は一切禁ずる」
「ミッシング2了解」
「ミッシング3了解!」
「ミッシング4了解っ」
「ミッシング5了解です!」
「いよぉーし、それでは……天野美汐様、闘争を前に我らに何か一言お願いいたしますっ!」
 ミッシング1を名乗っていた男子生徒――確か葉月という名の文芸部の部長だったはず――が、一歩前へ歩みでて天野美汐へ向かい恭しく頭を垂れる。
「あ、あの……よろしくお願いいたします」
 流石は丁寧が服を着て歩いていると称されている彼女だけあって、明らかに異常な集団を目の前にしても、深々とお辞儀をして応じてみせたが――
『応っ!』
 男達が一際大きな声が揃って返事を返すと、流石にびくっと身体を震わせた。
 葉月が妙にキビキビとした動作で回れ右をして他のメンバーへと向き直る。
 そしておもむろに口を開き――
「聞いたか貴様等っ、女神にお願いされたとあれば、我らの命は彼女を守る為だけに存在が許される。 否、今日この日の為に我々は産まれ、そして存在していたのだっ! さぁ、今こそ義務を果たす時である。死ね! 戦って死ね! 守って死ね! 天野美汐様の為に喜んで死ねぇっっっ!」
 ――と、血走った目を浮かべ、かな〜り危険な言葉で戦意高揚を煽った。
 こんな言葉を受ければ誰もが引くだろう。
 だが、それでも天野美汐は――
「あ……そ、そんな、別にそこまでしていただかなくとも……」
 ――と、健気にも、神軍となった男子達をいさめようと言葉を紡いだ。
 しかし、そんな天野美汐の遠慮がちな声は、メンバーの「応!」という絶叫に掻き消さて、彼等の耳には届かなかった様だ。
 それにしても……言っている事は何とも雄々しいが、メンバーはいずれも文芸部部員なので、体格的な外見との落差が激しく、全員が男子生徒でありながらも、戦力としては不安を感じずには居られかった。
 ただ、信仰に限りなく近いその想いによって結束した彼等の力は、時に肉体を凌駕する事もあるだろう。

■長森瑞佳チーム
 男子生徒四名、女生徒一名の混成チームだ。
 紅一点は、彼女自身コンテスト候補者の一角だった七瀬留美。長森瑞佳が好きだと公言している少女だ。
 運動神経はともかく、戦意の低そうなリーダーにはさぞ心強い味方だろう。
「七瀬さん、一緒に頑張ろうね」
「瑞佳っ! あんたはこのあたしが守るからねっ! だ、だから安心していいわよ」
 おお、屈託のない笑顔と共に両手をぎゅっと握られて、早速鼻息が荒くなってるなってる。
 これならきっと彼女の為に死ぬ気で頑張るに違いない。
「さてと……そんじゃ七瀬さんの為にも頑張るとしますかね」
「七瀬さんの味方は我々の味方……か。まぁやるしかねぇだろ」
 この二人は、確か七瀬留美後援組織のリーダー格だった男子生徒で……確か、中崎と南森という名だったはず。
 どうやら、穏便な者が大半を占める長森派に変わって、戦意旺盛な七瀬派の者達が兵隊役を買って出たらしい。
「中崎君と南森君も有り難うね」
「いえいえい」
「どーいたしまして」
「目指すは北川の居る美坂一派……くっくっっくっ、北川よ……今こそ貴様の息の根を止めてやる」
 一人物騒な呟きをもらしているのは、水瀬名雪親衛隊のリーダーを勤めていた斉藤と言う男子だろう。
「斉藤君何か言った?」
「え? あははは……俺も頑張るよ長森さん。うん」
「ふっ、君の心はだいぶ荒んでいるみたいだね……まぁ、共に頑張ろう。長森さん、僕に浩平の代役が務まるとは思えないけど、彼の為に一生懸命頑張るよ」
 最後の一人、どこかナルシストっぽい雰囲気の漂う男子生徒が、斉藤の肩を軽く叩きながら、余った方の手を長森瑞佳へと差し出している。
「あ、ははは……うん。氷川君もよろしく……だよ」
 長森瑞佳は少し及び腰な態度でその手を握り返した。
 何と言うか、……色んな愛憎が渦を巻いているチームだった。

■美坂香里チーム
 長森チームとは反対に、男子一名、女子四名による混成チームだ。
 やっぱりと言うか、予想通りと言うか、例の金髪少年が居て、美坂香里本人が頭を抱えてうずくまっている。
 そしてそんな彼女の気苦労も気にせず、件の少年とストールを羽織った少女の二人が、やる気を漲らせて何やら叫び声を上げている。
「うおおおおおっ! 見えたっ! 見えたぞ! 美坂の危機を守り抜き、お礼に熱い接吻をいただくオレの姿が!」
「はいはい北川さん。妄想はその程度にしておいて下さい。それより判ってますよね? どんな卑劣な手段を講じてもお姉ちゃんを勝たせるんですよ? 美坂の名を美の代名詞にする為、一人でも多くの敵を駆逐するんです!」
「がははははっ、任せろ栞ちゃん。このオレが居るんだ、美坂には指一本触れさせねぇ!」
 金髪少年――北川潤が、うまい棒をしゃくしゃくと食いながら、手にした光線銃を突き上げて叫んだ。
「指……って、光線銃で撃ち合うんだから関係無いんじゃないの?」
 冷静な指摘をしているのは、演劇部の部長を務めている深山雪見だ。
 その横で、頷いているのは上月澪……という事は、二人は同じ演劇部員のよしみとして、美坂香里の下へ馳せ参じたのだろう。
 ただ、いつも彼女達と行動を共にしていた盲目女生徒の姿は見えないが、まぁこれは当然の結果だろう。
 幾ら学園内を比較的自由に行動できる彼女でも、銃の撃ち合いとなれば話は別だ。
『がんばるの』
「……そうね」
 スケッチブックに書かれた言葉に、美坂香里が力無く笑う。
「それじゃ美坂さん、命令口調でも構わないから、指揮の方しっかり頼むわよ」
「おおおおっし! やるぞぉぉぉっ!」
「私もやりますっ! レッツジェノサイドですっ!」
「……はぁ」
「大丈夫香里? ファイトだよっ」
 濃い面子に頭を抱えている美坂香里を、一生懸命元気付けようとしているのは、最後のメンバー、同級にして彼女の親友の水瀬名雪だ。
「名雪……貴女は気楽で良いわね」
「え? そうかなぁ。でもせっかくやるんだから、がんばろっ?」
 リーダーの美坂香里が、何処までこの個性的なメンバーを扱えるかがこのチームのキモだろう。

■川澄舞チーム
「……」
 個人の戦闘力という点では、郁未に次いで高いと噂の川澄舞のチームだが、選ばれたメンバーを前にしても、彼女はいつも通り寡黙を貫いていた。
 このチームもまた、美坂香里チーム同様に、一人を除いて女性メンバーで構成されている。
「えへへ、役立たずの祐一の代わりに舞に近づくろーぜき者は、全部真琴がやっつけちゃうんだからっ!」
 元気一杯な口調。そして頼もしい言葉ではあるが、真琴と名乗るその娘は幼さの残る少女であり、戦力としては些か不安を感じずにはいられないだろう。
 初めて見る顔だが、私服姿であるところを見ると、どうやら一般入場者らしい。
「……無理はしない」
 気張る彼女の頭に手を伸ばし、そっと撫で付けるその仕草は、まるでペットとその飼い主の様に微笑ましかった。
「川澄先輩……私やります」
 そんな二人の横で静かに佇み、そっと決意の強さを現しているのは……里村茜。
 確か彼女もコンテストにおける有力候補者だったはずだが、こんな決意を表に出すような子だっただろうか?
「おお……やる気満々だね茜。よーっし、詩子さんも頑張っちゃうぞ。おーっ! って、ほら沢口君も気合入れる!」
「う、うん。え〜と、がんばります……でも何でオレが此処に居るんだろう? 立候補した覚え無いんだけど」
 里村茜のすぐ隣で、詩子と名乗った他校の制服を着た少女が愉快そうに声を上げ、沢口と呼ばれた男子生徒は、釈然としない表情で首を傾げている。
「ほら沢口君っ、些細な事気にしない!」
「そうだよ沢口、真琴が付いてるんだからね。負けたら承知しないんだからっ!」
「そうだそうだ。死ぬ気で行けよ沢口。女の中に男が一人……ハーレムじゃん、格好良いところ見せなよ?」
 詩子と真琴に続いて沢口に詰め寄ったのは、顔つきが少しきつ目の女生徒だった。
「……は、はい。あ、でも広瀬さん、言わせてもらうなら、オレの名前は沢口じゃなくてみ……」
「いいでしょ、そんな事! 男が細かい事を気にしないっ!」
 広瀬という名の女生徒が、にべもなく言い放ち、沢口に反論を許さない。
 どうやらこのチームは女尊男卑が渦巻く世界の様だ。
「よぉ舞、調子はどうだ?」
 急に声が聞こえたので振り向いてみれば、ああ……好色二股男様のご登場だ。
 なるほど、彼が掛けている二股の片割れが、川澄舞という事なのだろう。
 となるともう一方も気になるところだが……これだけ綺麗な彼女を持っていても満ち足りないのだろうかこの男は?
「悪いな……俺が入れなくて」
「……」
 川澄舞は無言で頷き、暫くしてから――
「祐一、これ……お願い」
 そう短く呟いて、いつも手にしている長細い包みを、件の二股男子生徒――祐一へと突き出した。
「ん? ああ、判った。ちゃんと預かっておくぞ。それじゃ……無理すんなよ? 判ってると思うが……魔物なんか使うんじゃないぞ?」
 祐一の言葉に、今一度無言で頷く。綺麗な髪の毛が、ふわりと舞った。
「大丈夫よ祐一。真琴が付いてるんだから」
 真琴が元気よく言いながら、じゃれるように川澄舞の腕に絡みつく。
「はぁ……お前が居るから心配なんだよ。ったく、何でコイツが選ばれたかな……。んじゃ南、里村、それから広瀬も頼んだぜ」
「努力はする……よ」
「……はい」
「任せて〜」
「あたしは? ねぇ詩子さんには激励の言葉とか無いわけ?」
「……お前は大人しくしていてくれ。頼むからっ」
 祐一はそう言い、川澄舞から手渡された包みを持って逃げるように姿を消した。
 やれやれ、どうやらこのチームは女性主体とは言え、高い攻撃力を持っていそうである。
「長森さん……決着を付けましょう。私は……自分で思っていたよりも執念深いみたいです」
 その場を去る時に聞こえた里村茜の呟きが、何ともミステリアスで不気味だった。

■倉田佐祐理チーム
 スーパーお嬢様、倉田佐祐理が率いるのは、四人の男子生徒と一人の女生徒だ。
 背筋を伸ばし、それでいて柔らかな笑顔を崩す事なく、倉田佐祐理はメンバーへと一礼した。
「それでは皆さん、佐祐理と一緒に戦って下さい」
 お嬢様とは思えない控えめな言葉を受け、メンバーの一人が急に肩を震わせ始めた。
「ふふふふふふ。ははははははは。は〜っはっはっはっはっはっ!」
 その男子生徒が発する忍び笑いは、やがてハッキリとした笑い声となって周囲にこだまする。
 突然の奇行に私は思わず唖然としてしまったが、当の倉田佐祐理は、驚いた――というよりも、意味が判らないといった風に首を傾げ、一言――「はえ〜」とだけ呟いている。
 その他の生徒達はと言えば、そんな態度にも慣れているのか、揃って諦めた様に「またか……」と呟いている。
「来た……遂に、この時が来たぁぁぁぁぁっ!」
 そんな倉田佐祐理を余所に、男子生徒は高らかに宣言。一体「何が」来たというのだろうか? 続く男子生徒の言葉に耳を傾けてみる。
「倉田さんっ! 遂に来たんですね。この僕が、貴女のナイトとなる日が!」
 あ〜、何処かで見た覚えがあると思ったら、第一競技の時に鼻血を吹いて悶絶した人ですね。
 確か……生徒会長で久瀬という名前だったかな?
「さぁ皆の者よ!」
 私が彼の名前を思いだしている合間に、当人は残りのメンバーに向き直り、姿勢を正してから演説を始めた。
 そのノリに美汐チームの面々を思いだしたが、双方には明らかな相違点があるだろう。
 美汐チームの面々は、メンバー全員が自ら進んで殉教者となりうるが、倉田チームは明らかにそうではない。
 あくまで久瀬というリーダー格の生徒が一人息巻いており、その他の面々は倉田佐祐理への信仰心ではなく、義務感や責任感、そして連帯感といったものによって動いている。
「今こそ我らの正当性を世に知らしめる時である。倉田さんに楯突く矮小なる者達に、我らが裁きの鉄槌を下すのだ。美しい者が強い――それは当然の理であり、であるならば、美の具現たる倉田さんをいただく我らは、無敵の軍団となるのも当然の理である。さぁ立て! 銃を取り力の限り戦え! 偉大なる倉田さんに、勝利という名の大輪を捧げるのだ! ジィィィィィィク・さゆ……」
 久瀬の演説に頭痛を覚え始めた頃、突如として彼は姿勢を崩して地面へつんのめった。
「ったく、馬鹿も程々にしておけよな。本当にコイツで大丈夫かよ……」
「あ、祐一さん。見ていて下さい。佐祐理も頑張りますよ」
 相沢祐一に向かって力瘤を見せるようなポーズで奮闘をアピールする倉田佐祐理。
 なるほど、どうやら相沢祐一が伸ばしている股のもう片方とは、他ならぬ倉田佐祐理と言うわけか。
 確か川澄舞と倉田佐祐理は親友の間柄だったはずで……、うむぅ……世の中判らないものだ。
 この見た目、さしてぱっとしない男子生徒が、あんな美少女二人から愛情を注がれているとは……。
 きっと、彼には何か特別な力でもあるんだろう。 
「舞にも言ったけど、佐祐理さんも無茶とかしないでくれよ?」
「はい。無茶せずに頑張りますね」
「あ い ざ わ 〜 ……ヴィーナスに仕えるこの僕を足蹴にするとは何事か!」
「気にするな久瀬。俺なりに背一杯の激励だ」
「ふん。まぁ良いさ。今の僕は非常に機嫌が良いからな。だから君の無礼な振る舞いも不問としよう。寛大な僕に感謝したまえ」
 うわぁ。すっごい偉そうな物言い。相沢祐一の肩が震えてますね。
「頼んだぞ……」
「そうですね。久瀬さん、佐祐理と一緒に頑張りましょう。祐一さんも、応援して下さいね」
「ああ、気を付けて……」
「うおああああああああああああっ! 頑張りますっ僕頑張っちゃいますっ! 百回死んでも倉田さんを守ります!」
 相沢祐一の言葉を吹き飛ばし、久瀬が感動を爆発させた。よほど、激励の声を掛けて貰えたのが嬉しかったのだろう。
 うーん、意気込みは素晴らしいが、ルール上、君は一回死んだら退場だから……死なないように気を付けて。
 それにしても、久瀬会長以外の生徒達が殆ど目立たないチームだった。
 恐らくは他のメンバーも生徒会関係者なんだろうが、真面目さが取り柄っぽい彼等が、何処までやれるのか甚だ心配である。
 となれば、倉田佐祐理のカリスマ性と指揮能力が、果たして何処まで通用するかが見所だろう。

■天沢郁未チーム
 さぁやって参りました。第四競技の大本命、郁未チームです。
 この勝負に勝てば、郁未がトップに返り咲くのも夢では無いわけで、彼女には是非とも頑張っていただきたい。
 やっほー郁未〜……っと、ん? 郁未のチームは……どうやら教員チームらしい。
 五人のむさ苦しい男性教師達が、郁未を囲んで何やら相談をしている。
「……ですから、郁未先生は、我らが守ります」――と無精髭を生やした教師。
「はぁ……有り難うございます」
「なぁに、相手は小わっぱ共ですからな。がっはっはっはっはっ、まぁ、任せて下さい」――とは、ジャージを着た如何にもな体育教師。
「えっと、怪我とかされないようにご注意下さいね、あははは……」
「あっはっはっはっ、郁未先生は安心して構えていて下さい」――だみ声と、温泉マークの入ったネクタイが特徴的な教師。
「よ、よろしくお願いします」
「まぁ我々が付いているんですから、勝利は間違いないでしょう」――と、神経質そうな眼鏡の教師。
「ねぇ郁未先生、銃剣付きの小銃は無いんでしょうかね? どうも拳銃ってのは私の性に合わなくって」
「石橋先生……そんなモノ使った事あるんですか?」
 話を伺う限り、教師達も他のチームの生徒達と戦力的には大差なさそうに思えた。
 となれば、リーダーの郁未のスペックが物を言うわけだが……何だか郁未の態度に、やる気が見られない。
 その原因は……恐らく兵隊に選ばれたメンバーの所為だろう。
 私には判るが、むさ苦しい教師は、郁未の嗜好範囲からは大きく逸脱しているのだ。
 しかも取り巻く男子教師達の内、一人を除いて全員が郁未に気があると見た。
 先程から仕切りに郁未の気を引こうと、傍目に痛いアピールを続けており、体育教師らしいジャージ男と、温泉マークなんか、互いに牽制し合って火花を散らしている程だ。
 恐らくこのメンバーに、チームワークという言葉は存在しないだろう。
 私が遠目で彼等を監察していると、やがてジャージ体育教師が適当な激励の言葉と共に、郁未の肩に手を伸ばした。
 そして間髪入れず、温泉マークが対抗するかの様に反対側の肩へと手を伸ばし、だみ声で勝負に対する意気込みを語っている。
 二人とも良い所を見せようという腹づもりなんだろうが……当の郁未は、苦笑いを浮かべているだけだ。
 ハンっ、思わず笑ってしまう。この身の程知らず達に、如何に貴方達が郁未に相応しくないか、思い知らせてやるべきだろう。
 そうと決まれば――私は近づいて声を掛けた。
「あら晴香、どうしたの? あ、先生方、ちょっと失礼しますね」
 私の姿を見つけた郁未は、これ幸いと、苦手な男子教師達から逃れた。
 そんな彼女を手招きをして彼女を呼ぶ。
「ん?」
 近づいて来た彼女が射程距離に入ったと同時に、私の両腕が彼女の首に絡みつき、驚く間も与えずそのまま唇を唇でもって塞いでやった。
 当然、これだけ人目がある場で、彼女が不可視の力を使うはずがない事を見越しての行動だ。
「うむーっむーっ!」
 郁未の抵抗を持ちこたえる二秒の間、私は彼女の唇を存分に味わった。
 ごちそうさま。うーん、人前でするのも新鮮で悪くない。
 郁未はと言えば、顔を真っ赤にして――これは羞恥というより、怒りだろう――唇を指で押さえて、私を睨み付けている。
 私は郁未の背後で唖然としいる教師共に、ありったけの嘲笑を含んだ視線を送り、彼女には一言「がんばってね。でも本気を出したらダメよ」――と口早に言い残して踵を返した。
 今にして思えば、この行動も自殺志願者が取るものだったが、わざとらしい突風に煽られた金ダライが頭を打った程度で済んだのだから、私の幸運も捨てたものではないだろう。
 突然の痛みで頭が眩む中――
「今の女性は一体先生の何なのでしょうか?」
「い、郁未先生は……その同性愛者なのでありますか?!」
「いけません先生! そんな不健全でありますっ!」
 ――と、詰め寄る狼狽気味な教師達の声と、「いえ、違いますっ!」と、必至に弁明する郁未の声が聞こえてきた。
 なんだかなー。彼等が嫌いなら、一言「そうです」と肯定すれば良いのに。馬鹿な奴ー。
 とまぁ、チームワークの欠片も無いメンバーは、郁未にとって良いハンデとなるだろう。
 後で周囲の生徒に聞いた話だが、ジャージは体育、温泉マークは英語、眼鏡が生活指導で、無精髭は社会科、石橋と呼ばれた者は古文の教師との事だ。
 以後、彼等はジャージ、温泉、眼鏡、無精髭、石橋の名で呼ぶことにする。

 とまぁ、とんだハプニングは有ったものの、全てのチームに対するインタビューも終えた。
 参加者達はそれぞれ指定された場所へと散って行き、開始の合図を待つ。
 体育館の特設スクリーンには、校内の至る所に仕掛けられた無人カメラや、参加者達が装備するヘッドセット、そしてKTVの撮影スタッフによって伝えられる映像が映し出されている。
 またカメラ映像だけでなく、参加者達の現在位置を示す校内マップと、各種データも表示され、観衆はリアルタイムで、状況を確認する事が出来る様になっていた。
 準備が終わり、校舎内が僅かなスタッフを残して無人となった事が確認されると、勝負開始を伝えるサイレンが鳴り響き――
 第四競技が始まった。

 なお実際の勝負内容に関しては、住井護から譲り受けた以下のログコピーを参考にされたし。




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