この日は二限目まで自習になった。
その旨を伝える校内放送からは、その理由が緊急職員会議である事こそ述べていたが、その内容についてまでが語られる事はなかった。
だが生徒達は、この度の狂乱とも言えるコンテストに纏わる事が討議されている事を疑っていなかった。
ともあれ生徒達は突然湧いた自習時間を、各々が自由に過ごす事で費やし、その結果として校内は休み時間の様な有様と化していた。
友人達との無駄話や、読書に興じて居る者、そして早弁をする者の姿が目立つその水面下では、各支援勢力同士における駆け引きや闘いが繰り広げられていた。
ある者はその娘を一途に想う気持ちが、暴走にも似た行為へと発展させ、またある者はその女生徒のイメージアップを図って奔走し、またある者は徒党を組み己が支援するの女性の勢力拡大に躍起になっていた。
数多くの思惑が交錯する中、二時限目の終わりが近づいて来た頃、校内各所に設けられたスピーカーより放送が流れ始めた。
『あ〜、こちらミス学園コンテスト実行委員会委員長の住井護だ。今朝方より行われていた職員会議で決議された事を発表する。心して聞いて欲しい』
住井の放送に気が付いた生徒達が一斉に押し黙り、学校全体は先程までの騒々しさが嘘のように静まり返った。
『まず最初に発表するが、今回のコンテストの全権をこのオレが担う事になった。名実共に最高責任者となったからには、この度のコンテストは何が何でも成功させる。しかし諸君等の協力は必要不可欠であり、全校生徒の協力をお願いする。
さて、それでは今朝方より行われていた職員会議での学校側の決定事項と、先週末に発表したコンテストの概要に一部変更点が出来た。後ほどクラス担任よりプリントが配られると思うので各自確認しておいてくれ。では共に頑張ろう。以上だ』
思いのほか簡潔な内容で放送は終了したが、エスケープも辞さぬ覚悟で校内の各所に散らばっていた支援団体・組織の生徒達を、教室へ呼び戻す力を持っていた。
支援者にとってコンテストに関する変更点を見極め、その対策を立てるのは当然であり、三時限目の始業ベルが鳴った時には、ほぼ全ての男子生徒が血走った目で教師の到着を待っていた。
その無言のプレッシャーは、各教室に入った教師達を思わず尻込みさせる程だった。
教師達が授業前に配布したプリントの内容をまとめると、変更点は以下のような物だった。
一、本日は通常授業。
一、明日明後日は午前授業。
一、本選当日は完全休講にし、体育館を使用して選考競技会を行う。
一、予選投票は明日の昼休みの間とし、その終了をもって締め切りとする。即日開票の後以下の手段にて結果発表を行う。
一、KTV(北国テレビ)、各種新聞をはじめとするマスコミを通じ、各メディアでの結果発表。
一、本選はTV中継及び録画収録も行われる。
一、本選における競技内容は公平を期する為、当日まで一切公表されない。
一、本選の投票は学校関係者だけでなく、会場内にいる全員に与えられる。
一、協賛スポンサーに対して発給するチケットは、各スポンサーによる販促活動への使用・第三者への譲渡を認めるが転売は不可。
一、本選観戦入場チケットはチケットセンターにて明後日より販売される。転売、第三者への譲渡は禁止。
この中で投票権と入場券に関する部分が、もっとも衝撃を与える事となった。
生徒並びに教職員、そしてスポンサー以外の第三者へ販売される入場券は約千枚との事だが、入場者に投票権が与えられるという事実は、各支援団体に属する者達にとってそれらを如何に確保するかが最優先事項となったのは言うまでもない。
三時限目より通常通りの授業を始めたものの、新たな変更点に関する衝撃により浮ついた空気を一気に払拭できる事もなく、ほとんどろくな授業にはならなかった。
それどころか授業中に姿をくらます生徒――主に男子生徒――も数多く存在していた様で、担当教師達の頭を痛める事となる。
そして理科実験室、家庭科実習室、音楽室、美術室、電算室等々……数々の移動教室を抱える校舎からは、三時限目の開始と共にあちこちから驚愕とも呆れともそして感嘆とも似つかない叫び声が上がる事になった。
天野美汐支援団体ミッシングリングの活動により、美汐の尊顔で埋め尽くされた各教室は、さながら生徒達を美汐マンセーへと扇動する洗脳教室へと様変わりしていたのだった。
教師や対抗組織の生徒達による駆除も試みられたが、ことのほか強力な接着剤で貼り付けられているそれらを取り除く事は叶わず、教師もコンテスト中の特例として認め――というか無視――る事となった。
尚、当人の天野美汐の所属する一年一組は不運にも、三時限目は丁度移動教室であり、彼女は教室に一歩入り込んだ瞬間、引きつけを起こしかけた。
その後顔中の毛細血管を破裂させるのでは? と思える程に顔を赤らめつつ羞恥に耐える、そんな仕草や態度が更に彼女のシンパを萌え上がらせるスパイラル現象を引き起こす結果になった。
ただ、この日の表面的な騒ぎはその程度であって、四時限目になる頃には騒ぎも収束してゆきやっと普段の授業が行われた。
まぁ、それは単に生徒達の活動限界点が近かっただけだとも考えられ――事実、四時限目の授業はいつもに増して授業中に居眠りをしたり、体育でマラソンでもやった後のようにへばっている生徒達が多かった。
ともあれ、変更になったコンテストの投票権を巡って、事態は更に泥沼の様相を呈して行くことになる。
|