うっすらと瞼を開けると、青い空が目に入る。
その空は何処までも高く、何処までも青い。
青い空に浮かぶ雲の流れは速く、それでいて頬を撫でる風は穏やかだ。
背中に感じる大地の温もりもどこか心地良い。
眩しくも暖かな日差しを受けながら、こうして地面に仰向けで大の字を書いて寝転がっていると、嫌な事、面倒な事、都合の悪い事、そして思い出したくない事は全て忘れる事ができそう――そんな都合の良い感覚に囚われてしまいそうになる。
麻酔を受けたように朧気な俺の頭が、鳥の鳴き声らしき音を確認する。
見れば白い鳥達が、鳴き声をあげながら飛び交っているのが朧気に見えた。
恐らく、カモメだろう。
特徴のある翼の形が見て取れるが、海から遠いこの街にカモメが居るというのも何処か不思議な感じがする。
……いや、ぼんやりとした意識の中で見える景色故に、それらは幻なのかもしれない。
その考えを証明するかの様に、俺の混濁とした意識の中には、身を包む陽気とは無縁の光景――雪で化粧をした木々の姿がぼんやりと浮かんでいる。
そして青空と重なるように、綺麗な夕焼け空を同時に認識している。
青い空、夕焼け空、背中で感じる温もり、風に乗って宙を舞うカモメ達、純白の世界――はたしてどれが現実の光景で、どれが幻なの、今の俺には判別がつかない。
だが、そんな夢と現の狭間でまどろんでいる様な感覚は、どこか心地が良いものでもある。
二つの世界に同時に存在している感覚と、身体と精神の両面で感じるある種の快感。
そんな寝起きの心地よさを感じていた俺の意識が新たな情報を感じ取った。
――ゆ……ち。
それは音声。人が発する声。
――ゆういち。
それは名前。俺の名前。
――祐一っ!
俺を呼ぶ声。聞いたことがある声。よく知っている声。従姉妹の声。
彼女の名は……。
名雪――その声の主の名を思い浮かべた瞬間、俺の意識の中から雪に覆われた世界と茜色の空が、光の中へ溶け込むように消えてゆき、眼前には青く美しい空だけが残っていた。
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