弦取り稽古で弦道、肘の収まりを探求

本多流・生弓会の中央研修会から
(「弓道」2000年11月号掲載)


師範らに弦を取ってもらい
稽古する生弓会のみなさん
2000年8月13日
東京・綾瀬の東京武道館で


 「弦を取る」。こんな表現を耳にした人は多いと思います。指導者が弓と弦を取って押し開き、射手が弦道を知り会の収まりを感得する稽古法で、本多流の一つの特色です。本多流の研究・親睦組織である「生弓会」の中央研修会が2000年8月12、13両日、東京・綾瀬の東京武道館、足立区勤労福祉会館で開かれ、2日目の実技研修ではこの弦取りで汗を流し、弦道のあり方、肘の収まりをそれぞれ探求しました。
 浦上榮・斎藤直芳両先生著『弓道及弓道史』では「弦をとると云ふこと」の項で次のような解説があります。
 「射技の稽古に際して、師範が弟子の弓と弦を執って、弦道を違へない様に教導することを弦を取ると云ふ。この教授法は故本多利實氏が考案創始したのであって、現今の師範は皆この方法を模してゐる。往昔は手を押へ、言葉だけで指示し場合により巻藁矢にて力の入れ具合等を指示したのである。(中略)大人の弦を取る方法は本多先生を以て嚆矢とする。要するに初心者の弦道の高低遠近を訂正するための手段である。かヽる方法で教へられヽば、初心者の喜ぶのは勿論であるが、吾々指導者もまことに都合がよい」
 流派の中には「ウチの方が古くから弦取りをやっている」という向きもありますが、本多流の流祖・本多利實翁が稽古法として確立したことに意味があると思います。また、本多流以外でも弦を取っている方がいると思いますが、本格的な弦取りは、弓や弦に手を添える程度ではなく、時には、打起しから指導者がリードし指導者自らが弓を押し開き、弦道や押手の押し方を教える一体型の指導もしなければなりません。指導者も腰を入れて弦を取ることになり、横山粂吉先生の話ですと、自分で的前1本引くときの1・5倍のエネルギーがかかるとのことです。高木]先生(元全日本弓道連盟副会長)は学生時代、流祖に弦を取ってもらう際、わざと力を抜いて流祖を困らせたというエピソードが残っています。ところが、流祖は、悪童どもの企みをものともしないパワーを持っていたようです。利實日記には、80歳前後になっても1日100射がざらで、時には180射の記録があります。道場への来場者の顔ぶれなどからして、その多くは的前よりは弦取り稽古とみられ、そのエネルギーのすごさがうかがわれます。
 実技研修では、冒頭、本多利永宗家が「弦取り」の流派における意義を解説し、本多利時二世宗家が口述した弦取りの要領を示しました。主なポイントは次の通りです。
 自分の位置の中心は、教えられる人の弓手と肩辺に於いて弦を取る▽力の配分は、押手へ充分力を加える▽張力を養成させる。師の方で余り力を入れて引分けると効果は少ない▽段々に取る力を減じる▽一枚になるように弦道を取る。弓と体の間にすきを与えないよう押しつけつつ弦を取る▽身体の厚みに注意し,薄い人は近く高くし、厚い人は遠く近くする
 稽古では多賀嗣郎、大島善春両師範、今城保、谷口彰一郎両先生が、弦を取って、弦道とともに、飛中貫を目指す押手の伸びについて指導しました。午後は、大島師範による「鳴弦」が披露され、本多流の代表的な射礼「繰り大前」の稽古もありました。
 研修会の1日目は、会員による研究発表があり活発な意見交換がありました。本多流の良さは疑問を率直にぶつけ合って様々な角度から議論しあうことです。隔月に宗家宅で開かれている本多流勉強会では、8段、7段の先生から段なしの人まで、肩書抜きの激しいやりとりもよく行われています。
 研究発表で、多々良茂さん(埼玉・大宮市)は本多流成立と正面打起しについて、流祖の著作や各種の証言から推論を試みました。鈴木千輝さん(東京・町田市)は「弓射への力学的アプローチ」と題して、弓射を力学的に把握する方法論を提起。山中恒夫さん(横浜市)は、スピードガンによる矢のスピード測定と袴の腰板の曲尺について分析しました。生弓会顧問の桑原稔先生から医学から見た弓道についてメッセージが寄せられました。長野県弓道連盟科学委員会の北嶋晋先生の「離れにおける弓手と妻手の動きについての考察」がビデオ映像も使って紹介されました。先生方のご協力に深く感謝します。
 研究発表の最後に、私が「本多流はIT革命時代に生き残れるか」と題して、インターネットと弓道について問題提起しました。「インターネットの活用で、地域、段級の差、男女を飛び越した交流が広がり、射術の知識も豊富になる。今後はバーチャル弓道場、インターネット弓術書図書館、インターネットによる射技研修会、印可審査なども予想される。流派、射術の合理性が問われ、権威主義、カリスマ性、ピラミッド型秩序が壊される恐れも。射法の論理性を高め、弓の実質的魅力が必要になる」と指摘しました。
 研究発表会の懇親会まで論議は続き、本多利永宗家は「利實以来の口伝、伝書をIT、情報公開時代にいかに反映していくか、重要なテーマだ」とIT革命に積極的に対応していくことを強調しました。全日本弓道連盟の前理事・後閑縫之介さんから、連盟もシステム開発検討委員会を設けてインターネット時代に対応していることが紹介されました。(2000年8月24日記)

]は「非」かんむりに「木」。読みは「タスク」

研究発表会で活発な議論

発表するのは鈴木千輝さん
2000年8月12日、
東京・綾瀬の足立区勤労福祉会館で


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