本多流はIT革命時代に生き残れるか

本多流生弓会の中央研修会から
(生弓会「会報」124号)


本多利實翁の離れ


 この原稿は2000年8月12日、東京・綾瀬の足立区勤労福祉会館で開かれた本多流生弓会中央研修会の研究発表会でのおしゃべりをまとめたものです。アドリブでかなりしゃべっているので、忠実な再現ではありません。問題提起になれば幸いです。中央研修会の記録は弦取りを中心にまとめた原稿を全日本弓道連盟機関誌「弓道」11月に掲載していただきました。はじめはインターネットを中心に原稿をつくりましたが、連盟幹部にIT(情報技術)革命にアレルギーがあるとかで採用になりませんでした。連盟もシステム開発検討委員会を設けて変身中と思ったのですが、まだ内実が伴っていなかったようです。

 《「イット」の森さんに負けるな》
 研究発表の最後に真打ち登場、といいたいところですが、実はピンチヒッター。本当は本多流ホームページを開いている尾木義久さんが担当する予定が、学生の合宿とぶつかって、お鉢がこっちへ回ってきました。本来はパソコンの見本を見せながらやらなくてはいけないのですが、本業の記録係としてカメラ機材を優先してしまいパソコンなし。ホームページのハードコピーを何種類か回しますのでレジュメとともに参考にして下さい。
 準備不足を暴露するように、レジュメにある五年後のインターネット人口は「6500万人」から「7670万人」に増やして下さい。今春、新聞に電子政府の記事を書くため郵政省に聞いた数字だったのですが、半年でこんなに見通しが変わってしまう、まさにドッグイヤーの進展です。先ほどの文部省の学習情報課長の講演紹介にもありましたように、5年もたてばインターネットを大半の人が道具として使いこなせるようになってしまうのです。あの森喜朗首相ですら、一本指で始めています。IT(情報技術)革命のITを「イット」といっていた人なんですから。4月に首相に就任して所信表明演説をつくる際、思わず口走ってしまったといわれてます。
 結論から言えば私はインターネット積極活用論。先日の神戸で開かれた全日本学生弓道選手権大会で尾木さんに会いましたが、尾木さんは伝統的世界を大切にする慎重論。メールで意見をもらっていますので後で紹介します。

 《パソコンで現代の井戸端会議》
 ホームぺージを検索する「YAHOO」に出てくる弓道のリストを見ますと、一般が16、大学45、弓具店7、計68が載っていますが、恐らくこの何10倍かがホームページをつくって交流しているのではないかと思われます。注目すべきは、ホームページで情報を発信しているというだけでなしに、「掲示板」を使って意見交換を活発にやっていることです。いわゆる、現代の井戸端会議で、この双方向のやりとりが強力な情報交換になっているわけです。
 本多流のホームページは、1999年4月に開設されて、本多流の沿革、射法、伝書、射礼などを写真付きで掲載、公開しています。最近まで掲示板で活発な意見交換をやっていました。
 小笠原流もつくっています。日置流は印西派摂津系同門会が非公式につくっていますが、印西派の拠点・浦上道場はまだのようです。全日本弓道連盟もまだです。私は先日「弓道」誌の7月号に「読者の声」欄を復活するという告知があったので、早速「IT革命に対応した誌面づくりを」という投書を出しましたが、なかなか載せてもらえません。「弓道」誌の巻頭言が抹香臭くて読めないので変えたらどうかということまで書いていますので、まあ採用にはならないでしょう。ITへの対応を怠っていたら時代に取り残されるだけです。(「弓道」誌の投稿は、9月号にITの部分だけに書き換えたものが掲載されました。)
 個人的なホームページはものすごく多いんですね。私の場合は題して「朝嵐・弓道本多流を求めて」。団体や個人を紹介するだけのホームページが多い中で、射術論など中身が濃くてユニークだと自負しています。個人のページといいながら、生弓会コーナーもありますし、ゲストコーナーに本多利永宗家の論文も載せさせていただいています。美男子の顔写真のわきに、「花嫁募集中」を赤字で入れたいのですが、宗家の方が恥ずかしがっていましてOKが出ません。会員で持論の掲載希望者がいれば、内容次第で載せます。宣伝もしていないのに、4カ月で1500人のアクセスがありました。

 《時間、金銭、距離を飛び越すIT》
 インターネットの一般的な効果は、なんといっても時間的、金銭的、距離的にも極めて優れた情報交換手段ということです。便利で金銭的にも相当得をします。私は東大弓術部コーチ陣の世話役をやっていますが、部長、コーチ、世話人ら20人に連絡しようとすると、これまでだと、封筒だコピーだ切手代だと何千円もかかり、投函するまでにどうしても時間がかかってしまいます。インターネットを利用すれば、パソコンで発信欄をクリックするだけで全員に伝わってしまう。お金もほとんどかからない。比べ物にならないくらい、FAXや郵便より便利です。
 ホームページをつくるのにお金かかると思うでしょうが、私はお金をかけずじまいでした。何万円のソフトを使えばよいホームページができるのでしょうが、私のは1750円のパソコン雑誌に付いていた付録のソフト。朝日新聞の職場に来ているアルバイトの女子大生に教えてもらって作ったのです。お礼のご飯代はかかりましたが、ほとんどお金がかかっていないのです。
 インターネットの活用を弓道に限って効果を計れば、第1に、情報交換が活発になります。試合、会合の告知も簡単です。射術の知識も豊富になります。私のホームページを見て「本多流というのがあるのを初めて知った」と感想をいってきた人もいます。同門と思われる方からは「大内道場・不忘館の当主の交通事故、そして道場の閉鎖」などを教えてくれたり、戦前の生弓会の射会記録用紙を送っていただいたり、ホームページを開いていなければできないような情報を入手しています。
 第2に、掲示板の活用で井戸端会議が増えます。掲示板があると刺激が大きい。地域、段級の差、男女を飛び越した交流が増えてきます。今は若者の発信が多いようですが、いずれ主婦からの発信も増えてくるでしょう。それも、一方通行でなく、お互いに意見を言い合う仲になるということです。
 第3に、覆面の気安さから、精神論を相手にせず、実利中心の議論になると思います。挑発的な議論もあるでしょう。段級オールマイティーの世界や体配至上主義を打ち破る動きになる可能性があります。
 第4に、スチール写真、動画で自分の射を公開し、批評を言い合う段階にすぐなると思います。こうなると、口先だけでは権威は通用しなくなります。私はホームページ開設は現代の武者修行といっていますが、実際に写真で自分の射の動きがついていると、手厳しい批判の矢が飛んでくるでしょう。いまでも、「何だこんな議論しかできないのかね」といった批評も来ますし、多種多様な質問に答えることによって相当鍛えられると思います。

 《バーチャル弓道場の入門をどうぞ》
 今後のインターネットの利用で思いつくことをあげてみます。
 まず、第1に、バーチャル弓道場、バーチャル流派道場ができるのではないでしょうか。それを流派が公認して、画面指導をする。教え方に対しても様々なボールが投げられてくるから、実力がないと道場は維持できないですね。
 稽古つけてもらう映像も一方向でなく五方面、前後左右上。的の方はやや斜め前から写す。ズーミングで手の内のアップも随時可能に。中指をもっときちっと握れ、とか、下筋を聞かせて押せ、とか。振り込みすぎているとか、きっちり観察できるわけです。
 第2に、インターネット弓術書図書館ができます。伝書の情報公開も飛躍的に高まるでしょう。本多利實翁は東大の弓術部から「日置流竹林派弓術書」を明治41年に発刊して、流派伝書の情報公開のさきがけを果たしていますが、今度は電子文書による情報公開になるわけです。データベース化もできると思います。もちろんデータベースとして入力するのが大変ですが、各流派が協力してネットワークを張るようにするのも一案です。本多流のホームページには伝書の項がありますが、今のところ、「本書」の冒頭部分しか掲載されていません。段々これを充実させて、「日置流竹林派弓術書」の全部が収録されたらすごいですね。流祖本多利實翁の注釈つきですから。いま、本多利永宗家のお宅で本多流勉強会が開かれていますが、「切払別券はどこに書いてあったっけ」「鸚鵡の離れは中学集にも書いてあったっけ」といったやりとりをしていると、宗家が「本書」ではここそこ、「中学集」ではあそこに書かれている、などと教えていただいていますが、データベースが完成すれば、キーワードを挿入するだけで、必要な項目を引き出せるようになります。「切払別券」の解釈が流派によっても違うことが一目瞭然わかってしまう時代が来るんですね。弓書の公開と利用が飛躍的になります。
 第3に、ペーパーレスのインターネット生弓会「会報」の発刊もできるということです。会報をホームページに載せれば、読者がどっと増えます。反響も大きく影響力も増えるでしょう。興味を引くように掲載記事も単なる文字だけではなく音声付き動画付きにすることもできます。たとえば、「会報」122号から始まった「本多流宗家四代を語る」の座談会も、一部音声を入れたり動画にするとインパクトが相当違ってきます。流派間の公開討論もできるでしょう。インターネット流派サロンも開いたらいいと思います。
 第4に、射技研修会、段級審査もインターネットで可能な時代になるでしょう。現在の審査のように、師範席から一面的に見るのでなく、四方八方の映像でチェックするようになり、より正確になると思います。
 第5に、映像を見ながらの通信射会もできます。全国大会もインターネットでできるのではないかと思います。一カ所に集まらなくても大会ができるようになれば、時間や旅費の節約になります。

今城保先生の指導

割り箸を使って指の動き肘の締まりなどを解説
(2000年5月、洗心洞・東大親善射会後の懇親会で)

 《デジタルな弓の指導法開発を》
 インターネットの急速な普及にもかかわらず、この世界には付き合いきれないという人がいるかもしれません。しかし、iモードの出現でインターネット人口が急速に増えたように、もっともっと使いやすい道具になってきます。デスクトップのでかいパソコンのイメージはあっという間に吹き飛ばされてしまうでしょう。最初は面倒ですが、自転車に乗るようなもの。少しなれればスイスイと走り出せます。
 政治の方もITに本腰を入れ始め、政党によっては、国民全員にパソコンを配布する選挙公約まで出ています。国会議員も一生懸命、ホームページつくりに精を出しています。自民党でも昨日(8月11日)調べたら232人の代議士のうち107人が開設。参院議員は来年の参院選挙までに全員開設すると言うことです。民主党などはもっと積極活用しています。
 だから何だ、という人もいるでしょう。個人的には、ITを拒否しアナログの世界に生き残るのもひとつの見識だと思います。弓道にはその世界があってもいいし、そちらの方が本物かもしれません。しかし、社会生活を営む中では、ITを拒否しきれないのではないでしょうか。仙人の世界に生きるのではなく、組織のリーダーとして生きようとするなら、積極的に活用して行くしかないのではないかと思います。まして、社会的な存在である組織としては、IT拒否はほとんど不可能ですし、ITの活用は組織の老化度、化石度を打ち破るバロメーターになるでしょう。そのうち、範士、教士は、インターネット道場をつくらなければいけなくなるかもしれません。
 便利だけでなく相当に怖い時代になってきます。いろいろな目で見られるので、流派、射術の合理性が問われてきます。説明責任を求められる時代になってきます。一方的にこれが○○流だ、これを習え、といっても通用しなくなる。弓道の神秘性、一子相伝、権威主義、カリスマ性、ピラミッド型の秩序、こういうものが次々と破壊される可能性は十分あります。
 説明責任、アカウンタビリティーなんて行政用語を持ってくるなんてけしからんと思われるかもしれませんが、権威や権力を正当に保とうとすれば、そうせざるを得ないんですね。スポーツの世界でも、IT革命にあわせて、そうなってくると思います。
 今年の生弓会の新年射会の懇親会で、横山粂吉先生が「本多流って何だ」と大声で問われました。すると、飯野雄一郎さんが「華族会館で写したあの本多利實翁の七道の写真です。あれを目指して引いています」と答えました。すると横山先生は「うむ、それならよい」とひとこと。非常にかっこよかったですよね。しかし、これはアナログの世界ではないかと思います。「弓は気合だ」とか「理屈はいらん。俺についてこい」いうのが、アナログの典型です。デジタルの世界になると、流祖の手の内は、なぜ薬指と小指を緩やかにして中指でしめるのかとか、離れたあと弓はなぜ超特急で回転し真っすぐに立つのか、この辺の合理的説明をしながら射の解明をしていくことになると思います。
 しかし、これもそんなに面倒くさいことではなく、デジタル的な指導法を先取りしている人もいます。今城保先生は、洗心洞と東大の親善射会のあと行われる射術論議で、よく力学的な解説をしていただいています。今年は割り箸を使いながら、指の使い方、弦道のあり方、肘の使い方を説明していますが、これはデジタル的な指導法ではないかと思います。合理的な説明がないと、若い人は納得しなくなるのではないかと思います。

 《IT先取りした流祖の姿勢》
 インターネットが弓道の世界に入ってくると、旧秩序と激しいせめぎ合いが予想されます。ITは礼節なしでけしからん、など感情的対立もあるのではないかと思います。私もホームページを材料にメールのやりとりをしていて、頭にくるような応答があります。忙しい中で何とか回答してやっても不躾なことばしか返ってこないと、「ありがとうぐらい言え。作法もわからんのか」と怒ってしまう。すると、「インターネット時代に何をお堅いことを」なんていなされたりすることもあるんです。
 ただ、若い人のインターネット活用、マイナスばかりではない。インターネットの普及で流派に関心を持ってくる人も多くなっています。私のホームページを見て、「本多流のことをもっと教えてほしい」といったメールも来ています。大学生は結構「好い恰好し」のところがある。だから、大学のホームページでも流派にこだわったりする。東大は本多流が看板ですが、学生の関心はさっぱりで、いずれ本多流放棄かなと心寂しくなる状況だったのですが、ホームページをつくったら、「東大は本多流です」と断固胸を張って、資料も載せているんですね。別にOBがそうやれと言ったわけでもない。自らの判断でやったのですからうれしくなりますよ。京大は今は印西派ですが、少し前の部誌には流派のルーツ探しの記事が出た。本多流ではないかと思って調べたが確証は得られなかったと残念がったりしてました。つい最近は、北海道大学の人から、森真範士が北大を教えていた時期があるが、高木](非かんむりに木‖たすく)先生のお弟子さんではないか、という問い合わせがありました(森範士は利實翁のお弟子さんで、のちに小笠原流に)。これも、大学の流派のルーツ探しの一つなんですね。ホームページで競い合う中で、流派の伝統を誇ろうとする欲求はどこも持っているのでしょう。
 IT革命の中では、弓も論理性を高める必要があります。形式主義ではなく実質的な弓の魅力が必要です。医学的な側面など科学性を持つ必要もあります。それには相当な努力が必要です。そうすれば、流派のアイデンティティーを確保しやすくなります。「本多流って何だ」ということばが当たり前のようにいわれる混乱状況もなくなると思います。
 今、宗家宅で行われている本多流の勉強会は、IT革命を迎え、時宜に適したものではないかと思います。流祖の情報公開主義、合理主義の伝統が改めてよみがえってくるといってよいでしょう。その伝統を守れば、希望的観測といわれるかもしれませんが、本多流は十分、生き残れるのではないでしょうか。逃げずに、打って出ましよう。体制をつくりましょう。世界に発信しましょう。
 最後に尾木さんからのメールを紹介します。
 「小林様 昨日でようやく早稲田・慶應との定期戦も終了しました。お陰様で全勝できました。さて、ウェブの件ですが。私自身の考えです。
 ヴァーチャルな弓道場が存在しうるのか否か? 本多流の弦取り案内という事を考えれば、最終的には師と弟子の教伝はリアルであることが必要で、ヴァーチャルな世界は如何にITが進歩しようとも弓術の現象界の問題を云々するだけに止まると考えています。
 では、何故本多流公式ホームページなのか? 広報媒体としてのインターネットの有益性ということでしょうか。『本多流の存在を知る』機会というのが、地方においては、余りにも限られているということが言えると思います。私自身も、『本多流始祖射技解説』を学生時代、高知県の道場で拝見してそれから、本多流に宗家がおり、門人がおり、活動があるということを知りました。そのような偶然の出会いがなければ、今本多流の門人となっていたかどうかは判りません。一人でも多くの人々に『本多流の存在』自体を知って頂くことがまずは大切と思い公式ホームページの運営に微力を尽くしたいと思います。以上」
 尾木さんのような考え方の人も多いと思います。確かに、師弟関係を大事にし、弓道の伝統の世界を守ることも大事です。しかし、私はITの技術を生かして積極的に対応する方が、弓射技術向上の意味でも流派の伝統保持の意味でも有効なのではないかと思います。そのためにも、私たちの射技ももっと合理性と科学性を備えるよう鍛えあげなければならないと思います。
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 私のおしゃべりが長すぎて意見交換する時間がなくなってしまい失礼しました。ただ、神戸の新田匡欣さんから、関西でのホームページ活用、メール交換の現状や問題点の報告がありました。研究発表会の締めくくりで、千葉栄祐師範は、インターネット利用の経験に触れながら、「今後インターネットがついて回る以上、本多流も利用した方がよい。弓術、弓学にどうつなげていくか考えてほしい」と強調されて、積極活用論で締めくくっていただきました。
     注 ]は非かんむりに木                

インターネットで結んで関東・関西で同時開催した第30回本多流大学対抗親善射会。会場に置かれたディスプレイに、画像付きの試合経過が表示された
(2001年12月2日、東京・本郷の東京大学育徳堂で)

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