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 祇園祭 2003年版 (スクロールバーの点滅は、右上の On Off をクリックしてください)

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2003動画 京都新聞より
涼しい宵山[動画] 】【山鉾巡行[動画:約1分50秒]



祇園御霊会または祇園会と呼ばれ、平安期の貞観十一年(869)疫病が流行した時、その退散を祈願して長さ二丈ほどの矛六十六本を立てたのが始まりという。
元禄元年(970)以後「毎年の儀」となり、長保元年(999)には雑芸者の無骨が大嘗会の標山に似た作山をつくって行列に加わったのが現在の山の起源とされる。

応仁の乱で中絶。
乱後二十年を経た明応五年(1496)に再興の気運が生じ、この頃から官祭的性格を脱し、町衆の手で行うようになる。

安土桃山期から江戸初期にかけて盛大になり、その様子は当時の「祇園祭礼図屏風」や「洛中洛外図屏風」などにうかがえる。

有料観覧席 御池通 15000席


■■ 主要行事

一日 吉符入り

神事初めの意味で、通例一日午前中に行う

二日 くじ取り式

巡行する山鉾の順番をくじで決める
明応五年(1500)に始まるという。
江戸期には六角堂で行ったが、現在は京都市長立会いのもとに京都市役所で行う。
先頭を行く長刀鉾をはじめ先祭の凾谷鉾・放下鉾・岩戸山・船鉾・後祭の北観音山・橋弁慶山・南観音山は古例により、くじを取らない。

十日 お迎え提灯

江戸中期に始まる。
神輿洗の神輿を迎えるため、趣向を凝らした提灯をたてて行列を整え、所定のコースをまわる。
現在は当日午後五時から祇園万灯会の主催で行うが、行列の中心は子供で、市内各所で鷺舞などを披露する。

同日 神輿洗

神幸祭に出る神輿三基のうち中御座の神輿を四条大橋まで運び、鴨川の水で清める行事。
夜八時から行う。

十日〜十三日 鉾建て

鉾を倉から出し、道路上の所定の位置に組み立てる。
釘は用いない。
同時に町会所に人形・織物などを飾り付ける。
完成後、町内で曳き始めを行うが、この日から各鉾町の駒形提灯に灯を入れ、鉾では祇園囃子を奏でる。
山町では十四日頃から組み立てる。
 

十二日〜十三日 鉾曳初

各鉾町

十二日〜十四日 山建て

各山町

十三日 斎竹建て
十七日の巡行の際、長刀鉾稚児が四条通に張られた注連縄を長刀できるが、この注連縄を張るために葉つきの青竹を四条麩屋町角に建てる。

十三日 長刀鉾稚児社参
午前十一時 八坂神社

十三日 駒形稚児社参
午後二時 八坂神社

十四日〜十六日 宵山
伝統芸能大会 15日午後三時 八坂神社
宵宮祭 15日午後七時 八坂神社
献茶祭 16日午前九時 八坂神社
鷺舞奉納・田楽 16日午後六時 八坂神社
石見神楽 16日午後七時 八坂神社
日和神楽 16日午前十一時 四条御旅所

十六日 宵山

山鉾巡行前夜。
古い町家では秘蔵の屏風や書画を飾る。

十七日 山鉾巡行

明治十年から昭和四十年まで、先祭の山鉾は十七日、後祭の山鉾は二十四日とわかれて巡行したが、昭和四十一年以降、十七日に統一。
午前九時先頭の長刀鉾以下全山鉾が四条烏丸を出発。
四条堺町で京都市長によるくじ改め、四条麩屋町では、長刀鉾稚児の注連縄切りがある。







同日 神幸祭


午後六時頃、三基の神輿が八坂神社を出発し、氏子区域内をそれぞれ所定のコースに従い巡行する。
午後八時から九時頃までにあいついで四条寺町の御旅所に着き、以後二十四日までとどまる。

十九日〜二十一日 狂言奉納
八坂神社能舞台

二十三日午前九時 献茶祭
八坂神社

二十三日午後四時 琵琶奉納
八坂神社能舞台

二十四日午前十時 花傘巡行

昭和四十一年から後祭の山鉾巡行が先祭の十七日に合同したため始まった。
巡行には十四団体千人が参加。
四条通石段下〜市役所〜八坂神社

二十四日 還幸祭

七日間の御旅所鎮座を終えた神輿三基が午後五時頃御旅所を出発し、午後九時頃八坂神社に還幸する。

二十五日午後一時 狂言奉納
八坂神社

二十八日 神輿洗

十日の神輿洗と同じ。
神社に帰着後儀式を行い、神輿を倉庫に格納。

二十九日 神事済奉告祭

午後三時から宮本講社役員が祇園祭の終了を神前に奉告する。

三十一日午前十時 疫神社夏越祭
八坂神社境内の疫神社

■■ 山鉾


今年の巡行順は次の通り。

【さきの巡行】
(1)長刀鉾(2)霰天神山(3)郭巨山(4)山伏山(5)函谷(かんこ)鉾(6)占出山(7)四条傘鉾(8)孟宗山(9)月鉾(10)油天神山(11)太子山(12)保昌(ほうしょう)山(13)鶏鉾(14)白楽天山(15)綾傘鉾(16)木賊(とくさ)山(17)菊水鉾(18)芦刈山(19)伯牙山(20)蟷螂(とうろう)山(21)放下(ほうか)鉾(22)岩戸山(23)船鉾

【あとの巡行】
(24)北観音山(25)橋弁慶山(26)鈴鹿山(27)鯉山(28)八幡山(29)黒主山(30)浄妙山(31)役行者(えんのぎょうじゃ)山(32)南観音山

長刀鉾
鉾先に疫病邪悪をはらうという長刀をもつのでこの名がある。
山鉾唯一の生稚児。
先頭で、巡行の始まりを告げる注連縄切りはもちろん、巡行を前に、強力に担がれて鉾を登る姿や巡行中の稚児舞も見どころ。

凾谷鉾
中国の戦国時代に斉の孟嘗君が鶏の鳴き声によって凾谷関を脱出したという故事による。
異国情緒あふれる図柄の前掛け「中東連花葉文様」を350年ぶりに新調した。
12日から16日まで鉾に掲げる。
巡行時には重文のベルギー製ゴブラン織前掛がその上を覆う

放下鉾
真木の中ほどの天王座に放下僧(僧形の雑芸者)を祀るに由来。
巡航中、鉾の上の稚児人形が稚児舞を披露する。
四条通の御旅所付近や御池通の有料観覧席前などで。
鉾の四隅の藍の房や天水引は朱の房は、ともに天然染料で染めてある。

岩戸山
天岩戸を開いて天照大神が出現した日本神話に取材。
三つのご神体のうち、屋根上に安置するイザナギノミコトの衣装を今年新調。
屋根の庇の裏側にある草花図や、スサノオノミコトとヤマタノオロチの彫刻も修復し終えた。

船鉾

神功皇后の出陣をめぐる説話により、その際の船をあらわす。
巨大な船の形をした鉾が巡行する姿は圧巻。
船首を飾る木彫りの鳥は「鷁(ゲキ)」といい、総金箔。
後部には漆螺鈿の大きな舵が付く。
屋形の格天井には花づくしの彩色画がある。

北観音山
上り観音山ともいい、後祭の山鉾巡行の先頭をつとめる。
欄縁の精巧な飾り金具や、朱の鮮やかな見送「日輪鳳凰額百子嬉遊図」など、絢爛豪華は懸想品に彩られている。

橋弁慶山
謡曲「橋弁慶」より取材し、弁慶と牛若丸が五条大橋で戦う姿をあらわす。
漆塗りの五条橋の上で弁慶が長刀をかまえ、牛若丸は欄干のぎぼしの上にさし金1本で立っている。
牛若丸の人形は、16世紀の作と伝わる。

南観音山
後祭の山鉾巡行の最後をつとめる曳山。
会所だけでなく、町内の企業や店舗の協力でショーウィンドーや仮設ギャラリーにも見送「龍王渡海図」や加山又造氏のうちわの原画など多数の所蔵品を展示する。

綾傘鉾
傘鉾の一つで大きな傘と棒ふり囃子の行列として巡行した。 近年再興され、昭和五十四年から山鉾巡行に参加。
赤熊をかぶり、棒を持った人が鉦や太鼓、笛に合わせて踊る棒振り囃子。
宵山では、傘の内側をのぞいてほしい。
大きな傘を支える骨が二段になっているのが珍しい。

菊水鉾
古くから同町内にあった井戸菊水に由来。
今年はマンション二階に新しい会所が完成した。
室町通に面した階段も特設。
切符入りなどの祭事や囃子の演奏、宵山飾りなどのほか、13日から16日に開く恒例の茶会の開場にもなる。

月鉾
鉾頭に新月形をつけるのでこの名がある。
天保6年に作られた天水引に注目。
4面とも見事な職人技で刺繍が施されている。
昨年までに修理を終えた。
13、14日の両日、和服姿の人は町会所や鉾を無料で見学できる。

鶏鉾
中国の史話に取材。堯(伝説上の聖王)の時代は天下がよく治まり、訴訟の時に打つ太古も用がないため苔が生え、鶏が宿ったという故事による。
トロイア戦争物語を題材としたベルギー製の見送を復元新調し、巡行で初披露する。
13日から16日までは、オリジナルの見送(国の重要文化財)と並べて会所で飾る。

芦刈山
謡曲「芦刈」に取材し、妻に去られて一人淋しく難波の浦で芦を刈る老翁の姿をあらわす。
昨年に修復を終えた約180年前の見送「唐子嬉遊図」を巡行で見てほしい。
今夏開設したホームページでは、日本語と英語で懸想品や山の由来などを紹介している。
http://www.ashikariyama.org/

油天神山
古くから同町内に祀られる天神を勧請してつくった山。
昨年新調したばかりの胴掛は、故前田青頓画伯の原画「紅白梅」を忠実に再現した。
見送「朝陽図」は油絵の風合いを織物で表現。
14日からの会所飾りや巡行で見ましょう。

霰天神山
永正年間(1504?21)京都に大火があったが、霰により猛火は消えた。その時、霰とともに降ってきた天神像を祀ったのが起こりという。
上村淳之さん原画の胴掛「銀鶏紅白梅図」が完成。
故上村松篁さん原画の「白梅金鶏之図」と合わせて、京都の画伯親子による胴掛が初めて揃、巡行に臨む。

占出山
神功皇后が肥前国松浦川で鮎を釣り、戦勝の兆としたという説話をあらわす。
会所には皇室や公家が安産のお礼に寄進した小袖や打ち掛けなどが並ぶ。

郭巨山
中国の史話「二十四孝」にみえる郭巨釜堀りの故事に因む。
歌舞伎発祥400年に合わせて今年は、12年前に新調した後掛「阿国歌舞伎図」を山の前に飾って巡行する。
同じ図柄を描いた手拭も復刻し、14日から会所で販売する。

太子山
聖徳太子を祀るのでこの名がある。
見送「波濤に飛龍文様錦」が約350年ぶりに新調品としてよみがえった。
今年の巡行で初披露する。
山の担い棒4本の前後に付ける計8本の轅先金具も新しくした。

蟷螂山
「蟷螂の斧を以って降車の隧を禦がんと欲す」という中国の故事に因む。
山鉾で唯一、からくりで動くカマキリと御所車の車輪が人気。
色彩が豊な前掛や胴掛、見送は、友禅重要文化財保持者の羽田登喜男さんの作品で統一している。

木賊山
謡曲「木賊」に取材し、わが子を人にさらわれ、一人信濃の里で木賊を刈る翁をあらわす。
昨年、復元新調した胴掛「松蔭仙人図」「仙人観楓図」を見てほしい。
唐の詩人、杜甫の詩「飲中八仙歌」にちなむとされ、仙人たちが宴に興じる様子が織り込まれている。

伯牙山
琴の名人伯牙が、友人鐘子期の死を聞いて斧で琴の絃を断ったという故事による。
飾り場の「杉本家住宅」は明治初めに建てられ、京都市指定文化財。
前掛に掛ける「慶寿裂」は逸品。
巡行では山の前に金幣ではなく白幣を掲げる。
チョウ型の角金具も珍しい。

白楽天山
唐の詩人白楽天が紫衣をつけた道林禅師に仏法の大意を問う場面をあらわす。
昨年、見送の裾飾り金具七つを新調したが、巡行時は雨だったため使用せず。
今年晴れれば初披露する。
長浜市の職人が存分に腕を振るい、龍のデザインが施されている。

保昌山
丹後守藤原保昌と紫式部の恋物語に取材し、保昌が式部のために紫宸殿の紅梅を手折ってくる姿をあらわす。
約200年ぶりに復元新調した見送「福禄寿星図」。
約15年前から順番に新調や修復をしてきた前掛や胴掛、水引と合わせて、巡行で初めて使用する。

孟宗山
中国の史話「二十四孝」に取材し、病身の母を養う孟宗が、雪の中で筍を堀あてた中国の故事にちなむ。
極彩色の染織物が中心の各山鉾の懸想品の中で、墨絵の見送が異彩を放っている。
竹内栖鳳が枯淡の筆致で竹林を描いた。

山伏山
山に飾る神体が山伏の姿であるから。
ご神体の山伏は、傾いた八坂の塔を法力でなおした故事にちなんだ姿をあらわしている。
神仏分離以前の姿をとどめる。
16日午後一時には聖護院から山伏の巡拝もある。

役行者山
神体は役行者・一言主神・葛城神。
宵山と巡行では懸想品、欄縁までがらりと替わる。
16日午後3時には会所前で聖護院の山伏による本格的な護摩供が営まれる。
その時に清めたちまきを授与している。

黒主山
謡曲「志賀」にちなみ大伴黒主が桜の花を仰ぐ姿をあらわす。
人形には、江戸時代初期の古衣装が用いられる。
ちまきには桜が添えられ、戸口での魔よけとされる。

鯉山
山の上に大きな鯉が跳躍し、龍門の滝をのぼる鯉の勇姿をあらわす。
16世紀にベルギーで製作された見送などの懸想品は重要文化財指定。
「イーリヤス物語」の一場面のトロイ王などを描いている。

浄妙山
「平家物語」の宇治川合戦の先陣争いを題材に取っている。
人形組は、橋桁を渡り一番乗りをしようとする筒井浄妙の頭上を飛び越えて、一来法師が先陣をとる一瞬をあらわす。

鈴鹿山
伊勢国鈴鹿山で道行く人々を苦しめた悪鬼を退治した鈴鹿権現(瀬織津姫命)を、金の烏帽子をかぶり大長刀をもつ女人の姿であらわす。
ご神体の鈴鹿権現は女人姿の等身大の人形で、正式な能衣装をまとう。
ちまきと絵馬は雷よけ・安産の護符として人気がある。

八幡山
同町内に祀る八幡宮を勧請した山。
八幡宮の社は、華麗な総金箔で江戸・天明年間の作と伝わる。
会所に飾る海北友雪筆の「祇園祭礼図屏風」(京都市指定文化財)で、17世紀の後祭の姿をしのぶことができる。

● 凱旋船山(焼け山の一)
応仁の乱前から二基あり、一つは神功皇后の出陣をあらわす現存の船鉾、もう一つが後祭の最後を飾るこの凱旋船鉾である。

● 四条傘鉾(焼け山の一)
綾傘鉾と同じく傘鉾の一つ。
今年は傘鉾の再興以来、18年ぶりに鉾の欄縁を復元新調した。
宵々山、巡行では、子どもたちが風流踊りを披露する。
頭に赤熊を付け、ピンクの衣装を着る。

● 鷹山(焼け山の一)
応仁の乱前から「鷹つかひ山」などの名で出てくる曳山で、鷹匠と、白黒の斑犬を連れた犬使いと、大きな粽をもった太郎冠者風の男の三体の人形で鷹狩をあらわす。

● 布袋山(焼け山の一)
応仁の乱後の明応九年(1500)に巡行したことが知られるが、その後は不明。

 女性ものぼれる山鉾

函谷鉾・月鉾・鶏鉾・菊水鉾・岩戸山・船鉾・南観音山


 屏風祭の主な会場

祇園祭の宵山・屏風祭

荒木装束店
烏丸三条上ル

岸本紋工芸
三条通新町西入ル

紫織庵
新町通六角上ル

野田家
新町通六角角

伴市
六角通烏丸西入ル

木村家

松坂屋
新町通蛸薬師上ル

吉田屋
新町通六角下ル

藤井紋

安田多七
烏丸通錦小路上ル

平岡旗製造
四条通西洞院東入ル

やまいち
西洞院通四条下ル

杉本家
綾小路通新町西入ル

森井家
仏光寺通西洞院東入ル

市原亀之助商店
室町通仏光寺下ル

■ ちまきや護符に隠された意味

祇園祭には欠かせないものの一つに「ちまき」があります。
これは食べるちまきではなくて、疫病災難除けのお守りとして翌年の祇園祭まで家の門に吊るしておくもの。
これで1年間、厄除け・災難除けになります。
1本400円〜1000円くらいで売っています。
また護符とは各山鉾で授与される「お守り札」のことで、山鉾によって護符の持つ意味やご利益はちがいます。
ちまきや護符の意味やご利益は次の通りです。

役行者山 疫病除け、交通安全  
鈴鹿山 雷除けと安産
八幡山 夜泣き封じ
黒主山 魔除け
浄妙山 勝守
鯉山 出世開運
霰天神山 雷除け、火除け
占出山 安産
郭巨山 母乳の出を守る
放下鉾 疫病除け
孟宗山 親孝行
長刀鉾 疫病除け
油天神山 学問の神様
木賊山 迷子除け
船鉾 安産
白楽天山 学問成就、招福除災
太子山 知恵、身代わり
保昌山 縁結び  【保昌山のちまき売りの歌 by SHOKO

宵山の時に、今の自分にぴったりの護符やちまきを求めて、山鉾をたずね歩くのも面白いかも。
山鉾によっては護符やちまきを買うと建物の2階などから山鉾に乗せてもらえるところもあります。


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