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鳥屋のエッセイ
P.7



ワンタッチ迷彩ブラインド

日本野鳥の会が「ワンタッチ迷彩ブラインド」というテントを販売している。
骨格にバネ性があり、ワンタッチで自動展開して設置が完了する便利なテントである。
しかしこのテント、設置は簡単だが、畳むにはちょっとしたコツが要る。
自動車の窓に貼り付ける日除けに、良く似たものがある。円周にバネの入った円形スクリーンで、あれもパッと広がるが、ループ状に折り畳む三次元的な動きが理解しがたい。

さて、ヤマセミを観察しているときの体験談である。
ボクは堤防道にしゃがみこみ、対岸にある巣穴にスコープを向け、親鳥が給餌に帰巣するのを待っていた。
堤防から巣穴まではかなり遠い。
巣穴のすぐ近くにはカメラマンのブラインドが見えた。
しばらく待っていると、ブラインドからカメラマンが外に出て撤収作業を始めた。
カメラを取り外し、三脚をたたみ、機材や用具をひとつひとつ丁寧にリュックに仕舞い込んでいる。
機材が片付くと、ブラインドの横に立ったままタバコに火をつけて、悠々と一服し始めた。
堤防上でヤマセミを待っているウォッチャー達は、イライラしながらぼやいている。
「あんな近くに立たれたらヤマセミが来ない」
「さっさと引き上げろよ」

カメラマンは一服し終えると、ブラインドの撤収にかかったのだが、これが日本野鳥の会の「ワンタッチ迷彩ブラインド」だった。
ブラインドを平たくつぶして地面に置いたところまでは良いが、その後どうしても折り畳むことが出来ない。
そのうちリュックからブラインドの説明書を取り出して読み始めた。
説明書を見ては何度もトライするが上手くいかない。
折り畳まなくても運べるのだから、そのまま退去すれば良いのに、そんな配慮も無い。
多分、初心者なのだろう。
試行錯誤の末、どうにか折り畳むことに成功したのは、撤収作業開始から実に30分も経った頃だった。
堤防上のバードウォッチャー達は、皆あきれて引き上げてしまい、もうボクしか残っていなかった。

このブラインドは、畳み方がややこしいので、最初は説明書の絵図を見ても分かりにくい。
実際、畳めなくなる人が多いようで、野鳥の会のオンラインショップには「畳み方が分からない場合は、当会にお問い合わせ願います」との注意書きがある。
しかし、絵図を見ても畳めない人に、電話でどう説明するつもりなのだろう。









体脂肪

今の時期、干潟は旅鳥であるシギ・チドリ類とバードウォッチャーで賑わっている。
干潟には緑が無いし、シギチは姿が地味だから、あまり癒されない鳥見ではある。
しかし、小さな身体で長距離を飛び、旅の途中の栄養補給と休憩に舞い降りたことを思えば、優しい気持ちで眺めることが出来る。


はるかフィリピンやオーストラリアまでの旅を控えているシギは、休むことなく、憑かれたかのように採餌する。
体重100グラム台のシギは一日で5〜8%も体脂肪を増加させるそうで、旅立ち前の体脂肪率は、平均66%にもなるという。

人間の場合、中年女性の体脂肪率は36%で軽肥満、41%で肥満の分類となるそうだが、シギの66%と比べれば驚くほどの数値ではない。

夕方の谷津干潟では、せっせと採餌するシギチと、外周路をせっせとウォーキングするご婦人達の姿が見られる。
どちらも一生懸命だけれど、その思いは全くの正反対である








バードウォッチャーの飛蚊症

近視が強いせいか飛蚊症が年々ひどくなっている。
遠くの空に猛禽が見えるよと教えられて眼を凝らせば、タカは何羽も飛んでいて、どれが本物なのか分からない。
空中を沢山の蚊が飛んでいるように見える飛蚊症・・・特にバードウォッチャーには気になるものだが、眼医者に行っても相手にされない。
単純な飛蚊症は、深刻な障害につながるものではないからだ。

飛蚊は眼球内部に浮いたゴミが網膜上に落とした影である。
目玉の動きと一緒に動くから、蚊も視線と一緒に同じ方向へ動く。
ところが視線と逆に動く蚊も居る。
これは眼球内の硝子体が溶けて流動化したためで、眼を動かしたときに、流動化した部分の蚊が慣性で居残る現象だ。
右から左へ視線を動かすと、蚊は左から右へと動く。

左目に住んでいる蚊の一匹がスズメ大に育ち、ムクドリになり、オオタカになったと思ったら、とうとう最近は巨大なUFOになった。
厄介なことに、こいつは眼の動きと逆方向に動く。
視線の移動と交錯する動きは実にうっとうしい。
UFO
の影は文庫本1ページの半分を覆うほど大きいから、たまたま視線の中央に来れば本が読めない。フィールドスコープが覗けない。
飛蚊症はここまで酷くなっても、普通は治療しない。
眼球内の蚊やUFOを切除すれば直る理屈だけれど、手術のリスクが大き過ぎるのである。

左目は視力も低下し始めたので、眼科で調べてもらったら、飛蚊症よりも恐いのが見つかった。
網膜の表面にこわばった膜が張って、このこわばりが網膜を変形させているというのである。
放置すれば矯正視力が0.1ぐらいまで悪化するというので、バードウォッチングを続けるためにも手術することにした。

手術は眼に穴を開け、ピンセットを入れて、網膜上の余分な膜を剥がすというものである。
網膜までピンセットを入れるには、眼球内の透明物質(硝子体)が邪魔になるので、これを細切れにして全部を吸い出し、代わりに水を注入する。
手術後には、眼球が水球になってしまうというわけだ。

眼球内の総入れ替えだから、飛び回っていた蚊やムクドリやUFOなどは、完全に取り除かれることになる。
手術目的からすれば副産物の効果だが、治療後の猛禽探しが楽しみである。
飛蚊症は治っても鳥バカは治らない。

・ボクの飛蚊症の見え方巨大なUF







究極の省エネ

冬眠する鳥が居ると知って驚いた。
カルフォルニアのプアーウィルヨタカは岩穴で冬眠するそうだ。
ほとんど呼吸を止めて、体温を14〜20度に下げたトーパー(鈍麻状態)になるというから、本格的な冬眠である。
もっとも、ヨタカの冬眠は寒いからというより、多分、餌が採れないのが主な理由だろう。
稼ぎが悪ければ使わなければ良いわけで、トーパー状態と言うのは究極の節約モードなのである。


ハチドリは蜜を吸うのにホバリング飛行をするが、あの羽ばたき回数は毎秒100回にもなり、猛烈にカロリーを消費する。
激しい運動を支える心拍数は、実に毎秒15回にもなる。
このエネルギー消費をまかなうために、ハチドリは一日中、蜜を吸い続ける必要があるのだそうだ。

ハチドリは食うために働いているのか、働くために食っているのか、分からないままホバリングしているのだ。

日中のハチドリはガソリンがぶ飲みのスポーツカーみたいなものだが、夜眠る時のハチドリはトーパー状態になり、日中の使い過ぎを穴埋めするかのように、夜は究極の節約モードに切り替えている。
生理的には、毎晩冬眠していると言っても良いだろう。


科学の力で人間にもトーパーを可能にして欲しいものだ。
そうすれば、いろんな社会問題が一挙に解決するだろう。

「最近、kenharuさん見ないね?」
「失業したので、今トーパーしているらしいよ」








渡りの起源

毎年季節が変わるたびに、特定の鳥が一斉に出現したり、居なくなったりする。
鳥の「渡り」が知られていなかった時代には、「夏の間は海に入り、魚になるのだ」と信じられていた国もあったらしい。
大陸と遠く離れた島国では、か弱い小鳥が広い海原を越えるとは想像できなかったようである。

鳥が遠距離を渡るようになった起源は、地球が氷期と間氷期を10万年単位で繰り返してきたことにある、とする説がある。
氷期のピークには地球が氷で覆い尽くされ、赤道沿いのごく狭い範囲だけが鳥の住める環境だった。
繁殖に不可欠な餌の豊富さは、その土地の季節が関係する。
豊かな土地を見つけた鳥は、多くの子孫を残すことが出来るから、鳥は季節変化を察知し、繁殖の適地に向かって移動する習性を獲得した。
鳥が世代交代を繰り返すうちに、氷は10万年の歳月をかけて少しずつ、地球の両極に後退して行った。
この環境変化を追従して、鳥の渡る距離が伸びたというのである。

キョクアジサシは北極圏と南極圏の間を18000キロも往来している。
この驚くべき習性は、氷期と間氷期の交代で培われたのだろうか。
目を閉じれば、気の遠くなる思いがする。








托卵

トケン類(カッコウ、ホトトギス、ツツドリ、ジュウイチなど)は托卵することで有名だ。
その托卵の手口は実に巧妙である。

トケン類は、抱卵中の巣を避け、必ず産卵途中の巣を狙う。
自分の子供の孵化が、他の卵より後れるのは不利だからだ。
まず巣内の卵を一個くわえ取って、替わりに自分の卵を一個産み付ける。
一個だけ盗むのは、数合わせ説と、盗み目的を装っているのだとの説があるらしい。
先に卵をくわえるのは、産んでからだと、うっかり自分の卵を取り除いてしまう恐れがあるからで、ちゃんと作業手順が決まっているのである。
産みつけた卵の色と模様は、仮親の卵に良く似ているが、少し大きめである。
野鳥は一般に、大きい卵を優先して温める性質があるのだという。
この一連の托卵作業は、僅か10秒ほどで完了する。

巧妙な手口を見ると、カッコウはなんと賢いヤツだろうと感心する。
しかし生物は、何億年もの時間をかけて、膨大な失敗(淘汰)を重ねながら、ありとあらゆることを試みてきた。
そして、たまたま結果の良かった、子孫を残せた行動パターンだけが、遺伝的形質として受け継がれたに過ぎない。
昔々、巣を作る前に産気づく悪癖のカッコウが居て、他人の巣に卵を産んだ・・・多分こんな偶然が、托卵の始まりなのだろう。

余談になるが、托卵はトケン類の専売特許ではない。
例をあげれば、カモ類の多くには種内托卵が見られるし、マガモは異種のオカヨシガモに托卵することがある。
数億年後には、もっぱら托卵だけで繁殖するトケンガモが登場しているかもしれない。


参考→托卵の攻防カッコウとノビタキの画像)







タマシギ探し

タマシギは、バードウォッチングが趣味のご婦人達に、特に人気が高い。
メスの方が大きくて、強くて、きれいだし、それに何といっても一妻多夫という珍しい習性があるからだ。

タマシギは撮影しにくい野鳥である。
潜む場所がわかっていても、夜行性だから姿を見せるのは主に朝夕だし、見せても水草の茂みに居て全身を露出させることは少ない。
撮影は近場に繁殖地を見つけて、何度も通うのが理想的である。
ボクは撮りたい、カミさんは是非見たいということで、近所でタマシギ探しをしようということになった。

居るという情報を聞いて行くのではないから、見つけ方が難しい。
タマシギは田植え後がペアリングの時期で、メスは繁殖に向けて盛んに鳴きはじめる。
だから夜間に鳴いている場所(休耕田など)を見つけておき、朝夕にその姿を探すのがコツである。

インターネットでタマシギの鳴き声を検索して聞いていると、カミさんが上手に真似をした。
「コウ、コウ・・・」
「うまい!それ行けるよ、使えるよ」
という次第で、カミさんの鳴き真似を「鳥寄せ」として使ってみることにした。
タマシギのメスは、オスを誘い、他のメスからナワバリを防衛するために、鳴く。
夜間に田んぼで鳴きマネすれば、ライバルが現われたと思って応えるに違いない。
「それに、女が真似たほうが効果的じゃないかな」

数日後、埼玉スタジアムの近くの、休耕田の多い場所を選び、二人で夜の散歩をした。
散歩がてらの冗談半分だが、本気半分でもある。
「コウ、コウ・・・」
カミさんが鳴きながら、暗がりを静かに進み、その後にボクが続く。
まるでタマシギの「婦唱夫随」を地で行っているようなものだ。
だんだん自分がタマシギのオスになったような気分になってくる。

残念ながら、この夜の散歩で、カミさんに応えてくれる鳴き声は無かった。
探索した場所は、スタジアムが出来る前までタマシギが繁殖していたらしいが、今はもう居ないようである。
開発が進めば野鳥は減る。
タマシギは埼玉県の絶滅危惧種に指定されている。


・画像参照→タマシギのカップル
・画像参照→婦唱随」のお散歩

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