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鳥屋のエッセイ
P.4



退院を迎えてくれた囀り

この5月、医療事故に遭った。
なんとなく胃の調子が悪いので、越谷市内のF医院で気軽に内視鏡検査を受けた。
「胃壁に怪しい部分があるから」と組織を摘み取ったとたんに、ブワーと出血してテレビ画面が真っ赤に染まった。
医師は出血部分に水らしきものを何度もかけるのだが、一瞬の後にはすぐ画面が赤くなり傷口が良く見えない。
これを5回以上繰り返したところで、内視鏡を引き抜いてしまった。
このまま放置しても血が止まると判断したようであった。

テレビ画面で見た出血の様子が気にかかり、自宅で安静にしていたが、夜になると大量の下血があり、体調はどんどん悪くなった。
翌朝、フラフラしながら医院に行き、止血剤の点滴をして貰った。
出血が止まったのをトイレで確認するまでは絶食した方が無難と考え、水だけを摂ってじっと寝ていた。
しかし夜半になって苦しさに耐えられなくなった。

「何かあったら・・・」と医師が教えてくれた電話番号は、夜間は通じないものだった。
仕方なく119番に相談して救急病院を探した。
独協医大は「診察券が無い方はダメ」。
越谷市立病院は「狭心症が入ったのでダメ」。
他の二つの病院もベッドが空いていないなどでダメ。

やっと大宮の自治医大病院の救急で診てもらえたときには、血圧が70まで低下し苦しさは最高潮。
鼻から胃にチューブを挿入され、猛烈な速さの点滴を流し込まれ、心電図計を付けられて集中治療室に収容された。
ヘモグロビンの値が35%も下がっていたそうで、全血液の3分の1を失った計算になる。

翌朝呑んだ内視鏡の写真には、組織をつまんだ傷跡に、血管の切断口が生々しく見えていた。こんな傷では出血がすぐに止まる筈が無いと言われた。
胃の壁は厚いので、生検でこんな風に血管まで食いちぎってしまうことは珍しいらしく、すぐにクリップで血管をとめるなどの止血処置が必要なのだそうだ。

集中治療室で夢のような3日間を過ごし、後は転院か自宅療養をと言われ、退院したのだが、病院を出た時の出来事が忘れられない。
玄関からフラフラと数歩出て立ち止まり、きれいな青空をまぶしく見上げた瞬間、すぐ前の樹の天辺でホオジロが見事に囀り、それとほぼ同時に、カッコウの鳴き声が遠くから聞こえてきたのである。
たちまち鳥バカ再燃・・・「良かった、これでまた鳥見が出来る」と思い、生還出来たのだという嬉しさが湧いてきた。



この体験から、内視鏡検査には、バリューム検査以上のリスクがあると気付かされた。

越谷市は他の市町村に先駆けて、健康診断の「一次検査」に内視鏡検査を認め、市民の負担が2000円程度で済むようにと、差額を医師会に補填していて、注目されているらしい。一次検査で、いきなり内視鏡というのは珍しいのである。
市民の負担は、バリュームも内視鏡も同じ2000円で、平成15年は受診者の88.2%・・・6209人が内視鏡を選択したそうだ。通常検査では8000〜10000円かかるというから、年間の税金投入額は5000万円ぐらいにはなるのだろう。

内視鏡の専門家である某女子医大教授は、ボクの体験について、かなり稀な事例だと言っておられたそうだが、健診を受ける人は内視鏡のメリットだけではなく、リスクを知っておいたほうが良い。

興味のある方はどうぞ→切れた血管の写真








ブラサガラス

だいぶ以前、カラスの死骸にソックリな「ブラサガラス」という、カラス撃退グッズを見たことがある。
アヒルか何かの羽毛を黒く染色して植え込んだ丁寧な作りで、見れば見るほどリアルに良く出来た、気持ちの悪いシロモノだった。
手間をかけた作りだけあって値段が高かったが、カラスにカラスの死骸だと誤認させるには、少なくとも人を騙せるような出来栄えでなければ役に立たないのだろうと、妙に感心した憶えがある。

最近、畑などにそれらしきモノがぶら下がっているのを見かけるが、双眼鏡で観察するとテカテカしたプラスチックの成型品で、一見してニセモノと分かるものばかりである。
人間以上の視力を持つカラスを、こんな安物で騙せるとは思えない。
あの見事な出来栄えのブラサガラスは販売競争に敗退したのだろうか。

ドッグフード業界で商品開発に携わる人達の間には「我々のお客様は、犬ではなく飼い主だ」という金言があるそうだ。犬ではなく「飼い主が見て旨そうな商品」が売れるという意味である。
これと似た話で、撃退グッズを製造するメーカーから見れば、この商品のお客は人間であって、カラスでは無いのだろう。
カラスよりも鑑識眼の劣る人間が相手であれば、製造コストで勝負が着くのもうなずける。
このプラスチック死骸、効果のほどは知らないが「コワガラス」という商品名らしい。

コワガラスであれ、ブラサガラスであれ、こんな不吉なものがブラブラしていたのでは、せっかくの田園風景が殺伐としてしまう。
野歩きを楽しむバードウォッチャーとしては、あまり売れない方が有り難い商品である








日本サッカーのシンボル「3本足のカラス」

サッカーの日本代表チームが着用するユニフォームの胸に、3本足のカラス・・・ヤタガラスが描かれている。
ヤタガラスは古事記や日本書紀に出てくる伝説上の鳥だ。
東征する神武天皇が熊野地方で道に迷った時に、ヤタガラスが現れて道案内をしてくれたため、首尾よく戦に勝てたのだという。
ヤタガラスは勝利をもたらす縁起の良い鳥として熊野神社に祀られている。

日本のサッカーの開祖は東京高等師範学校(現・筑波大学)だそうで、ここの内野教授が昭和6年にヤタガラスの図案を発案したのだが、これに関して熊野の那智勝浦町公式ホームページが面白い主張をしている。
内野教授の先輩に、那智勝浦町出身で日本サッカーの草分け的存在である中村覚之助が居るのだが、この事実を根拠に「内野教授は中村覚之助の功績をしのんで熊野名物のヤタガラスを採用したのだ」という主張である。
推測に推測を重ねた我田引水ぶりがユーモラスな記述である。

ヤタガラス採用の真相は「3本足なら勝てるじゃないか」と、ふざけただけだと思うのだが・・・。




 ・余談になるが、ヤタガラスの愉快な民話をひとつ。

昔は犬も3本足だった。
ヤタガラスは、空を飛べない犬が3本足では不自由であろうと、自分の1本を犬にあげた。
これで犬は4本足になり、カラスは2本足になった。
こんな事情があるので、犬は神の使いであるヤタガラスから頂戴した、もったいない足を汚すまいと、片足を上げてオシッコするようになったのである。








ムクドリの網抜け

庭にカミさんの大好物であるイチジクの木があるのだが、野鳥の食害に悩まされている。
昔から、柿の実などは木のてっぺんの数個を「野鳥の分」として、採り残したものだが、我が家のイチジクの場合は全部が突かれてしまい、ひとつも人間の口に入らない。
イチジクの名は「毎日一つずつ順番に熟す」という性質に由来するらしいが、柿のように一斉に熟さないから、全部に被害が及ぶのだ。

最初のうちは、色付きかけた実に袋を被せていたのだが、とても追いつかない。
そこで去年はホームセンターで防鳥網を買ってきて、木を丸ごと包み、被害を防いだ。
大きな木を繊細な防鳥網で被うのは難しい作業である。2本の釣竿で網を吊り上げて被せ、木に登って位置を修正し、周縁を固定する。
これでオナガやヒヨドリをシャットアウトすることに成功し、イチジクは首尾良くカミさんの独占状態となった。

去年の成果に味をしめ、今年も苦労して網掛けしたのだが、先日、これを突破するムクドリが出現した。
網は椀を被せたような形で木をおおっている。ムクドリは網の下から侵入したと思ったのだが、そうではなく上部から出入りしているらしい。
カミさんは、木の上方にある電線から飛び降りて侵入するのを見たというし、木に近づいたら上部から飛び出したというのである。
だとすれば、強風で枝が暴れ、網が破れたのだろうかと、木に登って点検したが損傷部分は見当たらない。

数日後、カミさんが2階の窓からムクドリの犯行を目撃して、この謎が解けた。
電線から飛び降りたムクドリは、翼をすぼめて網目をとおり抜けていたのである。
頭から網目に飛び込み、通過した直後に翼を開いて急減速し、枝にとまるという見事なワザである。
網の中からの脱出動作はさらに離れワザだった。
ムクドリがとまっている枝のすぐ頭上に網があるのだが、その狭い空間でひと羽ばたきし、上昇力を得て、次に羽をたたみ、網の目をくぐり抜けるのだ。
網目の大きさを測ってみたら一辺が45ミリの菱形である。
菱形のままなら通れそうもないが、正方形に開いた網目を選んで出入りしているのである。

最初のうち、この網抜けのワザを使えるのは1羽だけだったが、しばらくすると仲間たちも習得してしまった。
今では毎日ムクドリ達がやってきて、網に入り込み、せっせとイチジクを食べている。
もはや防鳥網の意味は全く無い。
無いどころか、網を被ったイチジクの木は、まるで大きな鳥かごのように見え、今やイチジクを餌に、ムクドリを飼っているような気分である。








鵜に魚を吐かせる

先日のテレビで、鵜飼の様子が季節の風物詩として放映されていた。
昔、長良川べりに係留した小船で会食しながら鵜飼を見物したことがある。
鵜がアユを捕える素早さに驚き、鵜匠が鵜を次々と船上に引き上げて獲物を吐き出させる手綱捌きに感心した。

この鵜飼はお隣の中国にもあるそうだが、向こうでは手綱を付けないでやるらしい。
川に放した鵜が魚を呑んだら鵜匠は棒を差し伸べる。
すると鵜は棒に乗っかって船上に引き上げられて自主的にカゴに魚を吐き出すのだそうだ。
あやしげな話だが、中国4千年と言われれば何でも有りそうな気がしてしまうのは、日本人の中国コンプレックスだろうか。
手綱の有る無しは異なっても、魚を呑みこませないための首の縛り方は日中いずれもが同じで、指本入るぐらいの余裕を持たせるのがコツだという。

何でも有りの中国と張り合うつもりはないが、日本には、首を縛らずに、鵜の訓練もせずに、野生のままのカワウから魚を横取りする漁法(?)がある。
それは、カワウのコロニーの下に隠れて待ち、親鳥が雛の給餌に帰って来たら、突然「ワアー!」と大声で脅かしてやるという方法である。
ビックリしたカワウは飲み込んで来た魚をみんな吐き出し身軽になって逃げるので、労せずして落ちた魚を拾えるそうだ。

この話、中国なみにウサン臭いと思われるかもしれないが嘘ではない。
魚を吐き戻して雛に給餌するタイプの鳥は、ちょっとした刺激で簡単に吐き出してしまうのだ。








ケリが雛を守る戦略

ケケッケッ、ケリッケリッ!
車を降り立つと、早速2羽のケリがけたたましく鳴きながらスクランブルをかけて来た。
これが毎度のケリのお出迎え挨拶である。

この5月に、関東地方では珍しい(埼玉県では15年ぶりという)ケリの繁殖を見つけ、初めてその子育てを観察する機会に恵まれた。
数回の観察は、ケリがヒナを守る戦略の一端を垣間見せてくれる、面白い体験であった。

巣立ち後間もない小さな雛は、休耕田を歩き回りながら自力で餌採りを続けているのだが、2羽の親鳥は雛に付き添ったり給餌したりという行動を全くとらない。
雛から30m以上離れた場所で周囲を警戒するだけである。
雛もまた親鳥の傍に寄ろうとせず、一心に餌を探している。
どうやら親鳥は防衛役のみに徹しているようで、半径100m以内に不審者が入れば、直ちにスクランブルをかけるという行動を繰り返している。

車内に三脚を立てて観察していると、近在の農家が放したと見られる2頭の犬が雛の居る休耕田に近づいた。
早速ケリは鳴きながら威嚇のスクランブルをかけたのだが、犬は退散しない。
するとケリは犬の鼻先に舞い降りて誘い、自分を追わせて安全な方向へと誘導し始めた。
いわゆる偽傷行動である。
犬に追跡を続けさせるために、賑やかに鳴きながら、犬との距離を開けず、地上すれすれに飛ぶ。

草むらで餌採りをする小さな雛は敵に発見されにくい。
ボクの観察中に親鳥が雛の10m以内に接近する場面が一度も無かったのは、身体の大きな目立つ親鳥が雛に近づくことの危険を避けていたのではないだろうか。
ケリは雛を守るために敵を激しく威嚇する攻撃的な鳥だと言われる。
しかし、威嚇による撃退効果よりも、侵入者を発見したら直ちに親鳥が大騒ぎをすることで、一身に注目を集め「雛を発見させない」という戦略をとっているように見えた。

ケリの産卵数は通常4個だが、雛は残念ながら1羽だけであった。
ケリは繁殖に成功した場所を翌年再利用する率が高く、90%以上だそうである。
この1羽はなんとか無事に育って欲しい。そうすれば、また来年会えるというものだ。


・参照→ケリの雛
    見張りをする親鳥 
    接近者に威嚇鳴きする親鳥
    スクランブルをかけて飛来する親鳥
    犬に自分を追わせる親鳥その@
    そのA
    親鳥は獲物があっても雛のところへ運ばない








カモのコミュニケーション

夕暮れの湿地でチドリらしき姿を見つけた。
双眼鏡を構えて抜き足、差し足・・・忍者のように接近を始めたら、突然右手からカモが1羽、鋭い一声を発してバタバタと飛び立った。
この1羽が引き金となり、続けてカモの大群がまるで嵐のような羽音を響かせて一斉に舞い上がった。
すぐ右横に沼があって、そこがカモ達のねぐらになっていたのだ。
頭上を覆い尽くすように低く旋回する黒い鳥影を見上げながら、不注意を悔やんだが後の祭りであった。
外敵の接近にいち早く気付いた1羽のカモが、恐怖にかられて一声を発すれば、聞いた仲間が瞬時に同じ恐怖を感じる、という伝達メカニズムなのだろう。

この、情緒が→音声になり→聞いた仲間にも同じ情緒が生じる、という共鳴箱みたいに単純なカモのコミュニケーション原理は人間にも通じるようだ。
悲鳴を聞けば思わず足がすくむし、みんなが笑えば自分も楽しくなる。

口からの音声に限らず、眼で見る文字も感情を共鳴させるようで、「うれしい」という文字は弾んでいるように見え、「かなしい」という文字は哀しそうに見えるのは面白い。
職場の壁に貼られた「必勝!」とか「目標完遂!」というスローガンを見て、つい高揚してしまうのは、カモと同じコミュニケーション原理が働いているようだ。

コミュニケーションは、情報よりもむしろ情緒の伝達に重きがあるのかも知れない。
言霊とはよく言ったものだ。








巣立ちを促す「状況作り」

多くの野鳥は、巣立ちの時が来ると雛鳥への給餌を止めてしまう。
そして親鳥は巣から離れた場所で、雛の巣立ちをじっと待つ。
腹ペコのヒナは大口を開けてねだり鳴きをするが、親鳥は要求に屈しない。
給餌を絶つのは、太った雛鳥の体重を軽くして、初飛行を助ける効果もあるらしい。
この強烈な飢えが、冒険的な巣立ちへの決定的な動機となる。
これが親鳥による、雛鳥を巣立ちに踏み切らせる、見事な「状況作り」なのである。
親鳥が「巣立ちしなさい」と説くのではなく、飢えという状況が雛を飛躍させるのだ。

雛鳥の大口は親鳥の給餌本能をそそるから、ここで親鳥が我慢比べに負ければ、野鳥界初の居候若鳥が誕生するのだろうが、「状況作り」の責任を放棄する親鳥は居ない。

巣立ち雛は暫くの間、木の枝などにとまって給餌を受ける。
大型の鳥ではやや遅れるものの、この給餌は遠からず親鳥側の都合と意志で、完全に停止されるから、いよいよ雛鳥は自力で餌を採らざるを得ない状況に立たされることになる。
こうして、独力で採餌し、水浴びをし、ねぐらを探し、敵から身を守る、生活全般にわたる真の自活が達成されることになるのだ。

NHKテレビでフリーター問題を取り上げた番組があって、「自分に合う仕事がない」などと言っている若者が何人も登場していた。
まるで、雛鳥が「自分好みのエサが取れない」ことを理由に、親の給餌を受け続けているように見えた。
この若者たちは、一体どんな「状況」に置かれているのだろうか。








人の顔を見分けるカラス

庭の餌台にカラスが時々やって来る。
スズメのためにパン屑を置こうとして見上げると、電線でカラスがこちらを覗っていることがある。
いつも石を投げるふりをして追い払うのだが、最近はボクの顔を見ただけで飛び去るようになった。
カミさんの場合は逃げないところを見ると、ボクは危険人物として顔を覚えられてしまったようだ。

宇都宮大学の杉田先生の実験によると、15人ぐらいの顔写真を貼った餌容器の選択テストで、学習後のカラスは100%近い的中率で餌入りの顔を選び出すそうである。
しかも記憶力が良く、3週間ほどもその顔を覚えていたそうだ。
鉄砲片手に外出するとカラスは逃げるが、ステッキだと逃げないという話を聞いたこともある。
賢いものである。

外国の実験だが、ハトがピカソとモネの絵を見分けたという。
何枚かの絵で訓練しておくと、初めて見せた絵でも見分けがつくというのだ。
複数の絵を見せるうちに画家の「作風」をつかんだのであろうか。
カラス、ハト、スズメなど、ヒト相手の生活をする鳥は、鍛えられて賢くなったのかもしれない。

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