4.映画 Rosencrantz and Guildenstern are dead (Part 1)
      ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ (その1)

 映画「ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ」(「ロズギル」と略します)は、「もの凄く面白い!大好きだ!」と感じるか、「意味不明。面白くない。寝る」と感じるか、評価が大きく分かれそうな映画です。
 勿論、私は前者。10年ほど前、私の中の「第一次シェイクスピア・ブーム」の時、たまたまケーブルテレビで放映されたのを見て以来、何となく心にひっかかっていました。最近「ハル&デイヴィッド」の連載を期に「第二次シェイクスピア・ブーム」が起こり、この映画がどうしても見たくなってDVDを購入。あまりの面白さに、繰り返し繰り返し鑑賞し、よせば良いのに原作まで買ってしまいました。

 「ロズギル」を「面白い」と感じる人は、おそらく下記のような条件に当てはまると思われます。
  1.シェイクスピアの「ハムレット」を芝居や映画、もしくは本を読んでストーリーを把握している
  2.シュールでナンセンスなジョークを笑える
  3.無意味な言葉の応酬も、遊びとして楽しめる
  4.主演の二人のファンだ


 こんな風に「条件」を連ねると、鑑賞者を非常に選んでいるようで、娯楽としてはやや問題があるような気もしますが、それほど難しいことではありません。
 1.はクリアしておかないと辛い。でも、「ハムレット」くらいは知っていた方が、西欧文芸全般が余程面白くなると思われます。翻訳本はどこの図書館にもかならずありますし、別に難解でも長編でもないので、すぐに読めます。
 2.や3.は、コテコテのハリウッド風娯楽作品とは違う、と言ったところでしょうか。
 4.に関しては、「ロズギル」を見てファンになるという事も有り得ます。…前置きが長くなりましたね。「ロズギル」とはそういう映画なのです。


 「ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ」の概要

 原作はトム・ストッパードの戯曲。余りにも有名なシェイクスピアの戯曲「ハムレット」に端役として登場するロズとギルを主人公に据えた脚本で、1967年にロンドンで公開されました。
 この映画は1990年、ストッパード自身が監督をして製作され、ヴェネチア国際映画祭金獅子賞を受賞しています。主演はゲイリー・オールドマン(ローゼンクランツ)と、ティム・ロス(ギルデンスターン)。しかしこの二人の登場人物の名前は、実はどちらがどちらでも構わない。もしかしたら、脚本とエンドロールの為に、ロズとギルがあてがわれているだけかも知れません。
 ストーリーは有るようで無いような奇怪な展開。私は以下のように解釈することにしています。

 まず、ロズとギルを除く全員…他の登場人物や、映画の鑑賞者までもが、「ハムレット」という戯曲の世界を知っています。登場人物たちは全て「ハムレット」の登場人物。彼らは戯曲に従って整然とドラマを展開していきますし、映画の鑑賞者もそれと理解したうえで鑑賞している。
 しかし、ロズとギルだけは「ハムレット」を分かっていない。ある朝いきなり王の使者に「ローゼンクランツとギルデンスターン」と呼ばれて召しだされ、有無を言わさずドラマの中に放り込まれたようです。お互いの名前さえ怪しい二人は、「自分達は何なのか」、「自分達を取り巻く世界は何なのか」を掴もうと、悪戦苦闘。王宮内をうろつき回り、質問ゲームや、想定問答でやたらと喋りまくり、何とかこの世界に食らいつこうとしますが、世界は二人を置き去りにして、どんどん次の場へ進んでしまいます。ロズが「次!(Next!)」と呼びかけるや、宮廷の人々が洪水のように押し寄せるシーンが、それを象徴しているようです。

 登場人物のうち、旅の俳優一座の座長(リチャード・ドレイファス)だけが、「ハムレットが分かっている世界」と、「分かっていない世界」を把握しており、ロズとギルを翻弄。結局二人は何も分からないまま押し流され、「ハムレット」の脚本通り「ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ」という一言で片付けられてしまい、映画は終わります。
 映画の冒頭、二人は何度投げてもコインの表が出るという不思議な現象に見舞われますが、それは表が出るように「世界がそうなっている」のであって、彼ら自身だけが、それを分かっていないのだという事を、象徴していたのかもしれません。



 ストーリーに悩まずに、映画を楽しむ

 こんな風に内容を解説すると、何やら小難しい映画のようですが、その解釈は何度か見た後についてくるものです。そしてこの映画は、何度も鑑賞するに堪えうるような、複数の点で出来の良い映画だと思われます。

 まず、主演の二人が良い。でもこれについて語るのは、「その2」にとっておくことにします。

 次に、スタンダードな「ハムレット」の世界を上手く表現しているという点です。
 本編たる(?)「ハムレット」は奇をてらった所がありません。特に登場人物のイメージは私のイメージにぴったりでした。ハムレット役のイエーン・グレンは正にはまり役。「いかにもハムレット」しています(この人の仕草や表情が誰かに似ているなあと思っていたのですが、どうやらジェレミー・ブレット@ホームズに似ているらしいことが判明して、苦笑を禁じ得ませんでした)。

 衣装も秀逸です。ハムレットの登場人物たちは、「王」や「王妃」「王子」「大臣」「大臣の娘」に相応しい衣装で登場。ロズとギルは旅装のまま右往左往するのですが、基本的に厚着で薄汚れている。革の上着やブーツなどがいかにも私の好み。それでいて、「『ハムレット』にいきなり放り込まれた」という感じが良く出ていました。
 撮影は主にユーゴスラビアで行われたそうです。特に王宮のシーンは広間や廊下、遊技場、中庭、浴場、廟、使用人達の部屋など、雰囲気たっぷりです。

 ロズとギル、そして座長の掛け合いと、「シェイクスピアによる『ハムレット』の台詞」を中心に映画は進むので、音楽にはあまり大きな比重がかかっていません。しかし、チェンバロを使った「エリザベス朝風の」ややシュールな音楽が効果的です。更に、オープニングとエンディングに流れる「シーマスのブルース」(ピンク・フロイド / アルバム[MEDDLE]より)が素晴らしい!私は思わず速攻でアルバムを買ってしまいました。この映画は全体的に倦怠感の漂う、「ブルーズ」な世界なのだと思います。

 ロズとギルは「存在とは」「死とは」など一見深淵な議論を展開しますが、演出はあくまでもコミカル。しかもシュールでナンセンスな仕掛けが随所にちりばめられ、この手のジョークが好きな人にはたまりません。場面転換は不条理なくらい唐突。ロズとギルもその展開にも困惑しますが、それは「ハムレット」という戯曲が進行しているのだから、当たり前なのです。それでも平常心を保とうとする二人の演技が光ります…

 さあ、こうなるといよいよ、主演の二人ローゼンクランツとギルデンスターン,即ちゲイリー・オールドマンとティム・ロスへと話が展開してゆきます。二人の秀逸なキャラクターと、それを際立たせる演出、圧倒的な会話などは、パート2にて語ることにしましょう。


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