10.アンタッチャブル The Untouchables (小説)

 1987年、ブライアン・デ・パルマ監督が撮った映画「アンタッチャブル」は、非常に印象深い作品でした。禁酒法時代のシカゴ。アル・カポネが率いるマフィアに、敢然と立ち向かうエリオット・ネスと仲間達!デ・パルマですから映像の素晴らしさは言うに及ばず、演出や音楽,大小の道具,衣裳,それを着こなす本物のダンディたち,ケビン・コスナーも、ショーン・コネリーも、アンディ・ガルシアも、ロバート・デ・ニーロも本当に素晴らしかったです。
 しかし、私には不満が残りました。肝心のストーリーが今一つ面白くないのです。ちょっとありきたりなドンパチと、普通のヒューマン・ドラマ…時間に限りがあるので仕方がないとは思います。
 このマイナス点を埋めて有り余るのが、原作であるところのエリオット・ネスの回想録「アンタッチャブル」です。邦訳も出ていますので、とてもお勧めです。

「アンタッチャブル」のあらすじ

 1929年シカゴ。アメリカが禁酒法を布いていた時代。アル・カポネを首領とするマフィアが密造酒を売りさばき、その莫大な資金と残虐な犯罪行為でシカゴを支配していた。官憲はすっかり賄賂にまみれ、全く機能しない…
 そんな時、司法省酒類取締局の捜査官エリオット・ネスは、厳選された少人数の特別部隊の創設を提案。彼自らがリーダーとなり、9人の精鋭を集める。いくつかの失敗と、入念な調査,忍耐を要する日々を経て、彼らは密造酒工場の手入れに成功し、カポネ帝国を資金面から攻め落として行く。
 危機感を持ったマフィアは、特別部隊に賄賂を贈ろうとする。しかし、かえってメンバー達は憤慨し、「俺達は金では買えない。賄賂は効かない。やつらは、絶対に俺達に手が届かない!」と宣言する。こうしてアンタッチャブルズ(The Untouchables:手の届かない連中)が、誕生した。
 賄賂が効かないとなれば、暴力に物言わせるのがマフィアのやり方。エリオットやメンバーの身辺には危険が迫る。果たして、アンタッチャブルズはカポネ帝国に打ち勝つ事が出来るのか…?

 あらすじを簡単に説明すると映画とまったく同じなのですが、アンタッチャブルズのメンバーを紹介すると違いがはっきりします。映画では、アンタッチャブルズは4人しかいないし、エリオットは妻子持ちだし、マローンは定年間近。一方原作のメンバーは、10人全員独身で30歳以下です。

 アンタッチャブルズ メンバー紹介

エリオット・ネス
精鋭部隊設立提案者にして、リーダー。ノルウェー系の26歳。シカゴ大学卒のインテリ。正義感が強く、几帳面。細かい点に良く気がつき、命拾いをする。恋人のベティにぞっこん(この表現が似合う)。「主任(chief)」という呼び名は、尊称というよりは愛称。しょっちゅうデスクワークに追われる。

マーティ・レハート
黒いウェイヴした髪に青い瞳。いつもニコニコして、表情豊かに良く喋るアイルランド系。エリオットとは以前からの仕事仲間。スポーツ大好きでかなりマニア。エリオットと一緒に行動する事が多い。

サム・シーガー
マッチ箱を集めるのが趣味の大男。酒類取締係の前は死刑囚収容所に勤めていた。無表情で感情を表さないが、実はバイ菌が恐い。

バーニー・クルーナン
エリオットとは入局した時からの仕事仲間。典型的なアイルランド系で、樽のごとき巨漢。アクション系はお任せあれと自ら宣言。

ライル・チャップマン
事務処理を専門とするクラシック音楽愛好家で、チェスの名人。学生時代はフットボールの選手だったので、荒っぽい手入れにも度々かり出される。

トム・フリール
ペンシルベニアから引き抜かれた。女性が苦手で、潜入捜査の時につきあった女(マーティ曰く『ひでぇ女』)に結婚話を持ち出されてかなり焦る。

ジョー・リーソン
デトロイトから引き抜かれた、ドライビングの天才。相手の車がどっちに行ったかがたちどころに分かり、一度後ろについたら絶対に逃さない。相手の車を連れ回すのも得意。最年長の30歳。

ポール・ロブスキー
尾行に適した『平均的な男』。電話会社に勤めていた経験があり、盗聴作戦で大活躍する。キングと一緒に張り込みをする事も多い。エリオットを尾行するという変な役割もあり。

マイク・キング
尾行に適した『平均的過ぎる男』。部屋に数人の人が居たら、最後にその存在を認識されるようなタイプ。張り込み,尾行が多く、ついでにエリオットも尾行する。

ビル・ガードナー
ネイティブ・アメリカンで、元フットボールのスター選手。当然マーティのアイドル。エリオットは最初『覆面隊員』にしようとしたが、元々有名人で目立つ顔立ちな上に、巨漢だったためあっさり挫折。

フランク・ベイジル
エリオット専属の運転手で、アンタッチャブルズの正規メンバーではない。イタリア語が出来てタフ。運転も巧みなので、ほとんど11人目のメンバー扱い。エリオットを『ボス』と呼ぶ。

 是非ともドラマ化していただきたい!

 テレビドラマ化は二回,映画化もされているのに、この原作に忠実な作品がないのが不思議なくらい、とにかく面白い小説でした(もっとも、全てが真実というわけではなく、多少の脚色もあるようですが)。
 映像化するには登場人物が多すぎるのでしょうか…?私はこの10人のチームワークが凄く素敵だと思うのですが。
 バイオレンスな場面は、映像作品よりずっと少ないです。銃やら爆弾やらはもっぱらマフィアがぶっ放すもので、アンタッチャブルズが発砲する事は滅多に無い…というより、エリオットが威嚇射撃をする程度です。護身のために常に重装備のアンタッチャブルズですが、その姿もまた恰好良い訳です。
 1930年という時代のせいでしょうか。凄惨なマフィアの抗争と同時に、ほのぼのした雰囲気もあります。エリオットは両親と同居で、恋愛は清く正しい(彼の性格にも因るのだが)。間違いの手入れあり、簡単すぎて馬鹿みたいな手入れありで、所々笑える所がお気に入りです。
 それでもアンタッチャブルズの戦いはシビアです。日に日に増して行く危険と向き合いながら、それでも闘い続ける若者達の姿,三つ揃いに中折れ帽,肩にはコルトー,膝にはショットガン,でっかい車で走り回り、地道な張り込み,尾行,データ収集…男の友情,団結力,ひとときの安らぎ,そして辛い別れ…。『男の格好良さ』を見せ付けたこの作品を、ぜひ忠実な決定版でドラマ化して欲しい物です。

 私の一番のお気に入りであるマーティ・レハートについて語りたいのですが、長くなりますので、お付合い頂ける方は
こちらへどうぞ。詳細に語っていますので、かなりネタバレです。もっとも、これは推理小説ではないので、大方大丈夫だと思いますが。

 禁酒法時代

 酒類の製造,販売を禁止したいわゆる禁酒法は、アメリカ合衆国憲法改正により、1920年に施行されました。
 こんな馬鹿馬鹿しい法律が成立した理由はいくつかあるようですが、その一つとして第一次世界大戦があげられるそうです。戦争で穀物が不足し、これを節約するために酒類を制限したという話。そしてアメリカのドイツ系移民に酒造業者が多く、戦争に起因する彼らへの悪感情が手伝ったとも言われています。
 ともあれ、酒類を一切禁止するなどと言う法律が、選りによってアメリカで上手く行く訳がありません。マフィアが密造酒で莫大な利益を得てしまうのも、必然的でした。アンタッチャブルズが活躍した頃には既に、禁酒法は廃止への道をたどっていたようです。実際に廃止になったのは、1933年。アンタッチャブルズが勝利の後、解散して間もなくでした。

 エリオット達が所属する司法省酒類取締局は、今で言う麻薬取締局のようなもので、連邦捜査官(FBI)と同じような捜査権限を持っていました。彼らが禁酒法についてどう考えていたのかは、はっきりとは描かれていません。
 ただ真面目一辺倒のエリオットは、「この法律がどうして成立したのかは分からないし、分かりたいとも思わない。」と曖昧な表現をしています。マーティに至っては「エリオット・ネスとか言う奴のおかげで、ビールの値が吊りあがっているんだ。経費を増やしてくれ。」だの、「俺のライフワークは、女をその気にさせるワインの研究だ。」などと言い出す始末ですから、その本音は言わずもがなでしょう。
 しかし、だからと言って違法な密造酒の密売で得た暴利と、残虐行為と、恐怖で町を支配し、人殺しをビジネスとするマフィア達は、許さる存在ではなかったのは確かな事です。
 アンタッチャブルズは禁酒法遵守のためというよりは、アル・カポネの帝国を資金面から攻め落とすために、密造酒工場に手入れをしたのです。最終的に、カポネは脱税の罪で息の根を止められました。

 カポネの時代の終焉はアンタッチャブルズの終焉であり、禁酒法時代の終焉でした。デ・パルマの映画のラスト・シーンで、エリオット(ケビン・コスナー)が残す台詞が、それを爽やかに告げていましたね。

アンタッチャブル:ハヤカワ文庫 エリオット・ネス著(井上一夫 訳)
 日本語訳は現在残念ながら絶版のようですが、古本市場には沢山出回っているますので、ぜひ読んでみて下さい。訳者が大正生まれのせいか、やや古臭くてぎこちない表現が多いのが難点。もうちょっと現代的,都会的だと良いのですが…と、思ったら、この訳者はディクスン・カーなどの翻訳でも有名な方なのですね。マフィアや警官のスラングは、上手に訳しています。

The Untouchables:Buccaneer Books / Eliot Ness with Oscar Fraley
 著者はEliot Nessとなっていますが、実際に彼が書いた訳ではありません。ネスの回想と資料を元に、新聞記者のオスカー・フレリーが回想録風に仕上げたのが本作品です。エリオットの呼称は邦訳だとすべて「主任」ですが、原語では場合によってChiefだったり、Bossだったり、Eliotだったりします。そのほか、自己流翻訳が出来て楽しいです。ただ、スラングや独特の言い回しが多くて、難しい面もあります。

                                                 29th October 2004

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