7.よく似た男同士の会話

The Three Musketeers  三銃士  Pastiche  パスティーシュ


  義理人情が高くつく
  

 騎士団の根城,岩山の洞穴の前で、騎士団員がわぁわぁと騒ぎはじめた。誰かがこちらに凄い勢いで向かってくると、口々に叫んでいる。全員いきり立って、手に手に武器を取った。
 岩盤の上の建物から下を見下ろしていたアラミスが叫んだ。
「ポルトスだ!ポルトスと…ダルタニアンが一緒にこっちに向かって駆けてくるぞ。おい、行ってやらないと連中に何されるか分からない。」
アラミスはアトスの肩を叩くと、ガバノンの居室から飛び出そうとした。しかし、アトスはガバノンの枕元に留まった。
「アラミス、頼む。俺はガバノンとまだ話がある。」
 アラミスは驚いて振り向いた。アトスは無表情な顔でアラミスを見ている。一方、ガバノンは目を閉じて上半身を枕に預けていた。
「分かった。」
アラミスは短く言って頷くと、部屋から飛び出した。

 薄暗い部屋に、沈黙が訪れた。窓の外,遠くで男らが騒いでいる。
「まだ何かあるか。」
 ガバノンは目を閉じたまま、呟くようにアトスに言った。アトスは再び、ガバノンの枕元に腰掛けた。彼は暫らく黙っていたが、微かに溜息をついてから口を開いた。
「ガバノン、お前がエリックに会ってやらないという話だがな。」
ガバノンは反応せず、目を閉じている。アトスが続けた。
「それは、お前がエリックの母親を殺したからじゃないのか?」
 ガバノンは暫らく身じろぎもしなかったが、やがてゆっくりと目を開け、アトスの顔をじっと見詰めた。
「あんた、名前はアトスと言ったな。そんな珍妙な名前、本名ではあるまい。」
「まぁな。」
「私と同類か。」
 アトスは答えなかった。しかし、ガバノンの言わんとする事は分かっていた。病人は穏やかに微笑んだ。
「なるほど。・・・アトスさん。あんたは私に良く似た人間だ。そう、愛する女が居て、その女に裏切られ、そして ― 。その結果については、多少の差がありそうだが。」
「殺したんだな。」
アトスは静かに言った。
「エリックの母を殺したから、お前は罪の意識で会うことが出来ないんだ。」
「幼い子供から母を永遠に奪った男に、父親である資格などない。」
「だから、捨てた。エリックも、農地も、屋敷も、全て ―。そしてこの要塞に身を投じ、座して死を待つ。」
 ガバノンは瞳を艶やかに光らせ、それを細めた。
「その通り。同類だからこそ、分かった訳だな。そんな男はあんたが初めてだ。」
「別にそれだじゃない。」
アトスは鼻で笑うと、ゆっくりと腕を組んで続けた。
「枢機卿が側近のロシュフォール伯爵と、自分の護衛士を使ってガバノンを探し回っているんだ。勿論、『愛と自由のバニア騎士団』の頭目としてではない。パトリス・ガバノンその人に用がある。もともと田舎の地主に過ぎないお前に、枢機卿と何の関わりがあるのか ― 二年前、お前の妻と神父見習いが駆け落ちして行方不明になった ― つまり、ガバノン。お前は妻と一緒に逃げようとしたその神父見習いを殺した。実はその見習いこそ枢機卿の縁者か、部下,家来,手先 ― この際何でもいい。とにかくリシュリューの関係者だったと推測するのは、そう難しいことじゃない。」
「なるほど。」
 ガバノンは投げやりに呟いた。また瞳を半分閉じ、右胸に手を当てて静かに呼吸した。アトスも暫らく黙っていた。

 アトスも、自分がこの死を迎えようとしている男が良く似た人間であることを理解していた。馬鹿馬鹿しいほど無垢な信念を貫いて大人になり、女を愛し、裏切られ、その女を ― 。そしてすべてを― 随分たくさんの物を持っていたはずだが ―投げ出して,要するに逃げ出した男だ。

 それが今、この薄暗い部屋に二人居る。
 ガバノンは、また唸るような低い声で言った。
「その私を捕らえに来た枢機卿の手下たちは、近くに来ているのか。」
「来ているさ。さっき一旦は追い払ったが、そのうちきっと、すぐにここに来る。」
「好きにするが良いさ。」
 ガバノンは、誰に宛てるでもなく呟いた。
 じっと死を待つばかりのガバノンにとって、用意されているのは地獄の門だけなのだろう。枢機卿の前に引出されたところで、大差が無い ― その点が、アトスとは明らかに違った。
(そうだ。俺は、この男とはそこが違う ― )
 アトスは、心の中ではっきりと宣言していた。そして、窓の外で聴き慣れたいくつかの声が、騒々しい中からも漏れ聞こえてくるのを感じながら、その思いを強くしていた。

 道案内の男を追い越して、まずダルタニアンが洞穴の前に飛び込んできた。
「何だ、何だ!おまえは何者だ?!」
 騎士団員たちが、手に手に剣を持って洞穴の入り口を固める。いずれも殺気立った顔つきで、ダルタニアンを一歩も前に進ませまいという覚悟だ。
「アトス!アラミス!居るんだろう?!」
ダルタニアンは呼吸を整える間もなく、怒鳴った。
「ここは危険だ!もうすぐ枢機卿の護衛士達が押しかけてくるぞ!」
しかし、騎士団員たちは状況がもちろん飲み込めていない。そこに、道案内の男の腕を掴み、引きずるようにしてポルトスが到着した。
「やっと着いた、ここだな?!(ポルトスはゼエゼエ言っている道案内の腕を放し、男は地面にのびてしまった)ガバノンはどこだ!会わせろ!」
 物凄い勢いで駆け上がってきた二人の侵入者に、ますます殺気立った。そこに、洞穴のからアラミスが駆け出してきた。
「ポルトス!ダルタニアン!」
「アラミス!ガバノンはどこだ?緊急だ、ガバノンに会わせろ!」
ポルトスは勢い良くアラミスの胸倉を掴み、眼前に緑色の瞳を接近させた。
「ガバノンは洞穴から上がって、出た所に建物があるから、そこの部屋に…」
 アラミスが言い終わらない内に、ポルトスは彼を放り出して洞穴に突進していた。アラミスと、放り出された彼を抱き留めたダルタニアンが呆然とする中、ポルトスは前進を阻もうとする騎士団員を蹴散らして、洞穴の中へと姿を消す。
「待てぇ、この野郎!」と怒号が起り、騎士団員がポルトスを追おうとするのを、我に返ったダルタニアンとアラミスがつかみ合いをしながら阻止した。
「待てったら!僕らはガバノンさんの味方だぞ!」
 当初の目的はどこへやら、とうとうダルタニアンは言ってしまった。アラミスも今更、否定する気にもならない。
「ガバノンさんと自分の命が惜しかったら、言う事を聴けったら!」
 ダルタニアンは、一旦は引き揚げた枢機卿の護衛士四人が、やがてサン・マルクの加勢八人と合流して、もう一度ここに来るに違いないと説明したかったが、中々うまく行きそうになかった。



 
→ 8.アトスの権限,ダルタニアンの才能
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