5.嘘と大工道具は使いよう

The Three Musketeers  三銃士  Pastiche  パスティーシュ


  義理人情が高くつく
  

 「こんな所で、銃士に会うとは思わなかったな。休暇か?」
ロシュフォール伯爵はアトスとアラミスに言いながら、部下に剣を納めるように合図した。アトスとアラミスもそれに応じて手を下ろす。アラミスがそっと右頬を触ると、痕も残らなそうなかすり傷だ。アトスが不機嫌な声で言った。
「そっちこそ、こんな大勢で何をしているんだ。大袈裟な道具まで引っ担いで、俺達の仕事の邪魔をする気か。」
「ほぉ仕事か、アトス。」
ロシュフォールの瞳が僅かに光った。アトスは頷いた。
「まぁな。しかし、お前の言う『休暇』もあながち間違っていない。なに、枢機卿閣下の親衛隊が、俺達の相手にしちゃあまりにも力不足でな。余力の向け先に困ったトレヴィル殿が、俺達をここに派遣した。要するに公務だが、その俺達にいきなり発砲するとは大失態だな。」
 アトスの言葉を、ロシュフォールは何でもないような表情であしらった。
「こっちも仕事中でね。大捕物の最中に正体不明の騎馬がこっちに向かってくれば、発砲するのは当然だろう。」
「何の仕事だ。」
「私が先に言う気はない。アトス、状況が分かっているなら、そちらから先に言え。まぁ、大体見当はつくがな。」
 ロシュフォールはまた笑ったが、目つきが緩んでいない。アトスは改めて周囲を見回した。ロシュフォールの部下のようだが、要は枢機卿の護衛士たちだろう、武装した九人は油断なくアトスとアラミスを取り囲んでいる。山道の入り口には粗末な小屋があるが、その扉はすっかり壊れてしまっている。そこから、男が二人ほど這い出ていた。負傷しているらしい。彼らは苦しそうに体を捻じ曲げ、何とか手で上半身を支えると、じっとこちらを見詰めている。
 アトスは少しだけ考えて、口を開いた。
「見当がついているなら、おそらく間違ってはいないな。一言で言えば、バニア要塞を占拠する『愛と自由のバニア騎士団』の偵察だ。ふざけた名前だな。もっとも、そう派手に抵抗するような話は聞かないから、物見遊山で来たようなものだが…ロシュフォール、お前が野蛮な手下共と一緒に派遣されて、いきなり俺達に発砲するとは、どうも穏やかじゃないな。枢機卿がバニアなんぞに興味を持つとは思わなかったが。」
「バニア要塞には興味はない。」
ロシュフォールは苦笑して続けた。
「パトリス・ガバノンに用があるだけだ。」
 ロシュフォールの言葉に、思わず馬上のアトスと突っ立ったアラミスは顔を見合わせた。ロシュフォールが怪訝そうに訪ねた。
「なんだ、ガバノンを知っているのか。」
「知っているというか…(アトスはチラッとアラミスに視線を投げた)…名前と墓碑銘を知っているだけだ。」
「墓碑銘だと?」
 ロシュフォールが聞き返す。彼の部下たちの表情も少し険しくなった。アラミスが頷いてアトスの言葉を引き継いだ。
「ありきたりな墓碑銘さ。『良き紳士にして慈悲深き父パトリス・ガバノン ここに眠る』 ― さっき見たばかりだ。」
「どこで見たんだ。」
ロシュフォールは急き込んで尋ねた。アトスは気乗りしない表情で答えた。
「今朝、通った町さ。アラミス、なんて町だった?」
「サン・マルク。教会の墓地に墓石を引き揚げるから、馬を貸してくれとか言われて、断ってきたばかりだが。死者に冷たくしたようで気分が悪いんだ。」
「ガバノンは死んだのか?サン・マルクで?」
「知らんよ。」
アトスは迷惑そうな表情で肩をすくめた。
「俺達は墓石を見ただけだし、葬儀に参列した訳じゃない。誰だか知らんが、死んだから墓石が必要なんだろう。それともロシュフォール、お前は…」
「良かろう。」
 ロシュフォールは鋭く言ってアトスを遮った。そして部下たちを指差しながら素早く指示した。
「お前たち四人でサン・マルクに向かって確認を取れ。残りは私とオルレアンに向かうぞ。じゃぁな、銃士さん。せいぜい良く偵察するんだな。」
 そう言い捨てると、ロシュフォールはくるりと踵を返して馬に乗ろうとする。アトスが大きな声で怒鳴った。
「待てよ、ロシュフォール!そのガバノンってのは何者だ?」
「お尋ね者だ!枢機卿閣下への反逆者だからな!」
 ロシュフォール伯爵はそう怒鳴り返すと、すぐさま馬の腹に拍車を当てて走り出した。五人の部下も銃を馬の背に括り付けると、ロシュフォールの後を追う。他の四人も同じように馬に跨ると、アラミスにサン・マルクの方向を尋ねた。アラミスとしては勿論嘘を教えたかったが、ここまでは一本道だ。どう足掻いても無理なので、素直に道を戻るように言うと、四人は慌ただしく駆け出していった。

 アラミスがさっき転倒したきり、辺りを走り回っていた馬を回収すると、アトスと共に山道の方に近付いていった。
 山道への入り口には番小屋があり、そこから這い出ていた男は二人、よろよろと立ちあがった。一人は脇腹を、もう一人は右肩を抑えており、かなり酷い出血をしているようだった。アトスとアラミスは剣は抜かず、番小屋に近付いた。そして怪我人二人をチラリと見ると、二人して番小屋の中を覗き込んだ。
「ああ…。」
 二人は同時につぶやいた。哀れな事に、怪我人たちは必死に防戦しようとしたのだろう。粗末な銃と古ぼけた弾丸が床に散乱している。それも間に合わずにロシュフォールとその部下に襲われたらしい。
「何があったか説明してくれるか?」
 怪我人は顔を見合わせた。怪我人たちもアトスもアラミスも、ロシュフォールの顔見知りであり、バニアの偵察に来た事は分かっているだろう。しかし、彼らは意を決し、肩を負傷している方の年老いた男が口を開いた。
「俺達は交代でこの番小屋に詰めていたんだが、今朝いきなりあの連中が押しかけてきたんだ。物音に気付いて外を見た時には、もうあいつら構えていたんだ。それで…あわててこっちも弾込めをしようとしたら、一斉に…」
「撃ってきたか。」
アトスは大きく息を吐き出しながら後を引き取った。
「それで、どうなったんだ。」
年老いた男は溜息をついた。
「連中、俺達がひるんだ所に押しかけてきて、ガバノンさんはどこだと言うんだ。」
「『愛と自由のバニア騎士団』の頭目だな。」
 アトスが言うと、怪我人二人は急に警戒感をむき出しにして、一歩下がった。アトスは低い声で続けた。
「知っているさ。パトリス・ガバノン。サン・マルクに十歳の息子を残してきている、地主だった男だ。もちろん、今も要塞に居るはずだが。」
「あんたたち…さっきは、どうしてあんな事を言ったんだ?」
脇腹をおさえていた方の若い怪我人が、か細い声で尋ねた。今度はアラミスが肩をすくめて答えた。
「さぁね。何となくロシュフォールに引き渡す気が起らなかっただけさ。ガバノンに一度会ってみたいんだ。」
「あんたたち、銃士だって?」
 若い怪我人が警戒心を解かずに言いつつ、しゃがみ込んだ。傷が痛むのだろう。アトスは厳かに頷いた。
「その通り。国王付き銃士隊士だ。バニアに立て籠る反乱軍の偵察が目的だ。―もっとも、誰もバニア討伐軍なんて送る気はないがな。」
「じゃぁ、なんであんた等が派遣されたんだ?」
「暇を出されたんだよ。」
 最後の一言はアトスとアラミスが同時に発していた。今度はまた、年上の方の怪我人が口を開いた。
「ガバノンさんに会いたいのかい?」
 アトスはアラミスの顔を見た。アラミスは血色の良い頬にかすかな微笑みを浮かべつつ、黙ったまま小さく頷いた。アトスは一瞬足元に視線を落とし、分からないぐらい小さな溜息をつくと、顔を上げた。
「そうだ。ガバノンに会わせてくれるか。」
 怪我人二人も、顔を見合わせた。脇腹を押さえた若い方は、まだ銃士たちに警戒感を持っているようだが、老人の方はそうでもなかった。
「信用して良いんだな。」
「それはお前さんが決める事だ。」
「あの伯爵とやらに嘘をついて、ガバノンさんを助けてくれたんだ。信用しよう。」
 年長者に言われると、若い方も同意せざるを得なかった。第一、彼は脇腹を怪我していて、歩けそうもない。アトスとアラミスはとりあえずの処置として、若い男の傷を洗うと、ダルタニアンの母秘伝の膏薬を塗り、水筒を渡した。そして、要塞の仲間を呼んで運ばせるから待つように言い含めると、老人の道案内にしたがって、山道を登りはじめた。

 リシュリュー枢機卿の護衛士にして、小分隊の伍長を勤めるサニョルは、先日の不良銃士とその予備軍との乱闘で多少腕が痛んでも、仕事は忠実に行う男だった。
 たまたま護衛士の詰め所に居た所に、上官からの命令が下ったのは昨夜の事である。自分の部下七人を連れて、大急ぎでサン・マルク経由でバニアへ向かい、ロシュフォール伯爵の援護をしろと言うのが、命令の内容だった。ロシュフォール伯爵が何をしているのかは、知らされていない。援護については具体的な指示がなされており、もしバニアまでの道のりで 近衛銃士隊士とその若い連れを見つけたら、ただちに身柄を拘束せよとの事だった。
 万事抜かりの無い枢機卿は、銃士隊の要注意人物がバニアに向かったという情報を得たのだ。部下の仕事を妨害されてはたまらない。
 先日、派手に負けただけにサニョルには自信が無かった。しかも夜遅くに下された命令で、直ちに人員を纏めてパリを出立したのだ。睡眠不足で、いざ不良銃士たちと鉢会った時に、まともに戦えるかどうかの自信はなかった。
 そんなサニョルの心配はさて置き、彼とその部下たちはバニアの一つ手前の町,サン・マルクに到着した。ここまでは銃士と若い連れには遭遇せず、内心安堵している。
 サン・マルクは何の変哲も無い静かな町だ。サニョルは部下たちに下馬を指示し、馬を引いて町の中心に進むと、一番大きそうな家の前で声を掛けた。
「誰か居るか?」
すると、しばらくして裏庭から召し使いのジャン爺さんが現れた。
「はぁ、今日は。…どなた?」
「枢機卿閣下の護衛士で、サニョルと言う。ここに銃士と若い連れが四人で来なかったか?」
ジャンは洗い物をしていた手を前掛けで拭きながら表に出てきた。
「四人?あのお侍さん連れの四人ですか?」
 ジャンの言葉にサニョルと部下たちは緊張したが、枢機卿の護衛士という威厳はそのままに保った。サニョルが厳しい口調でジャンを問い詰めた。
「来たんだな?いつ出発した?」
「あ、いえ…まだいらっしゃると思いますよ?」
「どこだ?」
「おとなりが宿屋さんなんで。確か夕べも晩くまで飲んだり騒いだりしてましたから…まだ寝ていると思いますけど。」
「案内しろ。」
「はぁ。」
 ジャンは素直に頷くと、サニョルと部下たちを連れて隣家の敷地に入った。そして玄関まで来ると、屋内に向かって怒鳴った。
「コンテさーん!コンテさん!お客さんですよー!」
「馬鹿!でかい声を出すな!銃士どもにきこえるだろう?!」
サニョルは咄嗟にジャンの首根っこを掴んだ。掴まれた方はおどろいて、
「え、あ、そうですか。あの…たぶん主人のコンテさんは野良作業に出てると思うんですよ。呼んできますか?」
と、恐縮しながら尋ねる。サニョルは厳しい顔付きのまま肯いた。
「よし、探してこい。我々が姿を隠す所はあるか?」
ジャンはキョロキョロと辺りを見回すと、玄関の脇の廊下から、ガランとした食堂を指差した。
「じゃぁ、ここでお待ち下さい。あたし、ひとっ走り行ってコンテさんを呼んできますから。」
「よし、分かった。」
 サニョルはジャンに肯いてみせると、部下たち七人に合図して、食堂に入った。そしてまた外に出ていこうとするジャンに釘をさした。
「いいか、銃士たちを起こすなよ。」
「承知しました。」
ジャンは肯いてみせると、そっと廊下へのドアを閉めた。
 サニョルは食堂に残された部下たちに向かって振り返ると、声を潜めて指示した。
「よし、ここの主人が来たら、銃士たちかどうか確認させる。それから身柄を確保するから…」
「サニョルさん、何か変な音がしませんか?」
若い部下が小さな声でサニョルに尋ねた。
「音?音なんてしないぞ。身柄確保の為に乱闘になるだろうから…」
「あの…やっぱりコツコツ鳴っているような気がするのですが…」
「コツコツ?」
 部下たちが怪訝な顔をしているので、サニョルも黙って耳を澄ました。しかし、辺りは静まり返り、遠くで馬か牛の泣き声がするぐらいだ。サニョルは首を振って続けた。
「とにかく、乱闘に備えて剣を改めておけ。それからブーツのバックルを…」
「ドアから変な音が…!!」
 もう一度部下が意見した時、とうとうドアの外から凄い音が響きはじめた。それは間違い無く、外廊下からドアを釘で打付けている音 ― ゴンゴンと連打している音が!
「こらーッ!!!」
サニョルは真っ青になってドアに突進した。
「ばれた!ムスクトン急げ!!」
 廊下でポルトスが叫んだ。彼は大きな木の板をドアの上部にあてがい、ムスクトンが金槌と大きな釘でもって打ち付けている。同時にエリックが下部で板を支えると、ジャンが老練した手つきで打付けた。
「窓だ!裏口だ!急げ!!」
 食堂のサニョルはドアを離れ、部下を他の出入り口に向かわせた。裏口を部下が押し開こうとした時、間一髪でバザンとグリモー、プランシェが押し戻した。そして内側からドンドンと護衛士達が体当たりするのに耐えながら、巨大な板をこれでもかという量の釘で打ち付ける。
 最後の望みは窓だ。サニョルは窓枠に手を掛けると、体を押し上げようとした。ところが表から回ってきたダルタニアンが、拳を一発サニョルの顔面にお見舞いした。目から火花が飛び散ったサニョルが、どうと食堂の床にひっくり返る。部下がそれを踏み台にして、また窓に取り付こうとしたが、その時にはもうコンテが被せた巨大な板に、慣れた手つきでダルタニアンが釘を打ちつけしまった。
「へぇ、お兄さん手つきが良いねぇ。大工さんの息子かい?」
コンテは感心して言うと、ダルタニアンは手をパンパンと叩いて埃を落とした。
「なぁに。郷里じゃこんなの、日常茶飯事さ。」
 窓に打付けた板を手でコンコンと叩くと、そう簡単には破れそうも無い事を確認して、ポルトスの居る食堂のドアの方へ回った。
「ポルトス、裏口と窓は大丈夫だ。そっちは?」
ダルタニアンが言いながら走り込んでくると、ポルトスは手を上げて応えた。
「こっちも完了だ。当分大丈夫だろう。」
 食堂の内側では、まだドンドン叩いたり、わぁわぁ騒いだりする音がする。するとついて来たコンテが腕を組んで念を押した。
「ちょっと、あんた方の言う通りにして本当に大丈夫なんだろうね?連中、枢機卿の護衛士なんだろう?」
 すると、同じく協力したジャン爺さんも心配そうな顔で、同じ事を言いたげだ。エリックも黙ったまま見上げている。ポルトスは自信満々に肯いた。
「大丈夫だ。信用しろよ。この連中をバニアに行かせたら、ガバノンさんが危ないかも知れないからな。暫らくこのまま時間稼ぎをして、俺達がどうにかするよ。なぁに、後でお上に文句を言われたら、謎の武装集団に強制されたとでも、言い訳すれば良いさ。トレヴィル殿とエサール侯が助けてくれるだろうよ。」
「この板は小屋の増築のためにとって置いたんだ。中の食材だって連中に食われちまうかもしれない。」
コンテは尚もポルトスに詰め寄った。しかし、ポルトスは涼しい顔だ。
「まぁ、ガバノンを探すための必要経費として請求するさ。なぁ?エリック。」
エリックは真剣な顔付きのまま、ポルトスをじっと見詰めると、小さな声で尋ねた。
「あの人たち、お父さんを捕まえに来たの?」
「まぁ…はっきりはしていないが。用心のためさ。(ポルトスはコンテとジャンに向き直った。)俺達が戻るまで、このままにしておいてくれ。従者たちを見張りに残すから。それから、デュルケムには念のために、この事は黙っておいてくれ。連中の馬は厩に隠しておくんだな。」
すると、それまで黙っていたジャンが尋ねた。
「ポルトスさん。デュルケムさんと、この連中は結託しているんですか?」
「結託はしていないが、目的は近いかもな。 ― 道々説明するよ、ダルタニアン。さぁ、急いでアトスとアラミスの後を追わないと。行こう。」
 力強く肯いたダルタニアンの肩を抱いて、ポルトスは勢い良く表に向かおうとした。が、しかし彼の体がガクンと引き戻され、同時にビリっと布を裂く音がした。驚いてポルトスが足を止めて振り返り、さっきまで板で打付けていたドアと、その傍にまだ金槌を持ったまま立っていたムスクトンを睨んだ。従者は「しまった」という顔をしている。
「ムスクトン!お前、俺の大事なマントまで一緒に打ち付けやがったな?!」


 
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