9.手紙に関する説明の要請

The Three Musketeers  三銃士  Pastiche  パスティーシュ


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 突然、全ての窓の外が明るくなったかと思うと、ドアが開き、マスケット銃を持った男達が4人走り込んできて、素早く膝を突くと一斉に銃を構えた。
 「おっと。暴発させるなよ。」
 4人の銃士の後ろから入ってきたのは、他でもない銃士隊長トレヴィルだった。
「いや、最新式は暴発しないんだったか?お誂え向きに一箱空いていたから、失敬したぞ。それから…こっちは旧式だが、マスケット銃で武装した銃士が20人ほど、この旅籠を包囲している。」
 トレヴィルが言い終わる前に、剣を抜いた銃士が数人入って来て、8人の輸送隊員たちから武器を取り上げた。
「これは…」
コンラードは、さすがに驚愕で真っ青になり、声を震わせながらポルトスに挑みかかるように訊ねた。
「これは、どう言う事です?あなたへの手紙には、『秘密裏に』ここに来いとしか書いていなかった筈ですよ!」
「ポルトス宛の手紙だったら、俺一人で来ただろうけどね。違うんだ。あれは俺宛じゃない。」
「何ですって?」
 コンラードは注意深く銃士達の包囲網を見渡しながら聞き返した。旅籠の周りには松明の灯かりが点り、馬の嘶き,拍車のぶつかる音,マスケット銃を扱う機械音が鳴り響いている。騒ぎに気付いたのか、旅籠の連中が、着の身着のまま階上から食堂を見下ろして目を丸くした。
 ポルトスは相変わらず微笑みながらコンラードに歩み寄ると、その手から短銃を取り上げて安全装置を元に戻し、バネを緩めながら説明した。
 「コンラード、あんたはこのカシクールの町を少し出た街道で、パリに向かう使いを捕まえて手紙を没収したと言ったね。まず、どうしてその使いに目をつけたんだ?」
「使いが『銃士の方に頼まれて、パリへ行く』と言ったからですよ。」
「…微妙に間違っているな。ともあれ、あんたは手紙を没収してその男を解放した。そしてその手紙を注意深く開封し、中身を読んだ。そこであんたは、この手紙を『当初の予定通り』俺に届けさせたんだ。俺もおびき寄せて一網打尽にするためにね。でも、甘かった。」
 ポルトス息をついて辺りを見回した。アトスも、アラミスも、そしてコンラード以下8名の手を上げた輸送隊員たち、そしてトレヴィルと銃士達も、ポルトスに見入っている。彼は説明を続けた。
 「あんたは、蝋に印章が押されていない事を利用して、もう一度封蝋を熱し直してから手紙の封をした。しかし、最初に封をした時とは、蝋を熱する温度が大きく違ったんだよ。だから、俺の手元に届いた手紙の封蝋には、微妙に色の違う個所があった。それを見て俺は、この手紙が一度誰かの手に落ちて開封され、もう一度熱し直して封をしてから、わざわざ俺に届けられたのだと察知したんだ。誰かが俺達を罠にはめようとしている事は、明白さ。そこで、俺はルーヴルから戻ってきたトレヴィル殿にお願いして、武装銃士25名と共に、ここに駆け付けたと言う訳。そうしたら案の定、おまえさんが正にアトスと、アラミスを取り囲んでいたんだなぁ。まあ、登場の仕方にケレンを効かせ過ぎたって言うのは、認めるよ。」
 大きな声でぺらぺらと喋るポルトスに、アトスもアラミスもだんだん開いた口がふさがらなくなってきた。コンラードは、半ばポカンとしながら聞き返した。
 「あの…それで、伯爵夫人からの手紙は…?」
「確かさっき、アラミスが『手紙なんて存在しない』と言ったような気がするが…」
ポルトスがアラミスをみやると、この金髪の青年は舌を泳がせ、目を丸くしている。ポルトスは緑色の瞳をランプの光で輝かせながら、悪戯っぽく笑った。
「まぁ、この期に及んでは手紙なんてどうでも良さそうだな。」
 そこにトレヴィルが歩み寄ってきた。
「解説はおしまいか?」
「おしまいです。さて、トレヴィル殿。コンラード君以下、物騒な輸送隊員諸君はどうしましょうね。」
ポルトスがコンラードの肩にどっしり手を置きながら尋ねると、トレヴィルは少し首をかしげた。
「さあ、どうかな。この男は何だか知らんが手紙とやらを探して、三銃士を取り囲んだらしいが、別に危害を加えた訳じゃなし。逮捕する理由も見つからないな。私としては、荷物の輸送はこのまま銃士達に委任して、君たちをパリのスペイン大使の所に送りたいのだが、どうだろう?」
「枢機卿の手先と知っていてですか?」
コンラードは信じられないと言う風に返した。
「枢機卿?珍しい言葉を聞いたな。」
 トレヴィルはとぼけてみせたが、コンラードは警戒を解かずに上目使いで見上げている。トレヴィルは続けた。
 「まあ、異存はなさそうだ。取り敢えず、今夜は我々もここで宿営するから、君たち9人もご一緒してもらおう。安心したまえ。私もスペインとの間に外交的障害を作りたいとは思っていない。」
 トレヴィルは言い終わると、コンラードにドアを指し示してみせた。コンラードは少しの間思案顔だったが、やがて小さく溜息をつくと、指されたドアに向かって歩き始めた。トレヴィルが連れてきた銃士達に合図をして、コンラード以下8名の輸送隊員も、囲まれる様にして同様に外へ出ていった。

 銃士達が持ち込んだランプで、室内はすっかり明るく照らされ、残されたポルトスの笑顔と、アトスの仏頂面と、アラミスの呆気に取られた顔が、はっきりと見て取れた。
 「さてと。」
トレヴィルはポルトスに向き直った。
「これで良かったのか?」
「上々です。ご面倒をお掛けしました。」
「まったく。やっと眠れると思って帰ってくるなり、お前が『アトスとアラミスが敵の罠にかかりそうだ』などと言うから。銃士を片っ端から動員して遥々カシクールまで来てやったら、随分と拍子抜けさせてくれた物だ。」
「隊長がお望みなら、一戦交えても構いませんでしたが?最新式の長距離命中率を試すのも一興…」
 放っておくと、ポルトスはどこまでも下らない事を言い続けそうなので、トレヴィルは適当に手を振った。
「私はもう行くぞ。ガスコーニュの青年の姿が見えないな。まあいい。我々は今夜、ここで宿営して、明日の朝一番に荷物と一緒にパリに戻る。おまえ達は、明日…そうだな、夕方6時に私の屋敷に出頭しろ。」
 そう言い捨てて、トレヴィルは踵を返して歩き始めようとした。
アラミスが何か言いたげに口を開こうとしている。声が発せられる前に、トレヴィルが制した。
「断っておくが、私は大事な最新式マスケット銃がならず者どもに奪われるのを、阻止しに来ただけだ。それ以外の事には、今の所興味はない。手紙だのコンラードの目的だのにはな。私はもう行くぞ。」
 アラミスは長い睫毛を何度か上下させて瞬きをしたが、言うべき言葉が見当らずにすぐに諦めた。トレヴィルはそれには気もとめずに、出て行こうとドアに手を掛けた。
と、突然。外からバザンが大きなバスケットを抱えて飛び込んできた。
 「旦那様!一体何があったのですか?!パリに行ったはずのポルトス様は戻ってくるし、銃士のみなさんがワンサカ駆けつけるし、ああっ!!トレヴィル殿まで!それに旦那様がこじ開けた箱から銃が持ち出されて、コンラードさんと、お仲間さんが連行されてるし…!!」
 アタフタとまくし立てるバザンに、思わずアラミスはがっくりとうつむいてしまったが、トレヴィルがバザンの首根っこを掴んで、無理矢理外に連れ出してした。ドアが閉められても、外ではまだバザンがわぁわぁ言っているのが聞こえた。

 「さてと!」
 三人だけが室内に残ると、ポルトスが派手に手を叩き、大声で言った。
「二人とも無事で祝着至極。もうすぐ夜明けだが、一眠りしたほうが良いと思わないか?」
 アトスとアラミスは剣を鞘に戻しながら互いの顔を見合わせたが、
「ちょっと待て。」
と、まずアトスが低く声を発した。
「俺はトレヴィル殿のような君子ではないからな。どうも話がよく分からないから、説明を求める。」
「どうぞ。」
ポルトスは飽くまでも気楽そうに応じた。アトスは適当なテーブルに腰掛けると、腕を組んで口を開いた。
「つまり。あのマスケット銃の箱の中には、クリアカン伯爵夫人とやらからの、手紙が隠されていた。コンラードは枢機卿の手先であり、この手紙を奪い取ろうとした。」
「らしいね。」
答えたのはポルトスで、アラミスは黙っている。アトスが続けた。
「でもどの箱に入っているかは知らなかったコンラードは、受け取り側が手紙を取り出すのを待った。それが…アラミスという訳だ。」
 ポルトスは答えずに微笑むと、アラミスをみやった。アラミスは上目遣いにアトスとポルトスの顔を順々にうかがうと、うめくように呟いた。
「その通りだよ。」
「それで、お前はさっき闇夜にまぎれて箱を開けたのだが…手紙はあったのか?」
「なかった。」
「なかった?」
アトスとポルトスが同時に聞き返した。
「『手紙なんて存在しない』って、本当なのか?時間稼ぎのための良い逃れじゃなくて?」
 アラミスは大きくため息をつくと、帽子を脱ぎ、右手で髪をくしゃくしゃと掻き揚げた。
「本当になかったんだよ。絶対にあの箱にあると確信していたのに。」
気の毒にも、ポルトスが言う所の可愛い策謀家さんは、すっかり疲れてしまった様子で、落ちるように椅子に座り込んだ。アトスとポルトスは呆れて顔を見合わせた。ポルトスもアラミスと同じように帽子を脱ぐと、頭を掻いた。
 「じゃあ、クリアカン伯爵夫人からの手紙は一体どこなんだ?ほかの…あの10個以上ある箱を片っ端から開けろって言うのか?それじゃあ、全然手紙の輸送作戦になってないじゃないか。ただの失せ物だ。」
 ポルトスの大げさな声に、アラミスは当初は輸送隊を襲撃する予定だったなどと説明する気が、すっかり無くなっていた。
 アトスが、腕組みを解くと、ポルトスの左手から帽子を乱暴に取り上げながら別の質問を発した。
「おい、ポルトス。お前にはまだ質問がある。コンラードは、パリへ向かっていた使いの男を捕らえて、『AからPへの手紙』を奪い、内容を読んだ。」
「うん。」
「コンラードは、その手紙を書いたのはアラミス,若しくは俺で、宛名はポルトスだと判断し、逆に利用するために、お前に送り届けた。しかし…俺はそんな手紙は書いていない。」
「私も書いていないよ。」
 アラミスが少し口を尖らせながら言うと、アトスは眉をひそめながら、苦々しくポルトスに尋ねた。
「手紙を出したAって…誰だ?」
「ダルタニアン(d’ Artagnan)さ。」
 ポルトスはニコニコしたまま、朗らかな声で答える。
 暫くの沈黙があった。アトスとアラミスは顔を見合わせると、同時にポルトスに向き直り、異口同音に尋ねた。
 「Pって誰だ?」

 → 10.夜明け前

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