10.夜明け前

The Three Musketeers  三銃士  Pastiche  パスティーシュ


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 「プランシェ!」
ダルタニアンは垣根の内側から、自分の従者に向かって呼びかけた。
「旦那様!」
 目指す村には到着したものの、どこへ行けば良いのか皆目検討のつかなかったプランシェは、馬から飛び降りるとダルタニアンの方に走ってきた。
 「良かった、旦那様に会えて。宿営地に来いとおっしゃっても、手前に分かっていたのはこの村だってだけでして…あの、お加減はいかがです?」
「そっちは最初から大丈夫だよ。それよりもプランシェ、夜分で悪いけど、ひと働きだ。」
 ダルタニアンは生け垣をひょいと飛び越えた。
 結局、村の医者が帰ってきたのは日が暮れてからだった。怪我人の手当てが終わった頃にはとっぷりと日が暮れており、一番大きな農家に投宿することになったのである。
 ダルタニアンはプランシェに合図をすると、農家の裏手に回った。
 既に夜中を過ぎて、夜明けが近い。遠くで梟の鳴く声がする以外は、全くの静寂だった。そして農家から僅かに漏れる光以外は、これまた闇である。ダルタニアンはプランシェを鍛冶小屋に引き入れ、ランプに小さな光を点した。
 「さてと。プランシェ、あれが見えるか?」
 ダルタニアンは扉を細く開けると、農家の裏口を指し示した。そこには、ダルタニアンと怪我人一行が引いてきた荷馬車が止めてある。荷台に載っているのは、マスケット銃4丁入りの箱と、銃の付属品である。荷馬車の足元には、犬が一匹寝そべっており、さらにその側には椅子があって、男が座っていた。
「ムスクトンですね。」
「プランシェ、お前はなかなか目が良いな。いかにも、ムスクトンだよ。あれで意外と、仕事熱心でね。盗まれたりするといけないから、今夜はあそこで寝ると言うんだ。」
「感心ですね。」
「でも、ちょっと困る。」
「どうしてですか?」
「僕はあの荷物を盗みたいからさ。」
「はぁ…」
プランシェは別段驚くでもない。
「それで、手前はどうすればよろしいんで?」
「逃げろ。」
「はぁ…」
「いいか?お前はまず馬に乗って、ムスクトンが寝ている所から少し離れた所で待ってろ。ランプに灯を点して、鞍に結び付けておけ。僕があの荷台にそおっと近付いて、箱を盗む。きっとあの犬が気付いて吠えるだろう。すぐにムスクトンが目を覚ます筈だ。そうしたら、プランシェは全速力で逃げろ。」
「どこへですか?」
「どこへでもいいよ。」
「ランプの光は消した方が良くありませんか?」
「お前は囮なんだから、点いている方が良いんだよ。」
「はぁ…」
「よし、行くぞ。作戦開始だ。」
 ダルタニアンは帽子を被り直すと、ランプをプランシェに手渡した。
「あの、旦那さま。一つよろしいですか?」
「なに。」
「あの手紙、どうしてポルトス様経由だったのですか?」
「手紙だって?」
ダルタニアンは、従者の口から手紙という言葉が出たので、ぎょっとしながら聞き返した。プランシェは肩をすくめた。
「『当方宿営地に来られたし』って言う、旦那様から手前への手紙ですよ。さっき、ポルトス様が下宿に来て届けて下さったのですが。急いで来て欲しかったのなら、何もわざわざポルトス様を経由しなくても良かったのではありませんか?まあ、ポルトス様が良い馬を都合して下さったので、こうやって馳せ参じましたがね。」
「どうしてポルトスが出てくるんだ?僕は使い走りにお前へ直接届けるよう、頼んだはずだ。」
「でもポルトスさまが、『プランシェへの手紙だから』とおっしゃって…」
「封は?」
「開いてましたよ。」
 ダルタニアンはちょっと天井に視線を回らせて考えたが、すぐにそれは諦めて、プランシェの肩を叩いた。
「まぁいいや。途中でどういう経緯があったかは知らないけど、とにかくお前はこうして来たんだから。さて、夜が明けない内に作戦実行だ。行くぞ。」
 ダルタニアンはプランシェを促して、闇夜の中に走り出した。

 作戦は、ダルタニアンの構想通りにまずは進行した。即ち、プランシェが馬に乗ってムスクトンから少し離れた所に位置を取ると、ダルタニアンがそっと荷台に近付いた。ムスクトンは椅子に座って腕を組んだまま、眠っている。ダルタニアンがいよいよ荷台に近付き、一つの箱に手を掛けた…しかし、意外にも犬が吠えない。この呑気な犬は、甚だ番犬に不向きと見えて、ぐうぐう鼾をかきながら眠っているのだ。
 仕方がないので、ダルタニアンは箱を抱えたまま姿勢を低くして、そっと片足を上げると、思いっきり犬の尻尾を踏みつけた。当然、犬は物凄い声を上げて飛び上がる。ムスクトンもびくっとして目を覚ました。すかさず、ダルタニアンが叫んだ。
「泥棒だ!」
 ムスクトンは立ち上がるなり、ランプを点した馬が駆け出すのを認め、すぐに走り出した。ムスクトンは機敏にも厩へに駆け込み、物凄い勢いでプランシェを追って駆け出していった。ダルタニアンは闇夜に紛れて、箱を抱えて鍛冶小屋へ身を隠した。
 農家の母屋からも、怪我人や農夫たちが何事かと出てきて、わぁわぁと言い合っている。彼らはそのうち、母屋に戻ったり、数人がムスクトンの後を追ったりして、辺りは程なく元の静寂に戻った。

 鍛冶小屋のダルタニアンは静かになったのを確認すると、ランプの灯を点し、辺りをもう一度見回した。そして周囲が再び寝静まったと判断すると、失敬して来た箱を観察した。
決して軽い箱ではなかった。蓋は釘で固定されているが、封蝋とリボンはない。つまり、マスケット銃とは別工程で梱包された箱だという事だ。ダルタニアンは作業場から釘抜きを探し出すと、蓋を固定している釘を一本ずつ抜いていった。
 作業はすぐに終わった。蓋を持ち上げると、箱の中には小さな丸い物体がぎっしりと詰まっている。ダルタニアンはその中の一つを摘み上げると、ランプの光に向けた。
「けっこう球に近いな…」
 彼は誰にともなく呟いた。それは、マスケット銃用の弾丸だった。
 ダルタニアンはその一つをまた箱に戻すと、手袋を外して箱の中に手を突っ込んだ。すこし弾丸をかき回すと、すぐに目指す物の感触が手に伝わった。
(やっぱり。)
 ダルタニアンは静かに微笑んだ。彼はゆっくりと弾丸の山から手を抜いた。その手にあるのは、小さく折りたたまれ、封蝋できちんと封をされた上質の紙だった。
 ― アラミスと、その協力者ダルタニアンが捜し求めていたものが、まさにそれだった。
 ダルタニアンは、小さくため息をついた。そしてその手紙を懐にしまおうとした。入れ替わりに、懐の中でくしゃくしゃになっていた、紙片を取り出した。エサール侯から渡された覚書だった。ダルタニアンをそれをそっと開くと、長い間紙面をながめていた。そして、小さな声で呟いた。
 「アルフレド式マスケット銃120丁,黒色火薬2樽,鉛弾丸800…」


 
→ 11.ダルタニアンとアラミスの昼食
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