8.深夜の包囲網

The Three Musketeers  三銃士  Pastiche  パスティーシュ


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 アラミスは軽く両手を上げ、またゆっくりと口を開いた。
「剣を納めろよ、アトス。」
「納めるかどうかは、お前の答え次第だ。」
「質問は?」
「簡単さ。アラミス、お前の目的は何だ。」
 アラミスは黙ったまま唇を噛み、アトスを見やった。アトスは静かに続けた。
「俺達の任務は、購入した銃の輸送警護だ。真夜中に荷物に近付き、密かに封印を破って箱を開ける男を見逃すほど、俺は馬鹿じゃない。」
 アトスはにこりともしない。アラミスは、今ここでどう答えるべきか、全速力で考えた。
 ―が。不意に、階上から声が振ってきた。
「手紙ですよ。」
 アトスとアラミスは階上に顔を上げた。声の主は、静かに降りてきた。左手にランプ、右手に短銃を持っている。
「コンラード…」
二人の銃士は同時に声を発した。
 正に、それはコンラードだった。彼の持っている短銃は、明らかにアトスとアラミスに向けられている。アトスは剣の先をコンラードの方向に転換した。
「コンラード、やけに物知り顔だな。」
アトスの問いには答えずに、コンラードはランプをテーブルに置き、短銃のバネを巻き上げた。
 「お二人とも、状況はお分かりですね。手紙をお渡しください。」
アラミスは剣の柄に手をやったが、抜く前に階上からわらわらと降りてきた8人の輸送隊員達に囲まれていた。彼らは全員、手に手に剣や短銃を携えている。
「妙な事になったな。」
アトスはアラミスと背中合せに立ち位置をずらせながら呟いた。
「アラミス、これもお前が仕組んだのか?」
「そうだと思うか?」
「いいや。」
二人の背中が触れ合おうとした時、8人の輸送隊員は包囲網を狭め、コンラードが一歩前に出た。
 「ご心配なく。マスケット銃は無事に引き渡します。私の望みは、クリアカン伯爵夫人からの手紙を引き渡して頂く事ですから。」
「なんだと?」
聞き返したのはアトスで、アラミスはゆっくりと剣を抜きながら押し黙った。
「とぼけられても無駄ですよ、アトス殿、アラミス殿。あのマスケット銃の荷物の中に、密書が隠されているであろう事は分かっているのです。」
「お前、一体何者だ。枢機卿の犬か?」
アラミスは頬を染め、声が振るえるのを抑えながら聞き返した。
「犬というのはいささか人聞きが悪いですな。まあいいです。」
コンラードはポルトスに見せた人懐こさの片鱗を覗かせながら、それでも静かに続けた。
「私は、マスケット銃製造元直属の輸送隊長です。ただ、ついでにフランスとスペインのお役に立つ役目も仰せつかっている訳でして。」
「やはり枢機卿の犬だ。」
アトスが不機嫌そうに呟くと、コンラードは肩をすくめた。
 「まあ、どうお呼びになるかは置いておきましょう。とにかく、私は箱に紛れ込ませて届けられようとしている手紙を、回収する任務を帯びています。お二人とも、状況がお分かりなら、すぐに渡して下さい。」
「コンラード、お前の言っている事はよく分からんな。」
 アラミスがジリジリとアトスの背中を滑り、横に立つと剣の切っ先をコンラードの銃の前に上げた。とにかく、時間を稼がねばならない。外で楽しく夜食の宴を開いているバザンと小隊員たちが、室内のこの異変に気付くまで ―
 「お前があの荷物に手紙が隠されているのを知っていたのなら…」
「手紙の存在を認めましたね。」
「うるさい。知っていたのなら、なぜエルドに到着する前に箱を片っ端から開けなかったんだ。8人も物騒な手下を引き連れておいて、出来なかった筈がないだろう。」
 アラミスは、銃士二人を包囲した8人の輸送隊員に視線をやりながら言った。するとコンラードは、相変わらず落ち着いて答える。
「私も手紙の存在を知ったのは昨日でした。エルドに到着する直前、私の部下の8人が、スペインから馬を飛ばして追いついてきまして、手紙の存在を知らせたのです。しかしどの箱に入っているのかは不明でした。そこで、とりあえず輸送隊員をこの8人と入れ替え、エルドに入りました。」
「道理でエルドへの到着が遅かった訳だ。」
「しかし、エルドではあなた方の目がありますからね。こちらから箱を開けるのではなく、手紙を受け取る側が行動を起こすのを待っていたのです。」
「そうしたら、見事に引っかかった訳だ。」
最後の言葉は、アトスが苦々しく言った。すると唇を噛んでいたアラミスが、口を開いた。
「悪いがコンラード、私達をこうやって包囲したって無駄骨だぞ。」
「そういう意味です?」
「手紙なんて存在しないからさ。」
アトスはちらりとアラミスの顔を見やった。コンラードが眉を顰める。
「アラミス殿…黙って手紙を渡して下されば、当方も事を穏便に済ますつもりだったのです。無駄な抵抗はお止しになる事です。いくら高名な三銃士とあろうとも、この状況は困難でしょう。それに、援軍が一人来る事も、こっちは承知の上です。」
「援軍?」
 聞き返したのは、アトスもアラミスも同時だった。コンラードが少し笑いを含んだ声で続けた。
「ええ、ポルトス殿ですよ。パリに使いを出されましたでしょう?残念ですが、使いの男はカシクールを少し出た街道で、私の手の者が捕らえました。手紙だけ没収して放しましたがね。手紙を見ると、AからPへ ― アトス殿,アラミス殿どちらかから、ポルトス殿あてに、今夜ここに来いと書いてある。」
「それで?」
今度も二人の銃士は同時に聞き返してしまった。コンラードは肩をすくめた。
「封蝋を着け直して、お望み通りポルトス殿にお届けしました。」
 コンラードが言い終わらない内に、アトスとアラミスは異口同音に低い声で叫んでいた。
「お前、何をした?!」
 「どちらのした事にせよ、もう手遅れですよ。でしょう?ポルトス殿。」
 コンラードは、旅籠の入り口に向かって呼びかけた。輸送隊員―つまり、コンラードの部下の内、短銃を構えた一人がドアを開けると、夜の闇の中から男が一人、入ってきた。
 いつも通り、一分の隙もなくめかし込んだポルトスだった。
 「そうかもね。やあ、コンラード。ご招待ありがとう。中々巧妙になすったもんだ。」
 短銃の銃口は油断なくポルトスに向けられている。ポルトス軽く両手を挙げながら、ゆっくりと室内に進んできた。そしてアトス,アラミスに並ぶと、コンラードに微笑みかけた。
「しかしコンラード、なぜ俺までおびき寄せた?3人よりは2人の方が相手としては楽だろう。」
「それはそうですが。あなたの行動を不明のままにするより、確実に追い詰めておいた方が安全ですから。ポルトス殿はとぼけているようで、中々油断がならない。夕べお会いした時から、ずっと警戒していました。」
「なるほど。誉めてもらっているらしい。」
 「さあ、お話は以上です。お三方とも、状況はお分かりですね?今すぐ、クリアカン伯爵夫人からの手紙をお渡し下さい。」
コンラードは笑いもせずに言いながら、短銃の安全装置を外した。
「どうやら、俺の知らない所で、妙な策謀に巻き込まれたらしいな。」
 アトスが傍らのアラミスとポルトスに、憮然としながら低い声で言うと、アラミスが早口で言い返した。
「それはこっちの台詞だ。お前がポルトスを呼び寄せたなんて…!」
アラミスは完全に混乱していた。彼は続けざまにポルトスに振り返って、小声言った。
「第一ポルトス、お前は話が分かっていてここに来たのか?」
「いいやぁ。」
ポルトスは間延びした声で答えた。
 「俺は何も知らないよ。ただ何となく、アラミスがダルタニアンと何かを企んでいるとは、思ったけどね。はっきりしているのは、AからPへの手紙は一旦コンラードの手に落ちたものの、再度封をして俺に届けられたってことだ。その結果、俺達三人は見事に囲まれちまった訳だが…」
「ご立派な報告だ。」
アトスは相変わらず低い声で言いながら、もう一度アラミスの背に回り、剣を構え直した。
「伯爵夫人の手紙とやらはさておき、この連中と切り合って死ぬのも悪くないな。」
「強情ですね。手紙は渡さず、3人対8人でやりあうと、おっしゃいますか。この短銃は確かに、性能としては信じられないくらいお粗末ですが、至近距離で撃たれれば内臓が吹き飛びますよ。」
 コンラードが言っている間も、三銃士を包囲した男達は、ジリジリと迫ってくる。アラミスは奥歯をかみ締めた。
 ポルトスは剣を抜きもせずに、相変わらずのんびりと口を開いた。
「ねぇ、コンラード。俺達三人をやっつけた所で、あんたの欲しい物が手に入るのかい?」
コンラードはもう、笑いはしなかった。
「時間稼ぎの手には乗りませんよ。あの簡単な文面だけで、あなたがここに来る以上、あなた方の間では相談が出来ていた筈です。」
「なかなか鋭いね。」
 ポルトスは陽気に笑った。
 業を煮やしたアラミスが、何事か言おうと口を開いた。しかし、アトスが咄嗟にアラミスの手首を強く掴んで引き止めた。ポルトスは笑顔をそのままに、朗らかに続けた。
 「でも、外れだ。俺は何も知らないのだから。ナントカ伯爵夫人の手紙がどうこうって話は、俺もさっきそこのドアの外で、あんたの口から初めて聞いた。問題はアラミスさ。この可愛い策謀家さんの慌てようと見ると、本気で混乱しているらしい。AからPへの手紙なんて、まったく心当たりがないんだろう。」
「では、アトス殿が首謀者という事になります。アトス殿がポルトス殿を呼び寄せたのでしょう。」
「違うな。アトスは休暇の帰りに宿を取ったエルドで、偶然俺達に会っただけだ。」
 コンラードは、ポルトスの言っている意味が掴めずにいるようだった。実の所、アトスとアラミスも、ポルトスの言っている事がうまく飲み込めない。
 それが可笑しいのか、ポルトスは笑い出すのをこらえながら、急に大きな声で呼ばわった。
「いいですよ、トレヴィル殿。明かりを点けて下さい。」

 
→ 9.手紙に関する説明の要請
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