7.三銃士のそれぞれ

The Three Musketeers  三銃士  Pastiche  パスティーシュ


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 オルレアン公の第四連隊第一小隊の駐屯地から馬を飛ばしたポルトスは、夕方にはパリに到着していた。いかに荷物を引き連れた旅に時間がかかるか、実感した訳である。
 パリにつくとまず、プランシェをダルタニアンの下宿に帰らせた上で、トレヴィルの屋敷に直行した。しかし、隊長は不在だった。ルーヴルに出ているのだ。戻りは夜中になると言う。ポルトスは待つ事にした。銃士たちの詰め所で食事をとりつつ待っている内に、夜も更けてきた。
 主人が外出しているので、屋敷の中が静まり返る事はない。明かりが点って人が行き来しているし、第一銃士たちが酒を飲んでやいのやいのと、騒ぎ立てていた。
 さすがのポルトスも、長旅の疲れには勝てない。椅子に腰掛けたまま壁に寄りかかり、帽子を顔に下げてうとうとしていると、一人の銃士が彼を揺り起こした。
 「おいポルトス、起きろよ。ポルトス。」
「何だ。」
 ポルトスは少し帽子を傾げ、顔を上げた。時計が夜中の12時を指そうとしている。
 「お前に手紙だよ。」
「手紙?」
「さっき、使いが玄関に来たぞ。」
「知った顔かい?」
「いいや。そこらの使い走りだろう。玄関に駆け込んできて、ポルトス様にお渡し下さいだと。ポルトスはお前ひとりだろう。」
「そうだな。」
 ポルトスは体を起こし直すと、銃士の手から手紙を受け取った。銃士は手紙が読みやすい様に明かりを近づけてくれてから、その場を離れていった。女からの手紙とでも思って、気を利かせたのだろう。
 しかし、女からにしては愛想のない手紙だった。あまり上等とは言えない紙が何回か折りたたまれ、クリーム色の封蝋がしてあった。印章はなく、何か適当な物を押しつけただけのようだ。
 ポルトスは開ける前に蝋を少し観察してから、そっと封を開けた。

 Pへ
  パリに到着せしものと推察する。
  当方、いささか助けを要す。
  秘密裏に、すぐ当方宿営地までこられたし。
  夜道に注意。
          Aより

 簡単な文面だった。ポルトスは、何度か読み直した。
(もと来た道を、また戻るのか…)
 ポルトスは、うんざりせずには居られなかった。そして、もう一度封蝋を観察した。
 果たして、小さな封蝋の上下で、微妙に色の濃淡が違うという事は、あるのだろうか ―?

 アラミスが何か隠し事をしていることがアトスに察知されているにしろ、アラミスは行動しなければならなかった。ともあれアトスの方は、あらぬ量のワインを飲み、テーブルに突っ伏してぐうぐう寝てしまった。いつもならグリモーが主人をベッドまで引きずって行くのだが、彼はまだエルドの『カラスの寝床』で健気に働いている事だろう。
 アトスに早く寝てもらうために自分もかなり飲んだアラミスは、冷たい水を一杯所望すると、バザンを呼び寄せ、小声で命じた。
 「いいか、バザン。これからお前に言いつける事は、アトスには秘密だ。気をつけろよ。」
 バザンはアラミスの肩越しに、眠っているアトスを見やり、黙って頷いた。
「よし、ここを出よう。」
 アラミスはバザンを連れて、台所から裏口に出た。厩では馬が休んでおり、例によって7台の荷車が整然と並んでいた。夜の暗がりのなかで荷車の周りに数人の男が居るのが見える。
 「何人居るかな。」
アラミスが小声で言うと、バザンは存外簡単に答えた。
「5人です。小隊のみなさんだけですから。」
「コンラード達は?」
「休憩です。今、お部屋でお休みですよ。先ほどお食事を差し上げたら、そうおっしゃってました。あのコンラードさんってのは、中々の方ですよ。聖トマス・アクィナスの『神学大全』を、ミラノ本でお持ちだとか…」
「分かった、分かった…」
 アラミスがよく見てみると、確かに荷車の周りに居るのは、小隊の連中だ。アラミスはちらりと厩を見やり、すぐにバザンに耳打ちした。
「よし、バザン。台所から適当な夜食と、ワインを調達しろ。それから、あの小隊の連中に声をかけて、夜食を振る舞うんだ。銃士たちからの奢りだと言ってな。」
「はぁ…」
「ここが重要だ。連中を、あの荷車の列の…一番奥に集めるんだ。いいか、反対にあの厩に近い荷車の側には、来させるな。」
「あの…それで、旦那様はどうなさるんです?」
「一番厩に近いあの荷台にある箱を開ける。」
「何ですって?!」
 飛び上がったバザンの口を手で押さえて、アラミスは声を潜めながら叱った。
「大声を出すな。いいか、私にとっては大事な仕事なんだ。泥棒をする訳ではないから、安心しろ。」
「でも、でも、アトス様にも内緒で…」
 バザンがオロオロするので、アラミスは従者の肩に手を置いてなだめるように言った。
「バザン、さる高貴な方をお助けする為だ。」
バザンは、急に物が分かった様黙り込むと、憮然として主人をみやった。アラミスが、アトスやポルトスに内緒で「さる高貴な方の為」と言ったら、恋人の為に決まっている。
「旦那様、あのですねぇ。」
「ごちゃごちゃ言うな。黙ってやれ。…ああ…わかったよ。」
 アラミスは観念したように肩をすくめた。
「お前にいいものをやる。聖ヒエロニムスのルーアン注釈本だ。」
「そんな物、ありましたっけ?」
「あるんだ。多分。」
 アラミスは適当に言うと、バザンの背中を台所に押しやった。バザンはそもそも主人に忠実な男なので、従わない訳には行かない。彼は台所に居た旅籠の女将に何やら交渉して、夜食とワインを調達し始めた。

 アラミスは明かりを持って裏口から外に出ると、そっと厩に忍び込んだ。馬を驚かせない様に注意しながら入ると、蹄鉄打ちの道具を探った。予想通り、釘抜きが見つかった。アラミスは、それが自分の役に立ちそうな道具である事を確かめると、厩を出て、荷物の列を窺った。コンラード達と交代で警護に当る事にしたのだろう。オルレアン公の第四連隊第一小隊の5人は、眠気と闘いながら、荷馬車の間に立っていた。アラミスの目指す荷馬車は、厩の目の前だ。
 そこへ、明かりと大きなバスケットをかかえたバザンがやって来た。彼は何事か小隊長と話している。やがて、安堵の声と共に、5人は列の一番奥に歩いて行き、車座になって夜食とワインを楽しみ始めたらしい。どうやらバザンが話し相手になっているようで、楽しい夜食の宴となった。
 アラミスは明かりを細くすると、そっと厩を抜け出した。
 ダルタニアンと二人で目星をつけた荷台が、一番端に置かれた事は幸運だった。アラミスは目指す荷台の後ろに近付くと、少しだけ明かりを大きくした。小隊員達は遠くで楽しく食事をしており、アラミスには気付かない。三つの箱のうち、上の一箱に手で力を掛けると、思った通り少し動いた。これが4本しか入っていない箱に違いない。
 アラミスは灯かりを地面に置き、注意深く箱をずらした。少しずつ、少しずつ動かして手前に引く。決して暖かい夜ではなかったが、音を立てないように作業するだけでも、アラミスの額には汗が滲み出た。やっと肩に担げる位まで引き出すと、小隊員達がどっと笑いだすのと同時に、一気に引き出して、出来るだけ音を立てない様に地面に置いた。すぐに振り返り、夜食の輪の方をみやったが、別に気付かれる様子もなく、談笑する声が聞こえる。
 アラミスは手袋を外すと、ナイフを取り出した。ランプの傘を外して炎を露出させ、刃を熱する。かなり刃が熱くなった所で、箱の大きな封蝋に手を掛けると、上面の紋章を傷付けないよう、注意深く側面にナイフを入れた。蝋の焼ける臭いがする。アラミスは臭いで気付かれないかとヒヤヒヤしたが、振り向いている余裕はない。平べったい封蝋を側面から溶かしながら焼き切ると、上手い具合に、蓋と箱本体をつないでいたリボンが、綺麗に外れた。まずは、封蝋破りに成功したのだ。
 アラミスは一旦大きく息をつくと、注意深くナイフ,そして縦に二つになった封蝋を並べて地面に置いた。次に、彼は厩から失敬してきた釘抜きを手に取った。
 箱は、12個所で釘打ちされている。慎重に外そうとすると、すんなりと釘は抜けた。封蝋を外すよりは簡単な作業だが、あまり釘が曲がらない様に、注意深く一本一本抜いて行った。
 最後の釘を抜くと、アラミスは釘抜きを置き、注意深く蓋を開けた。灯かりを持ち、箱の中を覗き込むと ―ダルタニアンと、アラミスが予想した通り、8丁分の溝には、4丁だけが収まっていた。アラミスは、慎重にマスケット銃を取り出し始めた…

 旅籠の女将も自室に引き上げたらしく、深夜の台所は暗く静まり返っている。アラミスは裏口のドアをそっと開き、静かに中に入った。
 アラミスが食堂へ数歩進んだ時、突然前方でランプに灯かりが点り、剣の切っ先が眼前に迫っていた。
 「よし、動くな。」
 低い声が言った。ランプの弱い光に照らし出され、食堂には剣を抜いた男が立っていた。
「アトス ―」
アラミスは、声が上ずるのを抑えながら慎重に言った。
「待てよ、アトス。」
「下手に動いたら顔に傷がつくぞ。」
「お前、酔っているだろう。」
「俺はいつだって酔っているさ。」
 そのくせアトスの突きつけた剣の切っ先は、アラミスの鼻の寸前でピクリともしない。アトスは青白い顔を不機嫌そうに引き締め、静かな目でアラミスを見詰めていた。


 →8.深夜の包囲網


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