6.医者の居る村 ― カシクール

The Three Musketeers  三銃士  Pastiche  パスティーシュ


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 そもそも。どうしてポルトスは、藪に潜んだ敵の奇襲を予測し得たのか。
 後になって彼が説明した所によると、こうである。
 ポルトスはエルドを立ってからずっと、街道沿いに続く森の上空に、やたらとカラスが飛び交っているのが気になっていた。それで思い出したのが、『カラスの寝床』の由来である。200年前のイングランドとの戦争の時、エルドに飛来した大量のカラスは、この森から来たに違いない。イングランドの軍隊が駐屯したと言う事は、兵士の食事のおこぼれを貰おうとする、カラスが集まったと言う事ではないだろうか。本当にそのせいでヘンリー五世がエルドから去ったかどうかは、ともかくとして…。
 では今、森にたむろしているカラスは?一昨晩にアトスと賭けをした団体客とは?彼らは森の中に野宿をしてカラスを喜ばせ、輸送隊をつけてきたのだ。ポルトスが、駐屯地脇の薮の中に、敵が潜んでいると予知するのは、そう難しい事ではなかった。

 爆発の白煙が晴れてから最も大変だったのは、大パニックを起こした馬を鎮める事だった。コンラードをはじめとする輸送隊員は、そもそも馬を押さえる為に荷馬車にはりついていたので、爆発による影響は受けず、無傷だった。しかし馬は大混乱である。彼らは馬を落ち着かせるのに、かなり骨を折った。
 襲い掛かってきた敵の多くは、銃士達や小隊士に切り倒されて這いつくばっており、残党は煙が晴れる頃には逃げ去っていた。
 オルレアン公の第四連隊第一小隊の10名は、半数は乱闘と爆発で負傷していたが、死んだものはなかった。
 銃士の従者達は、大方無事だったが、ムスクトンだけは吹き飛んできた樽の破片で額を切って、大袈裟に流血した。しかし、当人はいたって元気で(かえってバザンが卒倒しそうになった)、さっさと自分で止血した。

 さて、ダルタニアン。
 倒れている彼の姿を見るや、三銃士は同時に名前を呼びかけたが、ピクリともしない。急いで側に駆け付け、抱き起こしてみると、ポルトスが即座に脳震盪と診断を下した。おかげで、アトスは要らぬ狼狽をせずに済んだし、アラミスも胸をなで下ろした。軽くダルタニアンの頬を叩くと、すんなり目を開き、三銃士の顔を見回し、体を起こした。
 まず、アトスが立ち上がろうとするダルタニアンの肩を押さえて、尋ねた。
 「大丈夫か?気分は?」
「脳みそが痛い。」
 アトスの強ばった表情がやっと和らぎ、アラミスとポルトスは顔を見合わせて安堵の笑顔を浮かべた。

 輸送計画は、変更を迫られた。まず、怪我人を近くの村に移す事にした。ダルタニアンは外傷はないのだから大丈夫だと抵抗したが、アトスが念のために医者に見せろと言ってきかないので、このグループに入れられた。ムスクトンも元気だが、一応怪我人なので加わり、更に小隊の5人の怪我人が、近くの村に向かった。小隊長によると、外科医が居るとの事である。街道を行き交う旅人や軍人を相手にしているのだろう。
 一方、パリへの急使も必要だった。この役目はポルトスが負い、プランシェがついて行く。従者を交換した事になる。二人は即座に出発し、馬を飛ばしてパリに向かった。
 荷馬車は多少壊れたものもあったが、修理可能な範囲だった。コンラード以下8名の輸送隊は、荷馬車を引き、無傷の5人の小隊員,そしてアトス,アラミス,バザンを警護に、パリへの旅を続けようとした。
 しかし、ここで問題が起った。ダルタニアンとムスクトンは馬に乗れるし、怪我人の小隊員の内3人は歩けるが、二人は足をやられていて歩けない。そこで、荷馬車の一つを医者の居る村行きにした。これには、マスケット銃の付属品と、夕べ開いた4丁入りの箱が載っていた。パリ市内では、夜間に大量の ―1ダース以上の火器を移動する事は、保安上禁止されている(もちろん、超法規的例外はあるのだが)。怪我人を運ぶ荷馬車は当然、予定通りにはパリに到着できない。もし夜間に到着したとしても、この荷台に乗っている火器は4丁だけなので、お咎めなしという訳である。
 やっと再出発の準備が終わろうとする頃、ダルタニアンとアラミスは、同じ結論に達していた。つまり、目指す箱を特定したのである。
 ダルタニアンがアラミスの耳元で何か言おうとすると、
「私にも分かったよ。あれだ。」
と、アラミスは真っ直ぐパリへ向かう本隊を構成する7台の内、1台の荷馬車に視線を固定していた。
 箱を川に投げ込むまでもない。簡単な事だった。二人が目をつけたその1台の荷馬車にだけは、大きな銃の箱が3つ載っていたのだ。マスケット銃が8丁ずつ入った、15個の箱を7台に積むには、どうしても1台だけには3箱を積まなければならないのだ。大きさは同じだが、中身が軽い箱が一つあれば、3個載せる荷台に積むのが当たり前だ。
 アラミスは、ダルタニアンの耳元で囁いた。
 「ダルタニアン、君の言う通り、どうにかなりそうだ。今夜の宿営地で、なんとかしてあの荷馬車の箱を開けてみるよ。3箱の内、一つだけ軽い箱だ。」
 力強く言ったアラミスに、ダルタニアンは微笑みながら指で十字を切って見せた。アラミスも同じ事をして、二人は別々の方向へ ―ダルタニアンは荷馬車1台と怪我人を率いて医者の居る村へ、アラミスはアトスと共に、7台の荷馬車の隊列を警護しながらパリへと、出発した。

 ダルタニアンが医者の居る村に到着してみると、医者が居なかった。

 村民の話によると、隣の村へ往診に出掛けてしまったと言うのである。帰りは夜になる。 ダルタニアンとしては、さっさと用を済ませて、アラミスやアトスの本体に合流したいのだが、上手く行きそうにない。自分だけ抜ける事も可能だが、「医者に見せろ」と真顔で言ったアトスに申し訳ない気がして、気が引けた。
 仕方がないので、一番大きな農家で待たせてもらう事にした。幸いな事に、ムスクトンは出血の割りに傷が浅く、全く元気だったので、農家のおかみさんと交渉して食事や休憩場所の準備を始めた。負傷している小隊員たちも、別段深刻な状況ではないので、まずは傷口を洗浄したりして待つ事にした。
 駐屯地が新教徒たちに襲われたと聴いて、農家の親父が出てきた。
 「大変でしたね、旦那。連中は村を襲ったりしない分、泥棒よりはましなのですがね。しかしラ・ロシェルの状況が悪くなれば、どうなるか。」
「村を襲うとしたら、食料が目的になるだろうからね。僕等は武器を狙われたんだ。」
ダルタニアンが農家の大きな楡の木の下に腰掛け、帽子で風を入れながら言うと、親父が頷いた。
 「まったくですよ。連中、武器ぐらい自分で作れば良いのに。」
「作る?」
「ええ、銃くらいだったら簡単ですよ。鋼を良く鍛えなきゃならない剣よりもね。」
「本当に?最新式のマスケット銃でも?」
ダルタニアンが興味津々で聴き返すので、親父は誇らしげに笑った。
 「一つ、そのモデルになる銃があれば、どうにかなりますよ。銃なんて、意外と構造は簡単ですからね。分解して仕組みが分かれば、鋳型を作って複製するのは大して難しくありません。勿論、鉄材を仕入れる資金が必要ですがね。金さえあれば、うちだって作れますよ。」
と、親父は農家の敷地の端にある、鍛冶小屋を指差した。
 「うちでは、村で使う農具は自分で作るんですけどね。あそこ程度の設備でも銃は作れてしまいますよ。実際、たまにお上から注文が来るんですから。幸い、この村の鍛冶屋の腕が良くてね。」
「驚いたな。」
 ダルタニアンはそう言ったが、内心は納得だった。確かに、銃と言うのは構造そのものは単純だ。そして作りもいい加減な物が多く、暴発だの故障だのは日常茶飯事。その程度の物は農村の鍛冶屋にも作れるのだろう。今回、スペインから購入した最新式も、すぐに研究され尽くして複製が出来るに違いない。
 「銃が戦場に溢れかえるんだから、剣術は無用になるのかなぁ。」
ダルタニアンが肩をすくめながらいうと、親父が首をかしげた。
「確かに、銃そのもの量産は出来ますがね。命中度は…。」
「うん、お粗末なもんだね。」
「そうなると、問題なのは銃じゃなくて、弾ですよ。弾が不足するんだそうです。そりゃうちの鍛冶屋だって、適当な弾は作れますがね、良いものはなかなか…」
 帽子で風を送っていたダルタニアンの手が止まった。
 (そうか…)
 彼は、今朝のアトスの言葉を思い出した。
 銃そのものの性能はともかくとして、命中率という点で、弾の役割が占める割合の高さは、ダルタニアンも知っていた。完全な球体ほど命中率が良いと言うのは、簡単な理屈だ。銃の引き金を引いた時に、いびつな形の弾ほど、銃身内での振動が強い。それは銃を持つ手の感触で分かった。銃口から出た時には既に照準からはずれて、ものの見事に明後日の方向に飛んで行くのだ。しかし、完全な球に近い弾を作るという技術は、今の所ない。より近づけようとすると、酷く値の張る弾になる。 
 だから、戦場ではよく「弾拾い」の光景が見られた。近辺の農民の子などが拾っては、軍に売り付けに来るのである。銃よりも弾の方が大量消費される。性能の良い弾を作るには時間と金がかかるので、粗悪な弾が作られる、そして当らない ―悪循環だった。
 (アトスが言いたかったのは、その事かもしれない。)
 ダルタニアンは、ムスクトンが食事の用意が出来たと呼びかけるのを聞きながら、そんなことを思った。

 襲撃を受けたという恐怖は、輸送隊の足を自然と速めていた。この日の宿営地はもうパリに随分近い、カシクールという町である。翌日の日中にパリに入るに丁度良い場所なので、選ばれたらしい。この日のカシクール入りは、駐屯地での出来事で大幅に遅れるかと思われたが、夕方には無事に到着した。
 前もって手配されていた通り、一番大きな旅籠に入った輸送隊は、さすがに緊張と足の速い旅でヘトヘトだった。とくに荷を引く馬の疲労が激しく、もうあと一歩も歩けないといった風情だった。輸送隊員たちは、夕べと同じように馬から轅を外すと、荷物を整列させてカバーをかける。そうしている間も、アラミスは目指す3箱が載った荷馬車から目を離さなかった。
 「そんなに緊張しなくても大丈夫だろう、アラミス。」
 アトスが、埃を払いながら近付いてくると、アラミスの肩を掴んで食堂へと歩き始めた。
「あれだけ派手にやったんだ。連中がもう一回襲ってくるって事はないだろうし、この町はパリに近すぎる。それにコンラード達も、第1小隊の連中も居るから、今夜はゆっくり飲んで、ゆっくり休もう。」
 当たり前だが、アトスはアラミスの心配の種を知らない。
 アラミスが目指す箱を開けるには、三つの障害が立ちはだかっていた。まずコンラード以下8名の輸送隊員。次にオルレアン公の第四連隊第一小隊の5人。そしてアトスである。どうにかして彼らの目を盗み、今夜中に箱の中の手紙を回収しなければならない。大きな封蝋を破り、釘抜きで箱を開け、また蓋を元に戻して蝋を付け直すのだから、大仕事だ。しかも、今夜じゅうに決行せねば、あすはもうパリに入って手が出せなくなる。

 アラミスの心配をよそに、アトスはさっさと食堂に入ると、テーブルに陣取ってワインを取り寄せて注ぎ始めた。自分の主人とアトス、二人分の荷物を担いで、エッチラオッチラ階段を上って行くバザンを見ながら、アラミスはやはり、助けが必要だなどと考えている。
 「なぁ、アラミス。」
 アトスの声が急に近くで聞こえたので、気がついてみると、テーブルの向かい側から身を乗り出したアトスが、アラミスの鼻先に顔を近づけて睨んでいた。
「なに?」
 思わずアラミスが身を反らして聞き返すと、アトスはドスンと席に戻ってワインを口に運んだ。
「お前、体の調子でも悪いのか?」
「いや、全然。」
「そうか。」
 アトスはやや冷めた視線をアラミスに固定したまま、ワインを喉に流し込み続けている。アラミスは俯いてワインに手をつけたが、ひどく不味かった。そのまま二人は黙りこくってしまい、沈黙の中で次々とワインを空けていった。
 アラミスは、この時ほどポルトスに居て欲しいと思った事はなかった。

 そうして、夜が更けていった。


  7.三銃士のそれぞれ
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