5.オルレアン公の第四連隊第一小隊駐屯地

The Three Musketeers  三銃士  Pastiche  パスティーシュ


  新型マスケット銃お買い上げ
  

 翌朝になると、空はきれいに晴れ上がり、大荷物とのゆったりとした旅には悪くない日和だった。
 ダルタニアンは身支度を終えると、朝食の前にアトスの部屋を訪れた。ノックをしても反応がないのでドアを開けてみると、ベッドの上にアトスの姿がない。ダルタニアンが部屋の奥に回り込んでみると、案の定ベッドと壁の間にアトスがぎゅうぎゅうにはまりこんでいた。
 「アトス、アトス起きろよ。骨が曲がるよ。」
 ダルタニアンが足を ― 肩までは手が届かないのだ ―揺すぶると、アトスはぼんやりと目を開け、首を捻じ曲げてダルタニアンを見ようとしたが、無様にも頭を壁にぶつけた。
 「大丈夫?」
 噴き出すのを必死にこらえながら尋ねたダルタニアンをよそに、アトスは黙ってごそごそとベッドに這い上がった。そしてまた横になってしまいそうになったが、足元に立っている若者に気付き、座り直した。
 「おはよう、アトス。気分はどうだい?」
「前の晩に大酒を飲んだような気分。」
「そりゃ気分じゃなくて事実だよ。」
 アトスは暫らくダルタニアンを眺めていたが、やがて少し眉をひそめて尋ねた。
「ダルタニアン、君はどうしてここに居るんだ?俺の記憶では、ここはエルドという町のはずだが。」
 ダルタニアンは銃士隊と護衛隊が共同でスペインから新式マスケット銃を購入した事,自分とポルトス,アラミスがパリまでの輸送警護に派遣されたこと,従ってここに二人も来ている事,ここが輸送隊との待ち合わせ場所である事,報酬は160ピストールである事など、全てを ― 勿論、アラミスとの秘密を除いて ― 説明した。アトスは黙って聞いていたが、途中でベッド脇の窓を開けて下を覗き込んだ。外は裏庭になっており、輸送要員が出発の準備をしていた。
 「なるほど。」
「僕らは早速パリに向けて出発するけど、アトスはどうする?」
「俺もパリに戻る所だ。」
「じゃあ、一緒に帰ろう。もっとも、せっかくの大金も、グリモーを買い戻すので目減りするけど。」
「グリモーが何だって?」
 アトスが相変わらず窓の外を覗き込んだまま、聞き返した。
「嫌だな、アトス。忘れたのか?君が賭けに負けて、借金のカタにしたんじゃないか。」
「覚えていない。」
「ひどいなあ。」
 ダルタニアンは呆れたが、いかにもアトスらしいとも思った。アトスは窓から離れると、またベッドにぼんやり座り、ゆっくり口を開いた。
 「ダルタニアン、あの荷物だがな。」
「ああ。随分大量だね。明日の日中にパリへ着かなきゃならない。」
「あの荷物の中で、どの箱が一番高価か、知っているかい?」
「一番高価な箱?銃が入っている同じ大きさの箱が15個あるから…」
「違うよ。箱一つ当たりの荷物の製造費が、一番かかっているのは…」
 アトスは言いかけて、言葉を忘れてしまったかのように急に黙った。そしてまた眉を顰めて、じっとダルタニアンを見ている。ダルタニアンはきょとんとして、アトスの顔を覗き込んだ。
 「大丈夫か、アトス。」
「脳みそが痛い。」

 残存アルコール性頭痛 ― 要するに二日酔いのアトスを警護に加え、輸送隊はエルドをパリに向けて出発した。哀れグリモーは『カラスの寝床』に残された。出発前、アトスは旅籠の主人に、
「あれは、少々乱暴に扱っても壊れません。」
などと言っていたので、やはり大分酒が残っている。
 道はパリに向かって大した起伏もなく続いていた。エルドを離れるとすぐに、街道の右手にこんもりとした森が続き、道はその森に沿っている。
 隊列の先頭は馬上のコンラードとポルトスで、二人は銃に関する話題で気が合うようだった。
 「マスケット銃の射程距離は、最近の技術革新で、格段にあがっています。」
コンラードが誇らしげに言った。
「射程距離は結構だが、命中率はどうだい?例えば…」
ポルトスが森の方向を指差した。カラスが群れを成して、森の上を飛びまわっている。
「例えば、あのカラスを確実に打ち落とせるだろうか。勿論、腕の確かな銃士が撃ったとして。」
「距離は十分ですよ。照準は…まあ、あれだけ沢山のカラスなら、一羽くらいあたりますよ。」
「弾がもったいないじゃないか!」

 「声のでかい奴だ。」
 アラミスが呆れながら呟いた。彼は、ダルタニアンと駒を並べて、隊列の中段を進んでいた。
 「あれじゃあ、ここに銃があると、宣伝しているようなものだ。」
「アラミス、思ったんだけど…」
 ダルタニアンは帽子を撥ね上げ、少し空を見上げながら言った。
「やっぱり、なにか『箱』を特定できる、ヒントがあるんじゃないかなあ。他の箱とは明らかに異なる点があると思うんだ。」
ダルタニアンは、さっきのアトスの言葉が気になっていた。
「生憎、私は『荷物を強奪し、箱の中に紛れている手紙を取り出すべし』としか…」
 アラミスは帽子を脱ぎ、風を金髪に入れながら首を振った。そうして、隊列を成している8台の荷馬車に詰まれた、大きな箱を眺めた。
「この大量の箱の中で、明らかに違ったのは、夕べ開けてみた4丁だけの小さな箱だろう?あの中にはなかった。あれ以外の箱はみんな同じに見えるし…」
「それだよ、アラミス!」
「どれ?」
ダルタニアンが急に晴れやかに声を上げたので、アラミスがびっくりして聞き返した。
「アラミス、今回のマスケット銃の購入数を知っているかい?」
「私は銃どころでは…たしか…10ダースだったかな。」
「そうだよ、10ダース,120丁だ。夕べ数えた時、マスケット銃の入った同じ大きさの箱が15個あっただろう?と言う事は、一箱には8丁入っている。」
「それで?」
「起きろよ、アラミス。夕べ開けた検査用の小さな箱は、4丁だけ入っていたんだぜ。つまり、この同じ大きさの15個の箱の中に、一箱だけ中身が8丁ではなく、4丁の箱があるはずだよ。」
「…7丁だけの箱が4箱かも知れない。」
「そんな不自然な詰め方をしたら、製造元の作業員も、到着した先の武器庫の職員も変に思うし、作業効率が悪いじゃないか。」
「確かにそうだ。」
 二人は暫し黙ると、同じ速度で整然と進む隊列を、改めて先頭から最後尾まで眺めた。しんがりには、アトスがゆったりとついてきており、従者達は適当に散らばっている。ポルトスは相変わらずコンラードと何事か話し込んでいる様子だ。
 「問題は…」
ダルタニアンが、馬をアラミスに寄せながら、少し声を落とした。
「どうやって、軽い箱を見分けるかだ。」
「川に落とす。」
「アラミス、自棄になっちゃいけない。」
 ダルタニアンとアラミスは暫らくお互いの顔を見詰めていたが、やがて大きく息をついた。また『新教徒か強盗に襲われれば』と、言いそうになったからである。
 「がっかりする事はないよ、アラミス。兎に角どうにかして、一つだけ軽い箱を見極めようよ。もうすぐ休憩地に到着だ。そこでどうにかなるよ。」
アラミスは、ダルタニアンの顔を見ている内に、何とかなりそうな気分になって、少し微笑みながら、
「そうだな。」
と、答えた。先頭のポルトスが何か手を挙げて合図をしている。休憩地点 ― オルレアン公の第四連隊第一小隊の駐屯地に到着したのだ。

 オルレアン公の第四連隊第一小隊は、主にパリへの侵入を試みる武装新教徒 ―多くはラ・ロシェルからの諜報要員を食い止める為に、この街道に駐屯していた。エルドから続いていた森が途切れ、駐屯地に面した街道の片側には、深い藪が広がっている。しかし、前の日にダルタニアンと、ポルトス,アラミスがここを通った時よりも、大分人数が減っていた。
 「撤収命令ですよ。」
小隊長は気楽そうに言った。
「ばか正直に、街道をまっすぐパリに入ろうとする新教徒なんて、いやしませんからね。実は、昨日のうちに撤収しても良かったのですが、今日は皆さんがいらっしゃるので、少し残っていたんです。」
 小隊長の言う通り、隊士は10人程度で、荷物も少ない。輸送隊の休憩用に、前日に依頼しておいた水と食料、それから彼らの少々の武器と、火薬の樽があった。
ダルタニアンとアラミスの期待をよそに、輸送隊員たちは轅を外さずに馬に水を配り始めた。
 やっとまともに口を利く気になったのか、アトスが首を回しながら ―そしてやたらと水を飲みながら、小隊長に尋ねた。
「実際、この街道沿いでは駐屯の成果が上がらないのか?」
「上がりませんね。新教徒の連中の間では、今はゲリラ作戦がはやっているようでして。」
小隊長がのんびり説明している間、コンラードは荷馬車一つ一つに、故障がないか見て回っている。もちろん、その様子をダルタニアンとアラミスが注視していた。
 一方、ポルトスは服の埃を払いながら、藪の方を眺めていた。が、やがてのそのそとアトスの所にやってくると、面倒くさそうに口を開いた。
 「なぁ、アトス。お前が一昨日の夜、『カラスの寝床』で賭けをした団体客が居ただろう?」
「ああ。」
「そいつら、新教徒のゲリラ部隊じゃないか?」
「どうして。」
「そりゃ、見た目は普通の旅行者か何かだっただろうけど。」
「そうだ。商人連中さ。」
「でも、エルドを立った後、どうして森の中に潜んだりするんだ?」
「何だと?」
「それに、俺達をつけてきて…」
 ポルトスはまた、薮の方に視線をやった。しかし右手はもう、剣の柄を握っている。アトスも薮の方を睨み付けると、すぐに小隊長に低い声で指示した。
 「残っている隊員を集めろ。戦闘準備だ。」
「なんですって?」
「聞き返すな。火器はあるか?」
「じ、銃はありません…か、火薬だけ…皆さんの荷物は銃なのでは…」
「箱に詰まった銃なんて、大根より役立たずだ。」
 小隊長はあたふたと走り出し、隊員を集め始めた。ポルトスは薮の方を見つめたまま仁王立ちになっている。アトスはそっと歩き出すと、何とかして荷馬車の様子を見ようとしている、ダルタニアンとアラミスの肩を掴み、低い声で言った。
 「残念ながら、戦闘開始だ。」
ダルタニアンとアラミスは無言でアトスの顔に見入った。
「相手は10人以上,20人以下。恐らく、銃は持っていない。問題は、荷馬車の馬だ。パニックを起こされる前に片付けよう。コンラード。」
 アトスが輸送隊長を呼びつけると、彼はただならぬ気配を察知したのか、緊張した面持ちで走ってきた。
「どうかしましたか?」
「残念ながら、敵の襲撃だ。俺達と、小隊の10人でどうにかする。お前と、輸送隊員はとにかく馬を押さえていろ。パニックを起こすなよ。」
 コンラードが輸送隊の方に駆け出し、ダルタニアンとアラミスが従者達を呼び寄せた時である。薮の中から、一斉に武装集団が姿を現し、ときの声を挙げながら、駐屯地に向かって殺到し始めたのだ。
「来なすったぁ!」
 ポルトスは変に嬉しそうな声で叫ぶと、瞬く間に剣を翻して2人ほど倒していた。
 敵は20人近く。銃は持っていない。目指すは銃の満載された荷馬車だが、その前に10人の小隊員と、4人の銃士が立ちはだかった。奇襲は失敗だった。銃士にとって、寄せ集めの民兵に近い敵は、難しい相手ではない。小隊員も良く闘い、輸送隊員達と、銃士の従者達が一生懸命、興奮する馬を押さえた。
 ポルトスは返り血が服につかないように気を遣いつつ、アトスは頭痛をかばいながら、ダルタニアンとアラミスは荷馬車の方に目を配りながら、次々と敵を蹴散らし、倒し、乱闘は短時間で終わろうとしていたその時、事態は思わぬ方向に動いた。
 一人の男が負傷し、倒れ際に仮設炊事場の残り火の中へ、派手に突っ込んだのだ。火の粉が盛大に飛び散り、大きな焚き木も数本、跳ね飛ばされた。その中の一本が石に当たり、いくつもの火の粉が飛び散り、大きく跳ね上がった。その先にあったのは、小隊の備品の火薬樽…
 ダルタニアンがそれにいち早く気付いた。彼は引火を防ごうと一瞬思ったが、即座に手後れだと判断した。
「伏せろッ!!!!」
 ダルタニアンは大声で叫ぶと同時に、頭を押さえて身を伏せようとした ―
 が、次の瞬間 ―
 轟音と共に黒色火薬が爆発し、凄まじい爆風が起きた。耳をつく爆音と振動 ―
遠くの薮の中から、一斉に鳥が飛び立った。

 もうもうとした白煙がたちこめ、小石だの木片だのがパラパラ降りかかって来る。咄嗟に薮の中に飛び込んだポルトスが、まず体を起こし、煙にむせながら呼びかけた。
「おーい。…大丈夫か?」
 まず、アトスがいまいましそうに立ち上がった。次に、アラミスが荷馬車の陰から ―彼はもっぱら荷物が気になって、その近くで闘っており、咄嗟に身を隠せたのだ ― 出て来た。
 しかし、爆発した樽に一番近い所で倒れている、ダルタニアンが立ち上がらなかった。


 → 6.医者の居る村 ― カシクール
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