4.最新式のマスケット銃

The Three Musketeers  三銃士  Pastiche  パスティーシュ


  新型マスケット銃お買い上げ
  

 最新式マスケット銃の輸送隊隊長のコンラードは、背こそ低いものの、浅黒い顔に引き締まった体つきの男だった。
 「ご苦労様です。私が、隊長のコンラードです。」
 ダルタニアンと、ポルトス,アラミスが外に出て自己紹介をすると、コンラードはきれいなフランス語で挨拶した。
 「荷物が到着したら、まず銃を点検すべし。」
 ポルトスがとぼけた様子で指示書を読み上げると、ダルタニアンとアラミスは無言で視線をぶつけ合った。コンラードは頷くと、輸送隊の一員にスペイン語で何事か指示した。
 「その件については、こちらも指示をもらっています。パリに入る前の点検用に、4丁を封印していない箱に入れていますので、そちらをどうぞ。」
と、隊員達は荷馬車から一つだけ小さな箱を下ろして持ってきた。釘の打ち込みが軽く、封蝋もされていない。他の15箱は巨大で、大量の釘で盛大に閉じられ、なおかつ立派なリボンと蝋で封印してあった。もう日も暮れたので、荷物の本体は裏手に回され、点検用の箱だけが食堂に持ち込まれた。コンラードは自ら釘抜きを持つと、手際良く上蓋をはずし、
 「どうぞ。」
と、箱の前からしりぞいた。早速ポルトスが箱の中を覗き込もうとしたその時、いきなりダルタニアンがポルトスの袖を引いた。
 「あれ?ポルトス、ここどうしたんだい?」
「ここって?」
「ここだよ。左の肩の下さ。」
「えっ、どこ?」
 ポルトスは慌てて、自分の左肩越しに上着の背中を覗き込もうとする。
 「ここだって。ほら。派手に裂けてるぞ。どこかに引っ掛けたんじゃないか?迂闊だなあ。」
ダルタニアンが袖の中に小刀を隠したのも知らず、ポルトスはびっくりした声を上げた。
「ああっ!本当だ、裂けている!何てこった。掘り出し物のビロードなのに。しかも絹だぞ。」
 ポルトスが自分の上着に起った事件に気を取られれている間に、アラミスが素早く箱の中から4丁のマスケット銃を取り出した。大きく、重い銃を素早く取り出すなどと言うのは至難の技だが、ポルトスはそれどころではない。アラミスは乱暴に銃をテーブルと床の上に置き、箱の中を覗き込んだ。ダルタニアンは、上着を脱いで裂け目を調べているポルトス越しに、アラミスの顔を窺った。しかし、期待した反応は得られなかった。アラミスは眉をしかめて、首を横に振ったのだ。
 「よし、ポルトス。ここは任せたよ。」
ダルタニアンはポルトスの肩を叩くと、素早くアラミスに近寄って、耳元で何事かを囁いた。
「何だって?」
頓狂な声を上げながらポルトスが振り返ると、ダルタニアンはアラミスの腕を取ってひきずるように台所へ向かいつつ、言い残した。
「銃の確認さ。僕は護衛士だからマスケット銃には詳しくないし、アラミスは神父さん志望だから、なおさらだ。よろしく。僕らは箱の数を確認してくるよ。」
 ダルタニアンとアラミスは台所の向うに消えるまでは悠々と歩いていたが、姿が見えなくなると凄い勢いで走り出した様子だった。
 「銃の確認ねえ。」
ポルトスは上着を着直すと、黙って立っていたコンラードに肩をすくめてみせた。そして銃を一つ手に取ると、すこし上下してみせ、コンラードに笑いかけた。
「軽いね。」
「はい。銃身の木材使用率を、2割ほど増やしましたので。」
コンラードは嬉しそうに応じた。
「もっと軽くならないかな。」
「難しい注文ですね。確かに輸送の困難さには、どこの軍隊も頭を痛めています。彼らは弓矢に比べた重さの話をしているようで。」
「俺としては、騎射ができるくらい、軽くなると良いと思うのだが。」
「騎射ですか?」
コンラードは驚いて聞き返した。
「騎射は無理ですよ。命中率が更に低くなりますし、馬が走っただけで撃針が反応して、暴発してしまいます。」
「暴発しないって触れ込みだろう?」
 ポルトスは器用に撃針と雷管を分解して、覗き込みながら意地悪く笑いかけた。
「それは従来の使用法において得られる効果でして…。第一、騎射が必要ですか?狩りでもない限り…」
「戦争が城攻めに終始している内は、必要ないだろうね。」
ポルトスは発火装置を元に戻し、取り出された四丁の銃を箱に入れ直しながら言った。コンラードは不意をつかれたように聞き返した。
「どういう意味ですか?」
「戦争そのものの目的が陣地争いでなくなく、もっと高度な政治的解決策として行われるとしたら…まぁいいや。」
 ポルトスは次の言葉を飲み込むと、また肩をすくめてみせた。
「俺達は剣を振り回すのが日課だからね。銃の事は程々でいいんだ。」

 ダルタニアンとアラミスは、馬鹿げた勢いで旅籠の裏庭に飛び出すと、そこには目指す120丁のマスケット銃の詰まった15個の巨大な箱と、付属する荷物が整然と積み上げられ、雨よけの布がかぶせられようとしていた。
 輸送隊員たちは全員スペイン人という風情で、着々と作業を進めている。二人は急いで落ち着き払った顔つきをつくり、悠々と箱の間を歩き回った。一通り見て回ると、二人は再び腕を取り合い、やはり馬鹿げた勢いで走り出した。
 「一体どの箱に入っているんだ?!」
厩に駆け込むなり、二人は同時に叫び、同時に首を横に振った。
「どの箱に入っているかの指示はなかったのかい?!」
「ない!」
 普段は詩人で通しているアラミスだが、この時ばかりは言葉を覚え始めた子供のような返答しか出来なかった。ダルタニアンはあきれ果てた。
 「だって、あの点検用の箱に入っていなかったんだろう?ポルトスの上着を裂いちゃったじゃないか。バザンに繕わせろよ!」
「だから、強奪する必要があったんだよ!あの馬鹿丁寧な封印を破り、膨大な量の釘を抜いて、箱を全部空けないと…もちろん、最初の一箱に入っているかも知れないが…」
「そんなの、アトスの賭けよりも当てにならない。」
 ダルタニアンが眉を下げて言うと、二人は黙り込んでしまった。
 「でも、どうして手紙をマスケット銃の荷物に紛れ込ますなんて、面倒な方法が取られたかは分かった。」
 暫くして、アラミスが呟いた。
「どうして?」
「箱の封蝋の紋章を見たかい?」
「うん。蔦の絡まった城門だった。あれが?」
「クリアカン伯爵家の紋章だ。知っているかい?」
「よしてくれよ、アラミス。僕は大家の名前さえ覚えていないんだぜ。クリアカン伯爵家って?」
「我らが王妃様の母方の従妹…たしか、トランシルバニア公爵の娘が嫁いだスペインの伯爵家だ。封蝋の紋章を見て分かったんだが、あのマスケット銃の製造請負元が、クリアカン伯爵家なんだよ。」
「半ば官立の武器製造元ってこと?」
「そうらしい。製造工場の中に、伯爵夫人に忠実な男が居て、彼女からの手紙をフランスへの荷物に忍び込ませて、封をしたんだろう。」
「…なるほどね。」
 ダルタニアンはため息をついた。フランスがスペイン・ハプスブルク家との関係は一応保全に勤めている事と、手紙を隠した経緯が分かったとしても、この作戦の展望が開けたわけではない。
 輸送隊員は隊長以下8人もそろっており、夜は交代で番をするらしい。二人が巨大な箱を片っ端から開けて中を見るには、全員を毒殺でもしなければならないだろう。めでたく隊列がパリに入れば、バスチーユの武器庫に直行せねばならない。バスチーユに入ったら、そこからはダルタニアンもアラミスも、まったく手が出せなくなるし、どちらかと言えば、この巨大な石の建造物はリシュリューの方に親切である。やはり、隊列を途中で襲い、人を蹴散らした上で箱を空けるという、最初の作戦が有効だった訳だ。
 「こうやって厩で考え込んでもしょうがないよ、アラミス。馬が妙案を思い付いてくれる訳でなし。」
ダルタニアンは、努めて明るく続けた。
「少なくとも、今夜は手詰まりだ。明日、隊列が動き始めれば、状況も変わるだろうから、様子を見よう。」
「あと二日のチャンスか。」
「何事もなく、隊列が進めばね。」
「何事って?」
「新教徒とか、泥棒の襲撃さ。もともと僕等は、奴ら対策のために派遣されたんじゃないか。」
「いっその事、襲撃して欲しいよ。」
「物騒な神父さんだな。」

 結局、その夜は何も出来ないまま、休むしかなかった。ダルタニアンは自室のベッドに入ると、気の毒なアラミスの事を思った。
 初めてこの優雅で綺麗な顔をした若者に会った時、彼は必死にハンカチの所有を否定し、しまいには決闘までする事になった。どうしても触れられたくない部分であるらしく、アトスもポルトスも知らない振りをしている。
 しかし、今回は流石に困ってダルタニアンに相談してきた。ダルタニアンにとっては嬉しい事でもあった。事態は困難ではあっても、この友人のために精一杯の事はしてやろうと思う一方、やはり呟かずには居られなかった。
「それにしても、なんて馬鹿げた事だ!」


 
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