3.エルドの旅籠「カラスの寝床」にて

The Three Musketeers  三銃士  Pastiche  パスティーシュ


  新型マスケット銃お買い上げ
  

 ダルタニアンと、ポルトス、アラミスは、翌朝早くにそれぞれの従者を連れてパリを立ち、馬を飛ばした。街道沿いの駐屯軍に帰路の休憩地と補給の要請手続きをしながらだったが、夕方には輸送隊と落ち合う約束の町 ― エルドに到着していた。
 エルドは街道沿いの大きな宿場町で、多くの旅籠がある。ポルトスに渡されたトレヴィルからの指令書によると、指定の旅籠は「カラスの寝床」という、奇妙な名前だった。
 にこやかに三人を出迎えた旅籠の主人に、ポルトスが尋ねた。
「『カラスの寝床』って言うのは、変った名前だね。由来があるのかい?」
「ええ、ございますとも!」
 主人は馬を使用人に預け、三人を食堂に案内しながら嬉しそうに言った。
 「200年前の話ですよ。イングランドとの戦争の時でして。イングランド国王ヘンリー五世が軍勢を率いてこのエルドの町に迫りましてね、まあ情けない事に町は無血開城しちまったんです。何せ相手はヘンリーですからね。敵う訳がありません。それで、イングランドの軍勢が長期駐屯するかと見えたのですが。突然、何百羽,何千羽というカラスの大群が、エルドに飛来したんです。カラス達は、どう言う訳かイングランドの陣地を住み処にしたらしく、朝も夜もカァカァ喚き散らすんです。それに辟易したヘンリーは、さっさとこの町から出て行ってしまったって話です。」
 「それで、『カラスの寝床』か。」
「ええ、結果的にカラスに助けられた訳ですからね。」
「別にヘンリーをやっつけた訳でなし。何だかいまいちな話だな。」
アラミスが言うと、主人は眉を下げて三人に椅子をすすめた。
「お客さん方は武人さんですから、厳しいですな。でもわたし等庶民にとっては、十分ですよ。さあ、こちらのテーブルにどうぞ。今すぐ、ワインと夕食をお持ちしましょう…おい!」
 主人が台所に向かって呼びかけると、コップとワインを抱えたひょろりとした男が出てきた。その男を見るなり、三人は同時に叫び声を上げた。
「グリモー!」
 それはまさしく、アトスの従者グリモーだった。ダルタニアンが椅子から飛び上がり、グリモーの両肩を掴んだ。
「グリモー!お前、何だってこんな所に居るんだ?!アトスは?!」
グリモーは目をぱちくりさせ、三人を交互にみやって、口ごもった。
「ええ、あの…」
「何だよ、早く言え!口きいていいから!アトスには後で許可を取れ!」
 ダルタニアンの勢いに、グリモーは益々口ごもってしまったが、かわりに旅籠の主人が口を開いた。
 「おや、お客さん方、あの人のお知り合いですか?じゃあ、あの人をどうにかして下さいよ。」
「あの人って、アトスか?」
アラミスが緊張気味に聞き返した
「アトスだかヘロドトスだか知りませんがね、とにかく大酒飲みの博打好きですよ。」
「アトスだな。歴史家じゃない。」
ポルトスが言いながら笑い出した。
 「笑い事じゃありませんよ、お客さん。あの人と来たら、二日前にこちらに来たんですがね。品のありそうな騎士さん風だから安心したのもつかの間、ワインをがばがば飲み込んでは、他のお客さんを片っ端から捕まえて、博打を打つわ、打つわ…。最初は勝ったり負けたりしていたんですが、ゆうべの団体客には大負けですよ。しまいには従者をカタに(と、旅籠の主人はグリモーを指差した)、うちのワインだの、ハムだのチーズだのを賭け始めちゃあ、これまた大負け。仕方がないから、この人をカタに取って使っているって訳です。」
 主人の説明に、グリモーも哀れっぽい表情で頷くので、三人は顔を見合わせ、アラミスが一言。
 「可哀相なグリモー。とうとう主人に売り飛ばされちまったか。」
「それで、アトスはいまどこに?」
ダルタニアンが真面目な表情のまま主人に尋ねると、彼は階上を指差した。
「二階に居ますよ。町の保安員に通報しても良かったのですがね、何だか身分もありそうだし。今日は銃士の方が…皆さんがいらっしゃるから、そちらに相談しようと思いまして…」
 主人が言い終わらない内に、騎士らしき桁外れの酔っ払い ―要するにアトスが、悪魔のような勢いで階段から駆け下りてきて、ダルタニアンの腕を取った。
「よし、若いの!ひと勝負しようじゃないか!待ってろ、グリモー。今すぐ取り戻してやる。」
「僕だよ、アトス。」
 ダルタニアンが半ば呆れながら言うと、アトスはすわった目つきでまじまじと若者の顔に見入った。
「おや。俺の友達に、君とそっくりな男が居るぞ。」
「だいぶ飲んでるな。大丈夫かい?」
「俺を心配してくれる所もそっくりだ。」
アトスはゆっくり呟きながら、ポルトスとアラミスの方に首を捻じ曲げ、彼らと目が合うと、
「やあ。」
と言うなりばったり倒れ、そのまま高いびきをかき始めた。

 アトスをベッドに放り込み、ダルタニアンとポルトス、アラミスは改めて夕食に取りかかった。グリモーは黙ったまま、健気に旅籠の仕事をこなしている。三人は彼を買い戻してやろうかと相談したが、アトスの借入れ額を知ると、あっさり諦めた。
 「なぁに。今回の仕事が終われば、すぐに買い戻してやれるさ。」
ポルトスが明るく言った。ダルタニアンは笑いをかみ殺しながら、
「それにしても、えらい酔い方じゃないかい?僕はアトスがあそこまで前後不覚なのは、初めて見たよ。」
「俺もさ。休暇先で、何か嫌な事でもあったんだろう。それとも、休暇その物が嫌だったかだな。」
「その物が嫌?」
 ダルタニアンがポルトスに聞き返したが、言い終わる前に相手はアラミスに絡んでいた。
 「どうした?アラミス。無口じゃないか。陰気な顔するなよ。」
「別に、陰気な顔なんてしていない。ただ、私は仕事の事が心配なだけさ。輸送隊とは、今日ここで落ち合う約束なんだろう?」
 アラミスが真面目な顔つきで言うと、ポルトスは懐からトレヴィルからの指示書を取り出した。
「うん。そうなっている。ちょっと遅いな。もしかしてここに到着する前に、新教徒の連中に襲われたかな?そうなったら、俺達の160ピストールはどうなるんだろう。半分に減額されたら嫌だな…」
 ポルトスの資産運用の心配は、無用の事となった。すぐに表で馬の嘶きが聞こえ、輸送隊の到着を知らせたからである。

 
→ 4.最新式のマスケット銃
新型マスケット銃お買い上げ トップ 三銃士 パスティーシュ トップへ 三銃士 トップへ

No reproduction or republication without permission.無許可転載・再利用禁止
Copyright(c)2003-2006 Kei Yamakawa All Rights Reserved.