2.ダルタニアンの新しい任務と、アラミスの相談

The Three Musketeers  三銃士  Pastiche  パスティーシュ


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 しかし当のダルタニアンと言えば、もっぱら貧乏をどう克服するかを、大真面目に考えているのが現状であった。パリに上ってきたばかりで別に金持ちになる必要はないのだが、彼は見栄っ張りである。
 ダルタニアンはアラミスのように上品で紳士然とした人物になれるよう、目標を定めたのは良いが、何分にも身なりが悲しい。アトスのように ― 宝石がそれ自身だけで輝くような素地は、望むべくもない。ポルトスのように衣装に命を懸けてまめに立ち回る行動は、どうも仕組みが良く分からない。目標のアラミスを観察するにつけ、まずは金持ちの恋人が必要のような気がするが、そもそも華々しい銃士を夢見て上ってきたのだから、まずは武勲を立てねば彼の誇りが満足しなかった。
 しかし、戦時ではない。と、なればダルタニアンは護衛隊士として立派に立ち働く事こそ、重要であった。それもただ真面目に勤めるだけではなく、抜け目なく、才覚を十二分に発揮し、目に付くような働きが必要だった。
 護衛隊長のエサール侯は、そんなダルタニアンの姿を、半ば感心しながら、半ばおかしがりながら見ていた。彼は、義兄のトレヴィルからダルタニアンを特によろしくと言われていたが、言われなくても、ダルタニアンに眼をかけずにはいられなかった。気さくな性格のエサール侯は、ダルタニアンにどうして、その様に躍起になるのか尋ねてみると、ダルタニアンは金がないからですと素直に答えた。
 エサール侯はダルタニアンを書斎に招き入れると、笑いながら尋ねた。
「金がない、金がないというがね。いったい君たちは何に金を使っているのかね?」
「私はパリに出てきたばかりですから、何かと物要りです。」
「なるほど。では、三銃士はどうだね?」
「アトスは酒に、ポルトスは衣装に、アラミスは何に使っているか分かりませんが、とにかく使っています。」
「では、特別任務は大歓迎かね?」
ダルタニアンは眼を輝かせて、大きな声ではいと答えた。

 アラミスは、もう30分あまり路地を行き来していた。どうしてもダルタニアンを捕まえなければならないからである。アラミスは近所の住人に怪しまれぬよう、軒先の花を眺めたり、爪の先を気にするような仕種をしきりと繰り返したが、明らかに落ち着かない様子だった。だから、彼の背後に聞き覚えのある、拍車の音が近付いて来た時、救われた思いだった。
 しかし、それを顔には出さないように心がけながら、アラミスは振り返った。
 「やあ、アラミス!」
友達の姿を認めたダルタニアンは、走ってアラミスの元にやってきた。
「これからアトスの所へ行くのだろう?良い所で会ったね。」
と、若者は小僧っぽい笑顔で言いながら、アラミスの腕を取った。
「ご機嫌だね、ダルタニアン。」
アラミスは平静を装いながら言ったが、聡い若者(アラミスも十分若いのだが)は、すぐにアラミスに何か含む所があるらしい事を察知した。
「君はそうでもなさそうだ。どうだい?アラミス。」
「うん、まあね。」
「まあね、か。いいさ。アトスの所へ急ごう。ポルトスも来たら、その胸の内を話してもらうよ。」
と、ダルタニアンはアトスの家の方へ急ごうとする。アラミスは咄嗟に、ダルタニアンを引き止めた。
「ねえ、ダルタニアン。実は君に折り入って相談があるんだ。」
「僕に?」
「君さ。」
「アトスやポルトス抜きで?」
「銃士には出来ない相談だ。」
「なるほど。」
 この体格がまったくアラミスと同じガスコーニュの若者が、すこし悪戯っぽく笑って友達の顔を見ると、アラミスは頬を赤く染めずにいられなかった。
「いいよ、アラミス。道端で相談もなんだから、まずは僕の家に行こう。」
と、ダルタニアンはアラミスを促し、アトスの家に行くのは後回しにして、自分の下宿に向かった。アラミスは結局、狼狽を隠しきれなかった自分を少々呪いながら、ダルタニアンについて行った。
 ダルタニアンの下宿につくと、若者は従者のプランシェに大家の所から、そこそこに上等なワインを調達してこいと命じた。従者が出ていくと、ダルタニアンはおもむろにアラミスを振り返った。
 「さてと、アラミス。相談ってなんだい?」
「ダルタニアン、これはさる高貴な方をお助けする為の、重要な相談なんだ。」
「いいね、その始まり方。そういうのは好きだよ。」
「茶化すなよ。」
「神父様のお望みとあらば。では、真面目にお伺いしましょう。なんだい?重要な相談って。」
 アラミスは、手近な椅子を引き寄せると、服に皺のつかないように用心深く座って、口を開いた。
 「今度、銃士隊がスペインから新式のマスケット銃を、購入する事になったんだ。輸送はスペインの製造元側が請負っている。既に輸送隊はフランスに入国していて、そろそろオルレアンに着く頃らしい。相談と言うのは ― この隊列をパリに着く前に襲う事だ。」
「襲う?」
ダルタニアンはびっくりして目を丸くした。
「別に輸送隊員を殺すのが目的じゃないよ。」
アラミスは真剣な顔付きのまま、言葉を続けた。
「目的は荷物だ。とにかくマスケット銃を強奪して、その中から…」
アラミスが不意に口をつぐんだので、ダルタニアンが身を乗り出して促した。
「中から?」
「中から…ある物を取り出す。」
「ある物だって?銃じゃなくて?」
「銃じゃないよ。荷物の中には銃器以外に、ある物が紛れ込んでいるんだ。私の目的はそれだ。」
「なるほどね。」
 ダルタニアンはニヤニヤし始めた。アラミスは低く溜息をついた。
「分かったよ、ダルタニアン。要は手紙だ。ある人からある人への手紙が、検閲よけと、枢機卿の目を逃れる為に、マスケット銃の荷物に隠されたんだ。私はそれをパリに着く前に入手し、しかるべき宛先に送り届けなければならないんだ。分かるかい?」
 アラミスは心配顔で言うが、ダルタニアンには分かり過ぎるくらい分かっていた。彼は喉の奥に笑いを押し込みながら、細かく頷いた。
 つまりスペインから嫁ぎ、宮廷では孤立無援の王妃の為に、手紙を取り次いでいるのが、アラミスの恋人という訳である。実の所、このアラミスの恋人と言うのが豪胆な行動家らしく、フランスへの輸入荷物 ― しかも銃士隊のマスケット銃 ― の中にスペインからの密書を忍び込ませ、その強奪役を、アラミスが仰せつかったと言う訳である。この辺りが豪胆な作戦の豪胆たる所以だ。アラミスは実の所、心底困っている風で、ダルタニアンをじっと見詰めている。
 ダルタニアンは、溜息をつきそうになるのをこらえながら、指先で額を押さえた。
 「なるほどね。それは確かに、銃士には出来ない相談だ。でもアラミス、僕が護衛士だからというので打ち明けてくれたのは良いけど、ちょっと不都合があるんだよ。」
「不都合?」
「うん。そのスペインからの最新式マスケット銃の購入は、銃士隊と、護衛隊との共同購入なんだ。」
「えっ、本当かい?!」
アラミスは思わず椅子から立ち上がった。
「本当。」
ダルタニアンも肩をすくめながら立ち上がり、アラミスに更なる追い討ちをかけた。
「それについさっき、僕はエサール侯から、輸送隊のパリまでの護衛を仰せつかったばかりなんだ。ほら。」
ダルタニアンは懐から、エサール侯から渡された覚書を取り出して読み上げた。
「アルフレド式マスケット銃120丁,黒色火薬2樽,鉛弾丸800…」
「そんな…」
 アラミスは顔の筋肉が弛緩してしまったように、あんぐり口を開け、綺麗な青い目を丸くしている。ダルタニアンは、笑って良いものかと気が咎めたが、口元に笑みが上るのをこらえきれない。
 「アラミス、大丈夫?僕はこれから、更に悪い事を言おうとしているのだが…」
「更に悪い事だって?それは一体…」
 アラミスの悲痛な問いに、ダルタニアンが答えようとしたその時、階下から騒々しく人が入ってくるのが聞こえた。
「ダルタニアン!居るかい?」
「上だ。入っておいでよ。」
 ダルタニアンが階下に向かって呼びかけると、軽い足取りが階段を駆け上がって来る。金糸の刺繍が綺麗に袖を彩った上着が良く似合う、背の高い男が勢い良くドアを開けて入ってきた。
 「やぁ、ダルタニアン。おや、アラミスも来てたのか。タイミングが良いじゃないか。やっぱり俺達は気が合うんだな。話したい時に、話したい場所に居てくれる。おい、朗報だ。トレヴィル殿から、特別任務を貰ってきたんだ。何と報酬は160ピストール!これは特別予算を組んだに違いないな。ええと、任務の内容を言ってないな。なぁに、造作も無い事さ。スペインから購入した、マスケット銃の輸送隊の警護だ。何でも、護衛隊との共同購入とかで、ダルタニアンもこの任務を課されただろう?銃士隊からは、俺達三銃士が任命されたというわけ。アトスは居ないから、ダルタニアンとアラミス、それから俺の三人で一仕事だ。アトスのやつ、驚くぜ。帰ってきたら、一人あたり40ピストールの臨時収入だ…アラミス、どうした?顔色が悪いぞ。何か悪い物でも食べたのか?」
 ポルトスは屈託なく言ってアラミスの顔を覗き込んだが、当のアラミスはそれどころではない。益々青くなって、言葉も見当らない。ダルタニアンが、すかさず割って入った。
「いや、何でもないよ。ただ、この間古本屋で聖ヒエロニムスのルーアン注釈本があるのを見かけたのだが、お金が工面できなくて、もう売れてしまったんだ。先生、よっぽど欲しかったみたい。」
「可哀相に!手元不如意って奴は、不幸の案内人だ。今回の仕事は好都合じゃないか。」
「それよりもポルトス、アトスが居ないって?」
「トレヴィル殿がおっしゃるには、やっこさん休暇を取ったらしい。俺達に何も言わないなんて、アトスらしいや。」
「何か事情があるのさ。ところでポルトス。」
ダルタニアンはポルトスの背後のドアを開け、階下を覗き込みながら続けた。
「プランシェに、大家さんの所からワインを調達してこいって言ったんだけど、なかなか戻ってこないんだ。様子を見てきてくれないか?」
ポルトスは別に気にする様子もなく、陽気に承諾した。
「いいよ。ダルタニアン、せいぜい神父さんを慰めていてくれ。」
 ポルトスが出て行き、ダルタニアンがアラミスの方に振り返ると、金髪の青年は顔色を瞬く間に青から赤にして、悲鳴を上げていた。
「ダルタニアン!」
「まぁ、そんな声を出すなよ、アラミス。いいかい、よく考えてみれば…」
言いながらダルタニアンはアラミスの腕を引き、椅子に座らせると、落ち着かせるように肩を叩いた。
「輸送隊を襲って、荷物の中から紙切れを強奪するだなんて乱暴な話は、確実性に欠けるよ。それよりも警護に入り込んだ方が、やりやすいはずだ。君は要するに、手紙が手に入れば良いんだろう?」
「警護を担当するのに、泥棒の真似事かい?」
「強盗が平気なら、荷物の封を開けるくらい、造作もないじゃないか。」
ダルタニアンは飽くまでも明るく言うので、アラミスも納得せざるを得ない。
「大丈夫だよ、アラミス。もちろんポルトスには黙っているから。」
「当たり前だ。」
「よし!決まりだ。アラミス、まずは警護を始めると同時に、荷物の様子を見よう。」
「所で、ダルタニアン。」
アラミスは真面目な顔つきのまま、ダルタニアンに尋ねた。
「さっき言ってた、聖ヒエロニムスのルーアン注釈本だがね。どこの本屋にあったんだい?」
ダルタニアンは表情を変えずに、暫らくアラミスの顔にじっと見入っていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「…実際にそんな本があるの?」


→ 3. エルドの旅籠「カラスの寝床」にて
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