11.ダルタニアンとアラミスの昼食

The Three Musketeers  三銃士  Pastiche  パスティーシュ


  新型マスケット銃お買い上げ
  

 素晴らしい晴天の日だった。
 青い空に、転々と小さな白い雲が浮かび、少し暑いくらいだ。風が心地よく、どこからか来るのか、小さな白い花びらがヒラヒラと舞い飛んでいた。
 アラミスの黒い帽子に、花びらが一枚,二枚とまとわりついて来る。彼は馬から降りると、帽子を脱いで花びらを払い落とした。
 銃士隊の詰め所に残された伝言に従ってこの食堂に来てみると、入り口でプランシェが馬に水をやっており、主人は露天テーブルに居ると告げた。
 アラミスが食堂の脇を抜けて裏に回ってみると、水路に沿った小さな裏庭の、大きな樫の木の下にダルタニアンは居た。
 彼の前の狭いテーブルにはワインが一本とグラスがある。暑いのか、ダルタニアンは上着をの前を開けて、帽子で風を入れていた。白いシャツが陽光を反射し、アラミスは少し目を細めた。
 友人が来たのに気付き、ダルタニアンが手をあげてみせた。
 「やぁ、アラミス。こいつは中々いける。お先にやっていたよ。」
 アラミスも少し手をあげて、歩調はそのままにゆっくりと近付いた。向かいの席に着こうとすると、ダルタニアンがアラミスのグラスにワインを注ぐ。店の親父がやって来て、スープとサラダ、良く炙った鶏肉とパンを、小さなテーブルに並べた。
 アラミスがワインを一口含むと、その顔にダルタニアンが見入っている。アラミスは少し頷いた。
「うん、確かにいける。」
「そうだろう?ここは料理も良いんだ。プランシェが見つけたんだよ。」
 ダルタニアンはにっこり笑って、ぱくつき始めた。大きな口を良く動かして、実にうまそうに食べる。アラミスは、金髪に降りかかる白い花びらを払いながら、目の前の食欲旺盛な友人をぼんやりと眺めた。

 あの日以来、二人がゆっくりと顔を合わせるのは初めてだった。
 アラミスがアトス,ポルトス,トレヴィル以下の銃士隊と共に、カシクールを離れた日、夕方にはダルタニアンが馬を飛ばしてパリに到着した。アラミスはバスティーユに運ばれていく荷物を呆然と眺めていたのだが、そこにダルタニアンが馬を飛ばして来た。ダルタニアンは慌ただしく、アラミスに大事な手紙を渡すと、バタバタとルーヴルへと駆け出してしまった。どうやら護衛隊から、緊急の出動命令が来ていたらしい。それから二日間、ダルタニアンは護衛隊に詰めっぱなしだった。
 アトスは、また休暇を取ってパリから消えた。友人達は知る由もない事だが、アトスが領地での仕事を余りにもいい加減にうっちゃって逃げ出してしまったため、弁護士連中が再びトレヴィルに泣き付いたのだ。トレヴィルは、今度こそきちんと始末をつけないと、本当に素性をばらすと脅し、仕方なくアトスはパリを離れた。
 ポルトスは、納品されたマスケット銃のテストに駆り出されていた。
 アラミスはダルタニアンから渡された手紙を、『しかるべき人』に託すべく、パリを短期間離れ、今朝パリに戻ってきた所である。

 ダルタニアンは、少し手を止めた。
 「アラミス、食べないのかい?ぼんやりしてると、僕が平らげちゃうよ。」
「そうだな…」
 アラミスは、口元に運んでいたグラスを、テーブルに置いた。そのグラスに、またどこからか舞い飛んできた白い花びらが落ちた。アラミスは少し首を横に傾げながらダルタニアンに尋ねた。
 「つまり…あの手紙は、ダルタニアンが怪我人を運ぶために使った、荷台の中にあったって事かい?」
 アラミスの前置き無しの直截な質問に、ダルタニアンはニヤリと微笑むと、口元を拭い、ワインを一口飲んでから答えた。
 「その通り。僕が医者の居る…はずの村に行く為に引いていった馬車の荷台には、まず『カラスの寝床』で開いた、確認用の小さな銃の一箱、黒色火薬2樽、そして弾丸800発入りの箱が一つあった。手紙は、弾丸の箱の中に入っていたんだよ。」
「どうしてその中にあると分かったんだい?」
「確信していた訳じゃないよ。ただ、僕らが二人で目をつけたあの一箱は、中身が半分なだけで、箱の大きさも、封の厳重さも他と同じだった。それよりは、弾丸の箱の方が明らかに特徴のある箱だったんだよ。釘のうちこみは少ないし、封蝋もない。手っ取り早く開けるには、一番適当な箱だったんだ。火薬の樽は手紙を隠すには不適当だし…それにいつ吹っ飛ぶか分かりやしない。案の定だろう?」
 アラミスは溜息をつきながら頷いた。
「そうだ。あの日の夜中、カシクールで開けた一箱は、中身こそ予想した通り4丁だったけど、手紙はなかった。私は目の前が真っ暗になったよ。」
「夜中だったからさ。」
 ダルタニアンがクスクス笑いながら言うと、アラミスは肩をすくめて、もう一口ワインを飲んだ。
 「ダルタニアン、もう一つ疑問があるのだがね。」
「神父さんの人生は謎に満ち溢れているなあ。」
「とりあえず、コンラードの事を説明しないといけないな。」
 アラミスは、あの夜カシクールで起った出来事をダルタニアンに説明した。翌日、コンラード達の身柄をスペイン大使に引き渡した所まで聞き終わると、ダルタニアンは大きく何度も頷いた。
「ああ、やっと分かった!」
「何が。」
「どうして、プランシェがポルトスを経由して、僕からの手紙を受け取ったのかさ。」
「つまり?」
「つまり、こういう事だよ。」
 ダルタニアンは、食べるのは終了して、小さなテーブル越しにアラミスの方へ乗り出した。
 「僕は弾丸の箱を調べるためには、プランシェの力が必要だと考えたんだ。そこで、あの医者の居る…はずの村の男に、馬を調達してやって、パリへの使いを頼んだんだ。ところが、この男は街道を進んでいる内に、カシクールの近くでコンラードの手下につかまり、手紙を引き渡した。『銃士にパリへの使いを頼まれた』と白状しただけで解放されたのだが、ここが微妙に間違っている。僕は護衛士であって、銃士じゃない。
 この『AからPへの手紙』を開封したコンラードは、それを『アトス若しくはアラミスから、ポルトスへの手紙』と解釈した。ポルトスを警戒していたコンラードは、ポルトスの行動を限定させるために、その手紙の封をし直して、ポルトスに届けたんだ。
 でもポルトスは、この手紙が僕からプランシェ宛である事に気付き、プランシェに手紙を渡して、僕の居る村へ行く様に指示したんだ。誰かが手紙を開封している事にも気付いているから、アトスとアラミスが『敵』の罠に落ちそうだと察知するのも、難しい事じゃなかったという訳さ。」
 アラミスは何度か頷くと、髪を掻き上げて風を入れながらまた尋ねた。
 「ポルトスは、どうしてその手紙がダルタニアンからプランシェ宛てだと気付いたんだろう。」
「さぁ…筆跡か、文体か、封蝋か、ただの勘か。当人に聞いてみるかい?」
 アラミスは首を振った。ダルタニアンも頷いた。
 「とにかく…今回の事で僕は学習したよ。」
 ダルタニアンは、上体を椅子の背もたれに戻すと、頭上の樫の木を見上げながら言った。少し風が強まり、ダルタニアンの髪をなびかせた。
「ポルトスは、とぼけているようで…場合によっては馬鹿を装っているけど、実はかなりの曲者だって事だね。それから、アトスは友達や自分の事情をそっとしておくだけの優しさはあるけど、任務には忠実だって事だ。」
「同感。」
 アラミスが真面目な表情でうなずくと、ダルタニアンはまた少し微笑みながら続けた。
 「それから、アラミスが僕のことを信頼するに足りる友達だと、思ってくれていることも分かったし。」
 アラミスは少し顔を赤らめたが、すぐに笑って、やはり同意した。
「その通りだよ、ダルタニアン。君には感謝している。」
「ありがとう、アラミス。結局全ては上手く行ったんだから、万々歳さ。それに、特別手当までもらえたんだし、良い事尽くめじゃないか。」
「ああ、その事なんだが…」
 ダルタニアンの髪に、一つ,二つと白い花びらが降ってくるのを見ながら、アラミスは、少し困ったような表情になった。
 「あの特別手当、ダルタニアンはもう貰ったのかい?」
「ああ、今朝ね。三人はまだなのかい?」
「あれは結局駄目だった。」
「ええっ、どうして?」
 ダルタニアンはびっくりして目を丸くすると、またテーブルに身を乗り出した。アラミスは眉を下げると、肩をすくめて見せた。
 「あの夜、銃士を25人も動員しちゃっただろう?しっかり経費として計上されていた。その上、オルレアン公の第四連隊第一小隊の怪我人の治療費も差っ引かれて。グリモーを買い戻す金を更に引いたら、私達三人には、殆ど残らなかったんだ。」
「やれやれ。まともに貰えたのは護衛士の僕だけか。アトスも、ちゃんとその金でグリモーを買い戻していれば良いな。またすったりしたら大変だ。」
「その恐れは大いにあるな。ともかく、私達三人は元の素寒貧と言うわけさ。」
「じゃあアラミス、今の内にこの食事を存分に味わっておいた方が良いよ。」
「これ、特別手当で注文したのかい?」
「そういう事。参ったな。今夜から僕の懐に、三人がたかるって事か。」
 ダルタニアンは、うんざりしてため息をついた。アラミスは食事に手をつけ始めながら、笑った。
 「世話になるよ、ダルタニアン。これからも、色々とね…」
 そうしてダルタニアンとアラミスは、アトスとポルトスの居ない間に豪勢な昼食と、綺麗な空と爽やかな風とを味わい、甚だ満ち足りた気分を楽しんでいた。

 ところで従者達には、余り楽しい気分は残されていなかった。
 プランシェとムスクトンは、あの日の夜明け前から朝まで、散々馬で追いかけっこを演じた。プランシェが逃げ切ってやっと終わったのだが、両者ともとにかくクタクタに疲れてしまい、得るものはなかった。ムスクトンは特に、村に戻ってみると何も盗まれていなかったのだら、なおさらである。
 バザンは、自分の主人が聖職者になるどころか、恋人の為に怪しげな行動をとっている事に、いたく不満だったし、アラミスの言った「聖ヒエロニムスのルーアン注釈本」が、存在しない事にとても腹を立てていた。
 グリモーは、『カラスの寝床』で自分で自分を買い戻すほど良く働いていた。ところが、再び金を持って現れたアトスが、またもや派手にすったため、今度は主人の借金を穴埋めするために、暫く働くハメになったのである。『カラスの寝床』の主人は、グリモーがもう暫く居てくれる事を、とても喜んでいた。

 
                   新型マスケット銃お買い上げ 完

あとがき

 三銃士の第二作になるこの作品は、完成までにかなり時間がかかりました。
 4人も居る主役をそれぞれに活躍させるのは、至難の業です。ともあれ、ダルタニアンを書くのは楽しかったです。ただ単に元気で正義感が強いだけではない、非常に興味深い人物を、デュマは素晴らしい筆致で表現したのだと、あらためてその偉大さを実感しています。
 次回は、またダルタニアン登場前の三銃士のお話になりそうですが、その時はまたよろしくお願いします。
 長い作品でしたが、最後まで読んでくださった皆様に、お礼を申し上げます。感想など寄せてくださると、嬉しいです。

                                                            29th July 2004

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