1.ポルトスの新しい任務と、アトスの休暇

The Three Musketeers  三銃士  Pastiche  パスティーシュ


  新型マスケット銃お買い上げ
  

 アトス,ポルトス,アラミスの三銃士と、エサール侯配下の護衛士であるダルタニアンはこのところ、いかにして食事にありつくかに腐心する日が続いていた。季節は春の盛りである。
 何と言っても、手元不如意なのである。国王から下賜された臨時収入も使い果たし、給金の前払いも実行済み。こうなると、あらゆるつてを頼って食いつなぐしかない。
 もっとも、一番大変な思いをしているのは銃士と護衛士本人ではなく、彼らの従者達であった。主人達は何とかして知人の晩餐に割り込み、結局は腹いっぱいになって出てくるが、従者達は主人とは別の努力が必要である。比較的のん気な主人達よりも、従者たちのほうが早くこの状況から抜け出して欲しいと熱望していた。

 午後にはアトスの家に集まる習慣になっている。その日、ポルトスはまずトレヴィルの屋敷の、銃士隊詰め所に顔を出す事にした。仕事の事はもちろんだが、喧嘩騒ぎや、有益な噂話、事によっては特別任務や夕食に招待してくれる友人にめぐり合うかもしれない。
ポルトスが鼻歌交じりに屋敷の玄関ホールに入ると、階上のトレヴィル隊長の部屋の大きな扉が開き、秘書のレオナールが顔を出した。そして見上げたポルトスと目が合うや、室内に向かって、
「おられました、ポルトス殿です!」
と大声で呼ばわる。
「何だ?」
ポルトスがのんびり聞き返すと、レオナールは向き直って手招きした。
「ポルトス殿、トレヴィル隊長がお呼びです!」
 ポルトスは、さて一番最近の喧嘩は何だったか、それとも食い逃げか、いや誰かの家賃踏み倒しかと思案しながら階段を上ると、レオナールと入れ替わりに隊長の執務室に入り、帽子を取って深々と礼をした。
 「元気か、ポルトス。」
トレヴィルは机上で書き物をしながら尋ねた。
「おかげ様で。」
「まあ、ゆうべサン・クロードで憲兵を七人こてんぱんにしたぐらいだから、元気だろうな。」
「お耳が早いですなぁ。」
「お前におだてられても嬉しくない。特別任務だ。」
 トレヴィルは吸い取り粉を吹き飛ばしてから書類をポルトスに渡し、銃士は声に出して読みあげた。
 「アルフレド式マスケット銃120丁,黒色火薬2樽,鉛弾丸800,隊長ブリュノ・コンラード以下8名…何です、これ。」
「今度購入するんだ。コンラードは製造元直属の輸送隊長だ。今、オルレアン近郊に到着している。明日の夕方にはエルドに到着予定。お前の任務はエルドからパリまでの輸送警護だ。」
 ポルトスは明らかに悲しそうに首を振りながら、書類をトレヴィルに戻した。
「輸送警護ですかぁ?私に合った任務とは思えませんが。他にもう少し適当な人材が…」
「特別手当、160ピストール。」
「やらせて頂きます。」
「結構。」
 トレヴィルは書類にまたペンを走らせた。ポルトスはそれを眺めながら、口を開いた。
「そのアルフレド式って言うのは何です?初耳ですがね。」
「最新式だ。撃針の誤作動が少ない。」
「暴発しない?」
「しないとは言わないが、扱いやすいぞ。それから、発射時の火薬の拡散も多少減らせる。」
「スペイン製ですね。」
 委任状を書き終えようとしたトレヴィルの手が一瞬止まった。そして視線を上げ、机の前にくったくのない笑顔で立っている背の高い銃士 ―収入の割には豪奢な服装の青年を、改めて見やり、そしてため息交じりにうなずいた。
 「よく分かったな、ポルトス。」
「撃針の改良に関しては、スペインが一歩も二歩も抜き出ていますからね。残念ながらわがフランス製は、火縄銃のほうが余程味方にとっては安全と来ている。火薬の拡散による味方の損失や、連続射撃の困難さに最初に目をつけたのもスペイン軍でしょう?これは助かりますな。アトスなんぞ平気で私の背後からぶっ放すので、大事な帽子やマントに焼き焦げを山のようにこしらえるんですよ。」
「もう少し小さい声で話せ。」
トレヴィルは書類を書き終わり、サインをすると再度吸い取り粉をふりかけ、苦々しく言った。
「まさか、密輸では?」
 ポルトスは悪戯っぽく笑いながら、トレヴィルの顔をうかがった。
「人聞きの悪いことを…」
「しかし、枢機卿は歓迎しているとは思えませんね。政治的に微妙な関係の、スペインからこれだけ大量の銃器を仕入れるのですから、おそらく王妃様のつてでしょう。状況によっては戦争を始めかねないのが、今のスペインとの関係ですからね。それに銃士自ら護衛に当るということは、軍の応援は得られないと見える。最終目的地はバスチーユの武器庫でしょうけど、場所をもらえますかね?」
「お前がそれだけ分かっているのなら、私がこれ以上説明する必要はなさそうだな。しかし言っておくが、ポルトス。警護は新教徒たちや強盗どもの襲撃を防ぐためだ。これだけの大量輸送となると、奴らに一度目をつけられたら無事ではすまないだろう。」
「それにしても、120丁というのは、随分大量ですね。」
「エサール侯の護衛隊との共同購入だ。」
「ああ!」
ポルトスは、げらげら笑い出した。
「そういう事ですか。護衛隊側の警護要員はあのガスコンですね?だからさっき、レオナールが玄関ホールを覗き込んで、最初に見つけた三銃士である私に声をかけたわけだ。道理で160ピストールは多すぎると思いましたよ。つまり、4人で160ですね?それでも十分ですよ。」
「しかし、アトスは当てにならんぞ。」
「どうしてです?」
「休暇を取りに来た。」
「休暇?」
怪訝そうに尋ねるポルトスに、トレヴィルはうなずいて見せながら書類を渡し、立ち上がった。
「急で申し訳ないが、三日ほど休暇をくれと言ってきた。仕方がないから許可したがな。お前かアラミスに会ったら、よろしく伝えてくれといっていたぞ。」
「そうですか。」
 ポルトスは素っ気無く言って、受け取った書類をくるくると丸め、懐にしまった。その様子見ていたトレヴィルは、声を落として呟くように言った。
「ポルトス、お前はいい男だがな。一つだけ気に入らない事がある。」
「なんです?」
ポルトスは顔をあげ、緑色に輝く瞳を隊長に向けた。トレヴィルは唇の右端を上げて僅かに笑った。
「本当は聡いくせに、馬鹿のふりをする事だ。」
ポルトスはパッと笑い、大口を開けて何か言おうとしたが、トレヴィルがそれを制した。
「いいや、とぼけても無駄だぞ。アトスやアラミスは四六時中お前と一緒に居るから、気づいていないかもしれないがな、私の目は誤魔化せん。」

 トレヴィルはそう言ったが、実の所アトスも同様の感想を、大柄でお洒落で朗らかな友人に対して持っていた。
 アトスは、伯爵としての自分の領地から、パリに向かって駒を進めていた。彼の領地では、最近裁判沙汰が続き、領主なしではどうも解決しきれないという悲鳴が、ひっきりなしに寄せられたのである。アトスはそんなごたごたはうんざりだし、第一伯爵であること自体にうんざりしていたので、長い間無視していた。とうとう耐え切れなくなった領内の弁護士連中が、トレヴィル隊長に訴えた。事の次第を知ったトレヴィルはアトスの無責任さに呆れ、無理やり休暇を与えて領地に向かわせたのである。行かなければ、アトスの身分を公表するという脅しまで突きつけられては、アトスも従わないわけには行かない。
 しぶしぶ領地に戻ったアトスだが、当初三日の予定だった滞在期間も、たったの一日で切り上げてしまった。アトスは領地の風景を見るだけでも、何となく気が滅入る。
 トレヴィルはポルトスとアラミスには「アトスが休暇を願い出た」と説明すると言っていたが、
(果たして、信じるかな?)
 アトスは甚だ疑問だった。特にポルトスは、初めて会った時からアトスが身分を偽っていること、実は「伯爵」である事を見抜いていた。実は聡いくせにそれをひた隠し、とぼけている。トレヴィルの言う嘘の裏にある真実を、簡単に見抜いてしまうような気がする。
 ポルトスやアラミスと行動を共にするようになって数年たったが、そろそろ自分の身分を明かさねばならない時期なのかもしれない。アトスは思った。自分からそうするのではない。何かの事情で、そうなってしまいそうな気がするのである。
 (しかし、ダルタニアンは…)
 アトスは、パリに上ってきたばかりの若いガスコンの事を思うと、無意識に口元に笑みが浮かんだ。この元気で頭が良く、野心家で恐ろしく腕の立つ若者は、ある日突然アトスの日常に飛び込んできた。一見無鉄砲な彼は、続けてポルトス、アラミスの元にも突進して行き、全く同じ事 ― 決闘の約束をした。つまり、最初からダルタニアンは三銃士と行動を共にするよう、どこかの運命の女神が決めていたのだろう。
 (要するに遅刻だな。)
 アトスは、適当な言葉だと思った。
 そうだ、この遅刻した若者がやってきて、何かが始まろうとしているのだ。彼は自覚していないだろうが、確実にアトスの人生に重大なかかわりを持とうとしている。それは間違いが無いような気がしてならなかった。
 今までは、とぼけているだけにしろ…何も訊かずに楽しく行動を共にしているポルトスとアラミスに守られていた。そして、ダルタニアンはその守りから自分達を引きずり出そうとしている。ダルタニアンの、みなぎる様な活力と輝きは、その証明に違いない。アトスは、確信していた。


→ 2.ダルタニアンの新しい任務と、アラミスの相談
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