3.最新贋金造り事情

The Three Musketeers  三銃士  Pastiche  パスティーシュ


  とんでもない量の贋金を
  

 リシャールが言った通り、『本部』には食料がたっぷりあった。まず四人はテーブルを囲み、ハムを肴に中々上等なワインを味わい始めた。
 「例えば、この銀貨ですが。」
リシャールは、さっきアトスからせしめた銀貨を取り出した。
「これが贋物だという事を、考えた事がありますか?」
 銃士達が揃って首を振ると、リシャールは微笑みながら続けた。
「これは、陛下が即位なさって…八年後ぐらいのデミフラン(二分の一フラン)銀貨です。肖像がお若いのが分かりますか?打刻もしっかりしているし、重さも…そうですね、多分、異常ありません。本物でしょう。実際、銀貨や銅貨の贋物は少ないんです。以前、二トゥールヌア銅貨の偽物を見つけたときには、あまりの珍しさに、お守りにしたくらいですよ。とにかく、銀と銅の偽者は普通の市場には出回っていませんので、まず皆さんが手にされる事はないでしょう。問題は、金貨です。」
 リシャールは銀貨をテーブルに置くと、懐からエキュドール金貨を一枚取り出し、アトスに渡した。
「どう思います?」
アトスは金貨をロウソクの光で少し見たが、すぐにポルトスに言った。
「ポルトス、金貨を出せ。エキュドールだ。」
「ないよ。」
「アラミス。」
アラミスが懐から金貨を取り出してアトスに渡すと、アトスはすぐにああと声を上げた。
「重さが違う。アラミスの金貨の方が重い。つまりこれは…」
「そうです。偽造金貨です。」
リシャールはアトスから戻された金貨を、手のひらで転がした。
「この贋金の軽さは少々あからさまです。金の割合が極端に少なく、銅が混ざっている。しかし刻印は…」
リシャールは指で挟んだ金貨を、ピシャリとテーブルに叩き付けた。
「なかなか大したもんだ。」
 アトスはグラスのワインを飲み干すと、改めて尋ねた。
「つまりリシャールさん。あなたの仕事は、この偽造金貨製造の摘発という訳ですね。」
リシャールは深く頷いた。
「そうです。私を銃士隊から引き抜いた枢機卿閣下は、まず私を貨幣法院の所属にして、贋金摘発の特命を与えました。その頃はまだ大した量の贋金は出ていなかったのですが、ここ数年新大陸からの銀の大量流入で、贋金が増えましてね。それでも、これまでは刻印のお粗末な…言うなれば程度の悪い贋金で済んでいたのです。しかし、この金貨はどうです?」
 と、リシャールはテーブルの贋金を指差す。アラミスがそっとそれを手にとって裏表を眺めた。
「どうも私の目には、刻印に関しては本物との見分けがつかないな。」
「それが普通ですよ。何せ、刻印に用いられた極印が本物なのですから。」
「質問!」
ポルトスが左手を挙げた。
「俺は貨幣偽造の素人なので、質問。極印って何です?」
 「では、簡単に貨幣の作り方を説明しましょう。まず、決められた割合の配合で金属を溶かします。この割合はもちろん決まっていますし、贋金はこれを誤魔化す訳です。溶けた金属をコインの形をした丸い鋳型に流し、まっ平らな『平金』を作ります。さっき、あの荷馬車に大量に積まれていたのが、その平金です。そして表裏の模様をハンマーで打刻するのですが、そこで用いられるのが、極印です。極印とは、コインに模様を付ける言わばシール(判,印)です。硬い金属に模様を刻み付けるのですから、大体は鉄製です。本物の極印は、もちろん貨幣法院しか所有していないはずですが、私が今追っている贋金は、この本物の極印を用いているようなのです。」(*注)
 「じゃあ、話は簡単だ!」
ポルトスが素っ頓狂な声を上げた。
「貨幣法院の内部の誰かが、金貨を偽造しているんじゃないですか!」
「私も最初はそれを疑いました。」
リシャールはにっこり微笑んで、続けた。
「そこでそれを枢機卿閣下に言上しました。」
「彼と直接話せるので?」
アトスが鋭く言葉を挟むと、リシャールは意味ありげに頬を上げた。
「ええ。特命捜査官ですから。」
「なるほど。」
 アトスはグラスを傾けてリシャールの話を促した。
「枢機卿閣下はすぐに貨幣法院内部の調査を開始しました。この手の調査に関して、抜かりがない事は…というより、徹底的であることはご存知でしょう?」
 銃士達は、まったくだとばかりに深く頷いた。
「その結果、どうも極印が持ち出されたのは貨幣法院からではないことが、はっきりしたのです。では、どこから出たのか。そこで浮上したのが、ニコラ・ブリオという人物です。彼は貨幣法院の技術者であり、一級のコイン彫刻家でした。彼は数年前からコインの機械による製造を提唱していました。」
「機械?」
アラミスが聞き返す。
「ええ。水力です。機械によるコインの成形と刻印により、品質の向上と贋金造りを抑え込めると言うのが、その動機でした。彼は卓越した技術者でしたから、いくつもの試作機械や、極印を製作していました。それ自体は、彼の仕事ですから、違法でも何でもありません。しかし、彼は債務に苦しめられていました。ブリオは機械開発のために、私財を投じていたらしいのです。結局去年、彼はイギリスへ逃亡してしまったのです。」
「借金だなんて!」
ポルトスが呆れた声で言った。
「金貨を作る人が、なんで借金で逃げなきゃならないんだ?それこそ、自分で作った金で…」
「ポルトス。」
 アトスが苦い顔で制した。相変わらずリシャールはにこにこしている。
「まぁ、そう考えるのが人情ですね。ともあれ、ブリオは夜逃げしてしまいまして、残された家財道具を、債権者達が片っ端から差し押さえたのです。その中に、現行コインの極印も含まれていたのです。恐らく、エキュドールとデミエキュドール(二分の一エキュ)、両方。古くなった極印の代替品だったのでしょう。債権者たちの中の不心得者が、その極印を贋金造りに売り飛ばしたのです。
 私はブリオに会った事がありますが、中々良い男でした。彼の名誉のために言いますが、彼はイギリスに逃げた直後、貨幣法院に連絡して、自分の家財の中にあったはずの極印の所在を確認するよう、依頼しています。彼なりに気になったのでしょうね。」
「でも、手後れだった。」
「そうです。」
リシャールは立ち上がると、小さな暖炉に歩み寄って薪を加えた。そろそろ冷え始めている。
「私はこの極印を用いた偽造金貨の製造元をずっと調査していました。そして、今ここヴァイオンソレールに行きついたのですが…」
 その時、階上からボスッ、という鈍い音が響いた。リシャールは天井を見上げて笑った。
「ああ、さっそくやったな…」
すると、階段からムスクトン,バザン,グリモーがぞろぞろと降りてきた。いずれも浮かぬ顔をして、バザンは後頭部を手で押さえている。ムスクトンが憮然としながら主人達に言った。
「旦那様、本当にあそこで寝泊まりしろとおっしゃるんですか?三階の私達の部屋と来たら、ひどく天井が低いんですよ。」
「そうですよ、したたかに頭をぶつけてしまったじゃないですか…」
と、バザンは頭を撫で回してぶつぶつと不満を言った。
「そんなに低いんですか?」
アラミスが尋ねると、リシャールは肩をすくめた。
「真っ直ぐには立てませんね。何せ、古い建物で。どうやら上の方が壊れた後、むりやり木の屋根を乗せたらしくて。三階の天井が凄く低いんですよ。そもそも物置かも知れませんがね。まぁ、ちょっとの辛抱ですよ。ボメル!例の膏薬を彼にあげるんだ。」
 ボメルはにっこり微笑んで、頷いた。

 バザンはボメルにもらった膏薬を瘤に塗り、冷やした布を頭に載せると、夕食の準備にとりかかった。手際の良い彼は、またたくまに四人の主人達の前においしそうな料理を並べて行く。よほどまずい食事を取っていたのかリシャールはひどく喜んだ。
 しかし、彼は食事にかまける事なく、今回の仕事についての説明を続けた。
「さて、巧妙な偽造金貨の製造元を調べているうちに、私がたどりついたのがこのヴァイオンソレールだという所まで、説明しましたね?」
「ええ。」
 アトスはもっぱらワインばかりを口に運びながら答えた。
「そこまで分かっていれば、あとは簡単でしょう。その偽金貨の製造工房に手入れをすれば良い。明日にでもこの仕事には片がつく。」
「ええ。これまでの私の捜査も、だいたいそんな所でした。しかし今回の場合やっかいな問題点が二つあります。まず、一つは、贋金造り達は武装した用心棒を雇っているという事です。かなり荒っぽいので、危険を伴いますが、その点は皆さんという応援を得た事で、解消されるでしょう。」
 銃士達はそれぞれ頷いた。その点においては、自信がある。リシャールは続けた。
「もう一点は、贋金造りをしている集落は特定できているものの、工房は三個所あるという事です。つまり、その三個所の内、どこに踏み込むべきかという問題があるのです。」
 すると、アトスがグラスを置いて聞き返した。
「しかし、その本物の極印というのは、一組しか存在しないのでしょう?」
「いかにも。」
「贋金造りなんて白昼堂々やれるはずがないから、夜中に作業している工房を見つけてしまえば良いのではありませんか?」
「そこが、二つ目の問題点です。この村では、白昼堂々贋金が作られているのです。」
「金属加工用の炉がある農家なんて、そうそう多くはないでしょう。いや、待てよ…まさか…」
 アトスは顔をしかめた。するとポルトスが、ぱっと笑いながら声を上げた。
「煙突だ!さっき橋から見えたけど、この村にはやたらと煙突が多い!」
するとアラミスも優雅に皿の上を片付けていた手を止めた。
「え、それでは…この村の主な生業というのが…」
「そうです。金属加工なのです。」
 銃士達は顔を見合わせた。リシャールは相変わらず穏やかに微笑みながら続けた。
「勿論、すべての家ではありませんが。小麦と野菜の農家が数軒、養豚農家が数軒。それから営林所がありますが、これは金属加工用の燃料向けです。とにかく、その他はすべからく家々に炉があり、日々金属を溶かし、鋳型に流し込んだり、叩いたりしているわけです。
今まで私が手入れを成功させた贋金製造工場は、夜にこっそりとコインを作っていたので、場所を特定して踏み込んでしまえば、もうこっちのものです。手入れそのものは簡単ですよ。
 しかし今回の場合、日常の事として、沢山の工房で金属加工を行っている中から、贋金を作っている所に踏み込まねばならないのです。集落とグループは特定されていますので、確率は三分の一です。」
「村ぐるみでやっている事では?」
 アトスがワインを口に運ぶのを再開しながら尋ねると、リシャールは眉を下げた。
「それは、一応否定します。実際に贋金造りの作業をしているのは、首謀者とその手下の三工房のみと思われます。ただ、金属加工は炉など大きな装置も使う分、同業者同士のつながりも強いのです。村の住人全員が、それを知って庇っているという可能性は高いですね。贋金造り達の正業を、ほかの人間が補っているはずです。」
 「リシャールさん。」
 アトスはグラスを置くと、姿勢を正して身を乗り出した。
「こういう作戦は履行可能ですか?一個師団,もしくは枢機卿の護衛士全員でも構わない。とにかく六十人程度の武装した師団を動員して、一気に村民全員を拘束する。そして片っ端から家宅捜索をすれば、あなたの求める証拠がおさえられる。乱暴かもしれないが、贋金造りは国王陛下の権威を侮辱する行為だ。それだけの報いは当然でしょう。」
 リシャールは少し黙った。アラミスとポルトスも黙ってアトスとリシャールの間を見つめている。ややあって、リシャールは静かに口を開いた。
「それが出来ない理由は、主に二つです。まず、一個師団を動員するとなると、これは明らかな軍事行動です。今は余計な内戦をしている場合ではありませんし、この村を領地とする、さる高貴な方に対する背信行為になる。」
「国王陛下の権威をかさに着て、貴族たちに圧力をかけるのは、枢機卿の特技でしょう。」
 アトスは笑いもせずに言った。リシャールは表情を変えない。しかし気分を害している訳ではなさそうだ。彼は相変わらず穏やかに答えた。
「この村の領主は、さる公爵です。国王陛下にもっとも近い方と言って良いでしょう。」
「まさか。」
アトスはリシャールを睨んだ。さすがに今回は、ポルトスも軽口を叩く事なく、押し黙っている。
 リシャールの言葉は、国王にごく近しい高貴な人物が、この贋金造りの汚れた恩恵にあずかっている事をほのめかしていた。つまり、大人数による贋金製造の摘発は、その高貴な人物を公に告発しかねないのだ。リシュリュー枢機卿はそれをフランスの為に良しとは、決して考えないだろう。それくらいの事は、日ごろから枢機卿の護衛士を目の仇にしている銃士達にとて分かってた。
 アトスは、上体を背もたれに戻し、低い声で続きを促した。
「第二の理由は?」
「情報管理の困難さです。」
「ジョウホウカンリノコンナンサ?!」
 聞き慣れない言葉に、ポルトスとアラミスは声を揃えた。リシャールはまたにこりとした。
「大人数を動員するとなると、手入れをするという情報が簡単に漏れるのです。相手は巧妙な贋金造りですからね。情報を売りとばす人間がどうしても出るのです。それで私は何度も、現場に踏み込んでみたらもぬけの殻…という経験をしています。もう懲りました。だから私は、調査は自分で。手入れも信用できる小人数で行う事にしたのです。」
「それで、我々を?」
アトスは聞き返しながら、またワインの瓶を手に取りグラスに注ぐ。
「そうです。トレヴィル殿から応援要員派遣の知らせを受けたのが今朝です。そこで早速私は部下達とこの村に駆け付け、この『本部』を陣取りました。そして皆さんが来るのを待って村を封鎖しました。今見張りに出ている二人は、村の封鎖で手いっぱいですから、皆さんの手助けが必要なのです。」
「封鎖期間が二日間に限定されているのは、その高貴な領主への配慮ですか?」
「まぁ、そうですね。」
アラミスの問いに、リシャールは肩をすくめながら答えた。
「村を封鎖する時点でかなり大胆な行動ですが、小人数での捜査ではどうしても必要なのです。それでも、閣下は一日が限度だと。」
「主席国務大臣閣下がね…。」
アトスは皮肉な調子で呟いたが、続いて質問した。
「いつもは、どういう人と手入れを?」
「枢機卿閣下の護衛士を数人借りているのですが…」
と、ここでリシャールは少し表情を曇らせた。
「ちょっと最近、回数が多くて。人が変る事もあるので、すこし情報管理に不安が…こればかりは、枢機卿閣下には言えませんがね。その点、銃士なら。」
「信用できる?」
「トレヴィル殿の推薦とあれば、なおさら。」
 銃士達は顔を見合わせた。リシャールは、また日に焼けた顔に笑顔を浮かべ、白い歯を見せた。
「この仕事はかなりの大仕事ですよ。これに片がついたら、私は休暇を取って暫らくのんびりすごします。大仕事を一緒にやり遂げる仲間に、まずは乾杯しましょう。」
と、杯を掲げて立ち上がるので、銃士達も立ち上がってそれに応じた。
 四人が威勢良くグラスの中身を飲み干すと、リシャールはやおら宣言した。
「では、早速出動です。」
「えっ?」
銃士達は同時に聞き返してしまった。
「今からですか?」
「ええ、今から。さっきの男が、村の封鎖と貨幣法院特別捜査官の捜査が入った事を、知らせたはずですからね。何か始まっていますよ。」
 リシャールはまたにこりと微笑み、さっさと帽子を手に取ると外に出て行く。銃士達は慌ててそれに続いた。


 → 4.行動開始




*注:17世紀前半の貨幣の製造方法について色々調べ、外国コイン研究所にも意見を伺いましたが、打刻前の平金の製造過程は、はっきり分かりませんでした。現在のコインは薄い金属板を機械で丸く打ち抜きますが、当時はその技術がありませんでした。
 金属を丸く切り取り、コインの形に叩き上げる鍛造という説もあるようですが、大量製造にはやや手がかかり過ぎのような気がします。貨幣は一般に「鋳造」という言葉が用いられますので、鋳型に溶けた金属を流し込む方法を、この小説では採用しました。
 平金に極印を手作業で打刻すると言うところは、間違いなさそうです。もし、当時のコイン製造方法をはっきりとご存知の方がいらしたら、ぜひとも教えてください。(山川 慧)

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