10.贋金造りの底力

The Three Musketeers  三銃士  Pastiche  パスティーシュ


  とんでもない量の贋金を
  

 クールベ神父は昏々と眠り続け、意識を取り戻さなかった。とりあえず彼の館に運び、従僕の夫婦に看病を任せた。姪のビトリ夫人については、教会の側廊が崩壊した時にカタコンベに逃げ込んだため、その後どうなったかは分からないと、真実のまま説明した。すると、夫婦は別に驚いた風も取り乱す様子も無い。この二人も神父と姪の悪事に、気付いていたのだろう。
 ただ、神父の食事に毒を盛るという事に手を貸していたかどうかは、分からない。アラミスはそれを確認する気にはなれなかった。
 リシャールは、少し眠り、暖かいスープなどを口にすると、だいぶ顔色も良くなった。彼の希望もあり、彼を『本部』に移動させ、日が暮れると銃士達も加わって夕食となった。
 ボメルはリシャールの世話があるし、バザンは夕食のしたくがあるので呼び戻されたが、ムスクトンとグリモーは逃げ出した豚の回収にまだ奔走していた。普段は何事につけ従者としてはグリモーの方が有能のように見えるが(もっともそれは主人がアトスに限定されているからであって、ほかの人間の従者となると分からない)、今回の場合は、投げ縄の得意なムスクトンの方がかなり好成績らしい。

 アトス、ポルトス、アラミスがテーブルにつき、リシャールは長椅子に横たわって半身を起こした。銃士達はすっかり疲労困憊しているような表情で、重症のリシャールのほうが余裕のある微笑を浮かべている。
 「つまり、こういう事ですか。」
 アトスが切り出した。さすがのアトスも空腹なのか、焼いた鶏とスープを口に運んでいる。
「ニコラ・ブリオの極印を手に入れたテルミードとその甥、そしてジャック・ボンボンらは、精巧な偽金貨を鋳造し、ラ・ロシェルの反乱軍や、ボヘミアに売って利益を得ていた。ヴァイオンソレール村の領主も、その恩恵に少なからずあずかっている…」
 リシャールは静かに微笑んだだけで、頷きもしないし、首も振らない。アトスは小さく頷いた。
「そこの所は、置いておきましょう。しかしやがて貨幣法院特別捜査官のリシャールさんが、ヴァイオンソレールこそ、贋金造りの根城だとつきとめた。それをリシュリューに報告し、リシュリューは覆面捜査のためにクールベ神父を聖バシリウス教会の神父に任命した。彼は未亡人になっていた姪を連れてこの村にやってきた…」
 アラミスは別に表情を変える事もなく、いつもの優雅で繊細な様子を取り戻し、淡々と食事を口に運んでいる。アトスは続けた。
「しかし、クールベ神父は寝返った。贋金造りの一味に加わったのだ。でも、リシャールさんへの情報提供は…」
「完全にすべて嘘だったわけではありません。」
リシャールが説明した。
「全く虚偽の報告を上げると、すぐに私に感付かれますから。適当に真実を伝え、適当な嘘も提供した訳です。」
「でも、あなたはクールベを怪しんだ。」
「ええ。しかしアトス殿、神父が贋金造り一味に加わったというのは、やや違いますね。彼は、自分が枢機卿閣下の部下である事を利用して、贋金一味を脅したのです。摘発を受けて全てが台無しになるか否かは、自分にかかっている。そうなりたくなかったら、自分にも贋金造りで得た利益をよこせ…とね。その代わり、特別捜査官が村に入ったら助けてやると言ったのでしょう。」
「かくして、リシャールさんはトレヴィル殿に応援要員の派遣を依頼した上で、ヴァイオンソレール村に入った。」
「神父の姪も怪しいと、最初から気付いていたのですか?」
それまで、黙って食事を胃に納めるのに専念していた、ポルトスが発言した。
「気付いたと言うよりは、用心していたという所でしょう。神父と姪の監視を、ボメルに命じましたが、四六時中という訳には行きません。ただ、ボメルは神父の姪が用も無いのに、聖バシリウス教会の崩れかかった西側廊に出入りしていると報告してきました。これは、何かあるなと…。」
リシャールは一瞬アラミスに視線をやったが、すぐに外した。アラミスも相変わらず食事を続けている。
「何かあるどころじゃない、神父より、むしろ姪の方が首謀者だったんだ。」
ポルトスは少し憤慨したような声で言った。
「用心棒達が言う事によると、ヴァイオンソレールの贋金造りたちはそれほどの悪党じゃない。物騒な流れ者を雇って輸送要員や、短銃をぶっ放すような用心棒にしたのは、姪の策略だったらしい。」
「では、こういう事か?」
 アトスが陰気な声でポルトスを遮った。
「クールベ神父は明らかに健康を害していた。そんな彼が、リシュリューを裏切ってまで贋金の利益を吸い取ろうとしたのは、ひとえに姪のためだったと?」
「考えられる。」
 ポルトスは短く言って頷き、また食事を再開した。アトスはワインのグラスを引き寄せた。
「いよいよ今朝、リシャールさんは手入れ本番の打ち合わせを行い、神父も呼び寄せた。テルミードの工房に手入れするという情報を与え、神父はそれを贋金造りたちに伝えた。そこで贋金造りたちはジャック・ボンボンの工房で作業を始めたが…リシャールさんと俺達に裏をかかれ、結局極印は押収されてしまった。せっぱ詰まった神父はリシャールさんを撃ち、教会に逃げ込んだ。姪も同じく教会に居たが、側廊が崩壊し、神父は俺達に助け出され、姪は…」
アトスは一口ワインを喉に流し込んでから、呟くように言った。
「姪は、カタコンベへの通路へ逃げ込み、入り口は瓦礫でつぶされた。」
男達は、しばし沈黙した。アラミスも食事をする手を止め、じっと皿を見詰めている。すると、急にポルトスが明るい声で言った。
「最後にもう一つ、解決するべき問題があるぞ。大量にあるはずの偽金貨はどこだ?」
「カタコンベだろう。」
 アトスが苦々しく答える。ポルトスは意見を求めるようにリシャールの方を振り返ると、彼も肩をすくめて同意した。
「カタコンベでしょうね。今となっては、入り口はつぶれてしまったし、内部構造はちょっと専門家が調べないと分かりません。第一、他に出口があるのかどうか…。とにかく、カタコンベに大量の偽金貨と、神父が得た利益 ― こっちは本当の金貨が、隠されていると考えて間違い無いでしょう。」
「そりゃぁ、そうかもしれないけど…」
ポルトスは不満そうに続けた。
「あの用心棒たちは、テルミードの甥の家を調べろと言ったぞ。」
「お前もいい加減、お人好し過ぎるな、ポルトス。担がれたんだよ。」
「アトス、お前はもう少し人を信じたほうが良いぞ。」
「勇んで行ってみたら、見つけたのは豚だったんだろう?」
リシャールもアラミスもクスクス笑った。ポルトスはむきなって言い返した。
 「移動したに違いないよ!だって、考えてもみろよ。昨日の夕方や、夜に移動を止めた平金の量を!あれに打刻をしたとして、カタコンベに隠すような余裕があるか?まず一時的にどこか手近な所に隠すだろう?それがテルミードの甥の所だったんだ。でも神父の内通で、そこも危ないと知ったあいつらは、他に移動した!その代わりに、豚を押し込んだに違いない。あんなにぎゅうぎゅうの豚舎があってたまるか。」
 その時、『本部』のドアが開いて、体じゅう埃だらけで、顔も手も真っ黒にしたムスクトンと、グリモーが入ってきた。二人ともへとへとになっている。
 「お帰り!どうだった?」
ポルトスが急き込んで尋ねた。すると、ムスクトンはうんざりといった仕種をしながら答えた。
「どうもこうも、旦那様。とりあえず豚は全員とっ捕まえましたがね、どの家を探しても金貨なんて見つかりゃあしませんよ。」
 豚が大脱走してから、ポルトスもさっきまで委任状を掲げて片っ端から村の家々を調べまわっていたのである。どこかにかならず大量の贋金が隠されていると確信していたのだ。日も暮れるとポルトスは『本部』に戻ったのだが、残りの豚と家捜しはムスクトンとグリモーに引き継がれた。しかし、収穫は皆無だったのだ。
「そうなのか。」
と、アトスがグリモーに聞くと、こちらの従者も黙って頷いた。
「分かった。ご苦労だった。二人とも、ひどい成りだな。まず体をきれいにしろよ。」
 ポルトスが溜息交じりに言うので、ムスクトンとグリモーはトボトボと階段を上って、三階の彼らの部屋に向かった。ポルトスはまだ納得の行かないような顔をしている。
 「まぁ、ポルトス殿。」
リシャールが慰めるように言った。
「一番大事な極印は無事に回収できたのですし、カタコンベにも専門家と職人を派遣すれば、それなりの物が見つかりますよ。たった一日の封鎖と、たったの四人での捜査で、しかも内通者までいたのにこれほどの成果を上げたのです。素晴らしい事ですよ。皆さんには感謝してもしきれません。」
リシャールの顔は微笑んでいるが、声は本当に感謝の気持ちに溢れていた。
「リシャールさん…」
 アトスが厳かに答えようとした時、階上でゴンッ、という硬い音が響いた。ムスクトンかグリモーが、また天井に頭をぶつけたのだろう。リシャールも、アトスもアラミスも笑い出した。そして笑いながらアトスが改めて言った。
「リシャールさん、あなたにそうおっしゃって頂けて、我々としても嬉しいです。ただ…」
アトスは少し悲しそうな表情になった。
「痛恨事は、あなたに大怪我をさせた事だ。神父のあの様子では、大した抵抗はしないと油断した我々の責任です。」
「そんな事…」
リシャールは微笑みながら、ゆるやかに首を振った。
「どうかお気になさらないで下さい。私も油断していたのです。用心棒達が短銃を所持していた以上、神父だって持っていないとは断定できなかったですからね。それに、腹を撃たれた割には、大した怪我ではありませんよ。私にはガスコーニュの特効薬がありますから。」
「ガスコーニュの特効薬?」
 アトスは傾けていたワインのグラスと止めて聞き返した。リシャールはにこにこしている。
「ええ、数年前ガスコーニュで世話になった地元の貴族の夫人、お手製の膏薬です。よく効きますよ…そうだ。その貴族の家には、まだ十二,三歳のせがれが居ましてね。彼がしつこく、私の仕事を手伝わせてくれと言うのです。まだ猿のような子供だし、困ってしまったのですが、これが意外と役に立つのです。頭が良くて飲み込みが早く、しかもすばしっこいと来ている。結局そのせがれのおかげで、随分助かりましたよ。彼とはすっかり仲良くなって、色々話している内に、夢など語り始めました。何でも、パリに上って銃士になるのだとか。」
 アトスとアラミスは笑い出した。リシャールも微笑みながら続けた。
「結局、私は自分が元居た銃士隊に助けられるように、なっているのでしょうかね。あの小せがれもそろそろ成人する頃でしょう。そのうち銃士にしてくれと言って、トレヴィル殿の所に来るのではありませんか?」
 それは楽しみだなどと、アトスもアラミスも笑いながらワインを更に口に運んだが、一人ポルトスだけはしかめっ面をしている。しかも食事をしていた手を止めて、なにやら上を睨んでいた。それにリシャールが気付いた。
「ポルトス殿、どうかしましたか?」
「いやちょっと…」
ポルトスは立ち上がった。そして階段に向かいながらアトスの腕を掴んだ。
「アトス、ちょっと一緒に来てくれ。」
「なんだよ。」
「いいから!」
 ポルトスは無理矢理アトスを立ち上がらせ、階段を上っていってしまった。

 食堂には、アラミスとリシャールが残った。二人は暫らく、黙って互いの顔を見ていたが、やがてアラミスが溜息をつき、背中を背もたれに預けながら言った。
「リシャールさん、一つ分からない事があります。」
「何です。」
「あなたは本当に、私がクールベ神父の知人である事を今朝まで知らなかったのですか?」
リシャールは少し恥ずかしそうに拳で鼻の辺りを押さえた。
「ええ…まぁ、今朝はちょっと演技を。」
「そうでしょうね。少なくとも、あなたはボメルに命じて神父とその姪を監視していた。だから、夜中に私が彼女に会いに行った事も知っていたはずです。」
「ええ。その前に、私たちが平金の輸送を止めに行った時、バザンの姿が見えなかったでしょう。その時既に、アラミス殿には、何かあるとは感づいていました。」
「私を疑いましたか?」
「いいえ。」
「どうして…」
「ボメルは良い耳をしています。あなたとあの夫人との会話を一部残らず聞いて私に報告しましたが、あなたと彼女の間はかつて男女のそれであった事以外、何も示唆していなかったのです。」
 アラミスはだまってリシャールをみつめた。リシャールは続けた。
「あなたは昨夜、ビトリ夫人にカタコンベの事を尋ねましたが、彼女はとぼけてみせた。それを知った私は、彼女が贋金造りに荷担し、教会の下のカタコンベに重要な意味があると分かったのです。だから、神父も黒に違いないと確信した。あなたは…アラミス殿は、まったく疑っていませんでしたよ。」
「なるほど。」
アラミスは溜息をついた。リシャールは声の調子を落とした。
「ビトリ夫人がああなるとは…予想外でした。西側廊が傷んでいる事は知っていましたが、まさか崩落するとは思わなかったし、その上彼女がそこからカタコンベに逃げ込むとも思わなかった。」
「私も驚きましたよ。女というものは…」
アラミスは一瞬俯いてから、ぐいと顔を上げた。
「愚かな男どもが思い込むよりもずっと逞しく、行動的で ― 驚きと意外性に満ちている。そういう事ですよ、きっと。」
「アラミス殿は、クールベ神父の体調の激変の責任が、ビトリ夫人にあると思いますか?」
「さあ。」
 アラミスはいつもの血色の良い頬に、穏やかな微笑みを浮かべて言った。
「今となっては、どうでも良い事ですよ。」

 ポルトスは、アトスを引っ張って階段を上がり、自分達の寝室のある二階を過ぎて三階にたどり着いた。
 「おい、ポルトス。一体何だ。」
アトスが不平顔で言う。
「ちょっと気になるんだ。」
 丁度、ムスクトンとグリモーが着替えて出てくる所だった。
「ちょっと待った。さっき、頭を天井にぶつけただろう。どっちがぶつけた?」
「頭ですか?」
ムスクトンがキョトンとして聞き返す。
「あのいまいましい天井に頭をぶつけたのは、グリモーですが…」
「よし、グリモー。もう一度部屋に戻って、天井に頭をぶつけるんだ。」
「はっ?」
 グリモーはびっくりして絶句してしまった。そしてポルトスの背後のアトスの方を窺う。するとアトスは厳しい顔つきで命じた。
「ポルトスの言う通りにしろ。」
 主人にこう言われては仕方が無い。グリモーは、のそのそと部屋に戻った。確かに、天井が異様に低い。グリモーは部屋の真ん中で腰をかがめていたが、ゆるゆると背中をのばして、頭をそっと天井にすりつけた。
「違うよ!」
ポルトスが言った。
「さっき、ぶつけたみたいにだ!」
「そうだ、グリモー。ぜんぜん違うじゃないか。さっきは座っていて、勢い良く立ち上がってぶつけたんだろう。」
 ムスクトンもポルトスに合わせて言い立てる。グリモーは泣きそうな顔で、一旦その場に座った。そして天井が低い事を忘れたようにすっと立ちあがり、案の定 ―
 ゴンッ!
 ― と、頭をぶつけた。目から火花が飛んだのか、グリモーは目をしばたいてフラフラしている。それには構わずに、ポルトスは部屋の中央に来ると、天井を見上げた。アトスも一緒に入って来て、同じように天井を見上げた。すると、ポルトスが従者達に言った。
 「かなてこを持っているか?」
 ムスクトンはぶんぶん首を振ったが、グリモーが手を上げた。彼はまだふらふらする足取りで自分の荷物の所に行くと、大きな鞄の中から、かなてこを取り出し、ポルトスに渡した。どうしてこんな物を持ち歩いているのか不思議だが、ともかくポルトスはそれを天井板の継ぎ目の一つに、差し込もうとした。
 「おい、ポルトス…」
「アトス、ちょっと階段の方に下がった方がいいぜ。」
 そう言いながらポルトスは継ぎ目にはまったかなてこを、ぐいっとひねった。すると天井板の一枚が壊れ、そこからざぁっ、と音を立てて丸い小さな金属辺が流れ落ちてきたのだ。
「大当たり!」
ポルトスは叫んだ。彼は昨日の轍は踏まず、素早く金貨の滝をよけた。天井に空いた穴から、それこそ水のように金貨が止めど無く流れ落ちて来る。アトスは足元に転がった一つを拾い上げた。両面ともに打刻のほどこされたエキュドール金貨だ。
 「贋金だな。」
アトスはポルトスの顔を見上げて、にやっと笑った。ポルトスも誇らしそうに頷いた。
「やっと見つけたぞ、大量の贋金!それにしてもえらく沢山あるなぁ…」
 そう言っている間にも、天井裏からは偽金貨が流れ落ち続けている。
「やけに…たくさん…」
 ポルトスは黙り込んだ。アトスも黙って偽金貨の流れを見詰めている。しばらくして、二人の足元の床板が、何やらミシミシ音を立て始めた。
「アトス…」
「ポルトス…」
 二人はお互いの名を呼び、一瞬顔を見合わせるなり、凄い勢いで踵を返して一目散に階段を駆け降りた。

 「アラミス!リシャール!逃げるぞ!」
 アトスは食堂に駆け込んで怒鳴った。アラミスが呆れた顔でテーブルについたまま聞き返す。
 「酔っ払い、大丈夫か?ところで、あの音はなんだ?」
「悠長な事言っている場合じゃない!あの野郎ども、とんでもない量の贋金をつくりやがった!」
ポルトスも駆け込んできて怒鳴った。
「この安普請!天井と床が抜けるぞ!」
 アラミスは呆気にとられたが、アトスとポルトスが二人がかりで左右からリシャールを抱き上げて外に逃げ出すと、いよいよこれはまずいと察知した。
 彼らが転げるように『本部』から逃げ出すと同時に、ドスンと音が響いた。大量な偽金貨の急激な落下の衝撃に耐え兼ねて、三階の床が抜け、そのまま二階を破壊した。一階の壁は石造りだが、支柱が折れて屋根と二階、三階の木造部分が、そのまま食堂に崩れ落ちてしまったのだ。
 銃士達とリシャールはへたりこんで、呆然とこの光景を見ていた。しかし、いくらもしない内に、まずリシャールが笑い出した。つられて、銃士達も笑い出す。木片と金貨の山からゴソゴソと従者達が這い出してくる頃には、もう全員げらげら笑い出していた。腹に重症を負っているリシャールは笑うと傷が痛むのだが、それでも笑いが止まらなかった。
 アトスが、笑いながらポルトスの肩をつかんだ。
「おい、ポルトス!お前どうして、あの天井裏に偽金貨が隠されているって分かった?」
「音だよ!」
「音?」
 アラミスとリシャールも同時に聞き返した。ポルトスはすっかり笑い疲れて、仰向けに寝転がった。
「そう、音だよ。昨日、俺達がこの『本部』に到着してすぐ、ムスクトンたちは三階の部屋の天井に頭をぶつけたけど、その時の音は、『ボスッ』と言う、鈍い音だったんだ。つまり天井裏は空洞だったんだろう。ところが、さっきグリモーがぶつけた時は、『ゴンッ』という、硬い音になっていた。つまり、誰かが天井裏に何かを詰め込んだのさ。」
「なんてこった。この村の連中は、相当数が贋金造りに荷担している上に、かなりずうずうしいときている!」
アラミスが叫んだ。ポルトスが頷いた。
「そうだな。テルミードやジャック・ボンボンのように直接贋金造りをしていなくても、手伝う人間は結構居たんだ。連中はリシャールさんや俺達の手入れを知って、咄嗟に偽金貨を隠そうとしたが、どうせどの家も捜索されてしまう。そこで、今朝から俺達が全員出払い、従者達も村の封鎖やら、あやしい神父と姪の監視やらで『本部』から居なくなったのを見計らって、あろう事か『本部』の屋根裏に金貨を隠したんだ。」
「まさか、私達が自分の根城に偽金貨があるだなんて、思いませんものね。」
 リシャールが笑いつつも傷口を押さえて、晴れやかに言った。そしてこう付け加えた。
「私は決めましたよ。最初からこの仕事が終わったら休暇を取る事にしていましたが、ガスコーニュに行く事にします。あの地元の貴族が、いつでも遊びに来てくれと言っていますから。あの家でのんびりして、せがれに話してやりますよ。銃士っていうのは、いかに勇敢で、機敏で、素晴らしい人たちかをね!」


 
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