エピローグ

The Three Musketeers  三銃士  Pastiche  パスティーシュ


  とんでもない量の贋金を
  

 ヴァイオンソレール村から、ニコラ・ブリオの極印と大量の贋エキュドール,およびデミエキュドール金貨が押収されたため、リシュリューは心おきなく大々的な捜査団を派遣する事ができた。
 銃士達とリシャールは封鎖が解けた村から早々に引き上げたが、それと入れ替えにリシュリューの派遣した『専門家』が村に入ったのである。『本部』の屋根裏に隠されていた金貨は、その多くが打刻のあるものだったが、一部は平金だった。元々二階までしかなかった建物に、無理矢理天井の低い三階と屋根を乗せたのだから、最初から構造的に問題のある建物だったのだろう。
 聖バシリウス教会については、郷土史や教会建築,土木工事の専門家が派遣された。崩れ落ちた側廊からカタコンベに入る事は不可能だったが、調査の結果カタコンベの出口が村外れの小さな祠の裏山に通じている事が分かった。そこから内部の調査が行われたが、本物の金貨が、少量発見されただけだった。以前から側廊の崩壊に危惧を抱いていた村の贋金造りたちは、カタコンベを贋金の保管場所には不適当と判断したのだろう。
 春にこの村に来たばかりの神父と姪には、その危機感が薄く、贋金造りたちからせしめた大量の利益を隠し、自らの保身にもカタコンベを利用としたらしい。
 この調査の過程で分かった事だが、調査団が入る前に、祠の裏山の出口を誰かが使ったらしい。しかも、教会の真下からこの出口までの狭い通路に、金貨が点々と落ちていたのである。やはり本物の金貨だった。
 アラミスは、その事をリシャールの手紙で知った。リシャールは明言した訳ではないが、あの時カタコンベに逃げ込んだビトリ夫人が、大量の財産をかかえて通路を走り、逃亡したという事を示唆していた。アラミスは正直な所、あの時彼女が死んだとは到底思えなかったし、こうなると予想もしていた。
 彼女の行方は暫らく不明だった。アラミスも知りたいとは思わなかった。ただ随分年月が経ってから、ビトリ夫人がスペインの気候の良い土地で優雅に暮らしているらしいという話を、風の噂で聞いた。在所にあった自分の夫や叔父の遺産を移したのだろう。
 クールベ神父は、あのあと十日ほど生きていた。死ぬ前に一度意識を取り戻し、贋金に関する自分の罪を告白した。ただ、自分の体調の激変と、姪については何も語らなかった。

 アトス、ポルトス、アラミスはパリに帰還し、トレヴィルに首尾を報告した。トレヴィルはリシャールの重傷を知って仰天したが、すぐにリシャールから丁寧な礼の手紙が届いたため一安心した。
 王立貨幣法院からは銃士達にかなりの額の謝礼が支払われた。おかげで、三人はかなり長い間生活に余裕ができ、楽しくきままな生活を送った。アラミスはバザンを連れて例のマショー橋のたもとの本屋に行ったが、どう言う訳か店はたたまれていた。

 しばらくして、三人のもとにリシャールからたよりが届いた。怪我は存外早く良くなり、今はガスコーニュの例の貴族の所に滞在していると言う。貴族のせがれは、ますます銃士への夢を膨らましているらしい。
 リシャールは最後に、貨幣法院から退官すると記していた。十年ほど遅れたが、両親との約束を果たすべく、故郷で教師になる決心をしたのだ。
 トレヴィルからの情報によると、優秀な捜査官の退官許可をリシュリューは散々渋ったが、結局は飲まざるを得なかったという。

 こうして一件落着した訳だが、ただポルトスだけにはまだ分からない事があった。
 ヴァイオンソレールに到着した翌朝、アラミスが持っていた黒い小さな冊子 ―
「マダム・マルソー秘伝 美顔・美白基礎のお手入れ」
 ― アラミスはどうしてあんな本を持っていたのだろう。
 ポルトスは不思議に思ったが、そのうちアラミスにはアラミスなりに、容姿の磨き方があるのだろうと考える事にした。たまには、アラミスの顔の色艶でも誉めなければならないのだろうか、などと思いつつ、そのうちそんな事も忘れてしまった。


追記
 1640年、フランス国王ルイ十三世は宰相リシュリューとともに、貨幣改革を行った。これによって金貨の単位はエキュからルイに改められ、貨幣の機械による製造が開始された。ニコラ・ブリオによる機械化の提唱から十五年後の事であるが、その原理はブリオのそれを応用したものだった。


                   とんでもない量の贋金を 完




あとがき

 三銃士パスティーシュの三作目となる今作品は、ネタを考えている時に丁度「アンタッチャブル」という小説を読んでいたため、銃士たちが「手入れ」をするお話となりました。
 17世紀フランスの貨幣については全く無知のため、いくらか調べ物をする必要に迫られたのですが、それが中々容易ではありませんでした。しかし、それを乗り越えると後は存外スイスイ書けた様な気がします。
 当初はアトスを主役に据えようと思っていたのですが、結局はアラミスになりましたね。それから、リシャールも私の中ではお気に入りのキャラとなりました。いつかまた登場させたいです。
 最後まで読んでくださった皆さんにお礼を申し上げます。とりわけ、貨幣製造方法についてご親切にアドバイスを下さいました、外国コイン研究所の皆様に。
                       
                                      2nd April 2005


参考文献
 「西洋貨幣史」 久光重平著 轄聡相ァ行会 1995年
 「世界コイン図鑑」 平石国雄,二橋瑛夫 著 日本専門図書出版梶@2002年
 
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