1.王立貨幣法院から、銃士隊への協力要請

The Three Musketeers  三銃士  Pastiche  パスティーシュ


  とんでもない量の贋金を
  

 銃士隊長のトレヴィルは、秘書を通じてアトス,ポルトス,アラミスの三銃士を呼び出した。実の所、三人は呼び出されるであろうとは予想していた。三人そろって隊長の部屋に入り、帽子をとって礼をするとやおら、
「先に抜いたのは護衛士達の方です。」
と、何も質問していないのにいきなりポルトスが言った。
「…なんだって?」
 トレヴィルは書類から目を上げながら聞き返した。彼の執務室の机の前には、三銃士が何食わぬ顔で立っている。ポルトスがもう一度はっきりと言った。
「先に剣を抜いたのは護衛士達であって、我々ではありません。証人もおります。護衛士達が酒場で大騒ぎをしているので、それをいさめた所、あちらがあらぬ難癖をつけて、抜いたのです。我々も一般市民に怪我人が出てはいけないので、仕方なく応戦した次第。」
「仕方なくか、アトス。」
 トレヴィルは書類を机上に放り出すと、上半身を背もたれにあずけながら、手を胸の前で組み合わせた。
「いかにも。」と、アトス。するとアラミスも頷いて、
「相違ありません。」と、口を揃えた。
 トレヴィルは長く溜息をついた。
「なんだか、お前達を派遣するのはやめた方が良いような気がしてきたな…。」
「何のお話です?」
「そっちこそ何の話だ。…まあいい。大方想像はつく。枢機卿閣下に苦情を言われる前に、お前達をパリから放り出してやる。」
「えええッ?!」
ポルトスが飛び上がって叫んだ。
「それはあんまりですよ、トレヴィル殿!ちょっと枢機卿閣下の護衛士六人をコテンパンにして、一部ドブに放り込んで、食事代を全部押し付けただけで、追放だなんて…!」
「うるさい。仕事だ。」
「ああ。…なぁんだ。驚いた。」
 ポルトスはコロリと黙り込むと、肩をすくめた。代わってアトスが口を開いた。
「仕事ですか。」
「そうだ。」
 トレヴィルは体を起こすと、机の上で手を組みあわせて、説明し始めた。
 「私の友人に、アラン・リシャールという男が居る。歳はまだせいぜい四十歳くらいだろう。以前、銃士隊に在籍していた。除隊してもう十年も経つかな。彼が仕事の人手が足りないので、私に人材派遣を頼んできた。条件は剣の腕が立ち、体力に自信があり、連帯感があり、愛国心のある男三,四名だ。」
「それで私達を?」
 アトスは無表情に言ったが、ポルトスは明らかにニコニコしているし、アラミスも僅かにに微笑んでいる。トレヴィルは笑いもしなかった。
「おだてるつもりはないが、そうだ。条件の中には酒癖だの喧嘩の勝敗だの、家賃踏み倒し歴だのは入っていなかったからな。」
「仕事とは?」
「贋金造りの摘発だ。」
「贋金?!」
三銃士は声を揃えて聞き返した。
「大声を出すんじゃない。」
「何です、それは。」
アトスが眉をしかめ、声を落としながら訊ねた。
「知らんのか。贋金というのは、金貨だの銀貨だのを不法に…」
「そうじゃありません。そのリシャールという男は、何者です?」
「良い質問だ。」
 トレヴィルは組み合わせた手を顎に当てながら、少し微笑んだ。

 国王付き銃士隊員には、地方の貧乏貴族の次男だの三男だのが多いが、アラン・リシャールの場合は全く違った。彼はオルレアン近郊の小さな町の出身で、父親は学校を経営していた。教育熱心な親の影響で、リシャールはボローニャに留学するという、変った経歴を持っていた。しかしどうした事か、リシャールはボローニャで剣士としての才能を開花させてしまったのである。帰郷したリシャールは、親の反対を押しきり ― 実際は三十になったら学校を継ぐと言って、パリに出て銃士隊に入隊したのである。
 もっとも、当時はまだ銃士隊は存在しなかった。ボローニャ時代の貴族の友人のつてで近衛師団に入隊し、その後の新規部隊創設の時に、その能力を買われ、トレヴィルの補佐役も兼ねて銃士隊に編入したのである。
 トレヴィルはずっと年少のリシャールの才能を、非常に買っていた。剣士としは勿論だが、冷静で理論的で、企画力と行動力に長けている。大軍の指揮をさせたら、かなり活躍するだろうと、トレヴィルは見ていた。
 しかし、リシャールはその出自のせいか、将軍になるような道はたどらなかった。その代わりに、高名な政治家の目に留まり、引き抜かれたのである。
 その高名な政治家というのが、アルマン・デュプレシス・リシュリュー。主席国務大臣の枢機卿である。

 「そういう顔をするな。」
トレヴィルは軒並み表情を曇らせた三銃士を見ながら、苦笑いした。
「つまり、そのリシャールと言うのは、枢機卿の手先という事ですか。」
「言葉が悪いな、アトス。実際の所属は貨幣法院だ。枢機卿に見出されて銃士隊から引き抜かれ、特別貨幣捜査官になっている。彼の直接の上司は貨幣法院長だが、実際は…」
「やっぱり枢機卿の手先ですなぁ。」
ポルトスが大袈裟に溜息をつきつつも、顔は笑いながら言った。
「でしたら、応援を枢機卿閣下の護衛士にでも、頼めば良いではありませんか。どうして銃士なんです?」
「さぁな。それは分からん。ただ、リシャールは一緒に仕事をする人間としては、枢機卿の護衛士よりも、銃士の方がやりやすいと思っているのだろう。」
そう言いながら、トレヴィルは手元の紙片に走り書きをしてアトスの前に差し出した。
「ヴァイオンソレール。馬なら半日もかからない村だ。従者を連れて行け。身の回りの事は保証できないからな。」
「ヴァイオンソレール…」
アラミスがアトスの取った紙片を覗き込んで、呟いた。トレヴィルが続ける。
「実の所、私は具体的には何も聞いておらん。リシャールには一両日中に銃士を派遣するとだけ、返答している。お前達三人は、ヴァイオンソレールで直接、リシャールの指示を仰げ。― いいか」
 返事をしようとした三人を遮って、トレヴィルが更に続けた。
「リシャールは、銃士を派遣して欲しいと言ってきたんだ。その意味を良く考えて行動しろよ。」

 その日の午後には、三銃士は駒を並べてパリを出発した。季節は、秋の盛りである。
 地図を見ると、確かにヴァイオンソレールはパリに程近い村だった。街道からは逸れており、これと言って特筆すべき物はなさそうだ。ただ、教会は古く立派なものらしい。
 銃士達はのんびりと駒を進め、やや後方から従者達が続いた。

 「アラミス、お前ヴァイオンソレールに行った事があるのか?」
ポルトスが、最近開拓した安価な仕立て屋について一通り喋った後、唐突に尋ねた。
「さっき、アトスに渡されたメモを見て、ちょっと変な顔しただろう。」
「いや。行った事はないが。」
アラミスは、肩まで伸びた金髪に手を入れながら、答えた。
「知り合いが居るかもしれない。」
「知り合い?」
「去年、ルーアンで神学の勉強会があったのだが、そこである神父と知り合ってね。その後彼の故郷に招待されたんだ。数日滞在して神学談義に花を咲かせたのだが、中々面白い人物だ。彼が最近赴任した教会が、たしかヴァイオンソレールだったと思う。」
「へえ。その神父には美人な妹か、従妹が居たりする訳か?」
アラミスは血色の良い頬を、更に少し赤くして黙り込んだ。
「ははぁ、図星だな。おい、アトス…」
ポルトスが黙っていたアトスの方を振り返ると、彼は遠くの丘をじっと見詰めている。
「アトス、どうした?」
アトスは少し丘の方に顎をしゃくってみせて、低く言った。
「あの丘の上に、人が居るな。馬に乗っている。」
「どれ?」
ポルトスとアラミスはアトスの見つめる方向を注視したが、丘の上にはただ風が舞っているようにしか見えない。
「もう居なくなった。」
アトスは低く呟くと、後ろを振り返った。
「グリモー!」
と、一声自分の従者の名を呼ぶと、右手で拳を作って、肘から二回、腕を振ってみせた。すると、グリモーは黙ったまま頷き、トコトコと馬を走らせると銃士達を追いぬいて、少し前を進み始めた。どうやら、見張りに立てという合図らしい。
 ポルトスとアラミスは互いの顔を見合わせて肩をすくめると、道の向うを見遣った。早くも、村が見えてきた。まず最初に、古めかしいゴシック建築の教会の尖塔が見える。これがそもそもは修道院で、十二世紀に教会になったという、聖バシリウス教会だ。そして続いて姿を現わしたのが、ヴァイオンソレール村の家々である。

 
→ 2.貨幣法院特別捜査官アラン・リシャール
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