プロローグ

The Three Musketeers  三銃士  Pastiche  パスティーシュ


  とんでもない量の贋金を
  

 アトス,ポルトス,アラミスの三銃士に限らず、大方の銃士というのは金に困っていた。そもそも、銃士には安定した収入がある訳ではなく、要するに国王の気まぐれで給金があったりなかったりする。
 そんな調子なので、銃士達は必然的に臨時収入に頼らざるを得なかった。それは文才を活かした物であったり、愛人のご機嫌を取り結んで得た物であったり、珍しく賭け事に勝ったりした結果であったりする。どの方法にしろ、三銃士は手に入れた臨時収入を平等に山分けするのが常だった。
 多少手元に金が残れば、三人それぞれ好きな事にそれを使う。アトスは酒代になり、ポルトスは衣裳代になり、アラミスの場合は多少の謎もあるが、本になることも多かった。
 マショー橋のそばに、アラミスの行き付けの本屋があった。偏屈な収拾家の老人の店で、希少本がよく埋まっていた。しかし店主には商売っ気が全くないらしい。客の好みより、自分の趣味で本を集めている。しかも、商品の分類や陳列には無頓着で、狭い店内にはうずたかく本が積み上げられていた。
 そんな事情があるので、アラミスはまとまった金が手に入ると、バザンを連れてこの本屋に出向いた。この信心深い従者は読書好きという事もあり、山と積まれた雑多な本の中から、アラミスが欲しがりそうな神学やラテン語例文集などを探し出す鼻を持っていた。

 その日も、アラミスはバザンを伴ってマショー橋の本屋に赴き、本の山と格闘していた。店の主人では昼寝をしている。バザンは奥が怪しいと言って、自分の体も本に埋めながら捜索を開始した。
 「まったく、相変わらず整理のせの字もない店ですね。『英国鳥類』に『カタラス詩集』、『神聖戦争』…統一感もないし…」
 バザンがぶつぶつ言うのを聞き流しながら、アラミスは目の前の山から何気なく、一冊を手に取った。酷い埃で手が汚れる。本を戻そうとして、アラミスは山の一角に眼が釘付けになった。薄い冊子が粗末な紐で一からげにされている。彼の目を引いたのは、その一番上の黒い表紙の小さな冊子だった。
 アラミスは手に持っていた本を置くと、本の山がくずれないようにそっと束を手に取った。そして注意深く一番上の冊子を引き抜く。アラミスはそのページをパラパラとめくった。すると、最後のページだけが他にくらべて厚くなっている。アラミスが目を近づけてそのページを観察すると、明らかに何枚かの紙が張り合わされ、内側が読めない様になっている。
 アラミスは冊子を閉じると、ゆっくりと、大きく息を吐き出した。
 「旦那様、こんなものでいかがですか?」
バザンが上着についた埃をはらい、両手に本を抱えて奥から出てきた。
「トマス・ア・ケンピスが各国語で揃っていますよ。それから、『キケロ書簡集』…この間、売ってしまいましたからね。値段もお手ごろですよ。…それは?」
バザンが抱える本の一番上にアラミスが冊子を乗せると、従者は訝しげな表情になった。
「なんです、『マダム・マルソー秘伝 美顔・美白基礎のお手入れ』…?!これも買うのですか?」
 アラミスはバザンの質問は無視して、昼寝をしている店主の老人を指差した。
「さあ、さっさと会計をすませて。ここに居ると埃で窒息しそうだ。」
バザンの困惑は晴れないが、主人の命令なので黙って従った。
 たしかにアラミスは手肌やら、髪の毛やらの手入れに余念の無い男だが、この『マダム・マルソー秘伝 美顔・美白基礎のお手入れ』とは、どうした事だろう…?

 バザンが店の主人を起こして値段の交渉を始めると、アラミスは店の外に出た。そしてマショー橋の半ばまで来ると、欄干に手を掛けて川の流れの向うをみつめた。
 「マージョラ…」
 アラミスは小さな声で呟いた。マージョラ。黒い髪に黒い瞳、艶のある笑顔の若きビトリ夫人―。
 出会ったのは、彼女の叔父の元に滞在した時だった。彼女には歳の離れた、財産家の夫が居た。アラミスは夫人に魅せられると同時に、日に日に病が重くなって行くその夫の姿が脳裏に焼き付いていた。
(そんな事もあった…)
 アラミスが記憶の中の夫人の面影に向かって呟いた時、バザンが主人に済んだと呼びかける声がした。

 銃士隊のトレヴィル隊長が、アトス,ポルトス,アラミスの三人を呼び出したのは、アラミスが本を買った、数ヵ月後である。


 
→ 1.王立貨幣法院から、銃士隊への協力要請
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