Sherlock Holmes シャーロック・ホームズ

  
2002年 BBC製作 バスカヴィル家の犬 その2 

 BBCは新たなホームズの製作にあたって、ホームズ作品の中でも最高の評価を得る作品「バスカヴィル家の犬」を選びました。この原作自体、長編の中でも飛びぬけて構成,プロットが秀逸です。これをドラマ化するにあたって、BBCは幾つかの挑戦と、「伝統」の踏襲を行いました。さて、その結果や如何に?
 今回は、このドラマの構成全体と気になった箇所について書いてみようと思います。

Caution!
 以下は、全て
ネタバレです。犯人や、ストーリー構成、ネタなどすべてネタバレ前提で感想などを書いていますので、これから鑑賞するという方は、ご注意ください。

 全体構成

 前半は、ほぼ原作どおりにストーリーは進みます。幾つかの点で、シーンの入れ替えや、細かい変更点はありましたが。
 オープニングの検死法廷のシーンは、事件の発端と舞台設定の説明になっていて、良かったです。
 ホームズとワトスン登場。いきなり脱いでいる。
脱いでいる!いきなり脱いでいる探偵医者コンビというのは珍しいのでは…?これは若さのなせる業ですね。ワトスンが「食事はどこで?」とたずねると、ホームズは「ベイカー街だ。」すると吹き替えではワトスンは「君の家で?」と聞き返します。ややや、いきなり別居かと驚きましたが、オリジナルでは「べーカー街で?」と言っていました。その後のシーンを見ても、やはりワトスンはホームズと同居していますね。やれやれ。

 モーティマー,サー・ヘンリーの登場,ワトスンのダートムーア行きなども、原作どおりです。
 ステープルトンの専門分野は昆虫学から、人骨の発掘と研究に変更されています。彼の怪しさを増すためか。メルピット荘の下りも原作どおりですが、その後から色々変わっていきます。
 まず、セルデンとバリモア夫妻の一件が膨らまされ、解決に数日かかります。その間に、ステープルトン兄妹と、モーティマー夫妻を招いての晩餐会があるのですが、ここでなんと交霊会が行われます。勿論原作にはなく、これにはやや引いてしまいました。後でステープルトンの策略の一端として解明されますが、ちょっと演出過多に思われたのですが、どうでしょう。犬の縫いぐるみもちょっと笑いを誘いました。
 翌朝、ワトスンが荒野に潜んでいたホームズを発見する下りになりますが、原作よりも簡単に推移しました。フランクランド氏がこのドラマには登場しないためです。したがってローラ・ライオンの一件も無し。
 セルデンの死体が発見されてから、彼とバリモア夫妻の関係が判明。その後のサー・ヘンリーとの食事で、時期がクリスマスであることが表明されます。今まで全然話題になっていなかったような気がするので、ちょっと唐突なのですが。このドラマ自体がクリスマスのスペシャル番組だったからでしょう。ベリルの手紙からジャスミンが香るというのは、悪くない仕掛けです。
 ワトスンが医者であることの主張なのか、セルデンの死体の調査のシーンがあり、ここでステープルトンがホシであり、ベリルは妻であるという説明があります。つまり、ホームズがワトスンと岩屋で再開した時の会話が、こちらに移ったわけです。ステープルトンとの荒野での会話は、次のシーンに持ち越された形になります。

 次に始まるは、クリスマス・パーティ。これはまったくのオリジナルです。この間にホームズがメルピット荘で家捜し。靴の存在をクローズアップします。この後、バスカヴィル家歴代の肖像画からステープルトンの動機を知る下りになりますが、ここはほぼ原作どおりです。このドラマで用いられた肖像画は、グラナダよりもずいぶん出来の良い絵でした。

 ホームズとワトスンは、ステープルトンにはロンドンに帰ったと思わせておき、レストレードと合流します。そしてクリスマスの朝が明け、サー・ヘンリーがメルピット荘に招かれた以降は、ほぼ原作と同じです。しかし、サー・ヘンリーが犬に襲われ、ホームズとワトスンに救われた後の展開が大騒ぎです。確かに、原作どおりだとあっさり終わりすぎではありますが。
 ホームズがメルピット荘に行ってみると、ステープルトンはまだそこに居て、ホームズとの対決となります。ワトスンは大怪我のサー・ヘンリー(原作ではたいした怪我はしないので、自力で歩く)をバスカヴィル館へとどけ、馬に乗って(!)メルピット荘へ駆けつけます。そしてワトスンは無残にも殺されたベリルを発見。逆上した(!!)ワトスンがホームズとステープルトンの対決の場に乱入して、大乱闘に。全然役立たずなレストレードから銃を奪ったステープルトンがワトスンを撃って逃亡。それを追ったホームズが沼にはまり、絶体絶命になりますが、間一髪のところでワトスンが助けに来て、一件落着。
 
 最後の展開は「やり過ぎモード」全開でした。私としては、ワトスンの大活躍は(撃たれるのも含めて)歓迎なのですが、ベリルを殺してしまったのは、いただけません。死体を増やすのはBBCの悪い癖なのでしょうか?
 何もホームズがああいった形で沼にはまる必要はないと思ったのですが、原作を見たら、やっぱりはまっていました。

 今回のドラマ化は、多くのところで原作を踏襲しつつも、構成面ではステープルトンをクローズアップした作品でした。ですから、モーティマーの「あなたの頭蓋骨が欲しい」という名台詞もステープルトンのものとなり、雰囲気も変わっています。
 犯人対ホームズという構図からすると、これで良いのでしょう。ただ、犯罪を取り巻く様々な構成要素と、解決への綿密な段取りは薄れてしまったような気がします。こちらに重きを置きすぎると、全体にドライな感じになってしまうので、盛り上がりが必要なドラマとしてはこれまた難があります。要はバランスなのでしょう。


 リチャード・ロクスバラのシャーロック・ホームズ

 ロクスバラのホームズは、おおむね良かったと思います。グラナダのジェレミー・ブレットと比較するとやや野暮ったく、鋭さに欠けるのは否めませんが、自信たっぷりでちょっと人を小ばかにしたようなホームズは上手かったです。それから、紙巻煙草を吸う仕草は、かなり格好よかったと思います。

 ホームズの推理については、「考えているシーン」や、自問自答,ワトスン相手の問答などが少なかったように思います。その分、ホームズは「もう僕は分かっている」という雰囲気が目立ちました。「バスカヴィル家の犬」という作品自体、、そういう要素の強い作品です。
 面白いのは、ロクスバラのホームズは「分かっている事」を、もったいぶって、しかもわざとつぶやくように言う点です。グラナダの場合は、「よし、披露するぞ!」という芝居っ気が出ていて、それを見ているワトスンも、私たちもある種の爽快さを感じました。今回の場合、「そういう事は早く言え!」と言いたくなるようなシーンが多く、現にワトスンも苛立ちを隠せません。
 実生活を考えれば分かりますが、「芝居がかった爽やかな種明かし」というものは、稀有なものです。ドラマや小説だからそれでしっくりいくのですが、実際にそれをやるとある意味バカみたいと感じることもあるでしょう。今回のホームズは、より現実的な種明かしをしたのではないでしょうか。これは製作側の意図が見えるような気がします。一方で、ぶつぶつ種明かしをするホームズに、芝居がかった食い掛かり方をしたステープルトンの、犯罪者としての異常性も際立たせていたのかもしれません。
 ホームズがコカインをやるシーンですが、原作からすると、かなり不自然でした。そもそも、ホームズは事件が持ち込まれない時の暇つぶしのようにコカインをやる傾向があります。今回のように興味深い依頼が持ち込まれた直後や、これから犯人との危険な対決に臨むと言う時にコカインというのは、ちょっと無理がありました。
 もっとも、BBCとしても「コカイン常習者」としてのホームズを描きたかったのでしょう。その気持ちは分かるような気がします。

 犬とCGなど

 今回のドラマ化で一番苦笑したのは、「犬」かも知れません。どうも犬やら、熊やら、猪やら、はたまた新種の哺乳類やら、よく分からない犬だったのが、残念です。漫画っぽかったとでも言うべきでしょうか。
 犬や風景も含めて、CGも多く見られました。最近はCGも見慣れているだけに、あまりしっくりきていないようです。
 セットなどはどれも出来が良かったと思います。特にベーカー街の部屋は素敵でしたね。もうちょっとたっぷり見たい気もしました。衣装も特に男性陣はびしっときまっていました。私はトップハット好きなので、その率がもっと高ければなお良かったのですが。
 音楽はこれといって目(耳)を引くものはありませんでした。


 さて、いよいよ!私が今回のドラマで一番気に入った要素 ― イアン・ハートが演ずるワトスンについて、語ろうと思います。これについては、各シーンをとりあげて、かなり細かく語ると思われますので、また次回ページを改めて。

 
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