本来なら、荷卸の終わった車に、ロンドンへ運ぶ荷物を積み込むべきなのだろう。しかし、デイヴィッドはかなり早いうちから、それを放棄した。荷物の起き場所は分かっているが、それがどういう分類で積みあがっているのか、それとも無頓着に積まれているのかもわからない。
 仕方がないので、まずはロンドンから持ってきた荷物を端から下ろし、荷札とリストを照合して、適当な場所へ持っていくことを指示することにした。
 全ての文字が理解できているデイヴィッドが、いちいち荷物の中身を把握しても、その先レミントン城のどこへ運ぶべきなのかは、レミントン城の使用人たちと相談しないと決まらない。ラリーが居れば、その辺りの判断も迅速に片付くのだろう。
 そんな調子で、もたもたしているうちに、時間は過ぎ、昼になってしまった。荷解きが終わり、しかるべき所へ送られた荷物は、全体の四分の一ほど。それらは大きな荷物のほうで、まだまだ細かい荷物が残っている。とりあえず休憩となり、厨房から運ばれてきた軽食をとりながら、デイヴィッドはぼんやりと中庭に残っている荷物の山を眺めていた。
 「お疲れ様です、サー・デイヴィッド。」
 にこにこしながら、ミッジがデイヴィッドのそばにやって来て、干しイチジクの載った皿を差し出してきた。
 「ありがとう。・・・悪いな、要領を得なくて。いつもはもっと早く作業は終わるのだろう?」
 デイヴィッドが苦笑いしながら言うと、ミッジは正直に肩をすくめた。
「まぁ、そうですね。仕方がないですよ、サー・デイヴィッド。ラリーさんの指揮は、ほとんど職人芸ですからね。代わりをまともに務めろというほうが、無理なんです。なぁに、サー・デイヴィッドはよくやっている方ですよ。」
 そう言って、ミッジは大声で笑い出した。それにつられて、車座になって休憩をしている連中も笑いさざめいている。ネッドや、ロンドンから来た輸送部隊は、すっかりレミントン城の住人たちと仲良くなって、談笑していた。ミッジはデイヴィッドの隣に座りこんで、さらに口を開いた。
 「聞きましたよ、ダニーが皇太子殿下をさらって行ってしまったんですって?あれは父上譲りの特技でね。別に、なれなれしいってわけじゃないが、初めて会う人でも、ダニーは昔から知っているみたいな気にさせるんですよ。わけもなく、ダニーのことを大事な人だって、思うようになるんだなぁ。」
 ハルもデイヴィッドも、ダニエルと会うのはこれが二回目のはずだが、そこは黙っていた。デイヴィッドも、なんとなくダニエルのことを他人だとは思えなかったし、ハルにしても、夕べの様子や、今朝ふたりで出かけたことが、至極普通のことに思われた。ダニエルがすぐに人の心をつかみ、打ち解けてしまうタイプの人間だとすると、同様の人種であるハルとは、仲良くなって当然だ。
「あ、そうだ。サー・デイヴィッド。」
 ミッジが立ち上がりながら言った。
「荷物のリストですけどね。ラリーさんはいつも、着いた荷物にくっついているリストと、自分が作ったリストを照らし合わせていましたよ。そのラリーさんが作ったほうのリストは持っているのですか?」
「ラリーさんが作ったリスト?」
「ああ、やっぱり。ご存じないんだ。リストなしで配送指揮は、無理だと思うなぁ。」
「そのリスト、どこにある?」
「さぁ、ラリーさんが持っていると思いますけど。いや、部屋においてあるかも知れない。」
「案内してくれ。」
 デイヴィッドは勢い良く立ち上がった。ミッジはちょっと驚いて何かとめるようなことを言ったが、デイヴィッドそれを無視して、さっさと城内へと向かい始めた。
 気後れしたのか、ミッジはついてこない。代わりに困ったような声で中庭に残った連中に何か説明し、やがてネッドの頓狂な声があがった。
「おおい、デイヴィッド!逃げるなよ!」

デイヴィッドが城内の回廊を行くと、最初にロブを見つけた。夕べからデイヴィッドの世話をしてくれている小姓だ。ラリーの部屋に案内するように言うと、小姓は心底迷惑そうな顔をした。
 「ええ、もちろんサー・デイヴィッドが案内しろとおっしゃるなら、ご案内しますが…でも、ラリーさんのお部屋に何の用ですか?お留守なのですよ。」
「お留守だから入れてもらうんだ。荷卸と荷造り用のリストがあるはずだから、そいつを拝借したい。」
 ラリーの居室の前まで来て、今度はロブの表情に恐怖の色が浮かんだ。
「まさか、ラリーさんの書類を見るのですか?」
「リストが書類になっていれば、そうだろうな。」
「よした方がいいですよ、サー・デイヴィッド。」
「扉が開かないのか?」
「いえ、開きますけど…鍵なんてかけなくても、この城内でラリーさんの部屋に無断で入る人なんていませんから…」
 ロブはさんざん渋っているが、デイヴィッドはそれに構わず、扉を開けてラリーの部屋に入った。ロブも仕方なくおずおずとついてくる。
 さすがに、レミントンのロリマー家ともなると、その執事の部屋も立派なものだ。まず手前が書斎で、十分な広さがある。大きな書棚に大きな執務机、数個の立派なキャビネットもしつらえてある。奥の扉の向こうは、おそらくラリーとその妻の寝室なのだろう。
 書斎はきれいに片付いていた。その点がデイヴィッドにとっては意外だった。だいたい執事の部屋というと、山積する仕事関係の文書やら道具やらで雑然としているものだ。デイヴィッドの実家であるセグゼスター伯爵家の執事など、代々混沌とした書斎を受け継いでおり、デイヴィッドが子供のころ、その部屋に入ると迷子になって出られなくなるとさえ言われていた。
 ラリーはよほど几帳面な性質なのか、大体のものが収納箱に収まっており、床には簡素ながらも上質の絨毯が敷いてある。書棚には書類を納めた箱が整然と並べられ、年次別、案件別に分類されている。レミントンはごたぶんに漏れず、農業と酪農、そして羊毛生産を生業としている土地だが、サー・ジョージの縁故による、ポルトガルとの文物交流の場にもなっているから、執事には書類を完璧に整理できる才能も求められるのだろう。どうやらラリーはそれに適任のようだ。
 執務机も同様に整頓されている。数個の箱があり、粗末ながらも細かい文字の並んだ書類が入っている。おそらく、処理済のものや、これから目を通すもの、ダニエルへ持っていくものなどに分けられているのだ。
 「なるほど。」
 デイヴィッドは感心しながら、机の上を眺めた。ラリーが作った荷物リストがあるとしたら、机の上だろうし、おそらく『未決』扱いに違いない。もしくは、書類は製作途中。そしてデイヴィッドの目に入ったのが、箱の脇に置いてある紙はさみだ。書きかけの書類なら、この中に違いない。デイヴィッドは躊躇せずに、その紙はさみを開き、中のものに目を通した。
「サー・デイヴィッド!だめですよ、ラリーさんは几帳面ですから、誰かが書類に手をつけようものなら、すぐにばれてしまいます。」
 とうとうロブが悲鳴を上げたが、デイヴィッドは手紙らしき一通に目が留まった。英語でもなければ、ラテン語でもない。デイヴィッドは右手でつまみ上げたその書きかけの手紙を眺めた。彼はフランス語を不自由なく使うし、スペイン語も多少勉強させられた。その応用でポルトガル語もだいたいは理解できる。その様子を見たロブは、さらにうろたえた。
「やめてください、手紙を盗み読みするなんて、本当に困ります…!」
「うん。そうだな…」
 デイヴィッドは生返事をしつつ、手紙の文面に目が釘付けになった。夕べから何となく気に
なっていた、あのイベリア半島から来た三人の学者 ― カペッロに、トレス、リベイラらの名前が見える。どうやら、ラリーは彼らの身元を再度確認するべく、ポルトガルの誰かに照会をしているようだった。
「ラリーは、ポルトガル語が達者なのか?」
「達者もなにも。ラリーさんはもともと、ポルトガル人ですよ。先代のサー・ジョージが若い頃から、あちらでお仕えしていたそうです。サー・ジョージが帰国なさるとき一緒に連れてこられたのですから。もちろん、英語だって完璧ですが…あの、サー・デイヴィッド。本当におやめになった方が…」
 ビクビクしているロブを無視して、デイヴィッドは手紙に見入っていた。そしてその手紙を持ったまま、執事の部屋から出て行こうとする。
「サー・デイヴィッド!どちらへ?」
 ロブが慌てて止めようとした。
「あの学者先生たち、今日も写本室か?」
「ええ?ああ、もちろんです。さきほど、軽食を持っていきましたし…」
「ありがとう。」
 デイヴィッドはすれ違いざまにロブに小さな銀貨を押しつけ、さっさと行ってしまう。ロブは喜ぶどころではなく、真っ青になり、この部屋では何もなかったことにして、逃げ出した。

 昨日、ダニエルに案内された写本室にデイヴィッドが入ると、ちょうど日の光が大きな窓から室内に降り注いでいるところだった。
 五人の男達が写本机の前に座り、黙々と作業をしていた。デイヴィッドが入ってくると、一同は顔を上げて彼を認めたが、声は発さず、そっと挨拶してみせるだけだった。彼らを代表して、年長の学者,カペッロが優雅な仕草で立ち上がり、穏やかな声で言った。
 「ああ、サー・デイヴィッド。おはようございます。きょうも来て下さったのですね。さぁ、私どもの神に捧げる仕事をお目に掛けましょう。さぁ、どうぞ。」
 カペッロはそっとデイヴィッドの腕を取ると、部屋の後方から案内し始めた。部屋の後ろには写本するための本がうずたかく積まれている。カペッロによると、これでも当初予定していた本の半分以上は写し終えたとのことだった。部屋の後方は見習い学者兼,従者の三人が席を持っているようだが、今日も二人しかいがない。即ち、デイヴィッドが昨日も会った、パコと、ニコラス。最近、遊び歩いてばかりと言われつつ、ダニエルがその件について不審がっていたマニュエルの姿はない。
 カペッロは、パコとニコラスが机上ですすめている作業を説明している。彼らは本格的な写本ではなく、紙やインク、ペンの下準備や、原本に印をつけ、覚え書きを差し込む作業をしていた。デイヴィッドの兄のエドマンドやハンフリー王子なら喜びそうな話だが、デイヴィッドはせっかくのカペッロの説明をちっとも聞いていなかった。部屋の後ろから見ると、パコとニコラスの前は、リベイラで、その前がトレス ― トレスはデイヴィッドが居ることにも気付いていないかのように、もくもくと作業を進めており、もじゃもじゃの髪が陣取る頭も動かない。しかし、その後ろで、赤毛のリベイラは、ときおり後方のデイヴィッドを気にしているようだった。
 デイヴィッドは、まただ、と思った。昨日、初めて会ったときから、リベイラは何かをデイヴィッドに言いたくて仕方がないらしいが、どうしてもそれが出来ないでいる。やがて、カペッロはデイヴィッドをそのリベイラの机へと導いた。
「さぁ、サー・デイヴィッド。ご覧下さい。これは、サラゴサの修道院に収蔵されていた、『ジェノヴァの祈祷書集』の写本です。これこそ、現存数が少なく、私どもも散々探し回っていたものです。サー・ジョージが入手して、こちらにあると聞いたときは、本当に神に感謝いたしました。本はかなり傷んでおりますが、リベイラはこういった書物の解読に長けておりまして…」
 カペッロは楽しそうにしゃべり続けている。一方、リベイラは俯き、一心不乱にペンを動かしはじめた。ペン先をインク壷に入れては、黒々と文字を羊皮紙に写してゆく。そして再度インク壷にペン先を浸す前に、脇に置かれた粘土にペン先を挿しこみ、紙やインクのカスを取り除く。その粘土にペン先を入れる回数がやけに多いなとデイヴィッドが思い始めた頃、それがデイヴィッドへのメッセージであることに気付いた。リベイラは、一心不乱に写本をしているふりをしつつ、粘土に差し込むペン先の角度を変えて、その度にいびつなアルファベットを綴っているのだ。
 デイヴィッドがそれに気付いた時、リベイラが何度メッセージを繰り返していたのかは、わからない。デイヴィッドは内心あわてた。彼が認識したアルファベットは、まだ意味を成していない。ここで、リベイラの作業机から離れてしまってはまずい ― とっさに、デイヴィッドは口を開いた。
「『ジェノヴァの祈祷書』といえば、その来歴には、たしかオリエントまで足を運んだ商人がかかわっているとか…」
 それまで、まったく黙って作業を見ていたデイヴィッドが急に口を開いたので、カペッロは少し驚いたようだった。しかし、すぐに嬉しそうな顔に戻る。
「ええ、よくご存知ですね。ジェノヴァの商人が、オリエントへの旅の帰途、コンスタンティノープルに立ち寄り、古い祈祷書を持ち帰ったのが、その始まりといわれています。」
「たしか、その商人の話によると、極東の海の向こうに黄金の国があって…」
 デイヴィッドは、子供の頃、兄のエドモンドがしてくれたおとぎ話を全力で思い出しながら、カペッロと話を合わせた。ふだん、人と話をあわせ、盛り上げる必要がある場合は、その役割をハルが担っている。デイヴィッドにとっては慣れない役回りで、薄氷を踏む思いだが、それでもなんとかリベイラが少しずつ粘土に刻みつけるメッセージを読み取りつつ、カペッロとの会話で間を持たせなければならない。
 幸い、カペッロはデイヴィッドの焦りには気付かない様子で、『ジェノヴァの祈祷書』の由来や、パリの大学でその存在を知ったときの感動、さらにサー・ジョージの蔵書の中に、写本を見つけたときの感激などを、楽しそうに語り続けた。普段のデイヴィッドを知る人が見たら驚くほど、相槌や、感嘆の声をあげ、さらに会話が展開するように全力を尽くす。やがてデイヴィッドが、リベイラのメッセージの全文を把握するころには、すっかりのどがカラカラになっていた。
「ああ、なるほど。そうですか。分かりました。よく分かりました。理解しました…私は、理解、しました。」
 デイヴィッドは、リベイラに伝えるために、繰り返した。先方もデイヴィッドの意図が分かったようで、粘土のペン先は意味を成さなくなった。カペッロはそんな二人のやり取りには全く気付かない様子で、皇太子の大親友で若き騎士たるセグゼスター伯爵家の御曹司が、自分たちの仕事に非常に興味を示してくれるのが、嬉しくて仕方がないようだった。この分なら、セグゼスター伯爵家がパトロンになってくれるとでも、期待しているのかもしれない。
 急に無口で無愛想な騎士に戻ってしまうのは不自然なので、しばらく愛想良く話を合わせるデイヴィッドと同じように、リベイラも無意味に複数回、ペン先を粘土に突き刺し続けていた。やがてデイヴィッドは、前の席のトレスの作業にも興味津々だと言ってカペッロを促し、リベイラの席から移動することに成功した。
 トレスは、相変わらずもくもくと写本作業を進めており、デイヴィッドの方をチラリとも見ないし、不必要にペン先を粘土に突き刺すこともない。
カペッロは引き続きあれこれと解説していたが、デイヴィッドは上の空だった。やがて、後ろの席からリベイラが静かに立ち上がった。そしてそっとカペッロの後ろに回ると、短く耳打ちした。どうやら、書庫に何かを取りに行くというような内容のようだ。カペッロは、それには適当に頷いただけで、楽しく解説を続けた。デイヴィッドは目だけで用心深く、リベイラの姿を追った。彼は、一度もデイヴィッドを見やることなく、静かに写本室から出て行った。
 こうなったら、デイヴィッドもできるだけここから脱出したい。カペッロへの相槌が、どんどんいい加減になっていく。そのうち、なんだか自分の父親に、資金援助をさせることに同意してしまったような気がする。やがて、どこか遠くで、鐘が鳴った。
「ああ!」
 デイヴィッドが急に大きな声を出したので、カペッロがびっくりして、おしゃべりを止めた。パコとニコラス、そしてまったく我関せずを決め込んでいたトレスまでもが、顔をあげた。
「もう、こんな時間ですね。これは、思わぬ長居をして申し訳ありませんでした、カペッロさん。」
 デイヴィッドは、最後の力を振り絞り、明るくまくしたてると、カペッロの手を握った。
「あまりにも面白い話なので、すっかり居座ってしまいました。そうだ、私には用事があったのです。すみません、今日はこれにて。本当に面白い話でした。明日、また改めてお話を聞かせて下さい。」
 一気に言うと、デイヴィッドは慌ただしく写本室から出て行こうとする。カペッロの声がそれを追った。
「こちらこそ、ありがとうございました、サー・デイヴィッド。皇太子殿下と、それからお父上にもよろしく…」
 デイヴィッドは、なけなしの笑顔だけを作って、出て行った。

 うまや へ 

 それが、リベイラのメッセージだった。
 デイヴィッドは走って厩へ向かった。昨日も、自分の暴れ馬を世話するために使った厩だ。ちょうど馬丁たちの休み時間なのか、厩はがらんとしていて、数頭の馬が居る以外、ひとけがない。デイヴィッドは用心深く、厩の奥へと進んでいった。空き馬房がつらなるようになったころ、小さな声が、
「サー・デイヴィッド!」と呼んだ。リベイラだ。
 彼は、大きな道具箱の陰から不安げな顔だけ出して、手招きしている。デイヴィッドが駆け寄ると、ひどく恨みがましそうに言った。
「遅いではありませんか、サー・デイヴィッド!私はもう、駄目かと思いましたよ。」
「仕方がないだろう、そんな急に後を追ったりしたら、怪しまれる。」
「でも、時間がないんです、一刻を争うんです!」
「分かった、分かった。」
 デイヴィッドは、相手をもてあました。
「一体、なんなんだ。昨日からずっと、何か言いたそうな顔ばかりで。早く話せ。」
「サー・デイヴィッドは、例の物がどこにあるか、ご存じなのですか?」
「例の物?」
「早く話せ、っておっしゃったじゃないですか!とぼけなくて良いです。」
「待てよ、何の話だか、まったく分からん。」
「こっちには分かっています!皇太子殿下も、サー・デイヴィッドも、例の物を手に入れるために、このレミントンにいらしたのでしょう?いいですか、私は味方です。ですから、早く教えてください。」
 リベイラは、声こそ潜めているが、情熱をこめてデイヴィッドの腕を取り、さらに続けた。
「連中はもう一年以上、こちらの書庫を探し回っているのです。サー・デイヴィッドがもし、何か情報をお持ちなら、すぐにご案内できます。連中が気付く前に、皇太子殿下と、例の物を持って安全な所に…それから…」
「待て、頼むから待て。」
 デイヴィッドはリベイラの手を振り払った。今朝から慣れないことだらけで、思考が鈍ってしまっている上に、訳の分からないことを言われて、さらに調子が狂う。
「一体、何の話だ。例の物って、なんだ?皇太子も、俺も別に、物探しに来たんじゃない。」
「では、何しにいらしたと言うのです?」
 リベイラの表情が、恐怖でゆがんできた。
「別に、何も。ただ、サー・ジョージの領地を訪問したいって、何となくハルとそういう話になって、ついでに跡取りのサー・ダニエルや、未亡人のレディ・ロリマーに会いたいと、それだけで…要するに遊びに来たんだ。」
「でも、荷物の受け渡しも大量に…」
「あれは、俺たちが望んだことじゃない。レミントンに行くと知れ渡ったとたんに、あれこれと頼まれて、あの量になっただけだ。」
「では、あの荷物は目くらましではなく…本当に…例の物を…探しに来たのではないのですか?」
「だから、何だよ、例の物って。」
「どうしよう…」
 さっきまで上気していたリベイラの顔色が見る見るうちに青ざめていった。デイヴィッドはもうこれ以上、リベイラの態度に付き合う気はなかった。
「よせ。いい加減にしろ。いいか、もうこうなったら全てきちんと話すしかないんだからな。皇太子自らが安全なところへ移動させるべき物があるということは、分かった。一体何だ。」
 デイヴィッドが半ば脅しつけるように言うと、リベイラは小さくため息をつき、小声で言った。
「地図です。」
「どこの?」
「セウタの地図です。」



→8.サー・ジョージが、ヨーロッパ世界に大きな影響を与える物を遺したという話


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7.デイヴィッド・ギブスンが、多大な労苦の末に厩へ呼び出される事
Origina Novel   Hal & David  オリジナル小説  ハル&デイヴィッド


  サー・ジョージの贈り物