ダニエルがハルとデイヴィッドを案内したのは、レミントン城内の書庫だった。
 もともとロリマー家は書籍の収集には熱心なほうだったが、サー・ジョージもイベリア半島で活躍していた時代に、多くの書籍を買い集め、レミントンにせっせと送っていたため、その方面の蔵書が豊富なことで有名だった。

 ダニエルが紹介した客人というのは、その書庫で書物の写本、研究をするために長期滞在している三人の学者たちだった。
一人はカスティーリャ人のカペッロ。三人の中では一番の年長で、歳のころは五十くらいで、ずんぐりとした鼻と、小さな目をしている。いかにも学者という感じであまりはきはきとは喋らないが、身のこなしがきびきびとして、体つきも引き締まっているのが印象的だった。ダニエルにイングランドの皇太子と、その親友で高名な若い騎士を紹介されると、カペッロは痩せた手を胸にあて、感激をおさえるようにおじぎをした。
 もう一人は、トレス。やはりカスティーリャ人で、四十代後半くらいの歳だろう。恰幅の良い男だ。頭はきれいに禿げ上がっているが、眉毛が藪のようにぼうぼうで、その下の大きな黒い目がギョロギョロしている。笑えば愛嬌のありそうな顔だが、やや不機嫌そうな表情がはりついていた。それでも、ハルとデイヴィッドを紹介されれば、礼儀正しくおじぎをする。
 三人目は、唯一のポルトガル人で、リベイラ。彼はすこし若く、三十歳になるかならないかという風に見える、赤毛の男だ。彼の反応は奇妙だった。ハルとデイヴィッドがダニエルに連れられて書庫に入ってくると、リベイラは一瞬おびえたような表情になり、視線が定まらない。ダニエルが二人の騎士と、年長の学者を紹介している間も、何か覗うような顔つきで、ハルとデイヴィッドを見比べている。学者の中で最後に紹介されても、小さな声で「お目にかかれて光栄です」と言っただけで、あいかわらずおどおどしていた。

 学者を代表して、カペッロが自分たちの滞在について説明した。
「私どもは、もともとパリの大学でともに学んだ仲間でした。専門は主に、歴史学。カスティーリャと、ポルトガルという隣人同士、意気投合して、書籍の収集と研究で切磋琢磨しております。
 こちらには、去年の春から滞在しています。このリベイラが、ポルトガルの国王陛下とお妃さまの縁者の覚えがめでたく、その縁で高名なサー・ジョージ・ロリマーの蔵書を拝見させていただけることになったのです。レディ・ロリマーと、サー・ダニエルのご好意に甘えて、もうすぐ一年になりそうですが、私どもの研究と写本は、素晴らしい成果を上げております。」
 そう言いながら、カペッロは写本室へハルとデイヴィッドを案内した。修道院のそれよりもこじんまりしたものだが、まだ十代か二十代とおぼしき、二人の若者が机に向かって写本作業の最中だった。
 「この二人は、パコとニコラス。まだ修行中の身ですが、私とリベイラの従者兼、写本生として励んでおります…マニュエルはどうした?」
 カペッロが二人に尋ねると、従者二人はすこしおどけた様な表情をしただけだった。カペッロはそれだけでほぼ理解したようだ。
「ああ…またどこかへ遊びにいっているな。トレス、きみの従者に、またよく言い聞かせねばなるまいぞ。」
 どうやら、トレスの従者であるマニュエルという若者が、どこかへ遊びに言っているらしい。無愛想な顔つきのトレスは、もじゃもじゃの眉の下の巨大な瞳を僅かに伏せた。
「まぁ、皇太子殿下も、サー・デイヴィッドもまだお若い。マニュエルが写本をさぼって出かけてしまう気持ちも分かるというものでしょうな。」
 写本室から書庫に戻りながら、カペッロは少し声を明るくして言った。
「ええ、まぁ分かります。しかし写本は大事な仕事です。私の弟のハンフリーが書籍の収集に熱心ですので、カペッロさんたちのお仕事の重要性は、わかっているつもりです。」
 ハルが言うと、カペッロの表情からいくらか緊張感がやわらいだ。
「ああ、ハンフリー王子のお噂は聞いております。オックスフォード大学に立派な蔵書をお持ちとか。こちらのでの仕事が終わりましたら、帰国する前にぜひとも、お目にかかりたいものです。」
「ええ、そうしてください。私から紹介状を書きましょう。もっとも、ハンフリーは気楽な王子さま気質で、金に糸目をつけずに本を買いあさっており、叔父の頭痛の種です。カペッロさんたちのように、足と手を使った蔵書の収集の手ほどきを願えれば、助かります。」
 ダニエルや従者たちを含め、一同は笑い声を上げた。ただ、一番若い学者のリベイラだけが、笑いもせずに、不安げにそわそわしていた。その視線が時々デイヴィッドの視線とぶつかる。デイヴィッドはこの学者の態度を理解しかねていたが、リベイラはすぐに視線をはずしてしまうので、それ以上さぐることはできなかった。
 一同は、また晩餐のときにゆっくり語り合おうということになり、ハルとデイヴィッドはダニエルと共に書庫をあとにした。

 ダニエルが次に案内したのは、レミントン城の塔だった。中庭を囲む回廊沿いに踊り場があり、そこから直接、塔の上までの階段が通じている。まず一番上まで登り切ると、小さな屋上になっていた。あまり高い塔ではないが、レミントン城とその周辺がよく見渡せた。
 中庭をのぞき込むと、ロンドンからの荷物が片付けられ、がらんとしている。ハルがダニエルに尋ねた。
「この回廊の作り方は、ずいぶんしゃれていますね。あまり見ない構造だけど。」
「父が改築させたのですよ。なんでも、グラナダにある東方の様式だとか。」
 ダニエルは、直ぐ下にある、武器庫へハルとデイヴィッドを案内した。ここは書庫ほどの熱気はなかった。常駐している担当者も居ないので、明かりもと灯っておらず、ダニエルが窓をあけてやっと様子がわかった。狭い武器庫は、武具が一杯に収まっている。
 「ここには、残念ながらお二人に喜んでいただけるようなものはあまりないのです。ぼくがあまり熱心じゃないせいですね。父はご存知の通り武勇の誉れたかい人でしたが、意外と道具には頓着しない方で。大したものは無いのです。」
 確かに、ほこりをかぶった武具の数々は、ふるぼけており、すぐに持ち出して使えそうな様子もない。
「農耕器具室の方が、よっぽど充実していますよ。」
 ダニエルがにっこり微笑みながらそう言うので、ハルもデイヴィッドも、笑い出してしまった。
「いや、いいことですよ。派手な騎士道的冒険もけっこうですが、領地運営も同じくらい大事ですから。」
ハルがそう言うと、ダニエルは窓を開けたとき手についた汚れを払いながら、また笑った。
「ところで皇太子殿下と、サー・デイヴィッドにちょっとご意見を頂きたいのですが。」
 彼はこの武器庫に人が居ないことを考慮したうえで、話を切り出したらしい。
「あの学者の態度、お二人はどうお思いですか?」
 ハルとデイヴィッドは顔を見合わせた。
 三人はそれぞれ、静かな武器庫の中で、適当な箱や作業台に腰掛けた。窓から差す日の光の中に、三人が巻き上げたほこりが舞っている。まず、デイヴィッドが口を開いた。
「サー・ダニエルは彼らを一年前から知っているのでしょう?」
「ダニーでいいですよ。領民もみなそう呼びます。」
 窓からの光のなかで微笑むダニエルの笑顔がひどく美しくて、デイヴィッドは一瞬めんくらってしまった。代わりにハルが言った。
「あの学者とは…リベイラのこと?ダニー。」
「ええ。もともと、落ち着いていて、愛想の良い人だったのですが、ここ十日ばかり、なんだか様子がおかしくて。なにかぼくに言いたそうなのですが、いつも年長の学者二人の目を気にして、何もいわずじまいです。」
「あの態度は、気になりましたよ。」
 デイヴィッドも頷いた。
「十日前というと…」
 ダニエルは、少し目を細めてハルとデイヴィッドを順々に見つめた。
「皇太子殿下と、サー・デイヴィッドがこちらにいらっしゃると決まり、知れ渡った頃と重なります。」
 ハルとデイヴィッドは顔を見合わせた。
「つまり、俺とデイヴィッドがこのレミントンに来ると知って、リベイラが動揺していると?」
 ハルが言うと、ダニエルは小さく頷いた。
「他に特に思い当たる理由がありません。」
「ダニー、気を悪くしないでほしいのだけど。」
 ハルは少し座りなおして言った。
「あの三人、身元は確かか?パリの大学で学んだ学者仲間だと言っているけど、なにか他に目的があって、ここに滞在しているとか…。ここだけの話、叔父のウィンチェスター司教などは、カスティーリャには俺の叔母である王母とその背後にあるイングランドの影響力を良く思わない勢力もあると、気を揉んでいる。あのカスティーリャ人二人に、そういう意味で含むことがあるとしたら、俺やデイヴィッドのレミントン訪問は、何か重大なことかも知れない。」
「それはどうでしょうか。カスティーリャ人の二人は、以前と態度が変わりません。様子が変になったのは、ポルトガル人のリベイラですよ。彼がポルトガル王家の紹介状を携えていて、あの三人の身元には間違いが無いだろうと思い、母もぼくも、彼らを安心して受け入れたのです。」
「ダニーとレディ・ロリマーが確認したポルトガル王家からの紹介なら、疑いようもないと思うけど…」
 ハルがつぶやくと、デイヴィッドが言った。
「もしかして、書庫で何かとんでもない書物でも見つけたのかも知れません。兄はオックスフォードの図書館で学者をしていますが、ごく希に古い書物からとんでもない物が発見されるとか、言っていますから。」
「何か…とんでもない物ですか。」
 ダニエルは少し首をかしげた。
「たとえば、どこかの一族が父祖以来守ってきた土地の権利が、不当なものである証拠とか…」
「土地を巡る権利や裁判などの記録などもあにはありますが、彼らがこの一年それらを見ていたとは思えません。」
 ハルとデイヴィッドは黙ったまま、ダニエルに見入っているので、彼はさらに続けた。
「それから、さっき話題になったマニュエルという従者ですが、別にもともと不真面目で遊んでばかりいるというわけではなかったのです。でも、最近急に仕事をおろそかにし始めて…あの監督者である学者たちは、遊んでばかりいて困ったものだとこぼしていますが、ぼくが領民に話を聞いても、マニュエルが酒場や女たちを遊んでいるような話は、一つも聞きません。」
「マニュエルの態度がおかしいのは、いつからですか?」
 ハルが聞き返すと、ダニエルは少し考えてから答えた。
「さぁ…ここ数日です。」
 ハルは腕を組んで考え込んでしまった。それを見て、ダニエルは座っていた箱からぴょんと飛び降りた。あたりのほこりが舞って、陽光の中キラキラかがやいている。
「そうですか。殿下も、サー・デイヴィッドもこれといった思い当たることがなければ、気にしないことにします。せっかくレミントンに遊びにいらし下さったのに、余計な心配をかけて、申し訳ございません。」
「とんでもない。」
 ハルが明るく笑って応じた。

 その後、三人はレミントン城独特の倉庫、楽器庫へ向かった。ここには、音楽を愛したサー・ジョージが収集した沢山の楽器や、歌の本などが、ところ狭しと詰め込まれている。現領主のダニエルも音楽好きの演奏家ときているので、この部屋の収集物は増える一方だった。
 「ぼくも色々弾いてはいるのですが、なかなか手が回らなくて。旅楽師が演奏して気に入れば、使ってもらっているのです。」
「トム・リックと、マイク・バックなら、ピュージーで会ったよ。」 
 ハルが嬉しそうに言うと、ダニエルもぱっと表情を輝かせた。
「ああ、会ったのですね。素晴らしい二人でしょう。あの二人がレミントンに来るたびに、この大量の楽器を見て、気に入った物は使ってもらっています。調子の悪い楽器があれば、修理もしてくれる。」
「そういえば、バックが珍しいリュートを弾いていたな。正面のサウンド・ホールが、丸く、大きく空いている。」
「ああ、あれはこの楽器庫から持っていってもらいました。父がイベリア半島で入手したものらしくて。音の響きが良いと、バックがとても気に入ってくれたので、喜んで持たせました。他にも、珍しい楽器がたくさん、ありますよ。」
 ダニエルが説明を始めると、ハルも大はしゃぎで手がつけられなくなった。あれやこれやと棚から楽器を取っては、ダニエルがそれを解説し、二人でいじくって弾いたり歌ったりが止まらなくなったのである。ダニエルは父親からも音楽の手ほどきを受けているが、さらに例の旅楽師の人トム・リックとマイク・バックから多くを学んでいる。ハルも夕べそのリックとバックから、大量の曲を仕入れたばかりとあって、ハルとダニエルの盛り上がりようと来たら、デイヴィッドが呆然とするほどだった。
 やがて日が落ち、楽器庫が暗くなり、辺りがしんしんと冷えてきても、ハルとダニエルの興奮は収まらず、晩餐の用意ができたと、召使たちが呼びに来るまで続いた。デイヴィッドは楽器庫の端っこに座り込み、ずっと黙って二人を眺めていた。



→ 5. 晩餐の後、楽しい宴会で皇太子ハルがサー・ダニエルといよいよ意気投合する事

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4.三人の学者と、その連れに紹介されること
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  サー・ジョージの贈り物