翌朝、デイヴィッドが起きてみると、リックとバックはもう旅立った後だった。夜も明けきらないうちに、故郷の村を目指したという。白く息を吐きながら、デイヴィッドは宿の主人相手に言った。
 「すばらしい二人組だな。夕べは稼いだだろう。」
「ええ、そりゃもう。」
 主人はニコニコしながら応じた。
「おかげでだいぶ稼ぎましたよ。あの二人は毎年きてくれますがね、本当に音楽のために生まれたような連中ですよ。あのバックなんざ、ゆうべリュートを抱いたまま寝ちまったらしいですからね。」
 デイヴィッドは思わず笑い出した。
「ああ、そうだ。これを頼まれましたよ。」
 宿の主人が、懐から小さな笛を取り出し、デイヴィッドに渡した。
「これ、『ジョニー』とやらに渡してくださいって言っていましたよ。楽器のお礼だそうです。」
 ジョン・ダンスタブルへの礼だろう。デイヴィッドはその小さな縦笛を受け取り、そのままマントのポケットにしまいこんだ。
 「それから、サー・デイヴィッド。これはちょっと・・・お耳に入れたほうが良いと思うのですがね。」
 主人は、デイヴィッドが座ったテーブルに、まず温かいスープを出してから、立ったまま気まずそうに両手揉んだ。
「夕べのことなんです。サー・デイヴィッドが先に寝室に引き取ってからも、リックとバックを囲んで、地元の連中は大騒ぎしていましたし、皇太子殿下もつきあってくださっていたのです。」
「そうみたいだな。」
「リックとバックが歌って、殿下は一休みで飲んでいらした時のことです。この辺りの男の一人が、酔っ払いながら上機嫌で殿下に話しかけましてね。いや、殿下はとても楽しそうで、別にそれはかまわなかったと思います。」
「いつもそうさ。」
「ありがたいことです。いやしかし、その男が話す内容に問題がありまして・・・いや、悪気はないんです。ただ、ここいらの連中はサー・ジョージをいたく誇りにしているものですから、調子に乗って、あれこれ喋るんですよ。」
「サー・ジョージの話だったら、皇太子だって聞きたいだろうさ。」
 デイヴィッドは主人が何をそんなに恐縮しているのか、いぶかしみながら熱いスープに口をつけた。
「ええ、でもホラ話も色々あって・・・その、あいつは・・・相手が皇太子殿下だったことも分かっていたかどうかあやしいですなぁ。何せ、そいつの話によると…七年前、リチャード二世が…その…退位…されましたでしょ?」
 店の主人は声を潜めた。そして腰をかがめ、座っているデイヴィッドの耳元で早口にささやいた。
「退位されたあと、リチャード王はどこかのお城で亡くなったと聞いていますが…その…サー・ジョージがリチャード王を城から助け出し、どこかへ匿われたって話をしたんですよ。」
 スープを飲むデイヴィッドの手が止まった。そして、怖い顔つきにならないように気をつけながら、主人の顔を見上げた。それでも、主人はさらに困ったような表情で、言いつくろった。
「いや、もちろんただの噂というか、ホラ話ですよ。あたしだって、信じちゃいない。その、夕べの男だって、リチャード王がどこかで生きているとか、そういう事を言いたかったんじゃないんです。ただ、サー・ジョージがいかに勇ましい騎士だったかを言いたかったから…それでそんな話を楽しく殿下に…」
 デイヴィッドは左手を主人の腕に置き、少し微笑みながら言った。
「分かった。気にしないでいいよ。皇太子もリチャード王のことは気にしないさ。サー・ジョージの武勇伝は、みんなに愛されていた証拠だ。心配することはないよ。」
 主人は急に気が楽になったようで、デイヴィッドに礼を言うと、他の輸送隊員たちの食事の準備に取り掛かった。

 気にしなくていいとは言ったものの、デイヴィッドの気持ちはなんとなく沈んでいた。七年前の政変時、ヘンリー・オブ・ボリンブログ ― ハルの父親 − 現国王ヘンリー四世によって退位に追い込まれたリチャードニ世が、幽閉先のポンティフラクト城で死んだことは間違いない。デイヴィッドも、それはよく知っていた。だから、サー・ジョージ・ロリマーによるリチャード救出劇などというものは、ただの「おとぎばなし」に過ぎなかった。
 しかし、デイヴィッドの気持ちを沈ませたのは、夕べそういう話をハルが聞いたという事実だった。そういう話を聞いたハルと顔を合わせるのが、なんとなく億劫だった。
 寝起きの悪いハルを起こすという大仕事は、ネッドとスパイクに任せることにした。
 ハルがやっと起きて食事を済ませ、出発の支度を完了させる頃には、荷馬車準備も終わっていた。そして、一行はピュージーをあとにして、一路レミントンへ向かった。

 昼過ぎにはロリマー家の領内に入り、物成りの良さそうな畑が広がり始めた。時々遭遇した農民たちは、皇太子の一行が来ることを知っており、ニコニコしながら帽子を取って挨拶をした。
 この分なら何の問題もなさそうなので、ハルはデイヴィッドに、先に馬を飛ばしてロリマー家の居城へ行こうと持ちかけた。デイヴィッドは気が進まなかったが、ハルはさっさと馬に拍車を当て、駆け出している。デイヴィッドも仕方なく、ハルの後を追った。

 徐々に、足元が悪くなってきた。少しぬかるんでいるのだ。たしか、レミントンは水はけの悪い土地柄と聞いている。サー・ジョージがポルトガルから帰国したとき、資金を投入して水はけと灌漑対策を立てたということになっている。
 デイヴィッドがハルに追いついてみると、後方の輸送隊とはだいぶ距離ができていた。ハルは馬の足をゆるめると、しばらく黙ってそのまま進んでいた。デイヴィッドはすこし馬をさげ、やはり黙っている。
 やがて、ハルが口を開いた。
 「ゆうべ、お前が寝た後、男が一人、話しかけてきたよ。」
 デイヴィッドは黙っている。ハルはかまわずに続けた。
「いろんな連中がサー・ジョージの武勇伝や思い出を話したけど、そいつの話はひときわ面白かったなぁ。何でも、城に幽閉されていたリチャード王を、サー・ジョージが救出して逃がしたって言うんだ。塔を上ったり、衛兵を魔法で眠らせたり、サー・ジョージ独りで五十人をバッタバッタと倒したり…」
「おとぎばなしだな。」
「そして無事に塔のてっぺんからリチャード王を救い出し、どこか遠く、安全なところへ匿ったとさ。」
「…おとぎばなしだ。」
 ハルは馬を止めると、デイヴィッドの方に振り返った。
「ああ。リチャードが亡くなったことは、この俺がよく分かっている。お前も見ただろう。」
「うん。」
 デイヴィッドは短く答えると、ハルの方は見ずに駒を進め、先を行き始めた。
「やっぱり、改葬する。」
 唐突なハルのその言葉を背中で聞きながら、デイヴィッドは胃の底あたりがジリジリと痛むような気分を味わい始めていた。黙って進む彼に、さらにハルが続けた。
「リチャード王の墓は、やっぱりウェストミンスター・アベイにあるべきなんだ。どうして、今までやろうと思わなかったのだろう。…なぁ、デイヴィッド。」
 呼びかけられて仕方なく、デイヴィッドは振り返った。ハルの表情がデイヴィッドの言葉を待っていた。しぶしぶ、口を開くことにする。
「慎重に考えるんだな。」
「どうして。別に大層なことじゃないだろう。」
「ハルにとっては大層なことではないかもしれないが。」
「ふん。父上は慎重にもなりたいだろうな。確かに、自分が退位させた王の墓を掘り返すのは気分のいいもんじゃない。」
「お前は陛下を非難できる立場にない。」
 デイヴィッドが低い声で言うと、ハルは曖昧にうなずいた。
「リチャードを追って王位についたことに関して、非難はしないさ。でも、王にふさわしい墓を建てるべきだというのは、話が別だ。リチャードニ世の墓は、王にふさわしい尊厳をもって、王にふさわしい墓所に移す。そうすればつまらない噂も消える。どこに慎重になる理由がある?」
「お前はそうだろうが、国王陛下のお気持ちはお前とは違う。」
「理屈では正しいが、陛下の感情には沿わないってわけだ。そうだろうな。父上はリチャードに王としてふさわしい死も、葬列も、墓も許さなかったのだから。良心がとがめるのは当然だ。」
 デイヴィッドは返事をせずハルを無視すると、また馬の腹を蹴って道を進み始めた。その背を追いながら、ハルが言葉を投げてきた。
「お前はいつも、誰にも媚は売りません、みたいな顔しているが、国王陛下のご機嫌はずいぶん気にするよな。」
「あたりまえだ。」
 デイヴィッドは馬を止め、やや声を大きくした。足元のぬかるみが酷くなってきている。
「騎士が忠誠を誓う主君の気持ちをおもんばかって、何が悪い。」
「王に対する忠誠か。リチャードだって王だったのに。」
 デイヴィッドは言い返すのをとどまろうとしたが、もう口が開いてしまっていた。
「そういう話をしているんじゃない。」
「忠誠心の話だろうが。」
「お前に、忠誠心の何が分かる。」
 さらにハルは何か言い返そうとしたが、ふとデイヴィッドの肩越し、向こうの方に視線が行った。

 デイヴィッドがハルの視線を追って振り返ってみると、そこには農閑期の畑が広がっている。道よりもさらに、畑のほうがぬかるんでおり、遠くで農夫たちが集まって難儀しているようだった。
 よく見ると、どうやら泥の深みに牛が一頭、車をつけたまま、はまってしまい、もがいているようだった。農夫たちは大勢で、その牛をどうにか泥のなかから引き出そうと押したり引いたりしているのだ。
 そのうち、男のひとりが、遠くに立っているハルとデイヴィッドを見つけたようで、大声でよばわった。
「おおい!そのあんたたち!突っ立ってねぇで、手を貸してくれ!」
 遠目から見ても、馬に跨っているのだし、それなりの服装の二人は身分がそれなりにありそうだと判断がつくだろうが、男はちっとも頓着しない。ハルとデイヴィッドは一瞬顔を見合わせたが、すぐに諦めて、馬を降り、近くの木に手綱を結びつけた。そしてマントを脱ぎ、畑の泥に足を踏み入れた。
 牛の救出作業現場にたどり着くのすら、難儀したが、現場はさらに大変だった。村の男たちや、中にはその女房も数人いるようだ。十数人が、牛の足元や車の下に板を入れたり、前から引っ張ったり、後ろから押したりしている。牛はあえぎながらなんとか抜け出そうとするが、どうにも上手くいかない。ハルとデイヴィッドがすっかり泥だらけになりながらたどりつくと、さっき大声で呼んだ男が、指示をした。
「おう、若い兄ちゃんとはありがたい。よし、一人は前、もう一人は後ろ。もう一息なんだ、頼むぜ。」
 二人は黙って言われたとおりの配置についた。その農夫が、集まっている仲間たちに怒鳴った。
「よし、助っ人が来たぞ。今度こそ行ける。みんな、踏ん張れよ!」
 デイヴィッドは牛と車の背後に回り、左肩を車の荷台にあてがわれた板に押し付けた。後ろの連中はみな同じようにして、一斉に押す準備に入っている。ふと気がつくと、デイヴィッドの向かいで女の子がフードをかぶり、すっかり泥だらけになって踏ん張っていた。農夫の娘なのだろう。デイヴィッドと目が合うと、その女の子は少し微笑み、すまなそうに言った。
「助かります。」
 驚いたことに、声を聞いてみると男の子だった。デイヴィッドは思わず目を見張った。世の中には女の子に間違われるほど可愛い男の子が居るものだと、変に感心してしまう。そのうち、農夫たちが一斉に掛け声をかけ、再度牛を引っ張り出そうと全員が力をこめた。
 さすがに成人男子が二人も加わると、様相がかわる。まず車が浮き上がり、牛が前足を板に載せて踏ん張った。さらにもう一押しすると、ずるずると牛と車が前へ進み、やっとぬかるみから抜け出した。勢いあまって、ハルを含めた前の連中がそのまま泥の中に倒れこんでしまったが、とにかく牛の救出作戦は成功した。農夫たちが拍手をしながら歓声を上げた。
 すると、さっきデイヴィッドの向かいで押していた女の子のように可愛い男の子が、ひときわ声を大きくした。
「みんな、ごくろう。大変だったな。さぁ、次の仕事だ。皇太子殿下とサー・デイヴィッドの到着だ。誰か、あとから来るご一行をお迎えに行ってくれ。それから、城へ行って、お湯を用意させて。お二人は、ぼくが案内する。」
 それを聞いて、さっきハルとデイヴィッドを呼びつけた男が頓狂な声を上げた。
「なんだってぇ?皇太子殿下とサー・デイヴィッドぉ?おいおい、ダニー!それを先に言ってくれよ!」
 一堂がどっと笑い出した。頭のてっぺんからつま先まですっかり泥にまみれ、呆然としているハルとデイヴィッドに、その「男の子」が微笑みながら言った。
「ようこそ、レミントンへ!」
 これが、サー・ジョージ・ロリマーの一人息子、レミントンの領主サー・ダニエル・ロリマーだった。男の子どころか今年二十六歳になるはずで、ハルやデイヴィッドより六歳も年上だった。

 ロリマー家の屋敷は、一応「レミントン城」と呼ばれているが、それほど大きな「城」ではなかった。堀は一重で、塔はごく平均的な高さだ。中庭を囲むよう回廊があり、居住棟は、先代のサー・ジョージがレミントンに入ってから改築されたらしく、居心地の良い空間だった。サー・ジョージの未亡人オリヴィアなど、女性達の居室は中庭からは遠く離れているが、その代わり日当たりの良い外庭に面しているようだ。塔はあるにはあるが、あまり高くはない。
 ハルとデイヴィッドはダニエルに案内されてこのレミントン城に入ると、泥だらけの体を洗うためにたっぷりの湯が用意されていた。二人がすっかりきれいになって着替え終わった頃、ネッドやスパイクなど、輸送隊も到着し、広間で食事にありつき、気持ちの良い休息所が与えられた。
 一方、ハルとデイヴィッドはダニエルに案内されて、その母にしてサー・ジョージの未亡人、レディ・オリヴィア・ロリマーとの会見に向かった。
 回廊を歩きながら、ダニエルがしみじみと言った。
「それにしてもお二人とも、大きくなりましたね。見違えましたよ。前に会ったときは、ぼくより小さかったのに。」
 ハルが驚いて聞き返した。
「え、お会いしたことが、ありましたか?」
 ダニエルは声をあげて笑い出した。
「いやだな。七年前にリーズで会ったでしょう?」
「じゃぁ、サー・ジョージが祖父を見舞ったとき、一緒にいらしたのですか?」
「ええ。いましたよ。ぼくも公爵にご挨拶しましたし。あの頃はまだ二人とも子供でしたね。かわいかったなぁ…」
 サー・ジョージがリックやバックに語ったのと、同じ印象をダニエルは持ったらしい。もっとも、現在二十五、六歳のはずだが、せいぜい十二、三の少年にしか見えない小柄なダニエルに言われても、なんだか変な気持ちがした。ダニエルも泥を落とし、清潔な服に着替えると、美男子ぶりはたしかにハルやデイヴィッドの記憶にあるサー・ジョージに似ていた。くっきりとした眉に、大きな黒い瞳。あごにかけて顔の形がほっそりとしている。髪は黒く、ところどころが、かわいらしく外側にはねていた。背は低く、やせている。背が高く、堂々たる騎士だった父親とは、その点の印象が違った。
 デイヴィッドも、サー・ジョージの息子に会ったことを完全に忘れていた。あとでデイヴィッドの次兄スティーヴに確認してみると、こちらはよく覚えていた。当時、ダニエルはもう十八か十九だったはずだが、スティーヴは「どきっとするほどの美少年だった」と言った。
 いま、ハルとデイヴィッドの前にいる青年も、見た目は「どきっとするほどの美少年」なのだが、口調は至って落ち着いた、田舎領主という感じだった。父親の若き日を彩ったような冒険譚とは無縁で、レミントンという領地をいかに治めるかに熱心なようだ。だからこそ、さっきも農夫たちと一緒になって泥にまみれて牛を救出していたのだろう。
 ダニエルの体格の小ささは、その母親に由来していたようだ。ハルとデイヴィッドに面会するために現れたレディ・ロリマーは、とても小柄で、髪も瞳も黒く、肌の色もやや浅黒い。いかにも貴婦人という風貌ではないが、その声の美しさが印象的だった。
 堅苦しい挨拶は短めに切り上げ、あとは夜の酒宴で、ゆっくり語り合おうということになった。まだやることがあるのだ。問題は、ロンドンから運んできた大量の荷物だった。

 輸送隊は休憩を終え、到着日の午後は荷解きにかからなければならない。ダニエルは城内の使用人に命じて、まず荷車をすべて中庭に案内させた。
 「さて、これからが問題ですね。」
 ダニエルは苦笑気味に言った。手には、ハルとデイヴィッドがロンドンから預かってきた、荷物の目録がある。まず、中身をいちいち確認しながら、荷解きをしなければならない。全ての確認が済んだら、それぞれしかるべき場所へ配置する。レミントンにとどまる荷物もあれば、近隣の郷士に届けられる物、ポルトガルなどへ送られる物などなど、行き先は様々なのだ。
 さらに、帰りは帰りで、レミントンからロンドンに荷物を持っていく案件も多い。ジェーン・フェンダーの荷物などがそうだ。それらを効率的に確認し、荷台に積み込まないと、混乱をおこす。やみくもに箱を開けるわけにも行かないのだ。
「こういう事を上手にさばく男がうちには居るのですけどね。今ちょっと、都合が悪くて。」
 ダニエルは中庭のベンチにハル、デイヴィッドとともに腰掛け、その形の良い眉を下げた。
「父の代から仕えるラリーという男なのですが、今でもここでぼくらを補佐してくれている、執事をしています。ところが、三日ほど前から領内の排水施設の点検に出てしまっていて。そろそろ帰ってきてくれる時期なのですが。」
「排水施設に問題でも?」
 デイヴィッドがダニエルの手からリストを取り、それを眺めながら尋ねた。
「ええ。ここ最近、雨も雪も降っていないのに、そこらじゅうがぬかるむのです。もともとここは水はけの悪い土地柄なので、ぬかるむのは仕方がないのです。それで、レミントンの領主は代々水はけ対策の排水施設敷設に熱心でした。父は特にそうで、ポルトガルとの商売で得た利益はほとんど、ここの排水に費やしているのです。
 ところが、ここ数日、どうも排水の調子がよくない。いたる所で溝が詰まって、あふれてしまって。さっきの牛も、そのせいであんなことになったのです。でも原因がよく分からない。そこで、領内の施設に一番詳しいラリーに、領内ぐるりと回って、点検してくるように命じたわけです。昨日か今日にでも戻ってくるはずだったのですが…。小さな傷みもあるだろうし、場合によっては大きな故障が起きていて、その影響が広範囲に及んでいるのかもしれないですね。
 ぼくとしては、お客様もいらっしゃることだし、ラリーには城にいて欲しいのですが…でも放っておくと領民たちが困りますから。」
 ふと、ハルが思い出した。
「そういえば、リックも言っていましたね。レミントンにはお客さんが多いから、早々に逃げ出したって。」
「お会いになりましたか。すばらしい二人組でしょう?ぼくを赤ん坊のころから知っていますから、とても可愛がってくれます。音楽もずいぶん、あの二人に習いましたよ。」
「我々以外にも、お客さんが?」
 ダニエルはハルに笑って見せた。
「ええ。晩餐のときにご紹介しようと思ったのですが…なかなか興味深い人たちですよ。今、書庫で作業中ですから、ご案内しましょう。」
 ダニエルが立ち上がり、ハルとデイヴィッドもそれに続いて居住棟を向かう。それを荷馬車の周りで座り込んでいたネッドが呼び止めた。
「おおい、この荷物どうするんだよ!あけちゃっていいのか?」
 ハルとダニエルは振り返らずに歩調を速め、居住棟の中へ逃げ込んでしまった。仕方がないので、デイヴィッドが振り返った。
「今日はよそう。あわてて開けると、ろくなことにならない。明日には、作業をうまく仕切ってくれる人が帰ってくるだろうから、それまで荷物は雨がしのげるところに置かせてもらえ。」
 ネッドは肩をすくめ、スパイクやそのほか輸送隊の連中と顔を見合わせた。彼らにしてみれば、今日の仕事が少なくなったので、喜ばしいことではあった。



→ 4.三人の学者と、その連れに紹介されること



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3.あまり愉快ではない会話の後に、牛の救出大作戦に参加する事
Origina Novel   Hal & David  オリジナル小説  ハル&デイヴィッド


  サー・ジョージの贈り物