最終的には、荷馬車五台、護衛(ハルとデイヴィッドを除く)四人、車夫五人、雑用係二人という大編成が、レミントンに向かうことになった。最初、雑用係は不要とされていたが、荷物が増えた上に、騎士が二人もいる以上、必要だということで急遽手配された。
 どうやら雑用係は臨時雇いで入ったらしい。出発の日の早朝、その臨時雇いの雑用係が、いつもはレッドホロウでノサノサしているネッドと、スパイクだった。馬輌部の出発場所にやってきたこの二人を見たハルが、あきれて言った。
 「おい、どういう風の吹き回しお前らが来ることになったんだ。」
「おととい、急に人足募集のうわさを聞いたんだよ。例によって、サー・ジョンは早耳だからね。」
 レッドホロウの名物不良老人騎士サー・ジョン・フォールスタッフの従者であるネッドが答えた。スパイクは普段から殆どしゃべらない。ネッドが自分の大きな荷物を、荷馬車の端にくくりつけながら続けた。
「それで、俺とスパイクに、ひと稼ぎしてこいだってさ。まったく、人使いが荒いよ。でも、こうでもしなきゃ、またホワイト・ウィージルからたたき出される危険にさらされちまう。仕方がないから、スパイクと二人で応募したら、あっさり決まったわけ。」
「スパイクはともかく、お前を採用するようじゃ、馬輌部の人選もあやしいものだな。」
「そうでもないさ。俺たち、ハルやデイヴィッドとも親しいからって、採ってくれたらしいぜ。」
 輪をかけてあやしいものだと、ハルもデイヴィッドも思ったが、あえて二人とも口には出さなかった。

 一行が早朝のロンドンから出発しても、ネッドは雑用係としての自覚があるのかないのか、ずっとハルとデイヴィッドのそばでしゃべり続けていた。
なんでも、フォールスタッフは亡くなったサー・ジョージと面識があったと言うのだ。年齢的にはたしかにありえる話だが、フォールスタッフの自慢話はもっぱら、サー・ジョージのうわさに高い騎士道精神は自分が仕込んだものだとか、武芸も自分が教えただとか、実にとりとめもない。フォールスタッフ経由のサー・ジョージの武勇譚も、相手が一つ目の巨人だったり、七つ首の蛇だったりで、一体何百年前の話かというものが混じっていた。さすがにハルもデイヴィッドも信じはしなかったが、レミントンへの輸送部隊の連中にとって、ネッドのおしゃべりはそれなりの娯楽としてとらえられたようだった。

 レミントンへの旅は、荷馬車の大部隊を引き連れているため、たっぷり五日間をかける予定だった。寒さこそ厳しいものの、雪にはたたられずに済んだため、旅は順調に進んでいた。四日目の午後 ― 明日はレミントンに到着が見込まれる。一行は、あらかじめ決めていた、ピュージーという宿場町を目指した。ここから、レミントンへは半日で着くだろう。
 まだ日も高いし、周囲の治安もよさそうなので、ハルとデイヴィッドは馬を飛ばし、先にピュージーに入った。前もって確保していた宿屋の主人が、騎士二人を歓迎する。二人が馬の手綱を宿の者に預けると、食堂方がにぎやかなことに気付いた。大勢の手拍子の合間に、楽しそうな音楽がもれ聞こえてくる。
 「先客かい?」
 ハルがうれしそうに宿の主人に尋ねた。
「ええ、なじみの旅楽師がきているのですよ。今夜はここに泊まるって言っていますよ。」
「行こうぜ、デイヴィッド。」
 ハルは足早に食堂へ向かった。デイヴィッドがそれについていくと、食堂の真ん中で、二人組が楽しく演奏中だった。一人はリュートをかき鳴らし、もう一人がタンバリンを叩きながら歌っている。

 西へ東へ行くは サー・ジョージ・ロリマー
 今日は決闘 明日は恋
 山をも越えるその勇姿 海をも渡るその勇気
 北へ南へ行くは サー・ジョージ・ロリマー
 明日はどこへと尋ねれば アフリカ ローマ どこへでも
 きっと会えるさ いつの日か きっと微笑むサー・ジョージ…


 最後の一節を何度も繰り返し、食堂に集った旅人や、近隣住民たちが声を揃えて歌っている。ハルも楽しそうに一緒になって歌い始めた。歌の内容もさることながら、歌っている楽師の見事な金髪が眼に入った瞬間に、ハルもデイヴィッドも、この二人がダンスタブルの言っていた「リックとバック」だと確信した。
 この二人組はかなりの腕前で、次から次へと、どんどん演奏しては、やんやの喝采を浴びている。黒いくせっ毛のバックはたった一つのリュートを巧みに操っては、ありとあらゆる音色の演奏を披露する。それに合わせて金髪のリックは打楽器や、弦楽器、時には笛などを色々と持ち替えながら、美しい歌、勇ましい歌、笑える歌、悲しい歌、次から次へと情感たっぷりに歌い上げた。どうやら噂を聞きつけて、宿場の住人や旅人以外にも、近隣の村人たちが集っているようだ。
 ハルとデイヴィッドも、彼らの輸送隊本体を待つ間、食堂の端に陣取って、のんびり飲み食いしながらリックとバックの演奏を聞いていた。それどころか、だんだん酔いが回って気分良くなってきたハルは、リックとバックに声をかけ、適当に楽器を借りて演奏に加わり始めた。観客はさらに盛り上がり、宿屋の主人は大いに稼いで上機嫌だ。
 デイヴィッドは食堂の端から楽しく歌ったり演奏したりしているハルを眺めて、しばらくぼんやりしていた。基本的にハルは人懐こく、知らない人ともすぐに打ち解けるという才能がある。皇太子としての立場でこの才能を発揮する場合は、高貴で気高い王族でありながら、臣下に親愛の情を示す素敵な王子様として認識される。良い資質だとデイヴィッドは思うが、残念ながら彼自身にそういう才能が皆無だった。
 今回の場合、ハルお得意の音楽という要素もあるのだろう。リックとバックとが一度演奏すると、繰り返しにはもうハルが演奏に加わっている。興が乗ると、リックに代わって即興の歌まで歌い始めた。王族をやめても立派に食っていけそうだ。
 やがて輸送隊の本体も順次ピュージーに到着した。手が空いた者から食堂にやってきたが、そこで盛り上がっている楽師の一人が皇太子だったので、いちいち仰天していた。

 やがてリックとバックがやんやの喝采を浴びながら演奏を終えると、ハルが自分のテーブルに二人を招待した。騎士二人が自己紹介しようとすると、リックが先にいたずらっぽく微笑みながら言った。
「知っていますよ、皇太子殿下に、サー・デイヴィッドでしょう。レミントンを出る前に、途中で会うかもしれないと、オリヴィア様やサー・ダニエルから聞いたから。」
 リックは歌うときこそ高い声で溌剌としているが、普通にしゃべるときは低い声で、ややおとなしい口調になる。一方バックは、かたときも楽器を手放したくないらしく、食事をしつつも、リュートを抱えてポツポツ弾きながらニコニコしていた。そのリュートは最新の形らしく、胴の正面に大きな丸い穴が空いていた。
「俺たちもリックとバックのことは聞いているよ。ベッドフォードシャーのジョン・ダンスタブルから。知っているかい?」
 ハルが二人の楽師にエールを注いでやりながら言うと、うつむいていたバックが顔をあげて、「ああ」と小さく声を上げた。相変わらず嬉しそうな顔をしている。リックもうなずいた。
「ええ、知っていますよ。かわいいジョニー・ダンスタブル。ロンドンでは皇太子殿下やサー・デイヴィッドに良くしてもらっていると、手紙に書いていました。遠目ばかり利いて、そこいらじゅうの物にぶつかっているでしょう。音楽の腕も天才的だから、よほどぼくらの連れにしたかったのですけどね。」
「あれだけの秀才だ。そうもいくまい。」
「そのとおりです。」
「ここには出張演奏か?」
「いえ、自分らの村に帰るんです。」
 ハルとデイヴィッドは顔を見合わせた。
「ダンスタブルには、二月いっぱい、レミントンに滞在すると知らせただろう?早めに切り上げることにしたのか?」
 ハルがそう尋ねる間に、デイヴィッドは食堂の片隅で食事をしていたスパイクを招き寄せ、ダンスタブルから預かった箱を持ってくるように耳打ちした。それをちらっと見ながら、リックが答えた。
「いま、レミントンはお客さんが多くて。さらに皇太子殿下ご一行様までいらっしゃると聞いたので、早々に退散することにしたんですよ。まぁ、くにの家族に顔を忘れられるのも困るし。これでも、二人とも家族持ちでね。」
 相変わらず飲み食いしながらリュートを爪弾いているバックが、クスっと笑った。
「そうか。二人とも、サー・ジョージとは親しかったのだろう?話をたくさん聞きたかったのだが。」
 ハルが言うと、リックはエールを一口ふくみ、目を細めて懐かしそうに言った。
「サー・ジョージ…。あの人に出会えただけでも、人生は豊かだったと言える。そんな人でした。優しくて、愛情にあふれていて、大勢の友達全員を特別扱いする。どんなに辛くて悲しいときでも、この世のどこかにサー・ジョージが居ると思うだけで、救われる気持ちがしたものです。」
 リックはまるで歌うように語った。いつの間にか、バックがごく僅かな音をはじき出しては、リックの語りに合わせている。
「ぼくらも若い頃、サー・ジョージにくっついて大陸を旅したけれど、サー・ジョージはさらに海を越えてすばらしい冒険をどっさりしましてね。その思い出話を聞くだけで、ぼくらはいくらでも歌ができた。そうしてできた歌の全てを、サー・ジョージは愛してくれた。
 サー・ジョージの友達はみんな、彼のためなら何だってした。でも、サー・ジョージは、それを上回る愛情ですべてを包んでくれるのです。
 サー・ジョージがいよいよ召されるというとき、ぼくらはみんな泣いていました。でも、彼は言ったのです。死は恐れるべきものじゃない。肉体はただの肉体で、魂はもともとあるべきところへ旅立つのだから、悲しんじゃいけない。愛する人が失われるわけじゃない。いつまでも、その人を思うだけで、誰もがその愛で包まれる。
 だから、かつてこの世にサー・ジョージが生きていたと思うだけでも、ぼくらは明日も生きてゆける。そう思わせるのが、サー・ジョージですよ。」
 四十代と思われるリックの瞳に、束の間少年のような輝きが灯った。リックとバックにとって、サー・ジョージの思い出は、二人がハルやデイヴィッドと同年代だった頃と直結しているらしい。
 「俺とデイヴィッドも、一度だけサー・ジョージに会ったことがある。」
とハルが言うと、リックがまたにやっと笑った。
「ああ、聞きましたよ、サー・ジョージから。レスターで、ランカスター公爵のお孫さんと、セグゼスター伯爵の末っ子さんに会ったって。」
「え、本当に?サー・ジョージ、俺たちについてなんて言っていた?」
ハルが意気込んで聞き返すと、リックは肩をすくめた。
「可愛かった…って。」
 これにはハルもデイヴィッドも落ち込んでしまった。バックが相変わらずリュートを抱えたまま、クスクスと笑っている。リックがあわてた。
「いや、仕方がないでしょう。ぼくはそれしか聞いていないし。マイク、お前ほかに聞いたか?」
「いや。可愛かったとしか。」
 バックがもぐもぐと答える。
「ほら。まぁ、落ち込まないで、お二人とも。実際、子供だったのだから…」
 すると、そこへスパイクが大きな木箱を抱えて戻ってきた。デイヴィッドに指示されて、ダンスタブルの箱を荷馬車から降ろしてきたのだ。それを見てデイヴィッドが立ち上がった。
「ああ、これだ。ダンスタブルから、二人に渡すように頼まれた荷物。ここで会えてよかったよ。見てくれるか?」
「きっと新しい楽器だ!」
 リックとバッグの顔がぱっと明るくなった。準備の良いスパイクは、くぎ抜きを持ってきている。彼が手際よく木のふたを開けると、待ちかねたようにリックが箱に手を入れて、わらの詰め物の中から楽器を取り出した。まず出したのが、小さなリュートだ。
「素敵だ!この大きさのリュートは始めて見たぞ。」
 リックは手早く調弦すると、すこしかき鳴らしてみた。すると、バックがつぶやいた。
「いいね。お前向きだ。」
 リックは嬉しそうにうなずき、その小さなリュートを箱の中に戻すと、もう一つの楽器 ― ハーディガーディを取り出した。
「わぁ!前から欲しかったやつだ。すごいな、これ高かったんじゃないか?弾いてみよう。」
 リックは大きなハーディガーディを抱えると、初めて触れる楽器とは思えない器用さで、手早く調弦し、ハンドルを回して簡単に演奏を始めた。みるみるうちに、リックの表情がうっとりと変化してゆく。たしかに、この楽器はハルもデイヴィッドも今まで聞いた中でも、もっとも音量の豊かなハーディガーディだった。この楽器はおおかたギーギー言うものだが、ダンスタブルからの贈り物は、弦から繰り出される音色に深みがある。
 リックにあわせて、バックもリュートを爪弾き始めた。さらに、リックが歌い出す。

 サー・ジョージに会えたなら 冒険の話をきいてごらん
 まだ見ぬ国の まだみぬ姫君 まだ見ぬ国の まだ見ぬ騎士たち
 山の頂から 見える美しい湖 小さな岬から けむる海風
 サー・ジョージに会えたなら 一緒に旅へでかけよう…



→ 3.あまり愉快ではない会話の後に、牛の救出大作戦に参加する事

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2.旅の途中で、愉快な旅楽師二人と出会い、愉快な夜を過ごす事
Origina Novel   Hal & David  オリジナル小説  ハル&デイヴィッド


  サー・ジョージの贈り物