「サー・デイヴィッド、起きてください。」
 二段ベッドの上下を誤らずにデイヴィッドを起こしたのは、スパイクだった。片手に小さな蝋燭の灯りを持ち、デイヴィッドの顔を覗き込んでいる。スパイクはジョン王子とは違って、半々の賭けである上下のベッド選択を誤った事がなかった。
「どうした。」
 デイヴィッドは即座に起き上がり、完全に醒めた目でスパイクを見やった。
「やはりストランドの宿屋に強盗が入りました。ついさっきです。気配を察知した小僧が一人でここまで、助けを求めに来てます。」
 短いスパイクの報告が終わらないうちに、デイヴィッドはベッドから飛び出し、上着とマント、靴と剣を素早く身に着けていた。スパイクは夜回りをしたときに、その小僧に何かあったら知らせに来いと伝言したという。
 スパイクは二つ灯りを持っており、一つを「王の間」に置き、もう一つを持ったまま先に出て行った。デイヴィッドがそれを追おうとした時、ハルもデイヴィッドと同じように身支度を整えてベッドの上から勢い良く飛び降りた。二人は言葉も交わさずに、素早く暗い廊下に飛び出していった。
 寝起きの悪さについては人後に落ちないハルだが、「寝起きの使い分け」に関しても一流だった。こういう場合のハルはデイヴィッド並みに寝起きが良い。デイヴィッドとしては腹立たしい限りだが、いまさら指摘する気にもならない。
 一階に下りてみると、マライアが助けを呼びに来た少年に毛布を掛けて、慰めているらしかった。ハルもデイヴィッドも、それには目もくれず、外に飛び出した。途中で、床に寝転がったネッドか誰かを踏みつけたかも知れない。

 月が細く、暗い暗い夜だった。しかし、レッド・ホロウからストランドへの道の所々には、騒ぎを知って心配そうに明かりを持ち、外を覗き込む住人が何人か散見された。ハルとデイヴィッドは、走っていた。この入り組んだ路地の多い町の中では、馬よりも走った方が速い。走りながらマントを厳重に巻き付けなおした。
 その角を右に曲がればストランドの入り口。現場の宿屋はすぐに分かった。建物の東側が表通りに向いている。まず、正面玄関が壊れていた。そこから這うように出てきた老婆を、先に来ていたスパイクが介抱している。そして、ハルとデイヴィッドの到着を知ると、また素早く言った。
「店の主人が、ストランドの警備隊に助けを求めに行っています。もうすぐ隊の夜間組が駆けつけると思います。」
「中は?」
 ハルが建物を見上げた。二階建ての手ごろな大きさの宿屋だ。中からドタドタと駆け回る音が、時々大きな悲鳴が聞こえてくる。その時、わらわらと、毛布を被ったり、手に手に衣服や鞄を掴んだ、宿泊客らしき一団が一階の窓や出入り口から出てきた。
 全員ほうほうの体だが、中に一人どうにかまともに喋れそうな男を見つけ、ハルが中の様子を報告させた。
「も、もう大変です!賊は多分、十人ぐらいは居ますよ!あたしらは、隣りの部屋同士で、賊に武器をつきつけられて…荷物をかっさらわれて、賊が上の部屋へ移動したところで、みんなで逃げてきたんです!」
「宿の上には、まだ客が残っているんだな?」
ハルは舌打ちした。さすがにハルとデイヴィッド、二人だけで飛び込むのは危ない。しかし客が残っているとあっては、のんびりとはしていられなかった。
「行くしかないな。」
 デイヴィッドはそう言い捨てて、もう入り口から用心深く中へ進んでいる。ハルは後のことをスパイクに任せた。
「全員、とにかくホワイト・ウィージルに避難させろ。それから人数を確認して…そっちはマライア任せだ。警備隊が到着したら、俺とデイヴィッドが中に居ると知らせるのを忘れるなよ。」
 スパイクは黙って頷いたが、ハルはそれを確認せずに剣を抜き、デイヴィッドの後を追った。

 ハルがまず宿屋の食堂らしき部屋に進むと、既にデイヴィッドが二人の男を床に倒してしまった後だった。
「何人居る?」
ハルがデイヴィッドと背中を合わせながら、小声で尋ねた。
「せいぜい、五人だな。」
 二人は天井を見上げた。男たちが短く言葉を交わす声がする。そして足音 ― どうにか二人だけでも片付けられるかも知れないと踏んだハルとデイヴィッドは、背中を合わせたままゆっくりと暗い階段を上がり始めた。
 すると、突然二階の廊下から、物凄い足音と悲鳴がして、転げるように人間の塊が迫ってきた。とっさにハルとデイヴィッドがよけると、その人の塊はそのままズルズルとすべるように一階まで降りて行き、口々に助けてくれ、助けてくれとわめいている。
 丁度、スパイクが灯りを持って入ってきたところだった。その灯りで分かったのだが、どうやら落ちてきたのは、二階に取り残されていた客たちらしい。丸々と太った若い女性や、初老の男、痩せこけた中年女性に、小間使いのような少女など、総勢六名。
 ハルとデイヴィッドは、自分たちが助けだと説明しながら、彼らの腕を取って次々と立ち上がらせ、とにかく早く建物から出るように指示した。それを助けながら、スパイクがまた例によって短く報告する。
「警備隊がきます。」
 ハルがちらりと外をみやると、小さな灯りが複数、こちらに向かってくる。二階の強盗たちもそれに気づいたらしく、窓から逃げ出そうとする気配が伝わってきた。
「よし、外だ。」
 ハルがそうデイヴィッドに合図した時、最後の一人だった女が、デイヴィッドの腕を凄い力で掴んだ。丸々と太った若い女で、キンキンした声であえぎながら訴えるのだ。
「ま、待ってください!まだ一人上に!」
「なんだって?」
デイヴィッドが訊き返すと、女は辺りをオロオロと見回しながら、もう一度訴えたのだ。
「い、一緒に逃げたはずなのに…!」
どうやら逃げ遅れたらしい。デイヴィッドはかろうじて舌打ちするのをとどめ、
「ハル、警備隊に外を包囲させて、何人かは中の加勢によこしてくれ。」
そう言い捨てると返事は待たずに階段を駆け上がった。
その一歩を踏み出す瞬間 ― 何故か、デイヴィッドは嫌な予感がした。それが何なのかは分からない。とにかく、その一歩がひどく不吉に思われたが、次の一歩が勝手に出ている。「行け」と命じながら ―

 音を立てないように、そっと ― しかし素早くデイヴィッドは階段を上がりきった。階下ではハルが一旦逃げ出した宿泊客を外に出し、警備隊を誘導する準備をしているだろう。しかし、警備隊はまだ到着しない。奥の部屋で物音がした。数歩、デイヴィッドが踏み出した瞬間、背後の窓から人が一人外に飛び出した。賊の一人が逃げ出したのだ。そちらは加勢に任せることにする。
(奥の部屋だ ―)
デイヴィッドは心の中で確認した。人の気配が複数する。腰から剣を抜き、暗がりに慣れてきた目を頼りに、走り出した。ほぼ同時に、目指す部屋から物が派手に壊れる音と、男とも女ともつかないような喚き声が短く響く。速度を緩めずに、デイヴィッドは客室のドアに飛びつくと、勢い良く開け放った。
 部屋には、小さな灯りがある。まずデイヴィッドの目に飛び込んできたのは、ドアの目の前の床に四肢を伸ばして倒れている男 ― おそらく賊の一人だろう。そして、バラバラになった椅子(小机だったかも知れない)、辛うじて灯りが残っているランプ ― 目を上げると、小さな宿屋の普通の寝室。奥に開いた窓。それを背にして立っているのは、辛うじて茶色と分かる髪の、背の高い女性 ―
 デイヴィッドが口を開ける前に、女性が叫んだ。
「あなた、強盗の一味だったの?!」
違うと否定する前に、デイヴィッドの背後から男が凄い勢いで数人組み付いてきて、そのまま床に押し倒した。
「確保ーッ!!確保しました!よし、武器を取り上げろ!」
 階下からどんどん駆けつけてきた警備隊員たちが走ってくる。デイヴィッドは顔面を床に打ち付け、さらに折り重なってくる男たちの重さに声も出ない。そうしているうちに、外側からその姿は見えなくなってしまった。あっけに取られる女性を尻目に、デイヴィッドは瞬く間に連行される。

 残されたその女性 ― ダルシーの女子相続人ジェーン・フェンダーの耳に、警備隊員たちが強盗たちを捕縛・連行する怒号と物音が聞こえてくる。その合間で、鶏が夜明けを告げていた。


 → 3.神聖なるミサが、人物紹介の恰好の舞台となる事
2.何事もはじめの挨拶こそが肝心だという教訓の場面
Origina Novel   Hal & David  オリジナル小説  ハル&デイヴィッド


  複合的な家庭の事情
ハル&デイヴィッド トップへ 掲示板,もしくはメールにて
ご感想などお寄せください。

No reproduction or republication without permission.無許可転載・再利用禁止
Copyright(c)2003-2006 Kei Yamakawa All Rights Reserved.