1399年という年について、ハルの何か聞き返したそうな視線を受けると、ウィッティントンは元々の厳格そうな顔つきに、含みのあるような笑みで微笑んだ。
「ええ。リチャード二世陛下が廃位となり、お父上様 ― ヘンリー四世陛下が即位した時、私がロンドン市長でした。」
「なるほど。」
 ハルは右頬だけで笑った。膝の上に、仔猫が二匹とびあがり、そこで取っ組み合っている。しまいには一匹がハルの頭にのっかって膝の一匹に威嚇を始めた。
「それで…」
 ハルは頭上の一匹と、膝の一匹を摘み上げて床に下ろすと、ワインのおかわりを口に運びながら尋ねた。
「1399年の政変の時、シティはどう対応したのですか?」
 デイヴィッドは足先をフッカーにじゃれ付かせながらワインを口に運び、黙っている。ウィッティントンは相変わらず笑みを浮かべながら、一瞬デイヴィッドに視線をやり、またハルに向き直った。
「シティの対応は首尾一貫。政権闘争には関知しません。」
「何もしなかった?」
僅かに、ハルの瞳に影がさした。
「ええ。」
 ウィッティントンはそれに気付いている。短く答えながらも、笑みはそのままに答えた。
「皇太子殿下もご存知の通り、シティには王権から独立した自治権を与えられていますから。あの時、リチャード二世陛下か、当時のダービー伯爵…ヘンリー四世陛下か、どちらか一方にお味方する訳にはいきませんでした。」
「なるほど。」
 ハルは視線をコップに落とした。デイヴィッドの足元に、鳥の羽根を数本束ねて、小さな木の玉に差し込んだ猫用のおもちゃが転がっている。デイヴィッドはそれをゆっくり拾い上げた。そして素っ気ない調子で、
「確か、独立は保ちつつ、王に忠誠を尽くすのもシティの伝統とか。」
と言いながら、羽根のおもちゃを食堂の隅へ投げた。フッカーはそれを追って走り出す。ウィッティントンは眉を上げて目を細めると、相変わらずにこにこしながら答えた。
「その通りですよ、サー・デイヴィッド。」
ウィッティントンはハルとデイヴィッドのコップに、ワインを注いだ。
「シティは、時の国王に忠誠を誓います。リチャード二世が国王なら、リチャード陛下に。ヘンリー四世が国王なら、ヘンリー陛下に。」
「交代劇には興味が無い?シティにとっては、誰が国王でも同じだと?」
「そんな事はありませんよ、殿下。言える事は ― そう、エドワード三世がフランスに対して積極政策を取ったのに対し、リチャードは非常に消極的でした。」
「フランスと戦争を出来るような国内情勢ではなかった。それに…」
ハルの瞳が、やや挑むような光を持ってウィッティントンを見据えた。
「父上も、フランスに対しては積極的とは言えないな。」
「しかし、皇太子殿下は…」
ウィッティントンの表情にも、本来のものらしき凄みが加わった。
「エドワード三世陛下と同様のお考えの持ち主なのでは?」
ハルは笑い出して、背中を椅子に預けた。
「俺はあの時まだ十二歳だった。ダービー伯爵の十二歳の息子に、期待を掛けたとでも?」
「実際、期待外れではないようですし。」
 ウィッティントンはケロリとしている。ハルはしばらくウィッティントンの顔を眺めていたが、やがてデイヴィッドと顔を見合わせて肩をすくめ、ニヤリとしながら呟いた。
「面白い。」
 ウィッティントンはまた一口、ワインを含んでから、ハルとデイヴィッドを順々に見回して言った。
「先行投資ですよ、皇太子殿下,サー・デイヴィッド。時の国王に忠誠を尽くすのは、もちろん礼節であり、イングランド人としての誇りと義務でもありますが、同時に我々の商売のためでもある。経済的発展に、国内政情の安定は不可欠なのです。私達シティの統一見解として、望まれるような国内情勢は、リチャードよりもヘンリー四世陛下によってもたらされると読んだのです。
 だから、政変時は何もしなかった。時流はお父上様に傾いていましたから、私達は待つだけで良かったのです。」
「あれからもう七年経っているが、政情安定と言うほど、父上は図々しくないぞ。」
「そこが『先行』投資なのです。多少の期間は政情の不安定も覚悟の上。このロンドン界隈は安定していますし、現にシティはこれ、この通り富と繁栄を得ている。しかも次期国王は、フランスに対して王位を要求するくらいのお考えをお持ちのはずです。いかがですか?」
「答えたくないな。」
ハルは苦笑した。
 フッカーは図体もでかいが、頭の良い猫らしい。犬のように羽根のおもちゃをくわえると、またデイヴィッドの足元に駆け戻り、遊んでくれとせがむのだ。デイヴィッドはおもちゃを受け取ると、また広間の隅に向かって投げた。
 フッカーが走っていくのを見ながら、ウィッティントンが微笑んだ。
「お答えにならなくとも、今は結構です。ただ、皇太子殿下。プランタジニット家の国王である以上、フランスの王位は要求するべきものです。エドワード三世陛下以来の権利です。それに、アーンジュも、ブルターニュも、メーヌ、ノルマンディー…いずれも、イングランド国王のもののはず。いかに高邁すぎる理想だとしても、いかに見果てぬ夢だとしても、王者はそうでなければなりません。」
「ご立派な君主論だ。」
ハルは鼻で笑った。
「しかしその実、ウィッティントン。君たち商人が望んでいるのは、イングランド国王の栄光ではなく、フランス,そしてフランドルという広大な商業地域との交易拡大だ。そうだろう?答えたくないとは言わせないぜ。」
「ええ、言いませんとも。皇太子殿下がご指摘の通りです。」
ウィッティントンは臆面もなく答えた。
「いま現在でも、私どもは手広く大陸方面と交易を行っています。実の所、高貴な筋の方の代理店としても、大いに稼がせて頂いていますよ。それでも、相手は外国ですからね。何かと不自由で、余計な費用がかかる。しかし殿下がフランスとの交渉を優位に進めるような政策をお取りになれば、多くの障壁が取り払われ、経済発展が見込まれるというものです。」
「フランスとの間の障壁の前に、国内情勢をどうにかしなきゃならないし、その上、海外への積極政策には、莫大な金がかかる。」
「それはご心配なく。我々がついております。」
 ウィッティントンは足元の猫を抱き上げながら何気なく言ったが、その内容は重大なものだった。

 ウィッティントンが代表しているシティ、そして商人たちは、リチャード二世からヘンリー四世への王権移管を歓迎し、その後の政情不安定は覚悟の上だと言う。国内情勢が安定する頃には、新しい国王 ― もちろんハルの事だが ― が即位し、七十年前エドワード三世が要求したフランス王位を、再び獲得すべく、積極外交を行うだろう。それは即ち、フランスとの戦争という大事を含んでいる。これに勝利すれば、商人達はフランス,そしてフランドル ― とくに羊毛の一大消費地 ― との交易に関わる膨大な利権を手に入れる事が出来る。そのための国王への資金提供は、ウィッティントンら商人が請負おうと言うのだ。
(大言壮語でおだてているだけか、それとも本気か ― )
 デイヴィッドは、またフッカーがくわえてきた羽根のおもちゃを、手のひらでもてあそびながら考えた。
 恐らく後者だろう。本気だからこそ、国王に近い存在のトマス・ボーフォートや、その兄で実力者ウィンチェスター司教とのつながりを持とうとしているのだ。今日の場合、たまたまボーフォートの都合が悪くなり、色々な段階を飛び越して皇太子との晩餐となったのだが、この機会を逃がすような男ではない。

 ハルはまた少し鼻で笑ったが、すぐに屈託の無い表情になって体を前に乗り出した。
「市長が金を出してくれるとなれば、なんでも出来そうだな。イェルサレムへの遠征費用だって、どうってことないか?」
「それはまた、大きく出ましたね。遠征が我々の利益になるのであれば、投資しますよ。もちろん。」
「言うね。猫のおかげで、大成功するとこうもなれるらしい。なぁ?」
 ハルはまた膝の上に乗ってきた仔猫を摘み上げ、同意を求めながら笑った。一方、フッカーはデイヴィッドが一向に羽根のおもちゃを投げてくれないので、図々しくテーブルに乗ってきた。デイヴィッドがしきりとフッカーの頭上でおもちゃを振ると、それを両前足で捕らえんと、一生懸命伸び上がった。
 ウィッティントンの表情から凄みが消え、またおだやかな笑顔で膝で丸くなった猫を撫でながら、のんびりと言った。
「猫は幸運の使者ですよ、皇太子殿下。魔女の手先だなんて迷信に決まっています。王宮でも猫を飼ってはいかがですか?」
「王宮は、馬と犬とネズミと変な貴族連中でいっぱいなんだ。それにウィッティントンさんの幸運は猫だけじゃない。あの素敵な奥方は、つらい丁稚時代の数少ない心の安らぎだったのでしょう?」
「ええ、そうですとも殿下!アリスこそ、私の安らぎ、天使、女神、生き甲斐です。彼女が居なければ、商売の儲けなど、無意味なものです。皇太子殿下、この世でもっとも高貴なものは愛ですぞ。神への愛、隣人への愛、そして掛け替えのない女性への愛!」
「愛こそすべて!」
 ハルがワインのコップを上げてみせると、ウィッティントンも呼応する。デイヴィッドは無視して相変わらずテーブル上のフッカーに、手に持った羽根のおもちゃをじゃれつかせていた。
 ワインを勢い良くあおったウィッティントンは、破顔しながらハルに尋ねた。
「殿下、殿下には私のアリスのごとく、愛を捧げる姫君がおいでですか?それとも…」
「ああ、ウィッティントンさん。訊いてくれますな!私は魂こそ気高い騎士でありたいものの、現実はそうは行かないのです。」
 訊くなと言う割に、ハルは明らかにウィッティントンを乗せようとしている。市長も、もちろん乗った。
「と言う事は心に期する女性はいらっしゃると!誰です、その皇太子殿下の思い人は?!」
「いやいや、私は不幸にもイングランドの皇太子!政略結婚以外の選択肢はないのです。あの美しいエリザベスとは、永遠に結ばれますまい…」
「何と、王族としての義務のために、愛する女性を諦めると?」
「私も身を切られる思いなのです。エリザベスとは、生れる前から将来を誓い合った仲ですが…これ以上は言いますまい。私は美しく、気高いエリザベスの幸せを祈るばかりです。」
「皇太子殿下がそこまで想っている気高い方を諦めねばならぬとは…政略以外に、何か重大な障害があったのですか?二人の愛を以ってしても越えられぬ壁が…」
「ええ、そうなのですウィッティントンさん。エリザベスのはずの赤ん坊には、でっかいブツが…」
 ハルの頬に、デイヴィッドが投げつけた羽根のおもちゃが勢い良く当った。次に振り返ったハルの目に飛び込んできたのは、おもちゃ ― つまりハルの顔面に向かって猛然と突進してきたフッカーである。ハルは素っ頓狂な悲鳴と共に椅子ごと床にひっくり返り、フッカーは王子の顔の上でおもちゃと格闘を始める。やがてそれは、ハルとフッカー、つられて興奮したその他の猫との大乱闘に発展した。
 デイヴィッドは、ニャーだの、ギャーだのいう騒ぎを無視して、悠々とワインを口に運び続けている。ウィッティントンは、またニコニコしながら、デイヴィッドに感慨深げに言った。
「皇太子殿下は本当に猫がお好きですなぁ。きっと将来、神に祝福された国王におなりですよ。」
「だと良いですね。」
 デイヴィッドは肩をすくめた。

 豪華な晩餐に猫との心温まる交流も加わり、既にハルとデイヴィッドがウェストミンスター宮殿に向かうには遅い時間になっていた。ウィッティントンは最初からそのつもりらしく、屋敷内に二人のために客室を用意していたので、ウェストミンスターには使いを出して二人は投宿する事にした。
 どこか、適当な礼拝所があるかと尋ねると、屋敷内にウィッティントンの家族の為の礼拝所があると言う。ハルとデイヴィッドが行ってみると、こちらも豪勢な礼拝所で、下手をするとウェストミンスター宮殿のそれよりも上等なのではないかという代物だった。その上、ウィッティントンの家や店で働く人間のための長屋にも、なかなか立派な礼拝堂がある。それ一つをとっても、いかに彼の店が繁盛しているか、そして彼の下で働くのがいかに好条件かを物語っていた。

 ハルは客室に入り、寝る前に顔を洗ってみたが、フッカーをはじめとする猫どもに派手に引っ掻かれた傷痕がひどく痛む。
「あの野郎ども、次は負けないからな…」
ハルはベッドに腰掛けてぶつぶつと呟いた。
「なんだお前、あの勝負は負けだったのか。猫相手に。」
デイヴィッドが小椅子を引き寄せてハルの向かいに座りながら言うと、ハルが噛み付いた。
「デイヴィッド、簡単に言うがな。お前もやってみろよ…」
「猫に負けるようじゃ、フランスと戦争をおっぱじめるなんて夢物語だな。こっち向けよ。」
 デイヴィッドは塗り薬を手に取ると、ハルの顔の傷に塗り始めた。すぐにハルが悲鳴を上げて顔を反らす。
「しみる!それ、塩でも入っているんじゃないか?」
「動くな。目に突っ込むぞ。」
 デイヴィッドは左手でハルの顎をつかむと、無理矢理正面を向かせて、無頓着に薬を塗り込もうとする。
「しみる、しみる!おい、デイヴィッド。塩どころか、酢も入っているだろう?!」
「知らん。俺が作ったんじゃないからな。」
 デイヴィッドは無愛想に答えたが、ハルは急に静かになってデイヴィッドの顔をまじまじと見詰めた。それからゆっくりと口の両端を上げ、右手で自分の顎を掴んでいたデイヴィッドの手を取った。
「ははぁ、分かったぞ。レディ・ジェーン・フェンダーの薬だな?」
「まぁな。」
デイヴィッドは表情を変えない。
「まぁな、か。彼女が配合した薬を持っているという事は、お前、彼女と手紙のやり取りでもしているって事か?」
「いいや。モンマスで持たされた分が、余ったんだ。」
「ふぅん…」
 ハルがニヤニヤしながらデイヴィッドの顔を覗き込むので、デイヴィッドはいつもの仏頂面をさらに曇らせて、自分の左手を掴んでいるハルの手を振り払った。
「おわり。ネコ傷で矢傷が目立たなくなったら、もっけの幸いと思え。」
デイヴィッドは立ち上がると小椅子を片付けながら言った。それを眺めながら、ハルはすこし表情を引き締めた。
「なぁ、デイヴィッド。さっきウィッティントンにも言ったが、俺がお前の幸せを祈っているって言うのは、事実だよ。」
「そうかい。事実と言えば…」
 デイヴィッドは、手持ちランプに火を移しながら、話題を変えた。
「あのウィッティントンの話、事実だと思うか?かなり胡散臭いが。」
「猫のいない国の話だろう?そうだな…ちょっと出来過ぎの話だな。それに鐘の音が、『戻れば三度市長になれる』と語り掛けたっていうのも、どうせ思い込みだろう。」
「三度という具体性は、ウィッティントンの願望か。今が二度目だから、三度目はヘンリー五世の御代に就任するとでも言いたそうだ。」
「大した男だよ。」
ハルはベッドの上へ、仰向けに寝転がった。
「プランタジニット家の王なら、フランス王位を獲れ…か。あれほど直裁に言われたのは初めてだ。」
「仲良くしておいた方が良さそうだと、思っているんだろう?」
デイヴィッドはランプを手に持ち、ドアに手を掛けながら、振り向いた。
「うん…」
 眠さも手伝ってか、ハルはぼんやりと答えた。そして、そのまま押し黙ってしまった。
 デイヴィッドはしばらく、ベッドの上で長くなっているハルを見つめていたが、すぐにドアを開けて一言、おやすみと言って出ていった。
 ハルは天井をみつめたまま、小さく憂鬱な声でおやすみと呟いた。元婚約者には聞こえていないだろう。

 デイヴィッドにあてがわれた部屋は、ハルの隣りだった。同じように、大きく立派な調度品や、タペストリー、立派な聖書の乗った見所台が置いてある。ウェストミンスター宮殿の自室とくらべて、何ら遜色の無い部屋だった。
 デイヴィッドはランプを枕元に置くと、上着を脱いだ。大きな煙突が壁を通っており、部屋はかなり温かった。テーブルには清潔そうなコップと、水の入った水差しがある。デイヴィッドは一杯注ぐと、それに口をつけながらベッドに腰掛けた。
「プランタジニット家の王なら、か…。」
 デイヴィッドは呟いた。

 確かに現在、イングランドはウェイルズ方面の内戦を抱えており、完全に政情が安定しているとは言えない。ずっと昔からくすぶっていたものでもあるし、やはり七年前の政変がまだ尾を引いているのだ。
 ウィッティントンら商人達は、この不安定さは一時的な物とみている。そして、彼らは次に即位するであろう皇太子ハルに大きな期待を掛けていた。即ち、フランスに対する戦争も含んだ積極外交と、フランドル方面の利権獲得だ。
 少なくとも、この点に関しては商人達の思惑とは別に、ハル自身が積極的な考えの持ち主である事は間違い無い。ハルに最も近い存在の一人である、大法官ウィンチェスター司教や、ボーフォート一族、そして有力な貴族の一派、エドワード三世時代のフランスでの栄光を知るものなどが、考えを同じくしていた。高すぎる目標であり、高邁すぎる理想だが ― 。
 イングランドの現状では無理な話でも、ヘンリー五世への期待がそれであり、ウィッティントンほど大袈裟ではないものの、イングランド王国,そして国王はそうあるべきだというのは、何百年もの間受け継がれた共通認識なのだ。
 今、ベッドに寝転がっているであろうハルの心の重さは、別の所にあった。
 彼が現在皇太子であり、将来即位するに至る経緯 ― つまり、七年前の政権交代劇 ― ダービー伯爵ヘンリー・オブ・ボリンブルクによる、王位簒奪 ― リチャード二世の廃位と死 ―。
 その時、ウィッティントンが市長を務めていたシティは、国王に忠誠を尽くすと言う建て前を持ちつつ、政変を静観し、結局ヘンリー四世の即位を支持した事になる。ハルにしてみれば、シティは「こちら側」だった。

 だが、ハルにとって ― そしてデイヴィッドにとっても、七年前の出来事は悪夢そのものだった。

 ハルの皇太子という地位は、悪夢の上に立っていた。ハルが皇太子として、ゆくゆくは国王として生きる以上、その悪夢はいつまでもその足元につきまとい続けるだろう。
(宿命というものが、本当にあるならば…)
 デイヴィッドは、コップをテーブルに戻すと、ベッドに横になった。そして声に出して呟いた。
 「これこそ、それだ。」
 宿命である以上、どうあがいても悪夢からは逃れられない。
 (ハル、誰にだって ― 国王だろうが、市長だろうが、丁稚だろうが、農夫だろうが、猫だろうが ― 誰にだって、何らかの宿命はある。それに ― )
 デイヴィッドは目を閉じた。

 その宿命を背負って生きる道のりを、一人では行かせない。

 デイヴィッドはいつもそう思うが、口に出して言った事もないし、言おうとも思わなかった。

 シティの夜は更けて行く。デイヴィッドが寝付こうとする頃、階下で馬の蹄の音と、何やら人が話す声がした。どうやら、真夜中に誰かがこの屋敷を訪ねてきたらしい。客人なのか、従僕達が訪問者をデイヴィッドの部屋の近くに案内するような声と、物音がしばらく続いた。
 そしてまた、辺りは夜の静寂に包まれた。


 → 4.朝食の席にて、王子が王子の買い物について解説し、末子に関する事項に思いを馳せる事
3.七年前のシティの対応と皇太子対 猫 第二回戦 そして宿命に関するデイヴィッド・ギブスンの考察
Origina Novel   Hal & David  オリジナル小説  ハル&デイヴィッド


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