「わぁッ!!」
 驚いて上を向いたハル、デイヴィッド、そしてガーナーと男達は、一斉に叫んだ。
 ザアッと音を立てて、大量の液体が降り注いだ。次いで、数個の大きな木片がバラバラと落ちてきて男達の頭に当る。そして金属の大きな輪っかが三つ、続けざまに降ってきて、一つがまた二人の男の頭を直撃し、彼らは地に倒れた。他にも数人、木片に直撃され、剣を取り落としている。
 次に振って来たのは、大声だった。
 「この野郎ども、参ったか!おめぇら大人数で二人をやっつけようだなんて、汚ねえ真似しやがって!」
 声の主は、路地脇の家の屋上から身を乗り出し、金槌を持った腕を振り上げていた。
 「ルビカンド!」
 デイヴィッドが叫んだ。まさしくそれは、ティプル村の農夫ルビカンドだった。屋上から路地めがけて、巨大なエールの樽を破壊して落としたのだ。
「おう、大丈夫か?お姫様!今、加勢に行くぜ!」
 ルビカンドが言い終わらないうちに、路地の両方向からティプルの村人達が、殺気立った顔つきでどっと押し寄せてきた。老若男女、総勢数十人。手に手に棒、木槌、箒やら木片、どこから取ってきたのか椅子やランプを振り上げて居る者まである。
 突然の援軍に、ハルとデイヴィッドはやや呆然とし、ガーナーと男達も動きを止めざるを得なかった。
 家から出てきたルビカンドが、村人達を掻き分けて路地の中央に躍り出た。そして制止しようとしたハルとデイヴィッドを振り切り、ガーナーの鼻先で怒鳴った。
 「やい、おめえら!恥ずかしいと思わねえのか?!そっちがその人数なら、こっちは俺達が加勢してやる!」
 さすがに冷静だったガーナーも、怒りに燃えながら怒鳴り返した。
 「黙れ、愚か者め!我々は主君の仇を討つために、武人としての決闘をしておるのだ!邪魔をするな、恥を知れ!」
「どっちが恥だ!アダだか何だか知らねえが、手段を選ばないとは、卑怯者め!俺たちのサー・ハロルドと、お姫様を殺そうなんて奴は、許しちゃおかねえ!」
 ガーナーは一瞬息を飲んで、眉を寄せた。そして、元の低い声でルビカンドに聞き返した。
「サー・ハロルド?」
「おう、そうともよ!」
ルビカンドはさも馬鹿にしたかのように胸を張り、ハルを指差しながら言った。
「わがティプル村のエール利き酒大会の、名誉ある優勝者だぞ!サー・ハロルドは我が村の英雄だ!」
 そうだそうだ、サー・ハロルドだと、押しかけた村人達が口々に叫ぶ。頭から大量のエールをかぶり、すっかりずぶ濡れになってしまったハルとデイヴィッドを、ガーナーは見やりながら、また口を開いた。
 「貴様、変な事を言うな。サー・ハロルドだと?」
「他に誰だって、言うんだよ!」
 呆れるルビカンドに、デイヴィッドが剣を下ろし、肩をすくめながら言った。
「この人、皇太子殿下だと言い張るんだ。」
「皇太子殿下ぁ?サー・ハロルドがぁ?!」
 ルビカンドと村人たちは、げらげら笑い出した。
「皇太子殿下がエールの味なんて、判る訳ないだろうが!ワインばっかり飲んでる王子様だぞ?!なぁ、サー・ハロルド、今頭から被ったエールを、当ててみてくれよ。」
言われたハルは、改めて唇を舐めると少し考えてから答えた。
「たぶん、ホルセ爺さんのエールじゃないかな。香ばしいのが特徴的だ。」
 すると、村人たちは拍手をして、正解だ、さすが名誉ある優勝者だと言いはやした。するとルビカンドが、ガーナーに向き直った。
「そら、見ろよ!サー・ハロルドが皇太子殿下だなんて、一体誰が言ったんだ?」
 ガーナーは答えなかったが、彼と男達の視線は、路地の入り口辺りの地面でのびている、フォールスタッフとネッドに向けられた。それを見たルビカンドが、また大声で笑いながら怒鳴った。
 「あんた、馬鹿だな!あのボロボロ爺さんがそう言ったってのか?あの自称騎士の爺さんなら、ティプル村を通っていったぜ。一文無しの無様な姿でさ。モンマスに行って、ランカスター公爵様に取り立てて頂くだなんて、寝ぼけた事をほざいてさ。皇太子殿下だなんて!あんた、あの爺さんに一杯食わされたんだよ!」
 ルビカンドが言い終わらないうちに、ガーナーは顔を真っ青にして棒立ちになってしまった。
 その一瞬、デイヴィッドは地を蹴ると素早くガーナーの手元に飛び込み、顎の下から剣の柄で一撃を加えていた。そして直ぐに、まだ剣を持っていた二人の男をなぎ倒した。
ハルも同時に残りの数人の戦闘能力を奪っていた。
 それを合図に、ティプルの村民達も他の男達の頭をぽかぽか殴りつけるので、あっという間に勝負がついた。
 「よう、お二人さん強いね!」
 ルビカンドが笑いながらハルとデイヴィッドに言った。
「なんだか加勢なんかして、余計だったかなぁ?」
「そんな事ないよ。助かった。ありがとう。旨いエールの味につられて、こっちに来たのが幸いしたな。」
 ハルは大きく息を吐きながら剣を鞘に収め、エールに濡れた顔を手で拭った。
「全くだ。ありがとう。」
 デイヴィッドもそう言うと、ルビカンドと村人達は嬉しそうに笑った。
「いやぁ、サー・ハロルドと、お姫様にそう言ってもらえて、嬉しいよ。どうだい、あっちに俺達の村から沢山エールを運んできているんだ。一緒に飲もうよ。喧嘩の祝勝会だ!」
 と、ルビカンドは地面にはいつくばっている男達を踏み越えて、路地の向こうへと二人を誘った。
 ハルとデイヴィッドは顔を見合わせ、少し口ごもりながら言った。
 「ああ…そうしたいんだけど…」
 と、その時。またもや乱入者が現れた。路地の入り口に、モンマス城の衛兵が5人と、副執政官のカットベリーが駆けつけてきたのだ。
 「皇太子殿下、サー・デイヴィッド!ご無事ですか?!」
 カットベリーの呼びかけに、思わず二人とも頭を抱えてしまった。
「あんたも、爺さんに騙されたクチかい?」
 すかさずルビカンドが呆れ声で叫んだので、ティプルの村人たちはどっと笑い出した。
 カットベリーは事態が飲み込めない。ともあれ、ハルとデイヴィッドの足元には随分大勢の男が傷ついて倒れているし、農民達は楽しげに笑い、わらわらと路地から出て行く。ハルがカットベリーに駆け寄り、早口で指示をした。
 「悪い。彼らは俺の正体を知らなくて。でも、デイヴィッドと俺を賊から守ってくれたんだ。彼らを、モンマス城内に招待してやってくれ。彼らのエールも一緒にだ。」
 カットベリーはハルの表情から何事か掴んだのか、飲み込み顔でうなずくと、部下に村民達を集めて城に向かうようにさせ、他の部下を呼んで、路地に倒れている男達を捕縛するように指示した。

 路地から大方人が出て行こうとする頃、デイヴィッドとハルはカットベリーから桶の水をもらった。まずは自分達の顔と手を洗い、そしてやっと目を覚ましたフォールスタッフと、ネッドの頭にぶちまけた。
 「わぁ!な、何をするんだよ、ハル!」
 体を起こし、地面にうずくまったままのフォールスタッフが悲鳴を上げた。
「それはこっちの台詞だ、フォールスタッフ!お前、何をしたんだ?」
 ハルが老騎士を見下ろしながら言う。すると、フォールスタッフとネッドは、カットベリーと部下達が、ガーナーを縛り上げて連行するのを見て、目を丸くした。
「何をって…ハル、あのガーナーさんって親切な紳士を、お前に紹介してやろうと思ったのさ。」
「紹介?」
「そうだよ。皇太子殿下にご紹介してあげるくらい、構わないだろう?」
すると、ネッドもしきりに頷きながら口を出した。
「そうだよ、ハル。あの人、すごい金持ちで、すごい気前が良いんだぜ!」
 デイヴィッドは何も言わずにため息をついて、首を振った。ハルもため息をついた。
「とんだご紹介だったな。お前のせいで死にかけたぞ。」
「ええ?でも、ハル、わしには何がなんだか…」
「それよりも、フォールスタッフ。」
 デイヴィッドが、フォールスタッフのオロオロした声を遮って尋ねた。
「お前、このモンマスに何しに来たんだ?モンタキュート家や、メイブリー家から婚礼に招待されたはずもないし、ましてやトーナメントに出場するはずもない。いや、待てよ…」
デイヴィッドは一瞬言葉を切って、眉をひそめた。
「さっき、ルビカンドが言っていたな。ランカスター公爵様に取り立ててもらうとか、何とか…」
「そうだよ、デイヴィッド、ハル!」
 急にフォールスタッフは元気な声になって言った。
「わしをランカスター公爵様に推薦してくれないか?」
二人は顔を見合わせた。フォールスタッフが構わずに続ける。
「何せ、ハル王子はちっともわしを宮廷に呼び寄せてくれないからな。イングランド随一の貴族ランカスター公爵様に取り立てていただきたいんだ!それぐらい、良いだろう?友達だろう?」
 大きな腹を抱えて地べたに座り込んだまま、フォールスタッフはニコニコしている。ネッドもしきりに頷いているので、阿呆らしさが倍増した。この老騎士は情報通のくせに、基本的な事がすっぽり抜けているらしい。
 仕方がないので、ハルが苦々しく言った。
 「フォールスタッフ、ランカスター公爵って、誰だか知っているのか?」
「公爵は、公爵だろう?」
「馬鹿!」
 そう言い放って、ランカスター公爵の皇太子ハルは、フォールスタッフとネッドを残し、城の方へ歩き始めた。デイヴィッドはガーナー一味の捕縛を完了したカットベリーに目で合図をすると、ハルを追って歩き出した。背後で、フォールスタッフとネッドの頓狂な声が上がり、カットベリーと言い争い始めた。
 「あっ!何をする!おい、俺達を縛ってどうするんだ!」
「だまれ、言い訳は牢屋で聞く。」
「何だって?!おい、放してくれ!ハルー!デイヴィッドー!」
 
「デイヴィッド、傷の具合はどうだ?」
珍しく、真面目な様子でハルが尋ねた。
「あ?ああ…」
 二人は、モンマスの町中から、城へ向かっていた。太陽は南中を過ぎ、すっかり出来上がった人々は、大きな輪を作って踊り始めている。さすがのハルとデイヴィッドも、緊張と乱闘でやや疲れていた。エールでべたつく姿のまま、二人は踊りの輪を避けながらゆっくりと歩いていた。
 デイヴィッドは、そっと右肩を動かしてみた。
「さあ。別に酷くなったとは思わないが。エールがしみる。」
「医者に見せろよ。ほら、早速駆け付けてきたぞ。」
と、ハルは二人の向かう先に、ジェーン・フェンダーが立っているのを目で示した。
二人がジェーンの前に来ると、彼女は深々と腰を落として礼をした。ジェーンはやや髪を乱しており、足元が埃にまみれている。顔も少し上気しているので、城からここまで走って来たらしい。
 二人も礼を返すと、ジェーンが緊張した面持ちで言った。
「お二人ともご無事で。」
「レディ・ジェーン。どうして、ここに?」
ハルが尋ねると、
「カットベリーが、部下を引き連れて参上しませんでしたか?」
と、逆に聞いてくるので、頷いてデイヴィッドが言った。
「今、賊を縛り上げている所。…レディ・ジェーン、君が?」
すると、ジェーンは頷いた。
「私と言うよりは、ロヌーク夫人が殿下とサー・デイヴィッドの危機を知らせて下さったのです。」
「ロヌーク夫人?」
男二人が同時に聞き返した。
「ええ。城の広間で、お祝いを述べにいらした夫人です。一通りの挨拶をおっしゃって下がろうとした時、私に向かって目で合図をなさるのです。気になったので、ちょっと失礼をして席を外し、廊下に出たロヌーク夫人にお会いしました。」
「知り合い?」
ハルが低い声で尋ねる。
「いいえ。初めてです。廊下でお会いするとすぐに彼女は小さな声で、皇太子殿下と、サー・デイヴィッドが城下町で暴漢に襲われる恐れがあると、おっしゃるのです。それで急いでカットベリーに知らせて部下を集めてもらい、一緒に城外へ…。」
「広い町中で、よくあの場所が分かったね。」
ハルが言うと、ジェーンは少し肩をすくめた。
「若い騎士の二人組が来なかったかと、町の人に聞いて回りましたもの。商店の若旦那達が教えてくれましたし、お二人は目立ちますから。それにこれが…そこに落ちていましたわ。」
と、ジェーンは手に持っていた物をデイヴィッドに手渡した。デイヴィッドは、思わず溜息をもらした。それはさっき投げ捨てた、右腕の吊り布だった。
「レディ・ジェーン。あなたは大した人だ。本当に助かりましたよ。」
ハルがニコニコしながら言うと、ジェーンは眉を下げて少し腰を落とした。デイヴィッドはもう一度、大きく溜息をついた。
「ところで、ジェーン。」
ハルがくだけた調子で尋ねた。
「その俺達の危険を知らせてくれたロヌーク夫人って、何者?」
「さぁ…」
ジェーンは日の光に少し目を細めた。
「私は存じ上げません。メイブリーの知人でもありませんし。モンタキュート様がご存知でしたら、殿下やサー・デイヴィッドもご存知だと思うのですが。」
「謎だな。…どんな人だった?」
「お若くて…そう、二十代半ばでしょう。とても美しい方です。透き通るような白い肌に、見事な金髪、遠くからでも分かる大きな青い目…立ち居振舞いも優雅で、洗練されていて…」
「言葉は?」
「綺麗な英語でした。でも、イングランド人ではないと思います。」
「…どうして?」
 デイヴィッドが尋ねた。するとジェーンは、デイヴィッドをまっすぐにみやってから、少し首をかしげて答えた。
 「あんなに洗練された、素晴らしい衣装の女性なんて、イングランドには居ないもの。あれはそう…フランスとか、とにかく大陸の貴婦人じゃないかしら。」
 ハルとデイヴィッドは黙って顔を見合わせた。

 三人が揃ってモンマス城に戻ってみると、中庭ではティプル村のエールが盛大に振舞われていた。そして城内から飛び出してきたジョンが、半分泣きそうな顔でハルとデイヴィッドにわぁわぁ喚きたてるので、それを宥めながら、二人は広間に戻って行った。そして、サマーセット伯爵ではなく、マリーから大目玉を食らった。
 ジェーンが突然姿を消してしまったので、花嫁のマチルダも不安げだったが、そこは花婿のアーサーが優しく付き添って仲睦まじい夫婦の姿を見せ始めていた。


→ 10.ランカスター公爵主催のトーナメントが、賑々しく開催される事
9.奇妙な特技が、思わぬ所で助けになるという話
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  モンマスの祝宴
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