ハルとデイヴィッドは城門を出て、モンマスの町中に歩き出していた。もちろん外の空気を吸い、宴を楽しむのが目的だが、平素の習慣には従った。つまり、情報収集である。要は適当な酒盛りに加わるだけなのだが。こういう場合、どちらかというと初対面の人間には無愛想気味のデイヴィッドより、人懐こいハルの方が有能だった。二人のウェイルズ語は所々怪しげだったが、このモンマスでは英語との混合で話せば難なく会話が成立する。しかもめでたい酒宴の席ともなれば、なおさらだった。
 ハルとデイヴィッドが加わった輪は、モンマスの町に住む商店の若旦那達だった。
「あなた方、騎士様でしょう?トーナメントに出るんですかい?」
 ローレンと言う車屋の若旦那は、ハルとデイヴィッドにエールを勧めながら尋ねた。
「出たいのだけど、ちょっと登録に間に合わなくて。見物ですよ。」
 ハルが言うと、ローレンは励ますようにハルの肩を叩いた。
「諦めちゃいけないよ、お若い騎士様。出世のチャンスは自分でつかまなきゃ。なぁ?」
 ローレンが言うと、同席していた若旦那達はそうだ、そうだと同意した。
「この間も、トーナメントに出たいのだけど、正式登録が出来なかったって人がありましてね。ぜひとも皇太子殿下とお手合わせ願いたいんだそうだ。それで、その人どうしたと思います?」
「さあ。」
「買収ですよ!参ったね。懐からぴかぴか光る金貨を取り出して、トーナメントの正式試合が終わったら、是非とも自分と殿下とのお手合わせを願う歓声を上げてくれって言うんですよ。」
「変っているな。」
そう間の手を入れながら、ハルはデイヴィッドと視線をぶつけ合った。
「変ってはいますが、殊勝なもんじゃありませんか。」
ローレンは嬉しそうに続けた。
「どうやら、騎士ではないらしくてね。まぁ、金持ちだから郷士か何かかな。それにしたって、あれだけ派手に金をばらまいてでも、試合に出るのを望んでいるんだ。生半可な覚悟じゃありませんよ。」
「それで、歓声を上げる事を請負ったのですか?」
デイヴィッドが尋ねると、ローレンは仲間と顔を見合わせながら肩をすくめた。
「まぁ、買収って手は気に入りませんがね。心意気は気に入りましたよ。何でも、試合が終わる頃に自分は馬に乗って、緑一色のいでたちで乗り込むって算段だそうで。そこで俺達が、皇太子殿下のご出馬を願うって訳。殿下は武勇にも優れている人でしょう?きっと受けて立ちますよ。」
「怪我なんてされちゃ困るから、側近どもがやめさせるかも知れませんよ。」
 ハルがやけにニヤニヤしながら言ったが、デイヴィッドは無視している。止めた所でとどまる筈がない事くらい、百も承知である。ローレンも同意見らしい。
「まさか!武勇の誉れ高き皇太子殿下ですよ。この祝祭ムードに、トーナメントも最高潮、ご出馬を願う熱狂的な声が上がれば、でない訳には行かないですよ。それに、怪我なだんて、大袈裟な。どうせ競技用の安全な槍を使うのでしょうから。」
「それもそうだけど…」
 ハルは肩をすくめながら手元のエールを一口飲む。今度は、デイヴィッドが口を開いた。
「しかし、そんな昔話みたいな話、実現しますか?素性も知れない、緑一色で身を固めた男と、皇太子が勝負なんて。」
「ははぁ。騎士さま、ロンドンかその近くの人ですね?」
 ローレンは上目遣いに笑いながら、挑戦的に言った。
「そりゃ、あちらじゃ誇り高き騎士道なんて野暮ったいのかも知れませんがね。ここウェイルズじゃあ、古き良き騎士道はまだまだ生きていますよ。あのオウエン・グレンダワーが、イングランド国王に対して武力では圧倒的に不利なのに、どうしてあんなに頑張れると思います?それは、彼が騎士中の騎士だからですよ。そして、本物の騎士たちが彼の元に集まる。だからこそ、民衆もグレンダワーを支持する訳です。」
「…皇太子は?」
 デイヴィッドが低い声で尋ねた。ハルはエールを味わいながら、耳をそばだてている。ローレンは若旦那衆と顔を見合わせ、気楽そうに笑った。
「それはあなたの方がご存知だ。皇太子殿下も騎士の鑑でしょう?ほら、何て言いましたっけ…あの皇太子殿下の親友で…いつも一緒に居る…その騎士と共に、馬上の晴れ姿も輝かしく、これぞ騎士だとばかりに戦場で活躍された事を、このモンマスで知らない者はありませんよ。そうですよ、殿下はモンマス生れなのですから、騎士道の誉れ高き方に違いありません!」
「だから、『緑の騎士』の挑戦も受ける?」
「ええ、そうです。ああ…あの人、本物の騎士って訳でもなさそうですけどね。」
「どんな人でした?」
ハルはエールを飲み干し、給仕をしていた少年に空いたコップを渡しながら尋ねた。
「うーん。名乗ったっけ?」
 ローレンが若旦那衆に言うと、彼らは幾らか思案してから、首を振った。ローレンは肩をすくめた。
「名前は言わなかったかも知れませんね。多分、歳は四十代の前半くらいかな。ウェイルズ語も話すけど、英語が綺麗でしたよ。髪も髭も赤くて…そう、顎に切り傷みたいな痕があったな。さしずめ、歴戦の勇者なれど、出世の糸口の見えない男って所でしょう。」
「なるほどね…。」
 ハルとデイヴィッドは同時に呟くと、立ち上がった。そして若旦那衆ひとりひとりと握手をして、この婚礼を祝福しあい、神の御加護をと言って、銀貨を残した。気前の良い若い騎士連れに、若旦那達はにこやかに別れを告げた。
 去り際、ハルは給仕の少年を捕まえ、出していたエールは、どこから調達したのか尋ねた。少年はエールの出店のあった方向を指して教えてくれたので、ハルは小さな聖ジョージのメダルを懐から出して手渡した。若旦那衆の所に戻った少年がメダルを見せると、作りの良い品だったので、一同はあの若い騎士連れは何者だろうかと噂しあった。

 「どこへ行くんだ」
 デイヴィッドが尋ねると、ハルはニコニコしながら答えた。
「あのエールの味に覚えがあるんだ。バエズさんちのエールじゃないかな…。どうも昔話みたいのが、流行らしいな。賊に襲われるお姫様に、トーナメントに現れる謎の騎士!緑の騎士って言うのは、円卓の騎士の一人だっけ?」
 人込みを掻き分け、のんびり歩きながらハルが言った。
「違うだろう。首を切られても自分ですぐにくっつける、器用な奴じゃないか?(*注)」
 デイヴィッドは、右腕を吊っている布が煩わしくなり、それを外して放り投げながら答えた。
「じゃあ、医者だな。騎士よりも医者の方が儲かりそうなもんだが…」
「自分で自分に治療費を払っても、しょうがないだろう。」
「慈善医療行為か。聖アンジェラ女子修道院だっけ?」
「緑の騎士は男だぞ。」
「赤毛で、顎に傷痕のある男…」
話が、現実の方へ戻った。
 ハルは町の目抜き通りを離れ、少し人のまばらな路地をスタスタと歩いていく。デイヴィッドは右肩を少し上下させ、さすがにまだ使えない事を確認して、またハルと並んで歩きながら口を開いた。
「武勇に優れていても、身分と主君に恵まれずに不遇をかこつって言うのは、良くある話だが。いきなり皇太子に勝負を挑もうとしているのだから、やっぱり違うな。ハルを害する為の小細工だろう。」
「俺がその緑の騎士の挑戦を受けて、勝てば良い訳だ。」
「却下。」
「だめ?」
「だめ。」
 デイヴィッドの素っ気無さに、ハルは足を止めて肩をすくめた。
「将来の国王の若き日に花を添える、恰好のエピソードじゃないか。」
「勝てばな。」
「勝つよ。」
「どうだか。」
「デイヴィッド、お前が自信を喪失している事は分かるけど…」
「自信喪失なんてしていない。」
 昨日も同じ会話をしたような気がする。
 人通りのない路地で、二人は暫らく睨み合った。

 「サー・ジョン、あれ!あそこ!二人が居るよ!!」
 ネッドが、右手に煮込みの皿を持ったまま叫んだ。彼は二階席の外に面した柵から身を乗り出して、家々の向うを左手で指差した。
「どれどれ。」
 上等なワインですっかり顔を赤くしたフォールスタッフは、ぶるんと腹をゆすりながらネッドの示した方に顔を向けた。
「うん?おお、そうだ。ネッドの言う通りだ。あの背格好、あの様子は間違い無い。皇太子殿下と、サー・デイヴィッドですぞ、ガーナーさん。」
 ガーナーは立ち上がると、フォールスタッフの前に回り、ネッドの指差す方を見遣った。
「あの、狭い路地を歩いている…二人ですか?黒と…茶色っぽいマントの…」
「そうだよ、あの二人だ。何か話しているみたいだ!」
 ネッドが目を輝かせながら言うと、フォールスタッフが立ち上がった。
「さあ、ガーナーさん。こうしちゃおれませんぞ。さっそくあそこに駆け付けて、皇太子殿下にご紹介申し上げましょう。」
 ガーナーは仲間の男達に黙って頷いてみせた。彼らは緊張した面持ちで立ち上がると、無言で食堂から通りに出て行く。ガーナーはテーブルに金を置き、それに続いた。
 フォールスタッフはネッドに助けられながら、ボテボテと階段を降りて通りに出ると、ガーナー一行の先頭に立って、ふんぞり返りながら歩き始めた。そしてネッドが駆け出して、目指す二人の居た路地に向かう。
 さっき二階から見えた所には、もうハルとデイヴィッドの姿はなかったが、ネッドは周囲を駆け回り、すぐに人気の無い路地に目指す姿を見つけた。
「いたよ!こっちですよ、サー・ジョン、ガーナーさん!」

 いきなり降って沸いた声に、ハルとデイヴィッドはお互いの顔から、視線を路地の入り口にやった。そこには、見慣れたネッドの姿がある。二人が声を発する前に、ネッドの背後にフォールスタッフがドスドスと現れた。それに続いて、ガーナーと仲間達が集まる。
「おお、親愛なる皇太子殿下!」
 フォールスタッフが大袈裟な身振りをつけながら叫んだ時、ハルとデイヴィッドは背後の路地の出口にも、数人の男がわらわらと現れたのを察知した。二人は黙ったまま、一瞬視線をぶつけ合った。
 フォールスタッフは構わずにもう一歩前に出ると、仰々しく礼をしながら言った。
「このような所で殿下にお会いできるとは、恐悦至極。ご機嫌いかがでありましょう…」
突然、フォールスタッフの言葉が途切れた。
 男の一人が、フォールスタッフの後頭部をしたたかに殴り付けたのだ。もともと酒に酔っていたフォールスタッフは、簡単に倒れてしまった。同時にネッドも、顔を殴られて地面に伸びてしまっている。
 路地の両側から、男達が手に手に剣を抜き、じりじりと近付いて来た。ハルとデイヴィッドも、剣を抜いて、背中合せに身構えた。
 すると、ガーナーが男たちを制して、一歩前に出てきた。そして彼は頭に被っていたマントを外し、赤い髪と髭、そして顎にある傷痕があらわになった。
「皇太子殿下と、サー・デイヴィッドとお見受けします。…どちらが殿下でいらっしゃいますか?」
 ガーナーは、二人を見遣りながら低い声で言った。ハルよりも微妙に服装が良いデイヴィッドが、聴き返した。剣は左手で持っている。
「失礼。どなたかは存じませんが、人違いをなさっていませんか?」
「いいえ。あなた方が皇太子殿下と、サー・デイヴィッドであることは存じております。…この際、どちらがどちらでも構いませんが。」
 ガーナーはにこりともせずに言って腰の剣を抜き、更に続けた。
「そもそも私は、明日のトーナメントで皇太子殿下に勝負を挑むつもりで居りましたが、ここでお会い出来た以上、明日を待つ必要もありません。」
 二人は黙っている。ガーナーは一瞬だけ右頬で笑った。
「そちらが黙っているのなら、それでも結構です。私は名乗らせて頂きます。私は、ニコラス・ガーナー。3年前に亡くなった、ホットスパーこと、ヘンリー・パーシー様の従者です。ここに集ったこの者達も、ホットスパー様や、ノーサンバランド伯爵家恩顧の者ばかりです。」
 ハルとデイヴィッドは、油断なく彼らに視線を回らせた以外、特に反応は見せなかった。しかし内心、この赤毛で顎に傷痕のある男 ― そしてトーナメントで『緑の騎士』として、ハルに挑もうとしていた男 ― ニコラス・ガーナーの意図と目的を把握していた。ガーナーが続ける言葉も、それを裏付けていた。
 「ホットスパー様は、皇太子殿下との一騎打ちに敗れて亡くなりました。これは、私達なりの敵討ちです。汚いやりかたですが、ここでお会いした以上、死んで頂きます。卑怯と言われても構いません。私達は騎士ではありませんし、ただホットスパー様の仇が討ちたいだけです。」
 デイヴィッドの頭に一瞬、自分こそ皇太子だと名乗る考えがよぎったが、それはすぐに無駄だと判断した。武器を持った敵は10人以上居る。しかも悪い事に、今のデイヴィッドは利き手が使えない。ここで身代わりになった所で、ハルもデイヴィッドも圧倒的な数の前に斬り倒されるだろう。

 助けを呼べるか?
 人違いだと白を切り続けて、時間を稼ぐか?

 二人は同時に同じ事を考えた。しかしやはり無駄だった。
 次の瞬間、ガーナーと男達は、どっと二人に斬りかかって来たのだ。ハルとデイヴィッドは身を低くすると、素早く最初の相手を斬り倒した。二人は背中を合わせになりながら脇を締め、身を低くしながら次の一撃のタイミングをうかがった。
 場所が狭い路地なため、ガーナー達も一斉には襲いかかれない。手元に飛び込んでこようとする男の足元をハルが払った次の瞬間には、背後の男の顔面に肘で一撃を加えていた。
 デイヴィッドの右腕はどうしても上がらない。
(まずい ― )
 デイヴィッドは、本気でそう思った。左手では、相手を倒すのに二手必要になってしまう。二手目には、もう脇か背後から、次の一撃が襲ってきた。数度、危ない瞬間に、ハルの一撃が辛うじて割って入る。
 最初の数人の敵は、ハルとデイヴィッドに襲い掛かるや、瞬く間に弾き飛ばされるように倒れた。
 が、多勢に無勢だった。二人は幾らもしないうちに、足がついて行かなくなる。二人は一声も発さずに、肩で大きく息をした。背中を合わせると、互いの鼓動が突き刺すように感じ取れる。
 限界が近いのだ ―
 ハルとデイヴィッドは、必死に息を整えながらジリジリと近づいてくる切っ先を睨んだ。
 次の一撃はかわせても、倒せないかもしれない ―

 その時―。
 上空で何かが派手に壊れる音がしたかと思うと、突然あらぬものが空から降ってきた。


*注 緑の騎士:アーサー王物語に登場する、謎の騎士。全身緑色の装身具で固めてキャメロットの宮廷に現れ、勇気あるものは斧で自分の首を切り落とせと挑戦する。円卓の騎士ガウェインがこれを受け、斧で緑の騎士の首を落とす。すると緑の騎士は倒れず、自らの首を拾い上げてまた元通りにして見せ、立ち去る。

 → 9.奇妙な特技が、思わぬ所で助けになるという話
8.皇太子ハルとデイヴィッド・ギブスンが、窮地に追い込まれる事
Original Novel   Hal & David  オリジナル小説  ハル&デイヴィッド


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