とにもかくにも、十五人も居たのでは話にならない。鍛冶屋の室内にはハルとデイヴィッド、ロングリー老人、そしてナヴァールの貴族・ラペが残った。ロンドンから駆けつけたネッドとスパイク,ジョニー,ケン、およびメルチェットの四人の弟子ロジャース,アダム,アーヴィン,タイブン、そしてラペの連れである三人のナヴァール人は外に出された。裏口の荷馬車には食料が積んであったし、ラペ一行もかなりの食料とぶどう酒を持ってきていたので、出された十一人はそれらを仲良く食するよう、命じられた。
 さて、室内の四人もいくらかのパンとチーズ、干し肉とぶどう酒を取りながら、改めて顔を見合わせた。もっとも、飲み食いしているのはもっぱらハルとデイヴィッドで、ロングリーは憮然と、ラペは悄然としていた。
 「つまり、ポーツマスで行方不明になったナヴァールの貴族一行というのは、ラペさん。あなた方だったという訳ですね?」
ハルが言うと、ラペは泣きそうな声で答えた。
「確かに、入国手続きを掻い潜りはしましたが、行方不明と言うのは…」
「イングランドの政治家というのは、腹黒くてですね。あなた方がナヴァールを立った時から動向を監視していたんですよ。しかし間抜けにも巻かれました。」
「別に巻いたつもりでは…」
「分かっていますよ、ラペさん。大丈夫。」
ハルが微笑みかけても、ラペの泣き顔は変わらなかった。デイヴィッドが口を開いた。
「確か、ご一行は六人でしたよね?貴族が二人、従者が四人。今、外で三人食事をしていますが、あと二人は?」
「本当に、何もかもご存知なんですね…」
「お気の毒です。」
デイヴィッドは本心から言った。
「要するにそう言う事です。」
ハルが言葉を継いだ。
「ラペさん、あなたが最後にイングランドにいらしたのは、たしか一昨年の秋でしたね。あなたはナヴァール国王カルロス三世陛下の信任も厚いし、英語、フランス語、ラテン語に堪能な外交官だ。そのあなたがポーツマスで姿を消した使節の団長である事は、間違いありません。そして、どういう訳かあなたは以前ウエストミンスター宮殿の甲冑工房の親方だった、ロングリーが密かに行っている大きな仕事に関わりがあるらしい。しかも、それは私の弟ジョン王子の身長を気にするような仕事と来ている。ロングリーは皇太子である私にも、この仕事に関しては何も言えないと主張します。余程重大な事情があるか、もしくは…」
ハルは一度言葉を切ると、ラペとロングリーを見やった。前者はうつむいているし、後者は仏頂面を崩さない。デイヴィッドが肩をすくめてみせると、ハルは続けた。
「もしくは、誰かの名誉を背負っている。どちらにせよ、私は事情を知らないまま、ロンドンへは戻れません。今現在、あなたはこうして私とデイヴィッドに、言わば『囚われている』状態にあります。そうである以上、事情を説明なさってはいかがですか?もし説明を拒むとしたらそれこそ、くだんの腹黒くて野心家のイングランド人が、その辣腕を振るう事を、私はとめられないでしょう。…誰の事を言っているか、お分かりですよね?」
「…分かります。」
ラペは、しょんぼりと頷いた。ウィンチェスター司教にして大法官のヘンリー・ボーフォートを知らずして、外交官が務まるはずもない。
「結構。では、失礼ながら、まずこの質問にお答え下さい。」
ハルがワインのコップを傍らに置きながら、姿勢を正してラペに尋ねた。
「あなたを筆頭とするナヴァールの使節団の目的は何です?」
「カルロス陛下の名代として、王妃様への謁見するためです。」
「なるほど。」
ナヴァール王妹にして、イングランド王妃への御機嫌伺いという訳である。それ自体は不自然な事ではない。
「では、ポーツマスに入港した時に、なぜその事を公式に表明しなかったのですか?」
「それは…」
ラペは、ふらふらと首を振り、やがて深く溜息をついた。
「あの…。正直に申し上げますと。船の中で、事件があったのです。」
「事件?」
「窃盗です。」
「何の?」
「王妃様への贈り物一式です。」
「ああ…なるほど。」
ハルとデイヴィッドは互いに顔を見合わせた。おおよその事情が分かってきたのである。ラペもそれを察知したのか、説明し始めた。
「もうお分かりとは思いますが、王妃様への贈り物というより、王妃様に取り次ぎをお願いするつもりでした。王妃様から、四人の王子様方への贈り物です。」
「要するに、母上を通じてナヴァールから王子へ贈り物をして、その上でナヴァール王女と私の結婚の便宜を図ろうとした訳ですね。もちろん、母上からの口添えも当てにしての事だ。」
「ええ、まぁその辺は…」
「それで、四人の王子への贈り物というのは、甲冑一式ですね?」
デイヴィッドが直裁に言うのでの、ラペは慌てて説明を続けた。
「それはもう素晴らしい甲冑一式なのです。ヘンリー王子,トマス王子,ジョン王子,ハンフリー王子,皆様用に、体格の情報も仕入れてミラノの職人に作らせた特注品でした。乗船する時は確かに船底にあったのです。しかし、いざポーツマスで下船しようとしますと…」
「四つとも無かった?」
「そうなのです!あるはずの箱が無いのです!八方手を尽くして探したのですが、結局見つからず…」
「船長や港湾公安委員に通報は?」
「していません。」
「ナヴァール王国の名誉を思うと、出来なかった訳ですね。」
「イングランド王妃様の名誉の為でもあります。」
ラペは真面目くさった顔で厳かに言ったが、ハルとデイヴィッドはもう俯いて笑い始めてしまった。
「お二人とも、笑い事ではありませんよ。」
ナヴァールの外交官は顔を真っ赤にして訴えた。
「ああ、いや済みませんラペさん。あなたの名誉を重んずる態度は大変立派です。確かにみっともない話ではありますからね。ナヴァール王国と母上の名誉の為に隠蔽なさろうとしたのは中々結構…はあ…」
ハルは一息つきながらも、やはり笑いをこらえられず、肩を揺らしている。そこでデイヴィッドが口を開いた。
「四人の王子の体格や紋章の細部については、王妃様から情報を貰っていた訳ですね。失った甲冑の代替品を急遽手に入れる為に、あなたは元宮廷工房の親方だったロングリーに仕事を依頼した。」
「そうです。」
ラペはまたしょんぼりと頷いた。
「ロングリー、言う事は?」
ハルが老人に水を向けると、彼は仏頂面を崩さずに答えた。
「ラペさんは、レッド・ホロウのわしの工房にやって来て、事情を包み隠さず話してくれたんです。王妃様と王妃様のご実家に恥をかかせる訳には行きませんから、もちろん依頼を受けましたよ。しかし、四組の上等な甲冑を大急ぎで作るのに、わし一人ではどうにもならんですわ。」
「それで、宮廷工房のメルチェットから弟子を借りて来たんだな?彼らなら四人の王子の体格の事もある程度知っているだろうし。」
「道理で、ジョン様の身長を気にする訳だ。」
デイヴィッドは言葉を挟むと、溜息と一緒にワインを飲み込み、手近な椅子を引き寄せて腰掛けた。
「それで?その後は…まぁ、だいたい想像はつくな。」
ハルも座りながら頬杖をついた。
「もちろん秘密の作業になるから、ロングリー爺さんは弟子達を連れてロンドンを出た。かつて自分が住んでいたこの工房で夜中に作業を開始。そして隣り村出身のタイブンが、荷馬車とロバを借りて食料や材料など物資調達をした。朝までには作業を片付けてこの工房を立ち去り…昼間は?どこに居たんだい?大方、ラペさんのご一行と同じだと思うけど…」
「ベルトラントです。あそこの小さな宿舎で寝泊まりしていました。」
答えたのはラペだった。ロンドンを出て街道を東に進み、マーロー,リンブレイを過ぎた先にある大きな町だ。旅行者が長期滞在しても怪しまれないのであろう。ラペは続けた。
「私達はベルトラントで甲冑が出来るのを待ちました。そして時々、様子を見るのと、差し入れをする為にここに来ていたのです。それで、今夜も私の連れと従者を一人ベルトラントに残して、差し入れをしに来たんです。所が、ここに近付こうとしたとたん、凄い勢いで荷馬車が突っ込んできて、あの人たちに襲われたんです!」
外交官は窓の外を指差した。もちろん、ネッド以下四人の事を言っている。
「あの人たちは、追い剥ぎですか?」
「まあ、当たらずも遠からずです。」
 追い剥ぎと大差ない連中、ネッド,スパイク,ジョニー,ケンの四人は、ハルとデイヴィッドがロンドンを立ってから、馬二頭と荷馬車を調達し、凄い勢いでロンドンを飛び出した。途中マーローを通ったはずだが、一度も止まらずに突っ切り、そのまま森に突入。丁度様子を見に来ていたラペと三人の従者に出くわした。これが鍛冶屋の魔女の正体と知るや襲いかかり、スパイクとジョニーは優勢,ネッドとケンはデイヴィッドに助けられるという結果になった。
 「もう一つ。」
デイヴィッドは簡単な食事を終えると、ゆるゆると立ち上がりながらラペに言った。
「貴方にロングリーを訪ねるよう、忠告したのは誰です?元宮廷工房の親方がロンドンの何処に居を構えているかなんて、貴方が知るわけが無いし、甲冑の盗難が予想されたはずもありません。誰かが貴方に忠告し、情報を与えたはずです。」
ラペは暫く押し黙ってハルとデイヴィッド、ロングリーの顔を見回したていたが、やはり諦めた。
「ご婦人です。同じ船にシェルブールから乗船した女性で、どういう訳か分かりませんが、甲冑の盗難を知ったらしいのです。それで私に、ロンドンのレッド・ホロウに良い職人が居て、四人の王子様の事も良く知っていると、教えてくださったのです。」
「名前は?」
今度はハルとデイヴィッドが同時に声を発した。相手が友好国の外交官であり、窮地に立っており、しかも聞き出そうとしているのが婦人の名前とあっては、あまり騎士道的とは言えない。しかし、宮廷と王族に関する詳細を知り、その情報を外交官に提供する人物について放置するほど、彼らは暢気ではなかった。ラペもその空気を感じ取ったらしい。低い声でつぶやくように答えた。
「船長には、ロヌーク夫人と呼ばれていました。どこの国の人かは分かりません。でも英語とフランス語を流暢に話していました。若くてお美しい夫人でした。従者を二人連れて。ロヌーク夫人と呼ばれていたことしか、分かりません。本当です。」
「ロヌーク夫人ねえ。」
ハルとデイヴィッドはまた顔を見合わせた。二人とも、聞き覚えの無い名前だった。しかしラペの表情を見ると、嘘をついているとも思えない。二人ともこれ以上の追及は無駄だと悟った。
 「さて、どうしましょうね。ラペさん。」
ハルが言い終わらないうちに、とんでもない勢いでネッドがドアを開けて飛び込み、デイヴィッドにしがみついた。



 
→ 9.皇太子の対応も迅速なれば、数に大差のある攻防戦も迅速に終わるという実例

8.会談にて事のあらましが明らかになるものの、突然中断される事

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