なるほど、魔女だの悪魔だの幽霊だのと言われる訳である。ロングリーと、四人の弟子(実際にはメルチェットの弟子なのだが) ― ロジャース,アダム,アーヴィン,タイブンは、この廃虚になっていた鍛冶屋での夜中の作業を絶対に秘密にするべく、見張りを立てていたのである。今回の場合アーヴィンがそうだった。見張りは明かりが近付いてくるのを発見するとすぐに工房の連中に知らせ、それこそ悪魔のような勢いで道具を片付けると、裏手に止めてあるロバと荷馬車(これは三日前にタイブンがマーローの庄屋から借りた物である)で逃げ出していたのだ。普通、甲冑職人の工房というのものは、あらゆる道具が散らかっているものだが、ここではいつでも持ち出せるよう、きちんと整頓してあった。
 しかし、今夜の場合は勝手が違った。敵(この場合ハルとデイヴィッド)はリンブレイの村人達の失敗を知っていたので、森に入る際に予め明かりを細くしていたし、鍛冶屋が見えた時点でそれさえも消していた。そうして音も無く近付き、見張りの一瞬の隙を突いて工房に飛び込んだのだから、ロングリーも弟子達も逃げ出す余裕はなく、咄嗟に秘密を知った相手に攻撃をしかけ、結果ハルの頭にヘルメットが勢い良く命中したという訳である。
 ロングリーの叫び声に、四人の弟子も侵入者たちを良く見てみると、「チェスター伯爵ならびにコーンウォール公爵、およびランカスター公爵」のプリンス・オブ・ウェルズ・ヘンリーその人であり、もう一方は皇太子の親友サー・デイヴィッド・ギブスンの見慣れた顔だった。
 炉には赤々と火が燃えている。工房には作りかけのいくつかの甲冑があった。四人の弟子と、真っ白な茫々頭に眉だけ真っ黒な老甲冑職人・ロングリーは一列に並んで黙りこくっていた。特に四人の弟子たちは恐縮し切っている。
 「やれやれ。」
デイヴィッドは柱にもたれかかり、腕を組みながらつぶやいた。ハルはヘルメットが命中したものの、別に頭が割れるような事もなく、却ってヘルメットの方が酷くひしゃげていた。彼は椅子に座って軽く額の上部を冷やしながら、デイヴィッドに誘われるように溜息をついてから口を開いた。
「別に、お前さん達が悪い訳じゃないから、そんなに恐縮しないで良いよ。いきなり飛び込んできた俺達の方が悪いのさ。それよりも、上手によけて俺にぶつけるデイヴィッドが悪い(デイヴィッドは鼻で笑った)。それよりも、せっかく作ったヘルメットを駄目にして悪かったね。」
五人は相変わらず黙っている。
「それで、質問なんだが。何だってこんな所のこんな夜中に、コソコソ仕事をしているんだ?」
困惑の空気が辺りに漂った。暫しの沈黙の後、いかにも頑固一徹らしい大きな口をしたロングリーが、低く声を発した。
「皇太子殿下こそ、どうしてここへ?」
ハルもデイヴィッドも内心、可笑しくてたまらない。この老人の物怖じしない所は、宮殿の工房に勤めていた頃と変らなかった。甲冑作りにかけては確かな腕と誇りを持っているロングリーは、相手が公爵だろうと司教だろうと、平気で口答えし、口論など日常茶飯事だった。
「ここに居ると分かっていたからさ。」
ハルは額を冷やしていた布を放り出した。
「宮廷甲冑工房の弟子とともにロングリーが姿を消したというから、行方を探していたと言う訳。ロングリーのかつての住居だった鍛冶屋は、リンブレイ村外れの森の中。そこに夜な夜な怪しい明かりが点る上に、隣り村のマーローにはタイブンが(言いながらハルはタイブンをみやった)現れ、ロバと荷馬車を借りていった。」
「その日はマーローに市の立つ日だったから、ここで隠れて作業する為の物資や食料を調達したに違いない。」
後半はデイヴィッドが引き継いだ。弟子たちの間に、また困惑の空気が広がり、ロングリーは益々不機嫌な顔になって黙り込んでしまった。ハルは微笑みながら、気楽な調子で質問を続けた。
「別に甲冑職人が甲冑作りをして悪いという事はないさ。ただ、なぜ行方をくらました上に、ロンドンから離れた廃虚で、しかも夜中に隠れて仕事をしなければならないかを知りたいんだ。しかもメルチェットから四人の弟子を借りなければならないほどの大仕事をさ。」
「おっしゃる通り、わしらは甲冑を作っていただけです。しかしここで、夜中に作業をしていた理由ですが、皇太子殿下と言えども申し上げる事は出来ません。」
ロングリーがきっぱりと言う。デイヴィッドは眉を上げ、ハルは眉を下げた。
「困ったな。いや、別に俺は困らないのだが、ジョンが困るんだ。」
「ジョン様が?」
「そう。あいつ、あれでも身長が随分伸びたんだよ。それで甲冑を新調する事になったのだが、さすがにメルチェット一人では新調は無理だろう?」
「背が伸びた…」
ロングリーが聞こえない位低い声でつぶやいた。その時、彼と四人の弟子達の間にただよった微妙な空気を、デイヴィッドが見逃さなかった。
「ちょっと待ってくれ。ジョン様の身長が重要なのかい?だからわざわざ宮廷工房の弟子達を借りてきたと?」
五人は押し黙って、ハルともデイヴィッドとも視線を合わせようともしない。
「…なるほど。どうも、ただ事じゃないな。」
ハルは少し真面目な調子になって立ち上がった。
「ねえ、ロングリー爺さん。あんたが俺や父上に仇するとは思っていないよ。ただ、何かしらの事情を抱えている。」
「殿下、先ほども言いました。申し上げる訳には行かないのです。」
 その時、デイヴィッドは小さな窓の外に、人影が動くのに気付いた。と、同時に弟子たちもそれに気付いたらしい。しかし彼らは声を発さない。デイヴィッドは弾かれたように立ち上がると、裏口から飛び出そうとした。しかし、とんでもない勢いでそれが阻まれた。外から四,五人の男達が転がり込み、やおら工房の床で取っ組み合い始めたのである。
「悪魔の正体見たり、この野郎!観念しやがれ!」
床にひっくり返った男に馬乗りになってその頭をぽかぽか殴りつけているのは、他でもない左官屋のジョニーだ。殴られている男は調子っぱずれな声で、
「助けて下さい!助けて下さい!」
と叫んでいる。そして、二人の男が出口付近で、お互いの喉もとを締め上げ合っている。一方は例のスパイクだ。デイヴィッドが驚いて裏口から外に出てみると、そこでは逆にネッドとケンが二人の男にボカボカ蹴りを食らっている最中。男達は口々に喚いているが、明らかに英語ではない。とりあえずデイヴィッドは両手で外国語の男たちの襟首を掴んで工房の中に放り込み、ネッドとケンを助け出した。
「おい、ネッド。悪魔の心臓を一突きにしてやるんじゃなかったのか?」
「ああ、デイヴィッド!今日ほどお前を立派な騎士様だと思った事はないよ!」
ネッドは禿げ頭を真っ赤にして、半泣きになっている。その頃、スパイクとその相手は四人の弟子たちが、ジョニーと「助けて下さい」の男は、ハルとロングリーがやっとの思いで引き離していた。工房の中は合計十五人の男で大混乱に陥ったが、ハルとデイヴィッドが剣を抜き、騎士には手向い無用とばかりに、事態はようやく沈静化した。
 静かになって互いの顔を見合わせ始めると、「助けて下さい」の男が、服装も乱れたまま、よよと泣き出した。
「ああ、もう駄目だ。神様、お助け下さい。どうかお慈悲を…」
「ええい、泣いても無駄だ、この悪党め!皇太子殿下の御前だ、観念しやがれ!」
ネッドが威張り散らしながらふんぞり返って喚くと、
「何ですと、皇太子殿下?」
と、男はびっくりして顔を上げ、見る見るうちに青くなった。その顔を見て、ハルが額をおさえながら言った。
「あの。失礼。…どこかでお会いした事がありませんか?」
「ああッ!皇太子殿下、ヘンリー王子!」
「やっぱり。おい、デイヴィッド。お前も見覚えがあるだろう。」
ハルが少々呆れた声で言うと、デイヴィッドは剣を鞘に納め、うんざりしながら頷いた。気持ちはハルも同じである。
「どうやら、これは国際問題らしいな。そうでしょう?ナヴァールの貴族、アルフォンソ・ラペさん。」


→ 8.会談にて事のあらましが明らかになるものの、突然中断される事 

7.やや短い章なれど、登場する人物はすこぶる多し

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