「ごきげんよう、騎士様がた。マーロー村へようこそ。村民を代表してご挨拶いたします。私はジャック・ファーマン。庄屋の所へご案内しましょうか?」
どうやら、農民達のリーダーらしい。日焼けした顔とたくましい体つきが、いかにも誠実な農夫らしい雰囲気を醸し出していた。ハルとデイヴィッドは馬から降りると、帽子を取って礼を返した。
「ありがとう、ファーマンさん。彼はサー・デイヴィッド・ギブスン。私はサー・ヘンリー・プラントです。我々はリンブレイ村へ向かう所ですが、どれくらいかかりますか?」
「これからリンブレイ村へ?」
ファーマンは少し驚いたように二人の若い騎士をみやった。
「騎士様がたがリンブレイに何の用かは存じませんが…ええ、リンブレイは確かに隣り村です。しかし、馬を使っても夜になってしまいますよ。ご存知の通り今の時期、日はあっという間に沈んでしまいますからね。リンブレイまでの道は、最近妙な噂もありますし…」
「妙な噂?」
ハルが聞き返す。
「ええ、何と言いますか…このマーローからリンブレイに向かう道は、途中でさほど大きくもない森に入ります。しかし、夜ともなると真っ暗な道でしてね。その森の中ほどに、昔鍛冶屋の工房がありましたが、もう何十年も廃虚のままです。所が最近、その廃虚に夜な夜な明かりが点き、何でも魔女が集会を開いているというのです。」
「魔女…」
ハルとデイヴィッドは顔を見合わせた。
「いや、信じられないのは分かりますがね。確かにあの森の辺りは、最近夜になると変に騒がしいのです。」
ファーマンが言うと、取り巻いていた村民達も頷き、口々に不安を漏らした。ファーマンが説明を続ける。
「夜になると真っ暗な森のなかに、何かが居る気配がするのですよ。それも一つ二つじゃない、かなりの数の生き物が動き回っている気配なんです。」
「夜遊び好きな猪では?」
ハルが言うと、ファーマンは真顔で否定した。
「森の中で小さな明かりが点いたり、消えたり、移動したりするのですよ。いくらなんでも猪や鹿は火を使わないでしょう。この鬼火が度々現れるのです。時刻的にも旅人ではないし、勿論村人でもない。廃虚の魔女に関しては隣り村の事ですから何とも言えませんが、森の不気味な気配はさすがに、このマーロー村でも気味悪がられています。」
「ここの領主は?」
デイヴィッドが尋ねると、農夫は困ったように首を振った。
「見た事がありませんね。多分ロンドンに居館がある子爵か何かだと聞いています。マーローも、リンブレイも、長い間庄屋さんを頭に、うまくやっていますし、巡回裁判が開かれる事もめったにありません。今度の騒ぎに関してはうちの庄屋さんが…ベイクさんと言うのですが、領主様に陳情しにいったそうですよ。その後どうなったのかは知りませんがね。」
「子爵か。」
ハルとデイヴィッドはまた顔を見合わせた。
 馬に水と少しの飼葉をもらえないかと言うと、ファーマンは村の共同厩舎に案内してくれた。村人達は騎士が珍しいのか、遠巻きにハルとデイヴィッドを眺めている。馬に本格的に休まれては困るので、二人は早々に厩舎を後にした。
「お出かけになるのですか?」
ファーマンが驚いて尋ねた。
「もう日が沈んじまいましたよ。すぐに真っ暗になりますし、最近ロンドンやこの辺りを騒がせている追い剥ぎが出るかも知れません。」
「そうだな。じゃあ、ランプと火を貸してもらえますか?」
ハルが平気な顔でそういうと、ファーマンは呆れたように頭を振り、求められた品を貸してくれた。
 二人は再び馬に跨ると、小さなマーロー村を通り抜け、街道をリンブレイへ向かって進み始めた。村を出る間際、デイヴィッドがファーマンを振り返って尋ねた。
「三日前、この村では市が立ちましたか?」
「ええ、立ちましたよ。二のつく日でしたから。」
「ありがとう。」

 「増えたな。」
辺りが夕闇に沈み込もうとする街道を進みながらハルが言うと、
「増えた。」
と、デイヴィッドも同意した。
「ロングリーと、メルチェットの弟子四人の他に、何か知らんが森の中をごそごそ動き回っている。」
「そういうのに限って、地元の領主が私兵を養って反乱を起こしたり、私闘に励んでいたりするんだよな…」
「ハル、お前さっきファーマンが言ってた、ここらの領主の子爵を知ってて言っているのか?」
「知らない。第一、この辺りが貴族の領地だって事自体、知らなかったから。」
「最近そうなったんだ。」
「やけに詳しいな、デイヴィッド。」
「身内だ。」
「あぁ!」
ハルの頓狂な声が闇夜にこだました。
「そうか、そうだったな。ソンダーク子爵に下賜されたんだ。忘れていたよ。」
「お前、物忘れが激し過ぎる。」
「公務の後遺症だ。うん。そうなると、益々怪しいぞ。森にうごめいている連中は何だ?鬼火だと言っていたな。それこそ魔女か、悪魔か、火遊びの好きな猪か…」
「追い剥ぎかもな。」
「追い剥ぎは常に移動するだろう。何日も同じ森に居るとは思えないな。」
「確かにそうだ。じゃあやっぱりソンダーク子爵が反逆を企てているに違いない。」
「そりゃいい。」
 軽口を叩き合う二人の若い騎士が進む道はますます暗く、静けさが重くのしかかるように続いて行く。風が出てきた。黒い雲が半月を覆い隠し、更に闇が深くなった。ハルの鞍から吊るしたランプの明かりもたよりなく、闇を増幅させるばかりだった。
やがて、ハルとデイヴィッドの視線の先に、湿り気を帯びた黒いかたまりが横たわり始めた。森の始まりである。

 ファーマンの言った通り、別に広大な森と言う訳ではなさそうである。昼間に見れば別にどうと言う事はないのだろうが、やはり夜の闇の中で森に入るのはやや勇気を必要とする。もっとも、この若い二人の騎士にとっては造作も無い事だった。
 二人は森に入ると明かりを細め、交わす言葉も少なく進んだ。ふと、デイヴィッドが駒を止め、低く声を発した。
「ハル。」
皇太子も止まると、デイヴィッドが指差した方向をみやった。
「…明かりだ。」
ハルが呟いた通り、その先には、小さな明かりが点っている。移動はしていないが、光がやや揺らめいて見えた。
「どうやら鬼火ではなくて、例の鍛冶屋らしいな。」
二人は馬を下りた。
「火を消すぞ。」
そう言ってハルがランプに手を伸ばそうとしたが、
「ちょっと待て。」
と、デイヴィッドが言い、その場にしゃがみこむと彼は両足の拍車のベルトを締め直した。デイヴィッドは立ち上がろうとして、一瞬ハルの肩越しに小さな明かりが動くのを見た。しかしすぐに消えた。そしてハルが完全に手持ちのランプを消す。デイヴィッドは闇の中で頷いた。
「行こう。」
 二人は静かに馬を引いて歩き出した。二頭の馬も、主人達のこういった冒険に場慣れしているのか、落ち着いてついてくる。やがて、木が途切れ途切れになり、そして森の中にぽっかりとあいた空間があるのが見えた。二人は馬を手近な木につなぐと、腰の剣を改めてから再度進んだ。そして鍛冶屋の建物がはっきりと見える距離に来た。二人は建物に一番近い木の影に身を潜めて、息を詰めた。ハルがデイヴィッドに合図して指差した方に、二本足の動物がゆっくり歩いている。
「アーヴィン。」
ハルが声に出さず、口だけ動かしてそう囁くと、デイヴィッドも見覚えのある宮廷工房の弟子であることを認め、軽く頷いた。
 二本足の動物 ― つまり、人間のアーヴィンは、鍛冶屋の周りをゆっくりと一周し、入念に辺りを見回している。やがて彼は大きく息をつくと、踵を返して鍛冶屋の中に戻ろうとする。ハルとデイヴィッドは足音を立てないようにそっと木陰から出た。アーヴィンはそれには気づかず、鍛冶屋の扉を開いた。その一瞬、二人の騎士は素早く突進し、アーヴィンの背中を突き飛ばすや、工房の中に飛び込んだ。
「あっ!!」
という悲愴な叫び声があがり、デイヴィッドは一人の老人と三人の若者が手に手に道具を持って殺気立った顔になったのを認めた。次の瞬間、その内のだれかが手に持っていた甲冑のヘルメットを投げたのだ。デイヴィッドは咄嗟に身を低くしてよけたが、彼の真後ろに立っていたハルの額を直撃し、カーン、と高い音が鳴り響いた。ハルはさすがに目から火花が飛び、床に崩れ落ちる。デイヴィッドは腰の剣を抜き去り、素早く視線をめぐらしたが、
「皇太子殿下!サー・デイヴィッド!」
という、老人の叫び声に若者達の動きが止まった。ハルが頭を抑えながらヨロヨロ立ち上がる頃には、一同は状況を把握していた。


 → 7.やや短い章なれど、登場する人物はすこぶる多し 

6.マーロー村への到着と、再び馬上二騎士がいくらかの会話の後、森に入る事

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