雨もすっかり上がり日が高くなった頃、ハルとデイヴィッドがレッド・ホロウに駆けつけると、ホワイト・ウィージルにはちょっとした人だかりが出来ていた。
「おい、どうした?」
ハルが人垣をかき分けて入り口までたどり着くと、ネッドの小柄な体がぱっと飛び上がってハルの手を掴み、ぐいぐい引っ張り込んだ。
「さあ、皇太子殿下のお出ましだ!どきなどきな!」
ホワイト・ウィージルの食堂は、テーブルが横に積み上げられ、椅子が四角く並べられていた。一番の奥には粗末な椅子が木箱の上に一段高く置かれ、ネッドはハルにそこへ座れという。隣の椅子にはフォールスタッフが真面目くさった顔で陣取り、彼の情報網…つまり、いつもホワイト・ウィージルにたむろす連中がハルを囲むように座っていた。
「ほらデイヴィッド、ぼんやりしていないで!早く殿下の横に立って。」
デイヴィッドは答えずに手近な椅子を取ると、適当に座り込んだ。
 「態度のでかい側近だな。よし、えへん!!」
ネッドは仰々しく咳払いをし、
「皇太子殿下も到着されましたので、我々の調査結果をご報告申し上げます。」
と言いながら深々とハルに礼をした。宮廷ごっこの始まりというわけである。デイヴィッドはうんざりして奥に向って呼びかけた。
 「マライア、エール!冷えてるの。」
「サー・デイヴィッド、真面目にお願いします。皇太子殿下の面前ですぞ!」
「俺にもエール!」
ハルも苦笑いしながら呼びかけると、用意していたらしくマライアがコップを二つ持って、すぐに出てきた。彼女は二人に良く冷えたコップを渡すと、即席宮廷の取り巻きに加わった。
 「さて、私たちは昨日、皇太子殿下からウェストミンスター宮殿内の甲冑工房に弟子入りしている四人の男に関しての調査を命ぜられました。」
ネッドは胸を張り、見物人の方に向かって声高に喋り始めた。自分を舞台上の役者か何かと思ったらしく、肝心の皇太子に尻を向けている事には頓着していない。どういう訳か、見物人たちもここでやんやの歓声を上げた。
「そこで、我々は!」
ネッドが続ける。
「宮殿工房の物資調達業者の使用人、アイアン・バットに協力を求めました。皆さん、アイアン・バットをご紹介いたします。」
とネッドが食堂の隅を指差すと、そこには粗末な毛布を被って中年の男が高鼾をかいて眠りこけていた。
「…病床に伏しておりますが。」
ネッドが付け加えると、
「ただの酔っ払いじゃないか!」
と、見物人から野次が飛び、どっと笑いが起こった。
 「どちらにせよ!(ネッドはひるまずに続けた。)バットは、工房の弟子四人の名前を知っておりました!即ち!ああ…サー・ジョン。」
ネッドは、フォールスタッフに向き直った。
「私の口から申し上げても良いのでしょうか?」
「うむ!良きにはからえ。」
フォールスタッフは、もう四,五杯目のエールと、質の悪いワインを飲み干しているらしく、椅子にふんぞり返りながら言い放った。
「おいおい、その台詞はハルが言うもんだぜ!」
また野次が飛ぶ。デイヴィッドはため息をついて視線を落とし、ハルは苦笑して、
「うん、いいから先を続けろよネッド。四人の弟子の名前と実家とその様子だ。」
と先を促した。するとネッドは右手を高くさし上げ、指を折りながら四人の名前を言った。
「まず一人目は、ジャック・ロジャース。そしてニコラス・アダム、ボブ・アーヴィン、ジム・タイブンであります。どうだ、字が読めなくても暗記は出来るぞ!」
「子供にでもできらぁ!」
野次と哄笑が更に高まる。しかしネッドはそれにもめげない。
「そこで、我々はサー・ジョン・フォールスタッフの指令の下、二人一組で四箇所へ調査に赴きました。ええ、単独で行動するなどという愚かな真似は、決していたしません。おっと、大袈裟だなどと言う輩には、悪魔の祝福あれ!さあ、七人の勇気ある男たち、起立したまえ。」
 すると、四角く並べた椅子に座っていた男たちが立ち上がった。いずれもハルとデイヴィッドにとっては顔見知りの、ホワイト・ヴィージルに集まるいつもの面々である。
「ご紹介しましょう。まずレッド・ホロウ自警団副隊長のスパイク、左官屋のジョニー、無職のケン、鍛冶屋のアンス、大工のヨーン、書記のエレガー、膏薬屋のエブサロンであります。」
 彼らは一斉に皇太子に向かって礼をするので、ハルは仕方なく宮廷でいつもするようにかるく右手をあげた。立ち上がった男達は次に、役者よろしく見物人にもお辞儀をして、これまたやんやの歓声を頂戴した。
 「それでは、まずジョニーと私が担当しました、ジャック・ロジャースの実家についてご報告します。ジョニー!」
ネッドが声高らかに言うと、日焼けした顔に立派な髭を蓄えた左官屋のジョニーを残して、他の男達は腰を下ろした。ジョニーは改めてハルにお辞儀をして、えへんと咳払いをした。
「皇太子殿下に申し上げます。手前とネッドは、ジャック・ロジャースの実家のある、ルース村に赴きました。そして、何もありませんでした。あらあらかしこ。」
ハルは眉をあげ、身を乗り出して暫く直立不動の左官屋を見据えていたが、待てど暮らせど何もなし。にらみ合は永遠に続くかと思われたとき、デイヴィッドが低い声で言った。
「なかったのは、村か?ロジャースの家か?」
「家に決まっておろうが、馬鹿。」
野次馬がどっと沸き、左官屋は真面目な面持ちのままで腰を下ろした。
「おい、ネッド。ロジャースの実家がどうしたって?」
ハルが足元の小石を拾い上げて、ネッドにぶつけながら早口に尋ねた。
「何だよハル、一度で理解しろよ!お前も馬鹿か?」
「皇太子殿下だ!事情を説明しろ。どうしてルース村にはロジャースの実家がなかったんだ?」
「決まっているじゃないか!ロジャースは捨て子だったんだよ。村の教会の前に捨てられていたのを、神父さんが引き取って育てたんだ。ロジャースが神父さんの口利きで宮廷に出入りしているメルチェットさんに弟子入りしたのは、もう八年も前さ。神父さんは死んでいたし、村にはもちろん家族も居ない。だから何もなかったんだよ。」
「最初からそう説明しろ!分かるわけないだろう?ああ、もういい。次は?」
「次は、スパイクとケンとアンス、ヨ−ンの報告であります!」
またネッドが声を上げると、一斉に野次が飛んだ。
「何だ、怖気づいて四人一組か、臆病者!」
「何だと、この野郎!」
大工のヨーンが顔を真っ赤にしていきり立つやいなや、野次馬連中に突進して瞬く間に取っ組み合いになった。すかさずアンスが(この鍛冶屋と大工は幼馴染なのである)加勢し、喧嘩に拍車がかかる。もはやレッド・ホロウの即席宮廷は崩壊かと見えたが、
「ちょっと、喧嘩ならよそでやっておくれ!皿の一枚で割ってみな!ありったけのつけを請求して、憲兵に突き出してやる!」
というマライアの一喝により、宮廷ごっこより喧嘩のほうが好きな血気盛んな連中はどっと外へ飛び出した。
 「これは皇太子殿下、とんだ失礼を。ご報告を続けましょう。」
ネッドが改めて慇懃に宣した。
「四人一組になったのは訳があります。では代表してケン、皇太子殿下にご報告したまえ。」
無職のケン(妙な呼ばれ方だが、実際にそうなので仕方がない)は、きょとんとして周りを見回したが、チームを組んだ連中のうち二人は外に飛び出してしまったし、もう一人のスパイクは全然口を利かない男なので、結局ケンが立ち上がることになった。
 「はあ、その…ハル、あいや、皇太子殿下?ああ、うん。殿下。デイヴィッドもね。ええと…つまりですね。俺とスパイクはニコラス・アダムについて調べたんだよ。やつはシティの手前の鍛冶屋の次男坊でね。兄貴が家を継いでいるんだが、ここ数ヶ月弟からは何もたよりがないんだと。そこにアンスとヨーンがやって来るじゃないか。あの二人が調べていたボブ・アーヴィンはアダムの母方の従兄弟なんだと。で、アーヴィンは親を早く亡くしたから、アダムの家に厄介になってた訳で、要するにこの二人の実家は一緒なのさ。つまり、二人ともここ数ヶ月何の連絡もない。・・・これでいいかい?」
ケンがスパイクの顔をうかがうと、自警団の副団長は力強くうなずき、ハルとデイヴィッドに向かっても同じ事をした。
 「収穫なしか。」
ハルは椅子の背にもたれかかりながら、言葉をついだ。
「それで?今度は残るはエレガーとエブサロンの報告だが…」
しかし、後者の膏薬屋の姿はさっきの喧嘩騒動と共に消えていた。喧嘩の起こるところ膏薬屋の稼ぎどころというわけである。すると、痩せぎすで背のひょろ高い書記のエレガーがすっくと立ち上がった。
「では、ご報告申し上げます。宮殿内の甲冑工房担当の親方・メルチェット氏の四人目の弟子は、ジム・タイブンであります。彼の実家はマーローであります。私とエブサロンは、自警団付きの馬を拝借しまして、彼の地へ赴きつい先ほどロンドンに戻りました。さて、マーローではタイブンの父親が小さな鍛冶屋を営んでおります。彼に息子の便りを尋ねますと、何と三日前に姿を現したという言うことであります。」
「三日前?」
顔を上げて聞き返したのは、ハルもデイヴィッドも同時だった。
「いかにも、そうであります。」
書記は得意げな顔で続けた。
「三日前、タイブンは実家に突然現れ、隣家の庄屋からロバと荷馬車を借りていきました。何せ宮殿の工房で修行しているタイブンですから、庄屋も快く承知してくれたそうです。」
「タイブンは、一人で来たのか?」
デイヴィッドの問いかけに、書記はすばやく言った。
「はい、そうであります。」
「それで、ロバと荷馬車を借りてどこへ行ったんだ?」
「申し訳ございません、皇太子殿下。それは分かりません。タイブンの親父は、宮殿の工房ともなれば色々難しい事もあるだろうと、敢えて問いたださなかったそうです。」
 そう報告し終わると、書記はまた深々と頭を下げると、席に戻った。外の喧嘩騒ぎをよそに、残った見物人と偽宮中の人々は皇太子に視線を集めた。
「どうやら、タイブンの村…マーローに行ってみてもよさそうだな。」
「ハル」
デイヴィッドが口を開こうとしたが、やおら立ち上がったフォールスタッフに遮られた。
 「あいや、お待ちなされ殿下。この年寄りの言うことに暫し耳を貸されて、損はありませんぞ。」
酔いでろれつが回らないくせに、肥満白髪老人は自分では威風堂々のつもりで前に進み出た。それに見物人たちがやんやの歓声をあげ、外の喧嘩も一時休戦して大将の登場に拍手喝采した。


→ 5.リンブレイ村のおぞましき話と、
    ネッドの並々ならぬ勇気、および馬上二騎士の会話の事

4.レッド・ホロウのささやかな宮廷と、そこに集まる人々および、喧嘩騒ぎと最後に大将がお出ましの事

Origina; Novel,  Hal & David  オリジナル小説  ハル&デイヴィッド


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