PC110日記(1997年7月〜9月)

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1997年7月2日(水)
ヒンジの故障が再発してしまった。瞬間接着剤では役不足ということか。
今度は、もう一度瞬間接着剤で固定し、そのまわりをエポキシで固めてみた。
取付けてみて調子が良かったのだが今度はバックライトがつかなくなってしまった。初めは右側半分だけついていたのだが、いつの間にか全然つかなくなってしまったのだ。
慌てふためいても何にもならない。次の日に差し支えるので寝ることにする。


1997年7月5日(土)
バックライトがつかなくなったのは、冷陰極管が劣化したためでは? と考え、自分で直してみようと思い、秋葉原に出て冷陰極管を探すが同じ形状、同じ規格のは見つけられなかった。代わりに、秋月でインバータと冷陰極管のセットを購入する。
PC110のバックライトに使われている冷陰極管のテストをしてみようと思ったからだった。
テストの結果、冷陰極管は問題なし。
となると、インバータか、本体の問題となる。これは面倒なことになってきてしまった。
インバータをよーく観察してみるとトランスの線が一本断線しているのに気がついた。そのせいかと思い、ちょっと実験をする。
点灯している冷陰極管の端子の片方を外してみるとどうなるか、というものである。
結果は見事にこの故障の症状と一致した。つまり、片側だけ光っていたが、しばらくすると全然光らなくなるのだ。テスターで調べるとインバータについているヒューズが切れていた。これが最終的に光らなくなった原因だろう。つまりインバータか本体に安全装置がついており、それが働いたので正常に動作しなくなったのだろう。
メーリングリストでIBMから部品を取り寄せる方法を聞いていたのでインバータの交換をしてみようと思う。しかし月曜日になってからだ。


1997年7月8日(火)
IBMパーツセンターに電話してパーツリストを入手する。
実は昨日も電話はしたのだがつながらなかったのだ。今日は朝9:30くらいにひたすらリダイアルして5回目くらいでつながった。
インバータと右側のヒンジの見積りをFAXでお願いする。電話ではつながらないので今後はFAXで行うことにした。


1997年7月9日(水)
IBMから部品の見積りが届いたが、手数料が二重に取られるような物だったので、確認のFAXを入れる。
今回見積りした部品の正式名称と部品番号、価格は次の通り。

InverterConponent P/N 39H4560 ¥6,510.
LCD Hinge right P/N 39H5780 ¥190.
手数料 ¥1,000.
消費税(5%) ¥385.

IBMパーツセンターから部品を購入する手順は、

  1. パーツリストをIBMパーツセンターから入手する。
  2. 発注する部品を決め、部品番号と個数を知らせる。基本的にFAX。
  3. 見積りが届く。見積りに発注方法、代金の渡し方が書いてある。
  4. 見積りに書かれている方法で発注する。
今回は銀行振込し、振り込みの控えのコピーと見積りをIBMへ返送するというもの。

夕方に訂正された見積りが届いたが手続きは明日にする。


1997年7月10日(木)
IBMに部品を注文する。


1997年7月15日(火)
IBMから箱が届く。注文した部品だった。
注文した部品に対する箱の大きさにあきれた。


1997年7月16日(水)
届いたインバータを取りつけてみた。
しかし何もかわらない。いよいよもって本体の問題か


1997年7月20日(日)
T-ZONEミナミ8FのPC DOCKへPC110を持っていき修理を依頼する。
修理の見積りに¥8,000、修理する場合は更に技術料として¥10,000かかるとのことであった。週末くらいまでに修理可能かどうかわかるとのこと。


1997年7月24日(金)
IBM修理センターの方から連絡が入る。DC-DCコンバータの修理で使えるようになったということであった。「LCDの見え方が良くなく中のフィルタの向きが変わってしまっているようだが、修理しますか?」と聞かれたが、それは自分でできそうなので、自分で直すと伝えた。
見積りがあってから修理するのだと思っていたので確認してみると、「LCDのフィルタのことで質問があったためで、見積りは営業から送られます」とのことだった。


1997年7月30日(水)
帰省から戻ると修理の見積りが届いていた。
修理する場合は¥18,900.、修理しない場合でも¥8,400.かかるとのことだった。
料金は銀行振込か、クレジットカードでということなので、クレジットカードで支払う事にした。


1997年8月5日(水)
PC DOCKから電話があった、修理が終わったとのこと。会社を定時で出て、直行して受け取った。
角度によって見ずらい部分があったが、それは以前に聞いていたし、自分で直すつもりだったので気にしなかった。
帰ってからLCDをあけて2枚あるフィルタを正常な向きにする。フィルタは冷陰極管側から見ると反対側が見えず、液晶側から見ると屈折するがちゃんと見える状態が正しい。つまり一種のマジックミラーである。これをまちがえると正しい位置で見ようとしても見えない。


1997年8月9日(土)
中断していたFreeBSDのインストールにとりかかる。
結局DOSパーティションを作ってそこにインストールに必要なものをおいてインストールすることにする。
久しくDOSパーティションなんて切ったことがなかったので、間違って基本DOS領域にFreeBSDを入れようとしたりしたが、なんとか無事にインストールをすることができた。
しかし、いざブートとなると、ルートディレクトリをマウントできずカーネルパニックでブートできない。
良く考えてみるとデフォルトのブートデバイスは0:wd(0,a)であるが、PC110でPCカードでブートする設定では一台目のディスクがPCカードとなる(0:)が、セカンダリIDEのマスタ(wd2)であるので、0:wd(2,a)になってしまうのである。
ps2コマンドをつかって設定を変更することも可能ではあるが、その場合DOSなどから内蔵 フラッシュやスマートピコフラッシュが見えなくて困るのである。どうしよう。

[FreeBSD導入記(0)] [FreeBSD導入記(2)]


1997年8月23日(土)
PC110専用カメラカードCE300が使えなくなってしまった。差して付属のユーティリティを起動してもアルバムモードになるだけで撮影できないのだ。
よ〜く観察してみるとカメラカードの隙間に液体が付着している。
それでやっと思い出した。以前醤油をこぼした事があり、その時はちゃんと拭き取ったつもりでいたのだが、隙間に少々入り込んでいたようである。
カードの外板をはずしてみると基板に茶色い物が付着している。これをふきとってやると正常に動作するようになって一安心。最近個人所有のマシンがよく壊れるので気が気ではない。


1997年9月1日(月)
昨日更新したページに結構文字化けが発生しているので驚く。
実はこのページの入力はすべてPC110でDOS上でviクローンを使って行っているのであるが、PC110でセーブしたファイルに文字化けが結構起こっているので気になって調べてみると、PC110の方に問題があることが判った。
HTMLファイルはすべて15MBのスマートピコフラッシュに保存しているのだが、これに書いたファイルだけが文字化けを起こしているので、バックアップをとってWindows95のscandiskやATAカードテストなどを行ってみた。
結果はすべて異常無し。
異常があればどれかのテストで異常を検出できているはず。
とにかく修正したHTMLファイルをBeBoxに転送するためにWindows95を起動してFTPにて転送する。
転送結果が正しいかをBeBoxでpoor man(BeOS標準のHTTPサーバ)を動かして確認中にWindows95がシステムダウンしてしまった。
不安定なのはいつものことだが、ソフトウェアリセットをかけても再起動しない。
しかたがないので、電源を入れ直すが、なんと電源がはいらない
なんとか電源を入れようと努力すること一時間。諦めざるを得ないと思い就寝する。


1997年9月2日(火)
今朝起動してみたら問題無く起動できて、拍子抜けしてしまった。
昨日のはなんだったのだ? 疑問は解けぬが、今日も使ってみよう。ただ、スマートピコフラッシュは怪しいので使いたくないので抜いてHTMファイルは起動用に使っている10MBのATAフラッシュに置いて使うことにする。
またRAM DISKを一時ファイルとし、フラッシュカードの更新回数を減らすためのbatファイルを書くことにする。
しばらく使っていても問題がなかったのだが、AC駆動してみると2時間しないで昨日と同じ状況になってしまった。
もしかしたらメモリかも知れない。とりあえず、16MBメモリボードを8MBメモリボードに変えてみる。
夜も遅いので寝ることにする。


1997年9月3日(水)
DOSコマンドやbatの組み方をほとんど忘れていたので、batを組むのに時間がかかって、今日完成した。
またAC駆動させていたらやっぱり落ちてしまった。ということは拡張メモリではないのか。
夜も遅いので寝ることにする。


1997年9月4日(木)
昨日変更したファイルが文字化けしているのに気づく。こうなったらとことんまでばらしてくれよう。
というわけで、PC110を基板レベルまでばらしてみた。今まではケースを外し、LCDパネルを分解した程度で、基板レベルまでははじめてだった。

これからばらす人へ忠告。メインボードにネジがついているが、これはPCカードスロットとスマートピコフラッシュのスロットの固定用ネジである。フレームからメインボードを外すまでは外す必要はない。

基板レベルまでばらしてみたら、メインボードに載っている2MBのRAM2個のうち一つの足に異物が付着している。それは醤油だった。この前カメラカードを動作不能にした原因と同じである。同じ時に入り込んでしまい、今になってRAMの足をブリッジさせたのだろう。
取り敢えず拭き取ってはみたが、すき間が多くて狭いので完全にはとれない。また、RAMの足も変色している。これでは、たとえ取り切れても正常動作するとは限らない。
で、思い切ってとってみよう、と思いあれこれやってみた。
結果はみごとにメインボード破壊。
ついにPC110は再起不能となってしまった。


1997年9月5日(金)
PC110パーツリストにメインボードの番号が載っていたので問い合わせてみた。

Main PCB Component FRU P/N 84G7950 ¥169,000.
手数料 ¥1,000.
消費税(5%) ¥8,500.
さすがに発売当時20万円したマシンである。


1997年9月10日(水)
亜土電子の16MB拡張メモリを載せたりしてメモリが13MB以上になると256色使用できなくなる。それを回避するためにBIOSをupdateする。
私の場合は16MBメモリが5万円を切った時点(1996年の暮れ)で行った。この時にはまだBIOSのフロッピーを添付していないときだったので、再度PC110を購入した時にBIOSのupdateを自分で行うことはできない。
そこでT-ZONEに電話をかけて確認してみた。
結果は「モバイルステーションで本体を購入するのならBIOSのupdateを行います」ということだった。ちなみに取り扱っているのはYD1以上で、YD1は¥39,800.。相場といえる。


1997年9月14日(日)
T-ZONEモバイルステーションで2台目を購入してしまった。
16MBメモリも持っていったのでその場で入れてもらった。やりなれているのか、十分程度で一通りの作業を終えて渡してくれた。


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